3
小さな一つの誕生日ケーキ。
それを見つめていると、総司がケーキを手にその場で立ち上がった。
「向こうで一緒に食べようか」
『ここで食べないの?』
「庭園に行こうよ。ここは嫌な予感がするんだよね」
『嫌な予感って?』
「ほら、こんな場所で食べてるところを偶然来た山南さんとかに見られたら大変でしょ?僕のせいでセラのお行儀が悪くなったなんて思われたくないし」
『ふふ、確かに。じゃあ庭園で食べようね』
想像出来ることだったから思わず笑ってしまったけど、確かに噴水に腰掛けたまま食べるのはあまりお行儀が良いとは言えない。
総司と並んで歩き、お目当ての場所に辿り着くと、夜の庭園はここで総司が悲しそうに肩を震わせていたあの日のことを思い出させた。
「じゃあここに座って」
総司はいつもの長椅子に腰掛けると、私の座るところに彼のスカーフを敷いてくれる。
お礼を告げて腰掛けて、いざ食べようとしたらフォークがなかった。
『あ、ごめんね。フォークのこと、頭になかったみたい』
「別にいいよ。多分そうなんだろうなって思ってたしね」
『もう、それどういう意味?』
「なんでもないよ。はい、こうやって食べるのも美味しいよ」
総司はケーキを手掴みにすると、それを私の口元に持ってくる。
思わず目を瞬いて目の前のケーキを見てから、今度は総司の顔を見上げてしまった。
『かじるってこと?このまま?』
「そうだよ。経験値の一つとして、こういう食べ方も悪くないと思うけど?」
『じゃあ……』
折角の総司の誕生日ケーキ、一緒にお祝いしたから思い切ってかじってみる。
直ぐに口の中は甘くなって、美味しいクリームの味が口一杯に広がった。
『うん、甘くて美味しい』
「なんでクリームのところだけ食べちゃうのさ。ちゃんと下も食べてよ」
『だってそんな大きい一口、出来ないもん』
「君は美味しいところだけ一人で食べちゃうんだね」
『ふふ、ごめんね』
「仕方ないお嬢様だよね。しかも口にクリームついてるし」
総司の言葉を聞いて唇を指先で拭ってみる。
でも「そこじゃないよ」と言った総司が、私に顔を近づけるなり唇の横をぺろりと舐めてきたから本当にびっくりする。
「うん、美味しいね」
『な、何してるの……』
「何って、君に付いてるクリームを取ってあげただけなんだけど」
『でも……あんな取り方しちゃうの……?』
「別にいいじゃない、唇じゃないし。それに君に付いてるクリームの方が、美味しそうに見えたっていうのもあるけどね」
飄々とした様子でそう答える総司は、いつもの調子で私の様子を見ては意地悪な笑みを浮かべて満足そうにしている。
最近こういうことは珍しくはなかったから、総司がどういう人なのか少しずつわかってきた気がした。
「ほら、食べなよ」
『うん、ありがとう』
「ちなみにまた口についてたら、同じことするから気をつけて綺麗に食べてね」
『そんなこと言われたら、もう食べられませんよ』
「どうして?僕の誕生日ケーキなのに一緒に食べてくれないの?」
『総司が変なことしようとするからでしょ?』
「変なことなんてしないよ。だからほら、ね」
口元にあるケーキをまた一口食べて、私は直ぐに自分の口元をハンカチで拭う。
その様子を見て笑う総司は、少し困ったように眉尻を下げていた。
「あーあ、残念」
『余計なことしようとしないで』
「はいはい」
『返事は一回だよ』
「はーい」
なんだか気の抜けた返事が返ってきたからじっとり総司の方を見つめてみても、総司はいつもの如く楽しそうに口の端を上げている。
出会ったばかりの頃は少し鋭くも見えたその瞳も、今ではたとえ意地悪そうに細められていたとしても優しくて。
私は思わず緩んだ唇を隠すように顔を俯かせた。
「はい、セラちゃん。食べて」
再びケーキが口元に差し出され、誘われるように総司を見上げる。
『ありがとう……』
「ありがとうございます、総司さま、でしょ?」
『またそれするの?』
「うん、ちょっとツボだったんだよね」
『ふふ、変な総司』
「ねえ、もう一回やってみてよ」
敬語を使うことは慣れているけど、総司に使うとなると少しだけ照れくさい。
でも総司からの頼みならと微笑んだ私は、総司を見上げてその台詞を言うことにした。
『ありがとうございます、総司さま』
「うん、たくさん食べていいよ」
優しく囁くような声と、どこか意地悪そうな瞳。
私は少しだけためらいながらも、そっと口を開けてケーキを受け入れる。
ふわりと甘い香りが広がって、幸せな気持ちになった。
『おいしい』
「そっか。じゃあ、もう一口食べる?」
また総司の手の中のケーキが、私の唇へと導かれる。
少しだけ見つめると、総司はまるで遊ぶような表情で、わざと私の口が届かないところで手を止めた。
『届かないよ?』
「セラがもっと可愛くおねだりしてくれたら、食べさせてあげようかな」
くすくすと笑う総司は、わざと焦らすように、指先を少しだけ遠ざける。
この総司さま呼びはいつまで続ければいいんだろうと思いながらも、私は誘われるように再び口を開いた。
『総司さま、もっと食べたいです』
ぽつりと小さく呟くと、総司は満足気に微笑んで、それからゆっくりとケーキを私の口元に運んだ。
「いい子だね」
その声音がやけに甘くて、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
まるで総司に褒められることが嬉しくて仕方ないみたいだ。
「ほら、またついてるよ」
指先で唇を拭われて、その甘い感覚に胸が高鳴る。
思わず小さな声で彼の名前を囁くと、総司の目がすっと細くなって、口元にいたずらっぽい笑みが浮かんだ。
「そんなに僕に食べさせてもらうのが好きなの?」
『うん、そうかも』
「じゃあ、もっとあげる」
そう言って、また一口、そしてもう一口。
次々とケーキを口元に運ばれるたびケーキは小くなって、この時間がまだ終わってほしくないと思ってしまう。
気兼ねなくどんな時でも総司と会えたら、それ以上幸せなことはないのに。
『総司、手がクリームだらけになっちゃったね』
そう言いながら、私は自分のハンカチをそっと総司の指先にあてがった。
クリームがついた部分を優しく拭いながら、ちらりと彼の顔をうかがうと、総司も私を見つめていた。
「優しいね、セラって」
『ふふ、どつして?別に、普通のことだよ』
「そう?」
総司の声が、どこか低く響く。
顔を上げると、総司の瞳が私をまっすぐに見つめていた。
ふざけたような笑みは消え、代わりに少しだけ真剣な表情を浮かべている。
「僕にこんなに優しくしてくれるのはセラだけだよ」
総司の指先が頬にかかった髪を撫でるように耳にかけてくれる。
見つめられるとドキドキして思わず視線を逸らしたけど、そんな時辺りには急に強い風が吹いた。
夏の夜風が肌を掠めていくのは心地良い。
でも膝の上に置かれた薄手のハンカチは舞い上がり、少し先に飛ばされてしまった。
『あ、ハンカチ』
ハンカチは少し先の花壇の近くに落ちている。
あのまま見つめられていたら心臓がもたないから、私は少し安堵しながらハンカチを取りに行くため立ち上がった。
「平気?」
『うん、遠くまで飛ばされなくて良かった』
ハンカチを拾い上げ、再び総司のところに行こうとした時、また強い風が吹いた。
すると今度は私の座るところに敷いてくれていた総司のスカーフが勢いよく風で舞い上がった。
『あっ……』
大変、今度は総司のスカーフが飛ばされてしまう。
地面に落ちたら真っ白なスカーフが汚れてしまうから、私は慌てて総司の元へと駆け寄った。
けれどスカーフに手を伸ばした時、思い切り踏んだ柔らかいもの。
それが総司の靴だと気付いた時にはバランスを崩し、座る総司の上に倒れ込んでいた。
『……っ』
総司の腕の中、やわらかい唇の感触が、私の唇に触れている。
それが何を意味するのか理解した瞬間、全身の血が一気に逆流するような感覚に襲われた。
目の前には驚いたように目を見開く総司の顔。
ほんの一瞬の出来事だったのに、まるで時間が止まったかのように思えた。
『ご、ごめんなさい……!』
すぐに顔を離したものの、衝撃が強すぎて頭が追いついていかない。
唇に残る感触が信じられないくらい鮮明に残っていて。
やっとの思いで声を出したけど、自分の声がいつもよりも震えているのがわかった。
『私……今……ごめんなさい……』
言葉が続かない。
総司の顔をまともに見られず、俯いたままひたすら心臓が煩くなるのを感じていた。
「大丈夫だってば。そんなふうに謝られたら、僕の方が困っちゃうよ。ほら、座って」
総司は私を支えるようにしっかりと抱きとめてくれていて、彼の隣に座るようにそっと導いてくれる。
「僕の方こそちゃんと受け止められなくてごめんね。気にしないでいいから」
優しい声が耳に届くけど、意図せずとはいえ総司の唇に触れてしまった。
酷いことをしてしまったと思うと、胸がぎゅっと締めつけられる。
『ごめんなさい……』
「ははっ、そんなに落ち込まないでよ。そんなに僕が相手じゃ嫌だった?」
『違うよ、そうじゃなくて……本当に申し訳なくて……』
小さくなった声で言うと、総司は小さく息を吐いた。
「本当に気にしないで。僕的には君が相手で嬉しいくらいだし」
『総司は優しいからそう言ってくれるけど……』
でもそんなはずない。
前に総司は誰かと触れ合うことを好まないって言っていた。
それなのに……
『本当にごめんなさい……』
それしか言えなかった。
ただ申し訳なさに押し潰されて、拳をきつく握ることしかできないでした。
けれどそっと名前を呼ばれたかと思うと、優しく持ち上げられた顔。
驚いて総司を見つめると、そのまま頬に手が添えられた。
そして総司の顔がより近くなった時、ふんわりとした温もりがもう一度唇に触れる。
さっきのようにぶつかるようなものではなく、本当に優しく触れるだけのものだった。
「これで、おあいこね」
柔らかく微笑む総司の声が、優しく夜風に溶けていく。
『……おあいこ……?』
「うん。だから、もうそんなに気にしないで」
総司の表情はどこまでも穏やかで、あたたかくて。
それなのに少しだけ照れくさそうに微笑んでいるようにも見えた。
『……総司……』
心臓が高鳴る。
先ほどまで焦ってばかりだったのに、今はただドキドキしてしまう。
夜の静けさの中、唇に残る二度目の温もりが消えないまま、私はそっと視線を落とした。
「ははっ、照れてる」
『……だって……今……』
一度目は事故、二度目は総司から。
どんな理由であっても、私達はキスをした。
自分には程遠い話だと思っていた行為を、まさか今夜、こんな形で経験するなんて。
しかも大好きでたまらない総司が相手だなんて。
胸の奥が甘く切なく締めつけられて、心臓の音が耳の奥で響くみたい。
唇にはまださっきの温もりが残っている気がするから、どうしようもなく恥ずかしくなった。
「セラ?平気?」
『……え?』
「なんだか放心してるけど」
『あ、ごめ……なさ……』
「まだ謝ってるの?もうおあいこだって言ったでしょ?」
総司は私が気にしないように、自分からもしてくれたんだとわかってる。
その気持ちが嬉しい反面、今は色々冷静にはなれなくて、必死に心を落ち着かせようとしていた。
そもそも総司は、そんなに簡単にキスしちゃっていいのかな?
初めてじゃ……ないのかな?
それとも私が総司に、物凄く気を遣わせてしまってる?
どうしよう、総司は今何を考えているんだろう。
「セラ」
脳内で色々な考えを巡らせていると、不意に耳元で囁かれ、びくっと肩を跳ねさせた。
顔を上げれば、どこか楽しそうに私を見つめる総司がいる。
その眼差しがあまりに穏やかで、優しくて、でも……
「今ので足りないなら、さっきの続き、する?」
そんな意地悪なことを言うから、本当に困る。
『……っ』
驚いて、咄嗟に両手を伸ばす。
距離を詰めてきた目の前の総司の胸を、思い切り押し返した。
『……ぜったいしないっ……』
顔が熱い。
心臓が痛いくらいに高鳴って、総司の顔を見る余裕なんてまるでなかった。
けれど押し返したはずなのに、総司は少しも動じることなく、私の腰にそっと手を添えて、するりと更に距離を詰めてきた。
「あっはは、そんなに慌てなくてもいいのに」
『やだよ、離れてっ……』
「だって、セラがかわいい反応するからついね」
耳元で囁かれ、背筋がぞくっと震える。
もう、だめ。
頭までくらくらてきた。
『……総司、……も、やめて……』
「ん?僕なにかした?」
とぼけた顔で微笑むくせに、目が少しも笑っていない。
まるで私のことしか見えていないみたいな目をして、引き寄せる腕にもより力が入れられた気がした。
『そ、総司、もう、ほんとうに……っ』
「ほんとうに、なに?」
これ以上は心臓がもたない。
顔が熱くて、恥ずかしくて、今すぐ逃げ出したくなってしまう。
でも、腰に添えられた手がやさしくて。
総司のぬくもりが心地よくて。
逃げることもできずに、ただその腕の中でぎゅっと目を閉じた。
すると静かな夜の中で、くすくすと笑う声がした。
「怖がりすぎ」
見上げた総司の顔にはもう意地悪な笑みはなく、かわりに私を慈しむような柔らかい眼差しがその瞳に宿っていた。
「これ以上からかうと泣かせちゃいそうだから、そろそろやめないとね」
身体が離れると、私に触れる総司の体温もなくなる。
ホッとするのに少し淋しくて、自分でもよくわからない感情になるから、手に掴んだスカーフをギュッと握っていた。
いつもなら強気でやめてと言えるものの、今日は自分に落ち度があるから言えないし……。
何より気まずくて恥ずかしくて、今すぐここから逃げ出したい気持ちになった。
『あの……』
「うん?」
『これで……』
せめてもの償いになるかはわからないけど、手に持っていたスカーフで総司の唇をそっと拭く。
すると総司は目を瞬いて、私の手首を掴んだ。
「ちょっと……、何してるの?」
『念の為……』
「はい?」
総司は目を瞬かせながら、私の手首を軽く掴んでいる。
まるで予想外のことをされたみたいな顔で、どこか困ったような表情にも見えた。
本当は何も気にしないふりをして、すぐにこの場をやり過ごせたらよかったのに。
でも、どうしても気になってしまった。
『一応拭いて、綺麗にしたほうがいいと思って』
総司は何も気にしていないみたいな顔をしてくれていた。
それが本当ならいいけど、もし少しでも傷ついていたらどうしようという節操感がどうしてもなくなってくれない。
「セラ」
『……なに?』
「もしかして、本当にすごく気にしてる?」
気にしてないわけがない。
こんなに恥ずかしくて、どうしていいかわからなくて、胸の奥が苦しくなっているのに。
だけど、総司にそんなふうに思わせたくなかった。
『……ううん、私は全然……?でも総司が気にしてるかもしれないって……思って……』
笑顔でそう言ってみたけれど、総司はほんの少しだけ困ったように笑った。
「僕は嫌だったら、さっきみたいなおかえしなんてしないよ。それを証明するために僕からしたつもりだったんだけど」
『それはわかってるけど、総司は優し過ぎるよ。足だって思い切り踏んじゃったのに……』
「いや、そんなことで僕は腹を立てたりしないよ。それに……」
そう言って珍しく言い淀んだ総司を黙って見つめていると、そのまま小さくため息を吐き出して苦笑いをしてみせた。
「とりあえず、本当に気にしないで。僕は嬉しいくらいだから」
頭にぽんぽんと手が乗せられて、完全に子供扱いだけど優しい言葉をかけて貰えるのはありがたいことだと思う。
黙って頷くと、総司は優しく微笑んでくれた。
「なるべく早く、騎士階級上げないとね」
『え?どうして?』
「セラを護れる自信をつけたいんだ。僕の今の一番の目標はそれだからさ」
総司はどうして私を護ろうとしてくれるのだろう。
騎士だから?専属騎士になりたいから?
それとも他に野心や何かがあるのかな。
総司はあまり多くを語る人ではないからその本心全てはわからないけど、総司が私を大切にしてくれていることも、私を護ろうとしてくれていることも伝わってくる。
だから私は総司が傍にいてくれることが嬉しい反面、胸に抱く本当の想いは気軽に口には出せなかった。
『ありがとう、総司』
「お礼を言われることじゃないよ、好きでそうしてるだけだからね」
お互い無言になって、夏の風の音が葉を揺らす音が耳に届く。
上手く聞くことも伝えることも出来ないけど、折角総司がこんな素敵な夜をくれたんだから、今日は最後まで幸せな日にしたい。
『でも……今日だって、本当にありがとう。総司が来てくれたから楽しくて幸せな誕生日になったよ。ペンダント、大切にするね』
私はこれから先、このペンダントを見る度思い出す。
総司が言ってくれた言葉も今日の出来事も、この気持ちも全部。
総司との幸せな時間が終わってしまうのが怖いから、この特別な感情を無闇に口に出すことは出来ないけど、私は誰よりもこの人が好き。
総司が私の為に強くなろうと努力してくれているから、私も出来る限り頑張りたいって思えるんだよ。
「こちらこそ楽しかったよ。僕までお祝いして貰っちゃったしね」
『来年はもっと大きなケーキでお祝いしようね』
「別にいいのに。でもありがとう、楽しみにしてるよ」
再びお互い無言になって、こんなことは珍しいから一生懸命言葉を探す私がいる。
でもそんな私に微笑みを向けると、「もう遅いから、そろそろ戻ろうか」と言って総司が立ち上がった。
『うん……』
本当はまだお城に戻りたくない。
でも庭園の時計を見れば、あと十五分でもう十時。
私が城の中に戻らなければならない時間だ。
横で伸びをしている総司を見上げて、このまま終わるのは少し淋しいと思ってしまうから。
歩き始めた総司のスーツを掴んで、思わず彼を引き留めていた。
「どうしたの?」
こういうことって、言ったら変に思われるのかな?
でも友達や家族にも普通に言う言葉だから、問題ないよねと自分の中で一度確認を取る。
『あと十分だけ……時間があるの。だからもう少しだけ一緒にいたいなって思って……駄目かな?』
最後の方は情けなく尻窄みの言葉になってしまった。
不安から総司を見上げると、総司は眉尻を下げながら優しく笑って言ってくれた
「勿論いいよ。ぎりぎりまで話そうか」
『うん』
良かった、これだけのことを言うのに凄く緊張した……。
柔な心臓が嫌になるけど、まだ総司と一緒にいられるから嬉しい。
それでも以前、ここで過ごした夜を思い出して、思わず口を開いた私がいた。
『総司、あれからもう大丈夫?』
「ん?何が?」
『前に夜、ここで会った時があったでしょ?その時、総司の様子がいつもと違ったから心配してたんだ。あの時は聞けなかったけど、もう解決したのかなって……。勿論話したくなければいいんだけど』
私の問いに総司の瞳は僅かに揺れて、ただ真っ直ぐ私を見つめてくる。
そして少し気不味そうに苦笑いをすると、いつもの穏やかな声で応えてくれた。
「あの時はごめんね。ちょっと嫌な夢を見ちゃってさ、僕はちょっとおかしかったかもしれない。みっともない姿を見せちゃったよね」
『ううん、そんなことないよ。誰だって悲しい時や辛い時はあるから』
「まあ、そうなんだけどね。でもセラが慰めてくれたし、もう元気になったよ」
『本当?もう悩んだりしてない?』
「うん、悩んでないよ。今日だって一緒にいられたし、セラといるとそれだけで元気になれる。それに君を護るために強くなりたいっていう目標が、僕にとって大事な生きる理由になるんだ。僕はもう大丈夫だから、君はそんな顔しないの」
自分がどんな顔をしているのかわからなかったけど、総司が悲しんでいれば私も悲しくなってしまうのは当然のこと。
それでも私といると元気になれると言ってくれた総司の言葉や、私を護るために強くなろうとしてくれる気持ちが嬉しくて、彼のためにも明るい笑顔を見せたいと思った。
『私ね、ずっと毎日が同じことの繰り返しだなって思ってたんだ。家庭教師との勉強や習い事に追われて、お城の外に出掛けるのは年に数回だし……別にそれが不満だったわけじゃないんだけど、特別なことも特にないんだろうなって思ってた。勿論毎日のお菓子とか新しい本とか、それなりに楽しいこともあったんだけど、でもそれだけだったの』
それが嫌だと言うより当たり前で、就学するまではずっとそんな毎日が続くと思っていた。
誘拐された時、その当たり前の日常がなくなって初めてその日常が幸せだと気付いたけど、変わったのはそれだけではなかったんだよね。
『でも総司がこのお城に来てくれてから、毎日が楽しくなったの。今日会えるのかなって考えるだけで楽しみだし、総司の姿が見えると嬉しくて。今日も今までの誕生日の中で一番幸せだったよ。今毎日が充実してるのは総司のお陰だから、いつも感謝してる。私も総司といるだけで元気になれるし、頑張ろうって思えるよ』
好きな気持ちは言えないのに、好きな理由だけ伝えてみたら少し恥ずかしくなってしまった。
総司も少し驚いたような様相をした後、いつものように笑うから、なんだか余計に照れくさい。
「はは、なんかそれってさ」
『うん?』
「……いや、なんでもないよ。ありがとう、僕のことそんな風に思ってくれて」
再び伸びてきた手が優しい頭を撫でてくれて、こうなるとやっぱり妹扱いされてる気分。
でも総司が嬉しそうに笑った顔が見れたから、私も幸せな気分になった夜だった。
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