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クリスマスの次の日。
私は総司にチョコレートのお返しをするため、彼の姿を探していた。
まとまった時間が取れないからと、料理長にも手伝ってもらった手作りマカロン。
喜んでもらえるといいな。


『総司はいるかな?』


両手にマカロンの入った籠を抱えて、庭園に向かう。
すると先に来ていた総司は、木陰の下で猫を膝に乗せていた。


「待ってたよ」


今日は総司に会う約束はしていない。
それなのにまるで私がここに来ることがわかっていたかのような口ぶりに、私は思わず首を傾げてしまった。


『私が来るって思ってた?』

「うん、なんとなくね」

『ふふ、そうだとしたらすごいね』

「セラが危険なことをしないように、先回りしようと思ってさ」

『なあにそれ。どういうこと?』


私がくすくす笑っても、総司は穏やかな笑みを浮かべたまま。
すぐに「君も座りなよ」と声をかけてくれるから、私はハンカチを引いて彼の隣に腰を下ろした。


『その猫ちゃんどうしたの?とっても可愛い』

「今日ここに遊びに来てたんだよね。撫でてあげたら懐いてくれてさ」

『ふふ、総司に撫でられて幸せそう』

「可愛いよね。毛も柔らかいしずっと撫でてあげたくなるよ」


総司は優しい瞳で猫ちゃんを見つめ、可愛いと言いながらずっと身体を撫でてあげている。
総司の腕の中、身体や顎の下を撫でられた猫は、ごろごろ鳴きながらとっても幸せそう。
その様子を見ていたら、段々とその猫ちゃんが羨ましくなってしまった。


「ははっ。この猫、撫でてるとすぐお腹見せるんだよね。本当に可愛いな」

『ふふ、可愛いね』


確かに猫ちゃんはとっても可愛い。
私も猫は大好きだし、今だって撫でたいと思っている。
でも……今日は総司が私をあまり見てくれないから少し淋しい気持ちにもなる。
私も総司に撫でて貰いたいし、可愛いって言ってもらいたいな……。


「セラ?」


籠をぎゅっと抱きしめてそんなことを考えていると、不意に総司に名前を呼ばれてほんの少し身体が跳ねる。


『あ、……え?なに?』

「どうしたの?今日は静かだけど、元気ない?」

『ううん、とっても元気だよ』


首を横に振って、笑顔をみせる。
まさか猫にやきもちやいてましたなんて言えないし、私自身、そんな自分が恥ずかしくなった。

でも先日、街で助けてもらったあの日から、私は総司に抱く自分の感情が恋だと気付いてしまった。
総司に寄せる愛情がただの好意ではない特別なものだとわかったからこそ、総司のことになると気持ちを制御することが少し難しいみたい。
今だって、総司の瞳に映して欲しくてたまらなくなってしまう。


「本当?」

『うん、本当に元気だよ』


私もこの猫になりたい。
そうしたら人目も気にせず総司の膝の上で、総司にたくさん可愛がってもらえる。
誰にも咎められず、総司の傍にいることができる。

それなのに私は、この後はまたレッスンがあるから、あと三十分もしないうちにお城の中に戻らなければならない。
それが淋しくて、思わず唇をきつく結んだ時だった。


「はい、君の番はおしまい」


総司の穏やかな声とともに、膝の上の猫がそっと地面に降ろされる。
猫は小さく鳴いて、ふりふりと尻尾を揺らしながらのんびり歩いていった。

そして今度は、総司の視線がまっすぐ私だけに向けられる。
どこにも逸らされることなく、優しい瞳で私を見つめてくれていた。


「次はセラの番だね」


まるで私が順番待ちをしていたことに気付いたかのような物言いに、思わず目を見開いてしまう。
戸惑う私をよそに、総司はすっと手を伸ばし、髪を優しく撫でてくれた。


「さっきから静かだったけど、どうしたの?」

『別に、なんでもないよ』


目を瞬かせながら首を振ると、総司はふっと目を細める。


「えー?本当に?」

『うん』

「もしかして、やきもちやいてた?」

『え?ちが……そんなことあるわけないでしょ?』


思わず声が上ずってしまえば、総司は楽しそうに口元を緩めて「へえ」と笑う。
その顔が全部お見通しだと言っているみたいだったから、私は慌てて首を横に振った。


『本当に違うからね』

「ふーん」


まるで信じていない声音に、再び強く籠を抱きしめる。


「僕が猫ばかり構ってたから?セラも撫でてもらいたかったの?」

『だから……違うって言ってるのに』


少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべる総司が、髪をそっと指に絡めるように撫でる。
くすぐったいけど心地よくて、でも恥ずかしくて。
少しずつ顔に熱が集まっていくのを感じていた。


「じゃあ、淋しくなかった?」


それは勿論……少し淋しかったけど……。
でもそれを素直に言えるほどの勇気は、私にはない。
だからぎゅっと唇を結んで頷くと、そんな私を見て総司は少し目を細めた。


「まあ、言わなくても顔に出てるけどね」

『……っ』

「頬も赤いし」

『それは……気のせいだよ』

「ふうん?」

『本当に違うからね』

「そうなんだ、それは残念かな。まあ、淋しくなかったなら仕方ないけどね」


言葉とは裏腹に、総司は優しい瞳で私を見つめながら、髪に指を絡めるように撫でた。


「でも猫よりセラの方が可愛いよ」


ぽつりと落とされた一言に胸がいっぱいになって、何も言えなくなってしまった。

でも……総司はいつも、どういうつもりでこういうことをしてくるんだろう。
クリスマスのチョコにだって「好きだよ」って書かれていたし、総司も私と同じ気持ちでいてくれてるのかもしれない、なんて期待もしてしまう。

だけど、本当に私のことが特別だったら、もっとわかりやすく表現してくれてもいいと思うから、総司の言う好きや可愛いの意味が結局私にはわからない。
わからないからこそ、どんな態度を取ればいいかもわからなくなってしまうのに、総司はそんな私の反応を楽しんでいるみたいだった。


『あんまりからかったり、意地悪なことばっかり言わないで』

「別にそんなつもりはないんだけど」

『私はただ……』

「ただ?」

『あと少ししたら戻らないといけないの……。だから……』


だから、なんだと言うのだろう。
だから構って欲しかった?だから私を見て欲しかった?
どちらにしてもそんなこと言えない。
結局言葉がうまく見つからなくて、私はまた俯いてしまった。

でも総司は優しく笑うと、また私の髪を撫でてくれた。
ふわふわと優しい指先が私の髪をすくっていくだけなのに、胸が温かくなって、心の奥が甘く満たされていくみたいだった。


「そっか。セラも忙しいね、無理しないようにしなよ」

『うん。でも色々なことを勉強できるのは楽しいよ』

「偉いね、そう思えるなんてさ」

『私より総司の方が大変でしょ?任務もあるし、身体のこともあるし、無理しないでね』

「僕はセラがいてくれれば、どんな時も元気だから大丈夫だよ」

『ふふ、またそんなこと言ってる』

「でも本心なんだから仕方ないじゃない」


総司からの言葉は嬉しいけど、結局どう返せばいいのか困ってしまう。
このドキドキを誤魔化そうと、私は持っていた籠を総司に差し出した。


『あの、これ……クリスマスにもらったチョコレートのお返しだよ』


あの日、総司はたくさんの話をしてくれた。
子供時代のことや、最近の騎士団でのこと、剣術のことや任務のこと。
どの話も興味深かったけど、一番印象に残っているのは総司の子供時代の話だった。

一人で沢山努力を重ねてきた総司は、私が考えていたよりずっと過酷な幼少時代を過ごしていた。
それでも優しくて温かくて、私を助けてくれた人だから、私は総司に幸せになって欲しい。
いつも笑っていて欲しいと切に思った。


「やったね、マカロンだ」

『今回は料理長にも手伝ってもらって作ったんだ。これがチョコで、こっちがイチゴ、緑色はピスタチオだよ』

「たくさんありがとう、さっそくいただこうかな」


総司はピスタチオのマカロンを指先でつまむと、ぱくりと食べて「おいしいよ」と微笑んでくれる。


『総司の口に合ったなら良かった』

「セラが作るお菓子はいつもおいしいよ」

『総司にそう言ってもらえると嬉しい。また作るね』


次はどんなお菓子にしようかな。
どうせなら総司が好きなものにしたいな。
でも作ったことのないものにも挑戦してみたいし、暖かくなったらフルーツを使ったものもいいかもしれないよね。


『総司はどんなお菓子が好き?一番好きなものは?』

「んー、僕が一番好きなのは……」


総司の顔を見つめながら答えを待っていると、総司はそんな私の視線に気付いて急にくすりと笑った。


「そんなに気になる?僕の一番好きなもの」


素直に教えてくれないところは総司らしいけど、お菓子のことくらい教えてくれたっていいのに。


『気になるよ。総司の好きなものは教えてもらいたいもん』

「そんなの、もうわかってるんじゃないの?」

『わからないから聞いてるんだよ。タルト?それともマフィン?』

「僕が一番好きなのは、セラかな」


総司が一番好きなのは私……?
わたし……


『違うよ……!私が言ってるのはお菓子のこと……!』

「ははっ、一気に顔が赤くなったね」

『もう……やめてよ。時間がないって言ったはずだよ?あんまりからかわないで』

「あははっ、だからからかってないってば」


総司に好きって言ってもらえるのは嬉しいよ。
嬉しいけど……、私が本当に欲しい「好き」は、簡単に言ってしまえる「好き」とは違う。
私の心の中にあるような、言いたくてもとても言葉にできないような、苦しくて切なくて、でもとても幸せになるような特別な「好き」が欲しい。

それが無理なら、中途半端な「好き」はいらない。
その度に一瞬でも期待してしまう自分が嫌になるからだ。


『総司が真剣に話してくれないなら、私も総司と真剣にお話しなくなるからね』

「それは困るな。でも僕はいつでも真剣なんだけど」

『総司のどこが真剣なの?』


少し苛立たしく感じて睨んでしまえば、総司は苦笑いをこぼしている。


「セラが作ってくれるお菓子はどれも好きだけど、クッキーが一番好きかな」

『クッキー作り、私も一番好きだよ。じゃあ今度はクッキーにするね?』

「ありがとう、楽しみにしてるよ」


クッキーならそこまで手間はかからないから、忙しい合間にも作りやすい。
総司の好きなものがまた一つわかって嬉しい気持ちになりながらも、あと少ししたらお城に戻らなければいけない時間。
向こうに見える時計台を見つめ小さく息を吐いた時、気付けば総司の手がそっと私の手を包み込んでいた。


『……え?なに?』

「んー?別に?」

『今、寒くないよ?』

「でも手、冷えてるよね」

『総司の手は冬でもいつもあったかいね』

「セラを見てると身体の体温が上がっちゃうみたいでさ」

『もう、よく言うよね……。ここまでくると呆れちゃうよ』

「うわ、酷いな。そんな言い方しないでよ」

『総司の言葉にはもう惑わされませんよ』


そう言いながらも、私は毎回総司から言われた言葉に一喜一憂してしまうんだろうな。
この手の温もりだって、後でまた思い出してドキドキしちゃうんだと思う。

それでも私は総司に会いたいから、たとえからかわれても意地悪されてもまた総司の姿を探してしまう。
そんな日は、あとどのくらい続いていくのだろう。


「セラ」


不意に名前を呼ばれて、私の手を握る総司の手にも僅かに力が入る。
小首を傾げて右隣に座る総司を見ると、優しく微笑み、言ってくれた。


「マカロンありがとう。忙しいのに僕のためにいつもおいしいもの作ってくれてさ。嬉しかったよ」


総司の柔らかい笑顔を見ると、私の心が染まって嬉しい気持ちが溢れてくる。
マカロンを作りながらずっと頭に思い浮かべていたこの笑顔。
見ることができて良かった。


『ううん、こちらこそ食べてくれてありがとう』

「食べたことにお礼言うのはおかしくない?」

『おかしくないよ。総司の笑った顔が見られて、私も凄く嬉しいから』


最近、とても不思議で。
悲しくもないのに涙が湧き上がることがある。
嬉しいのかな?どうしてなんだろう?
自分でもよくわからないから困るけど、ごまかすようににっこり笑って視線を逸らした。

でも急に腕が引かれて、気づけば総司の腕の中。
顔のすぐ横には総司の髪や耳が見えて、ぎゅっときつく抱きしめられていた。


『そ、総司……ここ、裏庭……誰か来たら……』

「ごめん、わかってるんだけどさ……」

『……それなら……』

「……あと少しだけ」


ふざけている感じとも違う総司の声が耳元で聞こえて、思わず唇をきつく結ぶ。
優しく、でもしっかりと私を抱きしめてくれる腕は温かくて、また少し瞳が潤んでしまった。
幸せを感じてしまえば、あと少しで離れなければいけない現実が悲しくて、総司の背中に手を回してそっと彼の肩に頬を寄せる。
少しでもこの身体に総司の温もりを残せるように、感情のままに頬を擦り寄せてしまう私がいた。


「セラ」


静かに呼ばれた名前にそっと瞬きをする。
総司の声は優しくて少し掠れていて、まるで何かを堪えているように聞こえた。

ふと以前、庭園で総司が涙をこぼしていた日を思い出す。
あの日も今日のように総司の様子はいつもとは違って、この人がとても儚く見えた。
その理由は結局いまだにわからないままで、今も総司が何を考えているかはわからない。
それがもどかしいはずなのに、今はそれでもいいと思えるのは、少しずつでも総司を知ることができているから。
総司がいつか話したいと思った時、教えてもらえたら嬉しいな。


『総司』


そっと名前を呼ぶと、腕の中の温もりがわずかに強まる。
総司の鼓動が静かに伝わってきて、それだけで胸がいっぱいになった。


「……ほんとに、困るよね」


掠れた声が耳元に触れて、どきりとする。
困る理由が聞きたかったのに言葉にならなくて、ただぎゅっと総司の背中を握ることしかできなかった。


「セラがあんな顔見せるから離れがたくなっちゃうんだけど」

『あんな顔?』

「んー……泣きそうなのに、笑おうとしてる顔?」


見抜かれてるお思うと気まずいけど、あれはほんの少し何かが込み上げてきてしまっただけだ。


『別に泣いてなんかないよ』

「じゃあどうして目がうるうるしてたの?」

『えっと……私にもよくわからなくて……』

「ははっ、そっか」


そっとほどかれる腕の感触が、私の心を淋しくさせる。
でもそれと同時にドキドキもするから、どうしようもなく総司のことを想ってしまう。


「もう少しだけこうしてたいけど、誰か来たら困るもんね」

『……うん』


離れたくない。
でもここにいられる時間は、あと少しだけ。
名残惜しくて、袖を握る手に力が入る。
総司も同じ気持ちなのか、小さく息をついて私の手をそっと包んでくれた。


「セラのそういうとこ、いいと思うよ」


総司の声がやけに優しくて、私の頬を撫でる指先があまりに優しくて、胸がきゅっと締めつけられた。


『どういうところ?』

「優しくて温かいところかな」

『総司の方が優しくて温かいよ?』

「僕が?僕は残念ながらそんなに優しい人間じゃないよ」

『そんなことないよ。総司はいつも優しいよ』

「それは買い被り過ぎかな。でも、セラにだけは優しくしてあげたいって思うけどね」


どうしてそう思ってくれるのか、聞きたくても聞けなかった。
でも総司のその気持ちが嬉しいから、それだけで十分過ぎるくらい幸せ。
私は猫にやきもちをやいてしまうような子だけど、本当は総司がこうして私に優しくしてくれるだけで十分だって思ってる。


『ありがとう、嬉しいな。じゃあ総司にはこれからもたくさん優しくしてもらうね?』

「ははっ、そうだね。期待してて」

『うん』


レッスンが始まる五分前。
そろそろ戻らなければならない時間だ。

いつからかな、総司ともっと話していたいと思うようになったのは。
もう出会ったばかりの頃から、私の瞳は総司の姿ばかり探していた気がする。


『私、そろそろ行くね。総司も訓練、頑張ってね』

「ありがとう、頑張るよ。セラもね」

『うん、ありがとう。じゃあ、またね』


私が立ち上がると、総司も立ち上がって微笑んでくれる。
その姿に手を振って数歩歩いたけど、お城に入る一歩手前で視界に捉えたのは、さっき総司に可愛がってもらっていた猫ちゃん。
思わず後ろを振り返った私をいまだ見送ってくれていた総司は、そんな私を見て目を瞬いている。


『本当はさっきね、少し猫ちゃんが羨ましかったんだ』


ぽつりとこぼした言葉に、自分で言っておきながら頬が熱くなる。
総司の目がふわりと瞬くのを見て、恥ずかしくなってしまった。


『なんてね』


くるりと背を向けて、小走りで城の中へ向かう。
背後に残る静かな気配に鼓動が少しだけ早まったけど、もう後ろを向くことは出来なかった。

私の身体や心にはまだ総司の温もりが残っていて、口元が緩む。
これからもこんな時間が持てるといいなと願いながら、総司の笑顔を思い浮かべる私がいた。


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