5

春の陽射しがやわらかく、城の花々がそよ風に揺れる午後。
私は桜のフィナンシェを詰めた包みを抱えながら、公爵邸の中を歩いていた。
先日は私の護衛役三人が正式に決まり、総司と伊庭君、平助君には改めて挨拶をしたばかり。
いまだ実感は湧かないけど、気心知れた三人にお願いできることは私にとってとても心強いことだった。

そんな私は、講師の先生から推薦を頂いたことで、音楽の祭典、ルヴァン宮廷弦楽祭に初めて出場することが決まり、日々ヴァイオリンの練習に励んでいる。
その合間に息抜きとしてお菓子を作ることは、私にとって大切な時間だった。
今日は、春らしさを感じられるよう桜のフィナンシェを作ったところ。
総司に渡すつもりで足を進めていたけど、ふと目に映った光景に思わず足を止めた。


『総司?』


任務を終えて戻ってきたのか、総司が城門の外で馬から降りたところだった。
でもそんな総司のすぐそばには、見知らぬ一人の女の子が立っていた。

淡い色のシンプルなドレス。
髪はふんわりと編み込まれ、緊張した様子でいる可愛い女の子。
彼女は顔を赤くしながら、両手で包みを総司に差し出していた。


「このカップケーキ、総司様に作ったんです。よかったら、食べてください」


かすかに震える声。
総司は軽く首を傾げながら少女を見つめ、僅かに微笑んだ。


「ありがとう。でも、僕なんかにいいの?」

「はい……。総司様はいつもお強くて……素敵だから……。この前もありがとうございました」


私は思わずぎゅっと包みを握りしめた。
心が急に痛み出し、不安から鼓動が少し早くなる。
でも総司は私に気付かないまま、その子からマフィンの包みを受け取っていた。


「へえ、嬉しいな。じゃあ、あとでいただくね」


やわらかい声音。
優しい笑顔。
いつもお城の中では私にだけ向けられているその眼差しが、今は他の女の子に向けられていた。

こんな場面は想像をしなかったわけではないけど、実際に見てしまうと思っていた以上に辛い。
少し先にいる女の子は、嬉しそうに頬を染めながら総司を見上げていた。


「それで、私……総司様のこと、以前よりお慕いしていました。好きなんです」


総司のことを特別に想っているのは私だけじゃない、そう気付いた瞬間だった。
私の世界はほぼ毎日お城の中だけだけど、総司は違う。
総司にはきっとこの場所以外にも自分の世界があって、私が知らない人達との関わりもある。
あの女の子が総司に想いを寄せるくらい、二人の間にそれ相応の絆があると気づけば、総司の返事を聞くことが怖くなり、私は逃げるようにその場から立ち去った。

走って走って……お城中へと戻った私は、そのまま三階の自室に駆け込む。
部屋に着いた頃にはすっかり息も上がっていたけど、そんなことは気にならないくらい胸の中が痛くてたまらなかった。


『……はあ、……っは……』


部屋に戻り、私はそっと自分の手元を見つめる。
桜のフィナンシェの包み。
総司を思い浮かべながら作ったものなのに、何故かもう届けに行く気持ちにはなれなかった。

総司が誰かにお菓子をもらうこと自体は、別におかしなことではない。
総司は騎士団の中でも群を抜いて強くて、かっこよくて……誰かが憧れるのも、当然のことだと思う。

……でも。
私はさっきの女の子みたいに、素直に好きだなんて言えない。
あの子はまっすぐに気持ちを伝えていたのに、私の立場ではそれをすることすら許されない。

きっと、いつか。
誰かが総司を好きになって、その子は私みたいに隠したりしないで、ちゃんと想い伝えるんだろうな。
そして総司もその子のことを好きになってしまうのかもしれない。

そんな日がいつか来るかもしれないと思ったら、急に胸が苦しくなった。
まるで私の大切な想いが閉じ込められたまま、誰にも知られずに終わってしまうみたいで。
気づけば、スカートの上でぎゅっと拳を握りしめていた。

総司が誰かを好きになる日が来るかもしれないなんて、今まで考えたことがなかった。
いつもそばにいるのが、当たり前みたいに思っていた。
建国祭の日、総司の隣で過ごせるだけで幸せだったのに。

もしも、総司の隣に私ではない誰かが立つ日が来たら?
総司が他の女の子に微笑む姿を思い出し、胸の奥から込み上げた涙を、慌てて袖で拭った私がいた。



そしてそれから数日。
総司に会う勇気がなかった私は、いつも向かう庭園には行かずに、毎日ヴァイオリン練習ばかりに時間を費やしていた。
それでもレッスンの合間時間に思い出すのは総司の顔。
淋しい気持ちで項垂れていると、練習室の扉がノックされ、山崎さんが顔を出した。


「レッスンお疲れ様です。毎日大変努力されていますね。無理はされていませんか?」

『はい、練習楽しいですよ。あと数日だから頑張らないとと思って』

「俺もお嬢様の演奏を楽しみにしています。それと、沖田さんがお嬢様にお話があるそうなので、一階の応接間にお通ししましたよ」


山崎さんにそう言われて目を見開いた私は、自然と息をのんだ。


『……え?今ですか?』

「はい。お嬢様に直接お話があるとか」

『何の話でしょう……?』

「すみません。俺もそこまでは窺っていないのですが」

『……わかりました、ありがとうございます』


どうしよう。
今はまだ総司に会う勇気がない。
私の中の問題だけど、この前の二人を思い出すと、どうしても胸はちくちく痛み始めた。

でも私に話があるなら、それを無視するわけにはいかない。
私はそっと息を整え、少し緊張しながら応接間へと向かった。

扉を開けると、総司がソファに座っていた。
陽射しが窓から差し込み、彼の横顔をやわらかく照らしている。
それがなぜかほんの少し遠い存在のように思えて、私の胸はまたちくりと痛くなった。


『こんにちは、総司。待たせてごめんね』

「いいよ、僕の方こそ急だったしね。ヴァイオリンの練習忙しい?」

『ううん、毎日練習はしてるけど楽しいよ。少し苦手意識もあったんだけど、最近はすごく好きになってきたの』

「そっか。当日は僕も護衛を兼ねて見に行くからさ、楽しみにしてるよ」

『うん、ありがとう。上手に弾けたらいいな』


ヴァイオリンの練習は毎日頑張っているつもりだけど、本番でしっかり弾けるかどうかはまた別の話だ。
そんな不安を察したのか、総司は柔らかく言ってくれた。


「大丈夫だよ。セラは頑張ってるし、うまくいくと思うよ」

『……ありがとう』

「君が満足いく演奏ができるように応援してるからさ」


その言葉に、胸が温かくなる。
総司が応援してくれるだけで本当に心強い。


『うん、頑張るね』


まっすぐにそう答えた。
私がこうして頑張ろうと思えるのは、総司がそばにいてくれるから。
いつも何気ない言葉で、私の心を支えてくれるからなんだよ。


『あのね、私……総司がいてくれるから、頑張ろうって思えるよ。総司が見守ってくれると思うとうまくできる気がするから、当日精一杯頑張る。だから見ててね』


そう告げると、総司は頷いて柔らかく微笑んだ。
久しぶりだから少し照れくさい気持ちで温かい紅茶にそっと口をつけると、総司が何故か私の座るソファーの方に移動して、隣に腰掛けてきた。


『……え?総司?』

「最近、庭園に来なかったよね。珍しいなって思ってたんだけど」


総司は少し目を細めて、すぐ近くから私を見つめる。
その視線が少し探るようなものに感じて、私はゆるりと微笑んた。


『最近は……体調があまり良くなくて……』


嘘はついていない。
本当に最近は胸が痛かった。
勿論、体調が良くないというより、ただの恋の病的なものだけど……。


「そうなの?大丈夫?熱は?」


そう言って伸びてきた手が、私の前髪を掻き分けて額に触れるから、思わず身体が少しかたまってしまった。


「熱はなさそうだね」

『……うん、熱とかはないよ。ただ本当にちょっとだけ……本調子じゃなかっただけだから』

「そっか。セラも忙しいだろうから無理はしたらだめだよ」

『うん、無理はしてないから大丈夫だよ。ありがとう』


もしかしたら総司は、私が最近庭園に行かなかったから、心配して様子を見に来てくれた?
そうだとしたら、勝手に落ち込んで塞ぎ込んでいる自分のことが、少し嫌いになりそうだった。


『あの……ごめんね。最近、庭園に行けなくて……』

「それはいいよ」

『それで今日、ここに来てくれたの?』

「うん。どうしたのかなって気になってさ。体調崩してるのかな、とか、何かあったのかなってね」

『そうだったんだね、心配してくれてありがとう。私は元気だから大丈夫だよ』


余計なことを考えるのは、もう終わりにしないといけない。
そう思っているはずなのに、心に落ちた影はなかなかなくなってくれなかった。

私はあの時、総司の言葉を聞かないままあの場から逃げてしまったけど、総司はあの子になんて返事をしたんだろう。
もし、総司もあの子と同じ気持ちだったら……


「セラ」


一人考え事をしていると、不意に名前が呼ばれて我に返る。


『うん?』

「この前の子のこと、気にしてるの?」


突然総司にそう聞かれて、私は一瞬息をのんだ。
総司が私が見ていたことを知っていたなんて、考えてもみなかった。
けれどそれを悟られないように、私は取り敢えず微笑んでみせる。


『……えっと、なんのこと?』

「この前、公爵邸の門のところで、僕がお菓子を貰った時のことだよ。セラも近くにいたよね?」

『……あれは……たまたま……』

「セラが走って行く時に気づいたんだけどさ、あの時は追いかけられなかったんだ。その時のことで何か気にしてるのかなって、ちょっと気になってたんだけど」

『え、ううん?全然、別に?私、何も気にしてないよ』


なるべく明るく、何でもないふうに。
そうすれば、総司はいつもみたいに笑ってこの話題を流してくれるはず。


「……そっか。でもあの日、何か包みを持っているように見えたんだけど」


その言葉に驚いて思わず顔を上げると、総司は穏やかな笑みを浮かべながら続けた。


「山崎君から今日、この前セラが桜のフィナンシェを作ってたって話を聞いたんだ」


どうして、そんなことを……?
段々とごまかせない状況になってきている気がして、私はぎゅっと指先に力を込める。


『あ、うん……作ったけど……』

「いつもは僕にくれるのに、フィナンシェはどうして僕にくれなかったのかなって思って」


その問いかけに、胸がちくりと痛む。
本当は総司のために作ったものだから、総司に渡したかった。
だけどあんな場面を見てしまった後で渡しに行く勇気は、私にはなかった。


『総司はもう甘いものをもらってたみたいだから、同じ日にあまり食べ過ぎるのも身体に良くないかなって思って……』


そう言うと、総司の瞳がわずかに揺れる。


「じゃあ、そのフィナンシェは誰に渡したの?」


少し探るような声音。
ほんの少し、不機嫌そうな響き。
そんなことを聞かれるとは思ってなかったけど、私は戸惑いながらも本当のことを答えた。


『……お父様に……』


その瞬間、総司は目を瞬かせた。
そしてふっと口元をほころばせると、くすりと笑った。


「あははっ、なんだ。近藤さんにあげたんだね」


総司はいまだに少し笑っているから、それが少し心に引っ掛かって痛みを与えた。


『どうして笑うの?お父様にあげるのは……そんなに変?』


自分ではそんなつもりはなかったのに、声が少しだけ沈んでしまう。
私は外に自由に出られるわけではないし、城の外で親しく話せる人もいない。
だから私が個人的にお菓子を作って渡せる相手なんて、限られている。

別に、そのことをからかわれたとは思わない。
総司がそんなことをする人じゃないことは知っている。
でも、それでも……笑われるのは、なんだか少しだけ悲しかった。

色々な感情が込み上げて、目の奥がじんと熱くなる。
泣いてはいけないと思いながら、私はふいと顔を背けた。


「いや、違うよ」


総司の声が、ほんの少し慌てたように優しくなる。


「そんなふうに思わせるつもりじゃなかったんだけど、ごめんね」


そう言って、私を振り向かせるように温かい手がそっと肩に触れた。


「君らしいなって、そう思っただけだよ」

『私らしいって……?』

「セラが僕以外に個人的にお菓子をあげるなんてあまりないでしょ?だから誰にあげたのか気になったんだけど、それが近藤さんって聞いてなんだか可愛くて。それに安心したかな。それでつい笑っちゃっただけなんだ」


優しい声が降ってきて、少し頬が熱くなるのを感じながら、私は首を横に振る。
しばらくして総司はふと視線を横にそらし、さらりと告げた。


「言っておくけど、この前もらったカップケーキは食べてないよ。新八さんにあげちゃったし」

『え、どうして?』

「セラ以外の女の子からもらったものを、僕が食べるわけないと思わない?」


言葉の意味がよくわからなくて、私は首をかしげた。
すると総司は何かに気づいたように「ああ」と短く声を漏らす。


「セラは知らないんだっけ」

『なんのこと?』

「僕、昔から結構潔癖なところがあるんだ。だから手作りのものとか基本気持ち悪くて無理だし、人に触られたりするのも好きじゃない。だから手作りのお菓子とかもらっても正直困るし、食べたくないんだよね」


……え?

初めて聞いた事実に驚き、私は言葉を失った。
だって私は総司に何度も手作りのお菓子を渡していた。
それに何気ないことで触れてしまうことだってあった。

例えば以前、傷だらけの総司の手のひらに、オイルを塗ってあげたことがあった。
歩いていてふらついたとき、咄嗟に総司の腕を掴んでしまったこともあった気がする。
それがそんなに嫌だったなんて……、胸がぎゅっと締めつけられる。
何も言えずに俯いた私を見て、総司はふっと息を吐いた。


「セラには、別に平気なんだけどね」


驚いて顔を上げると、総司は少しだけ困ったように微笑んでいた。


「僕さ、基本的に他人と距離が近いのって苦手なんだよね。でもセラの作ったお菓子なら食べたいって思うし、セラが僕に触ってくれるのも全然嫌じゃない。むしろ僕から触りたいくらいだしね」


さらりとそんなことを言うものだから、私はどう返せばいいのかわからなくなった。
でも総司は、そんな私を見て楽しそうに微笑んだ。


「そんなに驚かなくてもいいのに」

『だって……』

「じゃあ、僕がセラに触れるの、嫌?」

『嫌じゃないよ』

「なら、いいよね」


そう言って総司は私の髪を優しく撫でるから、ただ胸がドキドキと音を立てるのを、煩わしく思うことしかできなかった。


「今日ここに来たのはさ。僕の勘違いだったらいいんだけど……もし君が少しでも淋しい想いをしてたらやだなって思って、それで来たんだよ」


総司はどうしてこんなに優しいんだろう。
どうして私のことを気にかけてくれるのか、本当のところはわからない。
私は公女で、総司はアストリアの騎士だから、護衛として気にかけてくれているだけなのかもしれない。
でもそれを確かめる必要なんてないと思った。
総司がこうして私に優しさを向けてくれる、それだけで十分に幸せなことだから。


『ありがとう、いつも気にかけてくれて』

「お礼なんていらないよ。僕がしたくてしてることだからね。でも……」


総司は穏やかに微笑みながらも、一度言葉を切って、真剣な眼差しで私を見つめる。


「もし君が少しでも悲しかったり淋しい想いをしてるなら、教えてほしいって思ってるよ」

『ううん、私は何も……』

「でも、いつも嬉しそうにしてるセラが、今日は少し不安そうに見えたんだけど」


総司はいつも私のことをよく見てくれている。
それは護衛対象として、ただ私を見ているのとは違う。
私の心まで理解しようとしてくれているかのように、私そのものをよく見つめてくれている気がした。

だから隠したいこの恥ずかしい嫉妬心や淋しさも、総司には気付かれてしまっているのかもしれない。
そう思えば勝手に悩んでいる自分が情けなくて、少し唇を噛み締めた。

それでも総司はそんな私に愛想を尽かすことも、見て見ぬふりすることもせず、こうして会いにきて優しい言葉をかけてくれる。
そんな総司に嘘をつくことはしたくなくて、私は小さい声で話した。


『総司に特別な人ができちゃうのかなって思ったの。そうしたらよくわからないけど、少しだけ……淋しくなっちゃったのかも』


心に秘めていた想いを紡ぐたびに、胸の奥が締めつけられる。
でもこの言葉はあくまでも変な意味じゃない。
これくらいならきっと、私の本当の気持ちは気付かれないよね?


『でも総司が会いにきてくれたから、もう大丈夫。元気出たよ』


急にふわりとした温もりに包まれる。
言い終わった時には、総司が私のことを優しく抱きしめてくれていたから、鼓動が一気に跳ね上がった。
総司は何も言わないまま、静かに私を抱きしめ続けるから、この心音が総司にまで伝わってしまうのではないかと心配になるくらいだった。


『あの……』


突然のことにどうしたらいいのかわからなくて、心臓が痛いほどに鳴る。
何かを言わなければいけない気がするのに、何も言葉が出てこなかった。


「……そっか。話してくれてありがとう」


ありがとうを言うべきなのは私の方なのに、総司は優しくそう言ってくれる。
静かに囁かれた声が、心の奥に優しく染み込んでいくようだった。


「君を不安にさせたり、淋しい想いはさせないから。セラが悲しい想いをするのが、僕は一番嫌だからさ」


そう言って、さらに抱きしめる腕の力が強くなる。
総司の鼓動がすぐ近くに感じられる中、私はただ総司の言葉に耳を傾けていた。


「この前の子とは、任務中にたまたま知り合ったんだ。彼女の父親が店先で数人の男達に絡まれていたのを助けたんだけど、その時に一緒にいた子でさ。名前も知らないし、当たり前だけど興味もない。でもアストリア騎士団の騎士として、街の人に冷たい態度は取れないでしょ?だからカップケーキは一応受け取ったけど、他はちゃんと断ったよ」


そうだったんだ。
それを聞いて心から安堵した私がいる。
でも何も言えなくて、私がそっと総司の胸元に額を預けると、温かい手が私の髪をそっと撫でてくれた。


『教えてくれて、ありがとう』


ドキドキは止まらないのに、総司の腕の中はとても心地良くて安心できる。
ほんの少しだけ甘えたくて、私は総司の胸にそっと擦り寄った。
私の髪を梳くその仕草があまりにも心地よくて、ついさっきまで感じていた不安や悲しみが溶けていくようだった。


「僕は一日も早く強くなって、ちゃんと君を護れるようになるよ」

『総司はもう十分強いよ』

「まだまだだよ。それに早く騎士階級一級を取得して、セラを安心させてあげたいんだ」

『安心?』

「そう。それに僕もそろそろ我慢できなくなってきてるし」

『我慢?』


安心とか我慢とか、総司の言いたいことがよくわからなくて首を傾げる。
総司はそんな私にくすりと笑って、優しく私の手を取った。


「とにかく、今は一級を目指して頑張るからさ……あと少し、待ってて」

『うん、待ってる。でも無理はしないでね?』

「無理なんてしてないよ。セラがいるから、僕もどんなことだって頑張れるしね」

『ふふ、それは私も同じだよ』

「じゃあ、これからも僕のそばにいてよ」


そっと私の指先に触れるみたいに、総司が私の手を握る。
その笑顔があまりにも優しくて、胸がまた熱くなる。


『総司が私のそばにいてくれるなら、私もずっとそばにいる』

「うん。約束だよ」


そう言って、総司はもう一度、優しく私を抱きしめてくれた。
私はそっと目を閉じる。
総司の温もりが、心の奥まで染み渡っていく。
どうかこの時間が、少しでも長く続きますように。
そう願いながら、そっと総司の背中に手を添えた私がいた。

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