8

『山崎さん、お願いです……』


怪我をした日の夜、総司のお見舞いに行きたいと言った私を山崎さんは困った顔で見つめている。
夕方、私を案じて部屋へと来てくれたお父様と山南さんには、絶対安静、部屋から出るなと言われていたけど、私は総司のお陰でこうして元気。
こういう時に一番頼み易いのは、お父様の専属騎士である山崎さんだった。


「沖田さんを心配されるお気持ちはわかりますが、せめて明日にされてはどうですか?」

『どうしても今日、行きたいんです』

「今夜は早く休まれた方がいいと思いますよ」

『一時間だけ。今山崎さんが持ってきてくれた果物を一緒に食べるだけでもいいんです』

「しかし……」

『少し顔を見たら安心してよく眠れると思うから、お願いします、山崎さん……』


手を組んで一生懸命お願いしてみると、ため息を吐きながらも「わかりました」と言ってくれる山崎さん。
ナイトドレス姿でベッドから出た私に、近くにあったカーディガンを掛けてくれると困った様子で微笑んでいた。


「余程沖田さんが心配なのですね」

『はい、私のせいで怪我をさせてしまったのでせめてお見舞いには行きたくて……』

「本来であればお嬢様もお見舞いに来て頂く立場なんですよ。怪我をされてるんですから」

『私はもう全然大丈夫、平気です……!』

「よく言いますよ」


子供の頃からよくお世話をしてくれている山崎さんと並んで、お父様や山南さんと鉢合わせしないことを願いながら一階の救護室へと向かう。
無事にその場に着くと、山崎さんは「一時間後にまた来ます」と言って部屋のドアを開けてくれた。


『ありがとうございます、またあとでお願いします』


私達の声を聞こえたのか、部屋に入るとベッドの上で上体を起こして座っていた総司が私を見て目を見開いていた。
目の前まで行くと、傷だらけ包帯だらけの総司がいて思わず少し泣きそうになってしまう。


『総司……そんなに怪我を……?』

「君こそ歩いて大丈夫なの?腕の骨、折れてるんだよね」

『私は元気だから大丈夫だよ。でも総司がその分怪我をしちゃったから……』

「僕のはただの打撲だから安静にしてれば直ぐ治るよ。だからそんな顔しないで」

「本当にごめんなさい……」

「大丈夫だってば。ほら、ここに座りなよ」


総司は私の手から果物の入ったガラスのお皿を取り上げると、それをベッドサイドのテーブルに置き、彼のベッドをぽんぽんと叩いてみせる。
そこに素直に座ってみたけど、総司の頭や腕、胸や首全部に包帯が巻かれているから痛々しく感じられた。


『今日は助けてくれて本当に有難う。総司のお陰で私は元気だよ』

「いや、むしろ怪我をさせてごめんね。ちゃんと護ってあげたかったんだけどね」

『落ちたのは私のせいだから総司は謝らないで。私の方が巻き込んで申し訳ないって思ってるのに……』

「違うってば。そもそも落ちたのだって僕のせいだ。剣が手元にないならもう少し慎重になるべきだったって反省してるよ。僕がもう少し上手く対処出来ていれば、君に怪我をさせなくて済んだのにね」

『ううん、総司は護ってくれたよ。総司がいなかったらもっと怪我をしてたし、私がする筈の怪我を総司が代わりにしちゃったから……』

「僕は鍛えてるしこれくらいなんてことないよ。セラは女の子なんだから、傷なんか作ったら駄目でしょ。それなのに僕のせいでこんなに怪我をさせて、本当にごめん」


総司は全くもって悪くないのに、悲しそうな顔でそう言ってくれる。
これ以上どちらのせいだという話をしても一方通行になりそうだったから、この話はもう止めるべきだと思った。


『私は総司に凄く感謝してるよ。だから総司は総司のこと、悪く言わないで』

「はは、わかったよ」

『……傷、痛い?』

「今は動いてないし、なんてことないよ」

『本当?何か辛いことあったら、総司も私を頼ってね?』

「駄目だよ、君が僕を頼ってくれないとね」

『私はもう充分頼らせてもらってるよ。今日も助けて貰ったもん』

「もっと頼ってもいいんだよってこと。もっと甘えてくれたっていいんだけどね」


眉尻を下げてそう言った総司は、私にどうして欲しいんだろう。
私はいつも助けて貰うばかりで、総司のために何もしれあげられていない。
私だってたまには総司の役に立ちたいのに。


『総司もだよ、総司が頼ってくれたらなんでもするよ』

「へえ、本当になんでもしてくれるの?」

『うん、私に出来ることならなんでもするよ。たとえば、これを食べさせてあげるとか』


一口サイズにカットされたりんごをフォークにさして、そっと口元に持っていく。
素直にそれを食べる総司は可愛いくて、少し癒されるから不思議。


「君に食べさせて貰えるなら、たまには怪我するのもいいかもね」

『それは駄目、怪我はして欲しくないよ』

「さっき近藤さんと山南さんにも言われたよ、怪我をしないでお嬢様を護れるようになって下さいって。だいぶ無茶振りだと思わない?」

『ふふ、確かに。でも私もそうなって欲しいな、総司には怪我をして欲しくないって思うよ。それなのに……』

「うん?」


思わず次の言葉を言うのが躊躇われてしまったけど、総司が私の専属騎士になるために、日々努力をしてくれていることを知っている。
だから私も、今思っている本当のことを伝えようと口を開いた。


『怪我をして欲しくないのに、総司には専属騎士になってもらいたいって思ってるよ。矛盾してることはわかってるけど……でもやっぱり絶対総司がいい。総司じゃないと嫌だって思うくらい、総司がいいの。でも総司に怪我はして欲しくなくて……』


段々何を言っているのか自分でもわからなくなってきた頃、総司はくすくすと笑い出して私の言葉を遮った。


「わがままなお嬢様だね」

『ごめん……』

「でも怪我をして欲しくないから専属騎士になるな、なんて言われても納得できないし、素直に思ってること言って貰えた方が嬉しいよ」

『そうなのかな……』

「言ったじゃない、もっと甘えてよって」


以前庭園で総司の胸に頬を寄せた時に、とても心地良かったことを思い出した。
総司に甘えられたら幸せなんだろうと思えば、優しい言葉に流されそうになる。
でも私は私でしっかりしないといけないから、やっぱり甘えてばかりはいられないと気付いた。


『でも私、甘えるのは苦手かな』

「絶対嘘だね」

『どうして嘘って言い切れるの?』

「わかるから。君は絶対、甘えるのが好きだと思うよ」


実際誰かに思い切り甘えたことがないから自分でもよくわかっていないのに、総司は自信あり気にそう言ってくる。
挙句に「試してみる?」なんて言いながら、両腕を広げてみせるから本当に困る。


『打撲だらけの人に抱き着けませんよ?』

「酷い言い方しないでくれる?確かに今は打撲だらけだけどさ」

『だから早く良くなってね』

「じゃあ良くなったら甘えてくれるの?それだったら明日には完治出来る自信あるんだけどね」

『ふふ、そんなに早く治るわけないのに』

「わからないじゃない。治るかもよ」

『単純なのかな、総司の身体って』


元気そうな総司を見て安心出来たから、やっぱり今日ここに来れて良かったと思う。
再びフォークにりんごをさすと、総司に食べて貰おうと振り向いた。
でもそんな私の右手は総司に包まれ、そのまま総司の方に引っ張られることに。
左腕は骨折のせいで固定されているから、支えられなくなった身体は自動的に総司の腕の中に収まった。


「単純でもいいじゃない。これだけで元気出るしね」

『私、これだと身動き取れないよ……』

「知ってるよ。だから引っ張ったんだけど?」


少しはだけた夜着の隙間から、総司の逞しい胸と巻かれた包帯が見える。
耳や頬に触れる総司の肌の体温や、包んでくれる腕の温もりが心地良いのと同時に、心音は早くなるばかりだった。
だから離れようとして顔を上げたけど、今度は直ぐ目の前に総司の顔があったから慌ててまた下を向く。
動揺してフォークを離してしまった結果、それはカランと音を立てて床に落ちてしまった。


「何やってるの?リンゴ落ちちゃったじゃない」

『だって総司が驚かせるからだよ……』

「そんなに怖がらないでよ、別に何もしないからさ。ただこうしたいだけ」


温かくて大きな手が、私を労るように頭をそっと撫でてくれる。
そして頬に触れるとそのまま耳を辿ってまた髪を撫でる、その総司の触れ方が気持ち良くて、やっぱり彼に甘えることがとても心地良いと認めざるを得なかった。


『総司の手、どうしてそんなに温かいの?』

「そう?」

『うん、凄くあったかい……』


頬で止まった総司の手に思わず擦り寄って、心地良さに瞳を閉じる。
すると私を抱き締める腕に力が入るから、再び恥ずかしさが蘇り、心音が早くなるのを感じた。


『……あの、私そろそろ戻るね?』

「どうして?一時間後に山崎君が迎えに来るって話してたのさっき聞いたけど」

『そうだけど……』

「僕にこうされるの嫌?」


嫌なんて思うわけがない。
だって、きっと私は総司が好き。
総司に会えれば嬉しくて、微笑んで貰えるともっと嬉しくて。
会えない日が続くと心が萎み、それでもこの人が頑張っているなら私も努力をしたいと思える。
こんなことは初めてだった。

この特別な気持ちが何なのかずっと考えていたけど、身を挺して護ってくれた総司を見て、この感情が自分の中で確信に変わりつつある。
でもこんな気持ちを抱いてはいけない気がして、敢えて考えないように唇を噛み締めた。

それなのに、今の私は総司を見るだけでドキドキして落ち着かない。
総司との距離が近過ぎて、心臓が今にも壊れそうなくらいだ。


「ごめんね、困らせちゃったかな。離れるからもう少しここにいてよ」


何も言えなくなった私を気遣ってか、総司はそっと私の身体を離してくれた。
少しホッとしたような、それでいて淋しいようなどっちつかずの気持ちで総司を見上げると、総司は少し困った様子で微笑んでいた。


「そんな淋しそうな顔で見つめないでくれる?どうしたらいいかわからなくなるんだけど」

『……違うよ、別に淋しいなんて思ってないです』

「ふーん?それは残念」


取り敢えず総司に顔を見られたくなくて、足元に転がったフォークを拾う。
折角の果物は沢山残ったままだけど、なんだかもうお腹いっぱいになっちゃった。


「頭の傷は大丈夫?」

『うん、もう全然痛くないよ。総司は?』

「僕も平気だよ。でも良かったよ、君がこうして元気でいてくれてさ」

『私も一緒に落ちてくれた時、総司が心配だったよ。あと、あの血を吐いた時も……。あれ嘘だったんだね?私、総司が何かの病気なのかと思って本当にどうしようかと思ったよ』

「ははっ、まさかあれを信じたの?君って騙され易いって言われない?心配だな」

『だって凄い現実味あったんだもん。総司が血を吐いた時はびっくりしたけど、総司のお陰であの人達を捕まえられたって皆で話してるんだよ。総司って凄いね』

「でしょ?だからもっと僕を頼っていいし、甘えてくれていいですよ」


今日二回目の言葉と一緒に、私の頭にぽんと手を置いた総司。
いつもみたいに意地悪な笑みを浮かべているけど、この人にもっと甘えてみたいという気持ちが膨らんだ。
勿論直ぐには無理かもしれないけど、私を受け止めてくれようとする総司の気持ちは嬉しかったから、うんと元気に頷いた私がいた。


- 135 -

*前次#


ページ:

トップページへ