1
この世界では、もう二度とセラを失いたくない。
それだけが、僕の中で確かな想いだった。
回帰してから数ヶ月。
二度目の人生を歩んでいる僕は、今の状況を受け入れられているかもわからないまま、クリスマス聖夜を迎えていた。
前回同様、城の外には雪が降り積もり、辺りは真っ白な世界に包まれている。
公爵邸では盛大なクリスマスパーティーが開かれ、一階の大広間は大盛り上がり。
けれど三階のバルコニーは、その喧騒が嘘のように静かだった。
遠くからかすかに聞こえる騎士たちの見回りの足音も、冬の冷たい空気に溶けてしまいそうなほど。
星が瞬く澄んだ空の下、僕はセラと並んでそこに立っていた。
「綺麗な夜だね」
『うん。星がこんなに綺麗に見える夜って、特別な感じがするね』
セラは夜空を見上げながら、嬉しそうに目を細める。
その横顔が何よりも愛おしくて、柔らかな声は冬の冷たい空気をふんわりと溶かしていくように感じられた。
以前の世界でも、セラとこうして過ごした聖夜があった。
あの時も僕達は一緒に夜空を眺めていたはずなのに、あの世界のセラはもういない。
その悲しみはこの世界に来て数ヶ月経った今も、変わらず僕の心を苦しめていた。
でもこの世界では、セラはこうして僕の隣にいる。
手を伸ばせば触れられる距離にいて、僕の言葉に愛らしい微笑みを浮かべてくれる。
これ以上何を望めばいいんだろうと思うほどに、今はただセラがここにいることが幸せだと思えた。
『総司がここに来てからもう一年なんだね、なんだか早いな』
「そうだね。でも僕はもっと長い時間、セラと一緒にいる気がするよ」
『それ、どういう意味?』
「セラのことは、君が思ってる以上にわかってるよってことかな」
セラは不思議そうに僕を見上げながらも、くすりと笑った。
でも僕は、前の世界にいた頃からずっと君を見つめてきた。
本当に君だけを、この瞳に映してきたんだよ。
『ふふ、本当なら嬉しいな』
セラは両手を擦り合わせながら、そっと小さく息を吐く。
その吐息が白く溶けるのを見ながら、僕はセラに微笑みを向けた。
「本当だよ。それよりセラは寒くない?」
そっと尋ねると、セラは控えめに首を横に振り、微笑んだ。
『寒くないよ?』
「とか言って、どうせ寒いんじゃないの?」
『ううん、本当に大丈夫。平気だよ』
遠慮がちに言う声が可愛くて、僕はそっと手を伸ばし彼女の手を取った。
「ほら、手が冷えてるよ。それに少し震えてる」
セラは一度驚いたように目を瞬かせたけど、すぐにおとなしく僕に手を預けてくれた。
冷たくても感じられるセラの肌の温もりが、僕の心を穏やかにしてくれるようだった。
「言ったでしょ、セラのことはわかってるって」
『ふふ、今のはたまたまだよね?』
「どうかな。ちなみに寒いって言わなかったのは、まだここにいたかったから、とかね。違う?」
目を見開いたセラの表情は、言葉にしなくても肯定の返事をしているようだった。
『どうしてわかったの?』
「セラの考えてることは、どうしてかわかっちゃうんだよね」
『え……?全部わかっちゃうの?』
「なに?その顔。僕に見抜かれたら困ることでもあるの?」
『それは……えっと、ちょっとだけ……』
こうしてからかうと、少し慌てながら頬を染める様子は以前のセラと同じだ。
甘えたように僕を見上げるところも、言い淀んで眉を下げるところも、素直で愛らしい仕草も全部、僕が大好きだったセラそのものだ。
だから僕は、以前のセラへの想いを胸に残したまま、目の前のこの子にまた恋をする。
最初は戸惑いもあったけど、時を重ねるうちにその迷いは薄れていった。
今ではこの世界のセラのことも、大切で、愛しくて、かけがえのない存在だと思っていた。
「何も困ることなんてないのに。僕には思ったこと全部言えばいいよ」
『え?全部……?』
「そうだよ。たとえば、寒い時は寒いって素直に言うとかね」
掴んでいたセラの手を両手で包むと、セラは微笑みながら、ふわりと僕を見上げる。
その笑顔が可愛くて、僕は思わず唇の端を上げた。
「少しはあったかくなる?」
『うん。総司の手、とっても温かい』
「そっか。なら、もうちょっとこうしていようか」
『うん……』
「そうだ、もう少し寄ってもいい?」
『え?』
突然の言葉に驚いたように、セラが僕を見つめる。
その顔が、星明かりの下でほんのり赤く染まっているのがわかった。
少し迷いながらも、セラは小さく頷く。
僕はそっと彼女の肩を抱き寄せ、夜の冷たい風から守るように自分のコートの中へと引き寄せた。
「こうすれば、もっとあったかいよ」
『……あの……でも、ちょっと近いから……』
「あ、そっか。セラは近いと困るんだっけ。じゃあ僕がコートを脱いで君にかけてあげればいいかな」
『それは駄目だよ。そんなことしたら総司が風邪引いちゃう』
「でもセラを凍えさせるわけにはいかないじゃない。このままが近くて困るなら、もうそうするしかないと思うんだけど」
僕の目の前で困った様子で僕を見上げると、小さい声でセラは言った。
『……このままで』
「ん?なに?」
『だから……このままで平気……』
「えー?よく聞こえないな」
『……もうっ、絶対わざとでしょっ……』
「ははっ、バレた?」
膨れたセラの様子に笑いながら、再び僕のコートの中に引き入れる。
「ありがとう」と囁かれた彼女の声が、どこかくすぐったそうに震えていた。
肩を寄せ合いながら、静かな夜空を見上げる。
凛と澄んだ空には、無数の星が輝いていた。
そして、僕はコートの内側に忍ばせていた包みを取り出し、セラの前に差し出した。
「はい、いい子にはプレゼントがありますよ」
『この香り……チョコレート?』
「うん。セラに食べてもらおうと思って」
驚きと喜びが入り混じったような表情で、セラは箱を受け取る。
赤色のリボンがかけられた大きな包みからは、既に甘い香りが漂っていた。
『わあ…… すごく可愛い。開けてもいい?』
「もちろん」
『ありがとう、総司』
嬉しそうに微笑みながら、彼女は慎重にリボンを解き、包装を開ける。
箱の中から現れたのは、丸くて少し大きめのチョコレートだった。
『すごい……!こんなに大きなチョコ、食べるのがもったいないくらいだね』
「でも、セラのために用意したんだから、ちゃんと食べてくれないとね」
セラは嬉しそうにチョコレートを割りながら、少しずつ口に運んでいく。
僕にも分けてくれながら、「おいしい」と言って味わう彼女を眺めて、僕はその様子を見守った。
『あれ?』
セラの手のひらに、ころんと転がった小さなピンク色のチョコ。
その表面には、前の世界の時同様、はっきりと「好きだよ」の文字が刻まれている。
セラの表情が一瞬にして固まり、次の瞬間には顔がぱっと赤く染まる。
そして大きな瞳を揺らしながらゆっくりと僕を見上げるから、僕はくすりと笑って小首を傾げてみせた。
「どうしたの?」
セラは戸惑ったように瞬きを繰り返し、それからそっと手のひらのチョコを僕に見せてきた。
『これが入ってたよ?』
「うん。可愛い仕掛けでしょ?」
知っていたかのように、僕は何気なく言う。
もちろん、今回は最初から知っていた。
このチョコがどんな仕掛けなのかも、セラがどんな反応をするのかも、全部わかった上で渡したいと思った。
『総司も知ってたの?』
「もちろん」
『そうだったんだ……』
「僕からの気持ちだよ」
そう伝えると、セラはさらに頬を赤く染めた。
瞳を揺らして僕を見つめるその顔は、その言葉の真意が気になっていることを物語っている。
でも僕は君を焦らせたくはないから、敢えて言わない。
僕自身、今はまだ強くなることが最優先だし、ただ君を大切に想う気持ちが伝われば、今はそれで構わないと思えた。
『……ありがとう、嬉しい』
そう言いながらも、きっと今の言葉の意味を深く追求することまではできないのだろう。
セラの手の中で転がされたチョコは、その文字が小さく光っている。
僕の気持ちをセラがどこまで受け取ってくれたのかはわからないけど、僕はそのままセラの反応を待った。
『私も、総司が好きだよ』
小さな声だったけど、それは確かに届いた。
こうしてセラが素直に言葉を返してくれるだけで、今は十分だった。
「うん、知ってるよ」
そっとセラの前髪を撫でると、大きな目をより丸くして僕を見上げた。
驚いたようなその顔があまりに愛らしくて、思わず笑みがこぼれる。
『もしかして、またからかってる?』
「ううん、違うけど?」
『……ふうん、そうなんだ』
あの頃のセラは、チョコを見て何を思っていたんだろう。
もう一度このチョコを買ってきて欲しいと言った、以前のセラの言葉を思い出し、結局その願いを叶えてあげられなかったことを思い出した。
このチョコはクリスマス限定らしく、二度目に買いに行った時は時期的になかったから仕方ないけど、あの子の望みはどんな小さいことでも叶えてあげたかった。
だからこそ僕は、この世界のセラの望みは出来る限り叶えてあげたいと思う。
「贈り物もいいけどさ、僕に何かして欲しいことない?」
突然の質問にセラは小首を傾げて僕を見上げる。
『総司にして欲しいこと?』
「うん。何かあれば言って、なんでもしてあげるよ」
『なんでも?』
「そうだよ、僕にできることならなんでも。さすがに空を飛びたいとか言われても無理だからね」
『ふふ、残念。空、飛びたかったな』
「僕がアラジンなら魔法の絨毯に乗せてあげられるんだけどね」
『わあ……すごい憧れる』
なんだか話が逸れてしまったけど、純粋なこの子がいかにも好みそうな物語だし、少し気になって聞いてみることにした。
「もしさ、ここに魔法の絨毯に乗った男の人が現れて、君を乗せてあげるよって言ったらセラは乗る?」
『その人とは、初めて会った設定なの?』
「そうだね。でもその人の目は澄んでいて、決して悪い人じゃないって、君もわかるんだ。そうしたら、君は誘いに応じるの?」
少し考える素振りをしながらも、セラはすぐに首を横に振った。
『私は乗らないかな』
「へえ、意外だね。どうして?」
『だってそんなに素敵なものだったら、総司と一緒に乗りたいから。だからその人にお願いして、一晩だけその絨毯を貸して頂けませんかって聞いてみる』
なにそれ。
なんかもう、可愛すぎるんですけど。
ありもしない世迷言に付き合ってくれるところも、ただの妄想の世界ですら僕を大切に想ってくれるところも、たまらなく愛おしくなる。
「……そっか」
夜風が静かに吹く中で、僕は思わずセラの頬にそっと触れた。
冷えた肌の感触が指先に伝わる。
彼女は驚いたように目を見開くと、すぐに視線を伏せた。
こういう仕草をする時のセラは、本当に愛らしい。
「それで、僕にして欲しいことは?」
『……なにもないよ?』
「そう?でもせっかくの聖夜なのに、それじゃ少し寂しいな」
わざとため息を吐き出して、少しだけ意地悪なことを言ってみる。
するとセラは困ったように唇を結び、考え込むように視線をさまよわせた。
どうしよう、と小さく呟くセラの姿を眺めていると、やがてセラはそっと僕を見上げた。
『じゃあ……』
「ん?」
『総司の声、聞いてたいから……なにかお話してほしい』
「話?」
『なんでもいいよ。総司のこともっと知りたいから、なにか話してもらえたら嬉しいな』
前の世界でセラは「総司がそばにいてくれたら、それだけでいい」と言った。
僕に何かを求めるのではなく、ただ隣にいるだけで十分だと。
その言葉が嬉しくなかったわけじゃない。
むしろ、どれほど心を救われたかわからないくらいだ。
だけど今、目の前のセラは、僕のことをもっと知りたいと言ってくれた。
僕の声が聞きたいって。
それは、ただ一緒にいるだけでいいと言っていた前の世界の彼女とは、少し違う気持ちなのかもしれない。
そう思うと、心の奥がより温かくなるのを感じた。
「いいよ。何を話そうか」
『えっとね、総司が話したいこと』
「僕が話したいこと?」
『うん』
セラはこくりと頷く。
そして夜の冷たい風を避けるように、そっと僕の隣に寄り添った。
「じゃあ、そうだな……僕が騎士団に入る前の話でもしようか」
『うん、聞きたい』
セラが嬉しそうに目を輝かせるのを見て、僕も少しだけ微笑んだ。
「僕の子供の頃の話でもしようかな。セラには話したことなかったよね」
『うん』
セラは興味深そうに僕を見つめている。
こんな話を誰かにするのは初めてだから、妙に気恥ずかしくて僕は少しだけ夜空を仰いだ。
「僕はね、子供の頃、ずっと身体が弱かったんだ」
『え?総司が?』
セラは驚いたように目を瞬かせた。
「信じられない?」
『うん……総司がそんなふうだったなんて、想像もできないよ』
「だよね。今はもう問題なく動けるし、鍛えてるからそんなふうには見えないかもしれない。でも、子どもの頃は本当に病弱でね。風邪をひくと何日も寝込んでたし、熱を出して動けなくなることもよくあったんだ」
『そんなに……?』
「うん。だから外で遊んだ記憶もないし、剣の稽古も思うようには出来ないことばかりでさ。少し動くだけで息が上がって、熱を出して倒れるような子供だったよ」
『そうだったんだ……。大変だったんだね』
「そうだね。でも、そんなことは関係なかったんだ。僕の両親は、家の名誉や剣の強さしか興味がなかったから、体調が悪くても剣を握ることを余儀なくされた。どんなにふらついても、どんなに息が詰まっても、関係なかったんだよ」
セラは色々思うことがあるのだろう、瞳を揺らして僕を見つめている。
けれど決して僕の両親を悪く言うことも憐れみの言葉も言うこともなく、ただ静かに僕の話に耳を傾けてくれていた。
「剣を持てなくなったら罵声を浴びせられたし、立てなくなったら僕の存在を恥だと言われた。倒れたままでいたら、ただ冷たく見下ろされるだけか、酷いと水をかけられて無理矢理起こされたこともあったかな」
静かな声で淡々と話しているだけで、過去の記憶は鮮明によみがえる。
あの頃、僕はただの駒だった。
彼らにとって、僕がどう思うかなんてどうでもよかったんだろう。
「でも子供の頃の僕は他の世界を知らなかったから、それが当たり前なんだって思ってた。父と母がそういう人だから、僕は強くならないといけないんだって。それ以外に道はないんだってね。だけど、強くなるために鍛えても、それが楽しいと思えたことはなかったんだ。剣を握るのが嫌だったわけじゃないけど、ただ、それしか許されなかったから、他のことを考える余裕なんてなかった。僕が剣を持つことは、呼吸することと同じようなものだったのかもしれないって……最近思うんだよね」
年齢が上がり、身体が強くなってきてからは、むしろ剣を握っている方が楽だった。
剣術に励んでいる間は、余計なことは考えずに済む。
ただ思いのままに剣を振い、この力で相手をねじ伏せられることができるのなら、それで構わないとすら思っていた時期もあったくらいだ。
もし、僕が両親の悪事を告発しないまま彼らの元で今も生活していたとしたら、今とは全く別の人間になっていたかもしれない。
剣しか知らず、それ以外に価値を見出すこともできず、ただ戦うためや自分の地位を護ることに必死な父のような存在に。
そんな未来を考えると、どこか遠い世界の話のような気がしてくる。
今の僕にはセラがいて、彼女と過ごす世界があって、その世界を護りたいと思っている。
だからこそ、あの頃の僕とは違うと思いたい。
『総司は沢山努力してきたんだね』
僕が顔を上げると、セラはじっとこちらを見つめていた。
『きっと大変なこと、たくさんあったんだと思う。子供の頃、身体が弱くても弱音も吐けなくて、強くなるしか道はなくて……でも、そんなふうにずっと一人で努力してきた総司に、私は助けてもらったんだね』
大きな瞳が僅かに涙で揺れると、セラは優しく微笑んだ。
『そう考えると、小さかった頃の総司に会いに行きたくなっちゃうな』
「昔の僕に?」
『うん。ありがとうって伝えたい。総司がその頃、どんなに辛くても剣を手放さなかったから、今の私はこうして総司といられてるんだもん。それに……総司の剣は、これからたくさんの人の助けになるよって、伝えたい』
セラは静かにそう言いながら、ふっと目を伏せた。
長いまつげが震えているのを見て、僕は目を瞬く。
「セラ……泣いてるの?」
『……ううん、泣いてないよ。ただ少し……胸がいっぱいになっただけ』
セラの瞳は潤んでいて、今にも涙がこぼれそうだった。
ああ、こんなふうに思ってくれる人が、この世界にいるんだと胸が熱くなった。
あの頃の僕は、ただひたすら剣を振るうことしか知らなくて、体調が悪くても倒れても、歯を食いしばって続けるしかなかった。
それが正しいことなのかどうかなんて、考える余裕もなかった。
でも、もしあの時の僕が未来にこんな言葉をかけてもらえると知っていたら、少しは救われたのかもしれない。
「セラにそう言われると、あの頃の僕も報われた気がするよ」
そっと微笑んでそう言うと、セラも小さく微笑み返してくれる。
彼女の優しさが、あの頃の僕の孤独ごと包み込んでくれるような気がした。
『総司に聞きたいことがあるんだけど……総司は、今はどうなのかな?』
「今?」
『うん……剣を握るのは、今は好き?』
僕は少しだけ目を細め、静かに笑った。
「今は、好きだよ」
『本当に?』
「うん、本当だよ。アストリア公国に来たのも、剣で生きていきたいと思ったからだしね」
そう言うと、セラはほっとしたように微笑んだ。
『よかった……』
「どうして?」
『だって、総司が好きじゃないことを無理に続けていたら、悲しいなって思うから』
セラの言葉や仕草が、心の奥をくすぐるように甘く響く。
前の世界では、僕が傍にいるだけでいいと言っていた彼女が、今は僕のことを知りたいと言い、僕の気持ちまで気にかけてくれる。
その変化が僕の想いを温めてくれるようだった。
「僕はね、あの頃はそれしかなかったから剣を握ってたけど、今はあの時無理をしてでも剣術を続けてきて良かったと思ってるんだ。こうして君の傍で剣を振るえてるからね」
それに剣を握る理由が今の僕にはある。
この想いがある限り、僕の歩んできた今までの道全てが意味のあることだったと思えた。
「セラもさっき言ってくれたけどさ、剣を握ることを昔の僕が諦めていたら、僕はここで騎士になれていなかったよね。そうしたら、セラと今こうして話せていなかったかもしれない。そう思うと、どんなに辛くても、あの時剣を手放さなくてよかったなって思うんだ」
しんとした空気の中、セラはそっと瞳を伏せた。
そして少しだけ頬を赤らめながら、静かに口を開く。
『私も総司が幼い頃から剣術を頑張ってきてくれたこと、本当にありがとうって思ってるよ。総司がここにいてくれて、本当に嬉しいから』
「そう言ってもらえると、僕も嬉しいかな」
夜風がふわりとセラの髪を揺らす。
その柔らかな髪に指を絡めながら、僕はゆっくりと目を細めた。
「大丈夫?寒くない?」
『うん、大丈夫』
「なら、もう少しだけこうしてる?」
『うん……』
小さく頷くセラを見ながら、僕は静かに夜空を見上げた。
この時間が永遠に続けばいいのにと、心から思った。
『ありがとう、総司』
「ん?なにが?」
『お話してくれて』
そう言って、セラは静かに微笑む。
僕はその顔を見て、また目の前にいるセラへの想いを積もらせていく。
僕は今、とても幸せだ。
この世界でも、セラとこうして聖夜を過ごせていることが、ただ嬉しくてたまらなかった。
だから僕は夜空を見上げながら、セラのために穏やかな声で話し続けた。
彼女が安心して、僕の隣でずっとこうしていられるように。
この聖夜のひとときが、セラにとって少しでも特別なものになるように。
それが今の僕にできることだと思うから。
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