7

以前の世界では、この頃セラ宛の贈り物として異様な品が届くようになった。
猫の死骸が詰め込まれた贈り物が二回。
そして刃の仕込まれたお菓子を食べてしまった時のセラの顔を、僕は今でも忘れられない。
血の気が引き目を見開き、けれど悲鳴すら上げずにただじっとそれを見つめていた。
あの時のセラは「大丈夫」と言って微笑んだけど、僕は今でも許していない。
彼女にそんなことをする人間がいることも、その犯人を突き止められなかった自分自身にも、いまだに怒りを抱いていた。

だから今回こそ必ずその犯人を暴いてみせる。
そんな考えから僕は事が起きる予定の一ヵ月程前から、公爵邸に出入りする荷物の経路を一つずつ調べていくことにした。

定期的に届けられる食品はすべて商業地区の卸問屋を経由していたため、僕は夜明け前にその問屋を訪れ、搬入の様子を確認した。
大きな荷車が並び、職人たちが手際よく樽や箱を積み込んでいる。
彼らの動きに不審な点はないか、送り状に改ざんの跡はないか、積荷の中に余計なものが紛れ込んでいないか。
くまなく確認してみても、何もおかしなところはなかった。

次に公爵邸へ贈り物を届ける商人たちのリストを確認し、一人ずつ話を聞いた。
中には初めて見る顔もいたけど、どの人物も特に怪しいところはなかった。
受け答えも自然で偽名を使っているような不自然さもない。
贈り物の配送を請け負う馬車屋にも足を運び、馬丁たちの話を聞いたもののこちらも異変なし。
挙句、前回捕らえた者達の姿も誰一人見当たらなかったから、おかしいとしか言いようがなかった。

なぜなら以前の世界では、この時期に差し掛かるとどこかしらに不審な動きがあったはずだ。
身元の曖昧な配達人が紛れ込んでいたり、送り状が書き換えられていたり、妙な経路を通って荷が運ばれていたり。
何かしらの前兆があったはずなのに、今回はそれがまったくない。

僕が動いていることを知られた?
それともセラを狙っていた存在自体が、今回はいないのか?

僕は公爵邸の裏門に立ち、荷を降ろしている使用人たちを見つめた。
誰もが慣れた手つきで荷を運び、受け取りの確認をしている。
まるで何の問題もないかのように。


「……変わった?」


僕の知らない変化がこの世界にはあるのかもしれない。
実際、僕が辿っているこの世界は前回とは確実に違う。
例えば建国祭でセラが行きたいと言った場所も違ったし、先日の音楽の祭典の帰り道では、セラは馬車の中でしっかり目を覚ましていた。
僕自身も以前より騎士階級も上で、携わる任務も前回とは違う。

だからこの世界ではセラが狙われていない可能性も大いにあるのかもしれない……なんていう淡い期待も生まれるけど、目に見えない敵ほど厄介なものはない。
今はただ警戒を解かずにいるしかないと、拳を握りしめていた。


そしてそれから数日、相変わらず公爵邸は平穏で、前の世界で起きた贈り物事件が嘘のように何もない日常を送っている。
庭園に行けばセラは嬉しそうに微笑んで、僕が来たことに喜んでくれているようだった。


『総司、お疲れ様』

「うん、セラもね」

『今日はね、これを一緒に食べようと思って持ってきたの』


セラの座る長椅子の隣に腰を下ろすと、セラは上目で僕を見つめて手の中の箱を見せる。
どこかで見たことのあるようなデザインだったけど、大して気には止めず、どちらかと言えばセラの顔ばかりを眺めていた。


「ははっ、こんなところで食べて怒られないの?」

『本当はあまり良くないけど……総司は大目に見てくれるよね?』

「僕は気にしないよ。でも山南さんや近藤さんにうっかり口を滑らせちゃったらごめんね」

『ええ?言ったらダメなんだからね』


ほんの少し眉を吊り上げて見せるセラの様子に笑いながらも、この世界ではこの子が傷つけられずに過ごせていることに安堵する。
どうかこのまま誰からの悪意もセラに向けられることがないようにと願うことしかできない。


「冗談だよ。それ、何?」

『これはね、毎年この時期になると届く商家からのお菓子なんだけど、私が大好きなものなの。マシュマロの中に生クリームとフルーツのジャムが入っててとっても美味しいんだよ』


何の気なしに箱を開けるセラを見ていたけど、その中を見て僕は瞬時に思い出す。
それは間違いなく、前の世界でセラを苦しめる原因となったお菓子だった。


『私が一番好きなのは、この苺味』


セラが桃色のマシュマロを指先で摘んだ時、一気に血の気が引く気がした。


「駄目だ……!」


思わず目の前の細い手首を掴んでしまえば、大きな瞳は見開かれる。
僕の力が強すぎたのか、それとも驚かせてしまったのか。
セラの指先からはマシュマロが地面に落ち、彼女の瞳も不安そうに揺らいでいた。


『……そう……じ?』


あれだけ確認したのに、どうしてこのお菓子がここに?
いや……、でも見る限り苺味らしきものは以前とは違ってたった一つではなさそうだ。
となると、これは本来届くはずの商家からの正式な贈り物っていうこと?


「ちょっとこれはまだ食べないでくれる?」


落ちたマシュマロを拾い上げ、試しに中を割ってみる。
すると見る限り刃などは仕込まれていない、普通のお菓子。
匂いも怪しい点はないものの、万が一毒でも仕込まれていたら大変なことになる。
とは言え、先日、公爵邸への荷物は全て正式なルートを通らない限り送れないよう手筈を整えたばかりだ。
だからこのお菓子はおそらく大丈夫なんだろうけど……。


『総司……どうしたの?』


頭の中で色々な思考を巡らせていると、不意に袖が引かれて我に返る。
目の前ではセラが不安そうにしながら、僕を見つめて眉尻を下げていた。


「ごめんね、そんな顔しないで」


僕以外、誰も以前の世界でのことを知らない。
それは勿論セラも同じで、こういう時は無性にもどかしく感じてしまう。
本来なら全てを話した方が楽だけど、記憶にもない出来事を伝えられて誰が信じることができるだろう。
何よりセラに余計な不安や恐怖を与えたくないから、僕はそっと彼女の髪を撫でた。


「実は最近、良くない噂を耳にしてさ」

『良くない噂?』

「貴族宛の贈り物の中に、いたずらされてるものがあるんだって」

「いたずら?」


僕の言ったことを復唱しては首を傾げるセラが可愛くて、僕の口元は思わず緩む。


「そう。例えば鋭利なものが入ってたり、ちょっとした毒が仕込まれてたりね」


勿論、こんな噂があるというのは出鱈目だ。
ただセラにも少しだけ警戒心を持って欲しくてそう言ってみたけど、彼女は思った以上にその言葉を重く受け止めたのか、物凄く悲しそうな顔で自分の手元のお菓子を見ていた。


『そんなことがあるの?もしかして誰かそれを食べちゃった方がいるの?』

「うん、そうみたいだよ。大事には至らなかったみたいだけど、用心するに越したことはないでしょ?」

『そうだね……。でもその方、大丈夫だったのかな。一度そういうことがあると、食べることが怖くなっちゃいそうだよね。心の傷になってないといいんだけど』

「……うん、そうだね」

『それに一生懸命お菓子を作ってくださってる職人さんたちからしても困る話だよね。そのことが理由に手に取ってもらえなくなったり疑われたりするようになったら、辛いと思うから……』


しょんぼりとしながらそう話すセラは、自分の身に起きることよりも他の人の心配をして胸を痛めている。
だからこそ余計に僕がセラを気にかけてあげたいと思ってしまうわけだけど。


「確かに最初から全部疑ってたら何も食べられなくなっちゃうよね。だからさ」


そう言って、箱に入ったもう一つの苺味のマシュマロを手に取る。
そしてそれを綺麗に半分に割ると、僕はその半分を口に入れた。


「ん、おいしいね。毒もなさそうだよ」

『……総司?』

「はい、この半分は安全だよ。セラも口開けて」

『え?でも……』

「ほら、食べて」


指先で摘んだそれをセラの口元まで持っていくと、少し照れくさそうに僕を見上げた後、素直にそれを食べてくれる。


『おいしい……』

「良かった」

『でも今の……総司が毒味役ってこと?』

「僕が半分食べて大丈夫だったら安全でしょ?」

『でももし毒が入ってたらどうするの?総司が倒れちゃったり、万が一のこともあるかもしれないんだよ。そんなの私、嫌だよ』

「僕の方が君より身体が強いんだから問題ないよ」


セラの膝の上にあるお菓子の箱。
その中に規則正しく並んだマシュマロの一つを手に取り、更にまた毒見をしようとした時だった。

突然セラがその手をすっと伸ばし、僕より先にマシュマロを摘み上げた。
そしてまるで思い切ったようにそれを半分にちぎり、小さな口でぱくりと食べてしまった。


「ちょっと、なにやってるのさ」


呆気にとられながらそう言うと、セラはゆっくりと口の中のマシュマロを味わい、ほわっとした笑みを浮かべた。


『おいしい、これも大丈夫そうだよ』

「なんで勝手にこんなことするの?」


心底安心したように呟くセラを見て、少しだけ強めに言うと、セラは不満そうに小さく唇を尖らせた。


『総司に毒見役ばかりさせたくないから……、だから半分は私が毒味しようと思って』

「だめだよ、君になにかあったらどうする気?」

『じゃあ総司に何かあったらどうするの?』

「僕はこの程度のことは平気だよ。でも君は違うでしょ。君になにかあれば悲しむ人が沢山いるんだし」

『総司になにかあったら私が悲しいんだよ?総司は私が悲しい思いしてもいいの?』


セラにしては、珍しく強気な言葉だった。
眉を下げながらも真剣にそう言ったセラを見つめながら、僕は小さく息をつく。


「その言い方はずるいよね」


セラの気持ちにどう応えるのが正解なんだろう。
言葉が見つからなくて、代わりに伸ばした指先で目の前の小さな鼻を摘んでみた。


『んん、なに……?』

「どうしてそんなに人のことばっかり考えるのかな」

『総司のことだから、考えて当然だよ』


僕が指を離せば、鼻をさすりながら何の迷いもなく言い切るセラに思わず苦笑する。
この子の優しさに惹かれてしまうのはもう今に始まったことではないけど、だからと言ってこれ以上危険に触れるかもしれない行動をさせたくはない。


「もうこんなことしたらだめだよ。次同じことしたら一週間君とは口をきかないからそのつもりでね」


瞳を細めてそう言い切ってみれば、すぐに不安そうな声が返ってきた。


『それは……だめ』

「どうして?」

『だってそんなの、いやだもん』

「でも僕は本気だよ。君が危険なことをやめないならそうするしかないよね」


セラの不服そうな顔を見ながら、わざと真剣な口調で言ってみる。


『本当に一週間も?』

「うん。僕は一度決めたことは絶対に曲げないよ」


しばらく黙っていたセラは、不安気に僕を見つめた後、悲しそうにお菓子の箱枠を指先で撫でた。


『総司ばかりに毒味させたくないよ。でも総司と話せなくなるのはすごく淋しいし……』

「僕は平気だよ。ちゃんと中も確認してから食べるしね。でもセラは中も見ずに匂いすら確認しないまま食べてたでしょ。そんな危機感ない子に毒味役は向かないよ。だからもう勝手なことしないこと」

『でも……』

「でもじゃなくて、ちゃんと約束できる?できないなら僕はその箱を持って今すぐ庭園から出て行くけど」


少し意地悪な物言いをすれば、セラは小さく唇を噛んだ後、決意したように僕を見上げた。


『……約束する』

「うん、それならよろしい」


いまだに納得していなそうなセラの髪をそっと撫でる。
セラは目を伏せ何かを考えるように指をいじっていたものの、やがてぽつりと呟いた。


『だけどさ?』

「ん?」

『一週間も本当に口をきかないなんて、できないと思うよ?』

「どうして?」

『だって総司は私が困ってたら、絶対にいつも助けてくれるから』

「ふうん、そう思うの?」

『うん』

「じゃあもし僕が本当に意地を張って無視し続けたら?」

『そうしたら……うーん……』


考え込むように首を傾げて、すぐにぱっと何かを思いついたように僕を見つめた。


『総司の部屋の前でずっと待とうかな』

「え?」

『一週間ずっと部屋の前で待ってたら、総司もお話してくれるかもしれないし』

「…………」

『ご飯のときも、お仕事のときも、おやすみのときもずっとそこに立ってるの。そうすれば総司もさすがに話してくれるかなって……』


可愛らしく首を傾げながら「違う?」なんて言うセラに、僕は思わず笑ってしまった。


「君って本当にどうしようもなく甘えん坊だよね。そんなことされたら一週間どころか一日も耐えられないよ」

『じゃあ最初からそんなこと言わなければいいのに』


むくれたように唇を尖らせる彼女が可愛くて、僕は小さく笑いながらそっとセラの手を取った。


「ごめんね。もう君を困らせるようなことは言わないよ」

『ほんと?』

「うん。そのかわりセラも危険なことはしないで。これは君を大事に想う僕からのお願いね」


その言葉と一緒に、セラの手の甲にそっと唇を落とす。
驚いたように目を瞬かせた彼女がゆっくりと頬を染めて、恥ずかしそうに視線を逸らした。 


『そういうの……ずるいよ……』

「なんで?」

『だってそんなこと言われたら何も言えなくなっちゃうもん……』

「ずるいのは君でしょ。僕だってあんなこと言われたら、君をもっと護りたくなるんだけど」


セラの瞳が揺らいだのを見て、僕はまた彼女の手を優しく包み込む。
すると少し照れ臭そうに微笑んだセラが、半分食べたマシュマロをそっと摘み、僕の方へ差し出してきた。


『これは安全だよ、総司も食べて?』

「それ、セラが食べさせてくれるの?」

『うん』

「じゃあもらおうかな、せっかく君が体を張って毒見してくれたものだしね」


嬉しそうに口角を上げながら、セラは少しだけ僕の口元に手を近づけた。
だから僕はふっと微笑んで、差し出されたマシュマロをセラの指ごとくわえた。


『あっ……』

「ん、やっぱり美味しいね」

『もう……、なにするの?』

「なに?どうかした?」


わざと知らないふりをすると、セラは頬を少し染めながら、必死に言葉を探している。


『今指まで……』

「マシュマロを食べただけだけど」

『そういう食べ方しなくてもいいでしょ』

「だってセラが食べさせてくれたんじゃない」

『それはそうだけど……』


じっとり睨んでくるセラを見つめながら瞳を細めて意地悪く微笑めば、セラが笑い僕も笑った。
また当たり前にこうして隣で過ごせることの大切さを身をもってわかってるからこそ、こうしていられる時間が幸せだった。


「楽しいね」


特別なことをしなくても、ちょっとしたやり取りですら、僕はセラといると楽しいよ。
だから思わず口から出た言葉に少しばかり照れ臭さを感じだけど、セラは瞳を柔らかく細めて愛らしく微笑んでくれた。


『うん、楽しい。私、総司と一緒にいる時間、すごく好きだよ』


セラは何気なく言ったのかもしれない。
でも僕にとってはとても特別な言葉だった。

セラが僕との時間を好きだと思ってくれるなら、僕はもっとセラの心を動かしたくなる。
他愛のないことでも楽しいと思えるように。
毎日セラが笑ってくれるように。


「じゃあ、これからも退屈しない毎日をあげるよ」

『ふふ、期待してる』


その笑顔が何よりも愛しくて、僕は彼女をずっと見つめていた。
セラと出会うまでは、誰か過ごす時間が心地良いと思ったことは一度もなかった。
そんな僕に初めて人といる喜びを教えてくれたのは、この子だ。

だからこの時間をもう二度となくさないように、僕がセラを護ってみせる。
そう心に誓った午後だった。

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