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総司と会わないまま数日。
図書室で言われた言葉がぐるぐる頭を回るから、時間さえあれば総司のことばかり考えていた。
最初はただからかわれているだけだと思っていたし、彼の表情を思い出してもそうだったと思う。
それなのに途中からいつになく真剣になるから、私もどうしたらいいのかわからなくなってしまった。
総司は私が泣いたからだって言っていたけど……。
もしかしたら私が総司を困らせたから、あんなふうによくわからないことを言い出したのかもしれない。
そう考えると、本当は私のほうから謝りに行くべきなのに、総司に会って話すことを想像すると、少しだけ怖く感じられた。
多分それは、今の私達の関係が不安定だから。
もし何かを間違えたら、それがきっかけで私達の仲が崩れてしまうかもしれないって……そんなふうに考えてしまったからだった。
でも最後、総司は何を言おうとしていたのだろう。
僕の気持ちを聞いて欲しいと言った総司の顔を思い出すと、心臓が早くなって苦しくなる私がいる。
期待してはいけないのに、まるで総司も私と同じ気持ちでいてくれるかのような気がしてしまうから、思い出すだけで心に余裕がなくなってしまう。
今度会った時はきちんと聞きたいと思うから、あと少しだけ心を落ち着かせる時間が欲しかった。
私がそんなことを考えて日々を過ごしていると、ある夜、お父様に執務室に来るよう呼び出された。
中にはお父様と山南さんがいて、同じように呼ばれただろう伊庭君と平助君も神妙な顔付きでそこに立っていた。
『あの……お話ってなんでしょうか?』
「うむ、総司のことでな」
皆の表情から良い話ではないことは窺えたし、伊庭君と平助君がいるのに総司がここにいないことに引っ掛かりは感じていた。
その嫌な予感が当たり、不安から息を呑む私に、お父様は優しく話し始めた。
「ここ最近頻発している誘拐や殺人に関わっている組織があってな、彼らにはその者達を捕える任務について貰ったのだが」
そう言って話を一度止めるお父様を目の前に、色々なことを考えてしまう。
もしかして怪我?
それとも怪我どころではなかったらどうしようと私が頭を真っ白にさせていると、山南さんが少し微笑んで私の心配を汲んでくれたかのように話し始めた。
「安心してください。沖田君は無事ですよ」
『そうなんですか……?良かった……』
「まあ、脇腹を刺されたみたいで怪我はしてますけどね」
『え……?総司は大丈夫なんでしょうか?』
「ええ。然程深い傷ではなかったようですが心配ですね。この時期に無茶をするなんて、何を考えているんだか」
そう言ってため息を吐く山南さんを横目に、総司の身体が心配で指先が冷たくなるのを感じる。
もうすぐ就学する大切な時期でもあるし、総司が無理をしていないか気掛かりでならなかった。
「それで本題なんだが、実は今、総司を謹慎処分にしているのだよ」
『謹慎……?どうして……ですか……?』
「八郎、平助。セラにも先日の任務でのことを話して貰っても良いかね?」
気不味そうに顔を見合わせた二人は、その任務の話を私に話してくれた。
総司が隊の命令に背いて単独行動したことや、捕獲対象だった相手を多数惨殺してしまったこと。
そして伊庭君が駆けつけなければ、もしかしたら総司も致命傷を負っていたかもしれないという話も。
総司が斬り殺した数は当に十人は超えていて、そのやり口もかなり残忍なものだと報告を受けた。
「……というわけで、沖田君は今謹慎中なのですよ。と言っても取り敢えず、一週間ですが」
『そうなんですか……でも一週間なら……』
「ええ。悪い連中を全て捕えられたのは沖田君が無茶をしてくれたお陰でもあるので、処分は甘くしましたよ」
一週間の謹慎だと聞いて、一度胸を撫で下ろす。
けれどその様子を見た山南さんは、厳しい表情のままはっきりと言葉を続けた。
「ですが、沖田君の就学や専属騎士候補の話は最悪白紙に戻すことも考えています」
『そんな……、どうしてですか?』
「彼は一人で六、七人を相手にしても怯まず戦える素晴らしい腕を持っています。しかし何かあった時に理性が効かないようでは、私達も安心してお嬢様をお任せすることが出来ません。それに万が一、学院で問題を起こされれば、我が公爵家は終わりですからね」
『総司は問題なんて起こしません。今までだって一度も問題を起こしてないですよね』
「総司が優秀な騎士だということは俺もわかってはいるぞ。だから過去は見ずに彼を評価してきたつもりだ。しかし今日の話を聞いてしまうとな、セラのことが心配なのだよ」
『でも、悪い人達を退治してくれただけですよね?』
「退治……と言えるのでしょうか。セラは見ていなかったからわからないと思いますが、凄かったんですよ」
ずっと口を挟まなかった伊庭君が、思い詰めた顔つきでその時のことを思い出すかのように話し始めた。
「沖田君は元々稽古でも手を抜かない人なので、つい悪い連中を痛めつけてしまうのは彼の性格上仕方ないことだとは思います。ですが、今日のは度を越していたと言うか……動かなくなった相手に何度も剣を刺す姿にはぞっとしましたよ。彼と剣を交えた人達は、皆殆ど亡くなりましたが、どれも明らかに殺すつもりだったとしか思えない傷がつけられていましたし」
『そうなの……?平助君もそう思った?』
「俺は違う場所でそいつらを捕まえてたから、総司が戦ってるとこは見てないんだけどさ。全部終わって総司のとこに行ったら凄くてさ……血が」
『血……?』
「なんて言えばいいかわかんねーけど、とにかく死体も必要以上にぐちゃぐちゃだったんだよ。加減してないのは見てわかったし、総司もすげー返り血浴びてて、笑ってるのに目は笑ってなくてさ……。なんか……あの時の総司は俺もちょっと怖かったもん」
部屋の中には沈黙が走り、静寂に包まれている分、早くなった自分の心音を感じてしまう。
このままだと総司が今まで努力してきたことが、この一件だけで潰されてしまいそうで、私は思わず首を横に振った。
『でも、総司にも何か理由があったのかもしれないですよね。総司に理由は聞きましたか?』
「一応先程確認しましたが、誰一人逃したくなかったから単独行動をしたみたいですね」
「それに戦っていた時のことをあまり覚えていないようでしたね。全て終わった後、伊庭君が倒してくれたの?って……そのようなことを言ってましたから」
「あと総司が酷い殺し方をした相手って、セラの誘拐を企ててた奴らだったっぽくってさ。多分それで頭にきてやっちゃったみたいなんだけど」
『私の……誘拐……?』
「潜入前、隠れて待機していた時に君を狙うことを話していた人達がいたんですよ。沖田君は僕の隣でその話を聞いていたんです」
総司が無理をしてしまうのが私のせいだとしたら、総司が専属騎士になったら彼の身をより危険に晒してしまうのかもしれないと、別の不安が私の胸にのし掛かる。
黙り込んだ私を見つめていたお父様が、私と山南さんの三人で話をさせてくれと告げたことにより、部屋には私達三人だけが残された。
「セラ」
名前を呼ばれて顔を上げると、私を見つめるお父様と視線がぶつかる。
いつもは優しいお父様の瞳も、今日は私を諭すように少し厳しく細められていた。
「セラが何か危険に巻き込まれた時、総司は誰よりも勇ましく戦ってくれるとは思うのだ。だが周りが見えなくなってしまうようでは、護れるものも護れなくなってしまう。俺はそのことを心配しているのだよ」
お父様の言っていることは最もで、直ぐには言い返す言葉が浮かばなかった。
そこで静かに口を開いたのは山南さんだった。
「近藤さんのお言葉に、私も同じ懸念を抱いております。沖田君はセラお嬢様のこととなると、どうにも頭に血が昇り、冷静さを失ってしまうようで。けれどお嬢様の護衛騎士となれば、日々の出来事すべてがお嬢様に関わることになります。だからこそ、軽く流せることではないのですよ」
穏やかな声色で告げられるその言葉は、責め立てるのではなく、心から案じているのだとわかる響きだった。
けれど総司の行動が私の身を案じてしてくれたことなのであれば、総司を護りたいと思う気持ちは余計に強くなってしまう。
いつも護られてばかりはもう嫌だと、私は自分の拳を強く握った。
『お父様と山南さんが私を心配してくださる気持ちは本当にありがたいです。ですが……たった一回のことで、全てを白紙に戻すのは厳し過ぎませんか?総司は騎士団に入って長いわけではないですし、今回のことで学んで今後気をつければいいことだと私は思います』
「ああ、わかっている。まだ総司を候補から外すと結論を出したわけではいから安心しなさい。今頃、総司も今回の件について色々考えているだろうからな。謹慎が解けた時に、また総司にも話を聞いて決めようと思っている」
「とはいえ、沖田君は賢い青年です。お嬢様が胸を痛めておられることを私から伝えれば、きっと彼も真摯に受け止めて、これまで以上に慎重に振る舞ってくれるでしょう」
思わず瞳が潤んでしまったから、涙が溢れる前に顔を俯かせた。
そんな私の様子に勿論気付いただろうお父様は、少し寂しそうな笑顔を見せて言葉を続けた。
「セラは総司のことになるとすぐに泣いてしまうな」
『そんなことはないです……』
「それに総司のことになると、やたら聞き分けが悪くなると自分でも思わないか?」
お父様の前で認めることは出来なくて、ただ首を横に振る私にお父様は言った。
「以前、セラは言っていただろう?好きな相手との結婚は許して貰えるかと」
いきなり振られた話題に、私の心臓はどくんと脈打つ。
「わかっていると思うが、総司では……駄目だ」
『え……?』
「セラにはこの先、アストリア家として相応しい家門に嫁いでもらわねばならない。それはお前も理解しているな?」
『…………』
「お前達が仲良いのは勿論良いことだと思うぞ。俺だって総司のことは可愛いと思ってるよ。だがな……お前が総司にばかり心を傾けて必死になるほど、父親としては逆に距離を置かせねばと考えてしまうのだ。将来の為にも今は少し冷静になって、一度離れることを考えてみる良い機会なのではないか?」
総司への自分の気持ちを肯定するかのように、瞳からはぽろぽろと涙が溢れ落ちて、それを止める方法がわからなかった。
だってずっと気付いていたけど、考えないようにしていたこと。
総司とずっと一緒にいる未来は、私の中の一番大切な夢だった。
けれどお父様から言われた言葉は、いつもと同じ優しい音色なのに、微かな希望すら残してくれない。
こんなに好きになれる人は総司しかいないのに、この気持ちが罪だと言われているみたいで、私が私であることが初めて憎いと思った。
『私はいつも冷静です……』
「総司のことになると、いつもそうは見えないのだよ」
『ですが私はちゃんと総司のことを見ています。とても優しい人で、いつも私を護ってくれる人なのにっ……どうして離れなければいけないのですかっ……?』
「別に離れると言っても、総司を騎士団から追い出すつもりはないぞ?ただ、あまりに仲良くし過ぎるのも問題だと言うだけで……」
『それなら、総司は駄目ってどうして?駄目って何がですか……?総司の何が駄目なんですか……!』
「いや……セラ、一度落ち着きなさ……」
『そんな酷いこと言うお父様なんて、もう大嫌いですっ……もうお顔も見たくありません……!』
「んなっ……」
一度もお父様に歯向かったことなどなかったけど、今夜ばかりは執務室を飛び出し、自分の部屋へ引き篭もった。
部屋の外から私を呼ぶ声がしても無視を決め込んで、ただひたすらベッドの上で泣いていた。
勿論こんなこと、ただ駄々を捏ねてるだけの子供と同じだということはわかってる。
それでも絶対認めたくなかった私は、お父様と冷戦状態になる覚悟で自分の想いを貫くことに決めた。
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