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総司の悪戯に困りながらも、微笑む顔を眺めながら、また総司のことが好きになった。
このペンダントを選んでくれた理由も、総司に大切に想ってもらえることも本当に幸せだった。
『総司、去年の誕生日にした約束覚えてる?』
「ん?」
夜空を見上げていた総司は、私の方に視線を向けると可愛らしく小首を傾げている。
『総司の誕生日、教えて』
総司と会話をしていく中で、彼が自分の誕生日に関心がないことは知っていた。
でもそれはきっと総司の意思ではなく、彼の周りに誕生日を大切にしてくれる人がいなかったからだとわかった。
だからこそ私は総司の誕生日を全力でお祝いしたいし、そのための準備だってもう万全。
今日の私にとって一番大切なことは、総司の誕生日を祝うことだった。
「ああ、僕の誕生日を教えるって話してたっけ」
『うん。ちゃんと一年間待ったよ。だから教えてくれる?』
眉を下げて微笑んだ総司は、しばらくすると素直に日付を口にした。
「五月三十日だよ」
五月三十日、その日に総司はこの世界に生まれてきてくれた。
そう思うと、いつもは何も感じずに過ごしていたその日が特別な日に変わる気がした。
『五月三十日だね、覚えたよ』
「セラと丁度二ヶ月違いだから覚え易いでしょ」
『うん。あと、総司はなんとなく春生まれかなって気がしてたんだよね』
「そうなの?どうして?」
『春は私が一番好きな季節だから。あと、総司の瞳の色が春に芽吹く草木の色をイメージさせるからかな』
総司は目を瞬かせると、くすりと笑って私を見つめた。
その瞳が最近、以前より増して優しく見えるから、この眼差しを向けられると鼓動を早めてしまう私がいる。
『じゃあ、ここからは総司の番ね』
「え?」
『今夜は二人で総司の誕生日もお祝いしたいんだ』
噴水の裏の箱の中、こっそり隠しておいた贈り物を取りに歩き出す。
包みのうちの一つを手に取り、それを総司に手渡した。
「少し過ぎちゃったけど、お誕生日おめでとう、総司」
本当に総司は誰にもお祝いをしてもらったことがなかったのかな。
そうだとしたら、それはなぜ?
その理由を聞くつもりはないけど、以前聞いた幼少時代の話を思い出し、私の胸は苦しくなった。
勿論誕生日のお祝いをしてもらえないからといって、不幸せだと言いたいわけじゃない。
ただ私は総司が好きだから、総司の誕生日はとても大切。
そう想う気持ちで祝うのが誕生日だと思っていたから、総司の誕生日は出来れば一緒に過ごしたかった。
「ありがとう。でもプレゼントなんて良かったのに、今日は君の誕生日なんだからさ」
『自分の誕生日に総司の誕生日をお祝いできること、私は嬉しいよ』
「はは、変なの。まあ……ありがたく開けさせてもらうね」
少し前、お父様と山崎さんと王都に出向いた時に選んだ贈り物。
総司が負担なく使える物にするつもりで選んでいると、総司に似合いそうなタイバーを見つけた。
シンプルでスタイリッシュなデザインの中にも、白金の高級感が際立った細工。
気に入って貰えることを願っていたけど、総司はそれを見るなり、すぐに顔を綻ばせた。
「かっこいいタイバーだね、気に入ったよ」
『ふふ、良かった』
「デザインがいいね、しかも僕の名前入りだ」
光に当てて嬉しそうにタイバーの向きを変える総司を目の前に、気に入ってもらえたことを嬉しく思う。
私は静かに総司の隣に腰掛けて、そっと手を伸ばしていた。
『今つけてもいい?』
総司はふっと微笑むと、私の手の上にタイバーを乗せてくれる。
それを彼のネクタイにつけると、思っていた通り総司にとても良く似合っていた。
『とっても似合ってる』
「それなら良かったよ。セラはこのタイバーが絶対僕に似合うと思ってくれたんでしょ?」
『うん……!色々迷ってたんだけど、これを見た瞬間これしかないって思って』
「ははっ、そんな気がしたよ。きっと絶対これがいいって強く思ってくれたんだろうなって」
『どういうこと?』
「時間が戻っても、セラはまた僕にこれを選んでくれそうだなって思っただけだよ」
総司の言いたいことがよくわからなかったけど、総司が嬉しそうにしてくれているから私も嬉しい。
誕生日の贈り物ができてホッとしていると、総司の手が肩にかかる私の髪をそっとどけるように撫でてくれた。
「それで、これは?」
『え?』
「セラのドレスについてるブローチ、僕にくれたタイバーとお揃いみたいだね」
彼の視線がブローチに向けられていることに気づくと、心臓が僅かに跳ねた。
『実はね……総司とお揃いのものが欲しくて、つい自分の分も買っちゃったんだ』
言葉にすると、なんだか少し恥ずかしくなってしまって、思わず指先でブローチをそっと触る。
『あの、でも……これなら周りに気付かれることもないかなって思ってたんだけど……総司は気付いたから……勝手にごめんなさい』
気づかれないように、さりげなく同じデザインのものを選んだつもりだったのに総司はすぐに見抜いてしまった。
勿論、このことは自分から総司に話すつもりでいたけど、こんなことを勝手にしたらもしかして呆れられちゃうかな。
そんな不安を胸に総司を見上げると、彼は優しく微笑んでくれた。
「なんで謝るの?むしろセラとお揃いのものを持てて嬉しいよ」
『……本当?』
「うん。セラが僕のことを考えてくれたんだなって思うと、それだけで嬉しくなるしね」
そっとタイバーに触れる総司の仕草が優しくて、私は安堵から薄く微笑む。
「それにお揃いって言っても、さりげなくて上品だし、セラらしいなって思ったよ。余計に気に入ったかな」
言葉の一つ一つが、心の奥に温かく広がる。
私のささやかな願いを、総司が喜んでくれるなんて嬉しいな。
「これからもお揃いのもの増やしたいよね。そのためにも専属騎士になれるように頑張るよ。部屋が隣になったらお揃いのカップとか使えるでしょ?」
『うん、凄く欲しい』
私のお部屋や総司の専属騎士のお部屋で、お揃いのカップでお茶をする。
そんな幸せな光景を頭に思い浮かべながら、胸元のブローチをそっと握った。
『私楽しみに待ってるね、総司が専属騎士になってくれること』
「うん、待ってて。絶対になってみせるからさ」
あと一年もしないうちにアストリア公国騎士団主催の大きな剣術大会が行われる。
その大会での成績や今までの功績、そして騎士階級。
それら全てを加味して決められる専属騎士に、どうか総司が選ばれますように。
こんなにも努力を重ねて強くなってくれた総司だから、彼の努力が報われることを願わずにはいられなかった。
『あとね』
そっと立ち上がり、再び噴水の裏にいく。
小さな紙袋を手に取り、もう一度総司の横に腰掛けた。
『今渡したのは十五歳の総司へのプレゼントなの。十六歳の総司へのプレゼントもあるんだ』
「そんなにしてくれなくて良かったのに」
『でも次のプレゼントは本当にちょっとしたものだから』
夜の噴水広場は静かで、隣に座る総司が軽く首を傾げる。
やわらかな月光を受けた横顔はどこか機嫌がよさそうで、でもいつものようにこちらをからかう気配もあって。
総司と並んで石の縁に腰掛けながら、私は膝の上で小さな包みをそっと握りしめた。
『お誕生日おめでとう』
その言葉と一緒に、私は両手でそっと包みを差し出した。
小さな紙箱の中に入っているのは、特注のガラスボトルに入れた香水。
総司のイニシャルが蓋の部分に刻まれた、世界にひとつだけのもの。
総司は一度、目を瞬いてから唇の端を上げた。
「次は何かな。開けてみてもいい?」
『うん。でも、あんまり期待しないでね』
総司の手元を見守っていると、彼は丁寧に包みを解き小さなボトルを手に取るとゆっくりと蓋を開けた。
かすかに漂うサンダルウッドの香り。
その奥に、私が何度も試作を重ねてブレンドした香りが広がった。
「これ、セラが作ったの?」
『うん。総司が香水をつけるかわからなかったけど、総司に似合う香りを考えてみたんだ』
「僕に似合う香りなんて気になるな。ちょっとつけてみてもいい?」
『うん』
総司は指先に少量の香水をつけ、手首に馴染ませると、静かに香りを確かめる。
私はその横顔をじっと見つめながら、どきどきと胸を高鳴らせた。
「あ、いい香り。なんだか落ち着くし、すごく好きだよ」
『本当?』
「うん。サンダルウッドの香りの他に少し甘くて柔らかい香りもするね」
『ベースはサンダルウッドなんだけど、シダーウッドも入れて落ち着いた香りになるようにしたの。あとほんの少しだけベルガモットとバニラを混ぜて、冷たい印象になりすぎないようにしてみたんだ』
「すごいね。僕のためにそんなに考えてくれたんだ」
『ううん、全然すごくはないの。でも少しでも気に入ってもらえたら嬉しいよ』
総司は私の言葉にどこか満足そうに笑ってから、ほんのりと香水の香りが漂う自分の手首にそっと唇を寄せた。
「この香水、すごくいい香りだから、セラからも同じ香りがしたらもっといいのにって思うんだけど」
『私からも?』
「うん。セラにも少しつけてみてもいい?」
優しく聞かれて断れるはずもなく、私はそっと頷いた。
すると総司は嬉しそうに微笑んで、指先に香水を少しだけとる。
そして私の手を取ると、そっと手首につけてくれるから、優しくて落ち着く香りがふわりと広がった。
「うん。やっぱり、セラにも似合う香りだね」
『そうかな?』
「うん。これでこの香りを嗅ぐたび、ずっとセラ一緒にいる気持ちになれるよ」
『…………』
「あれ?無言?嬉しくない?」
それは勿論嬉しいけど、総司の顔を見つめながら言葉を選んでいた。
「ねえってば、聞いてるの?セラちゃん」
『どうしていきなりちゃん付けなの?』
「なんとなく。たまには変えてみるのもいいかなって思ってさ」
『ふふ、なんだか慣れなくて変な感じ』
「ねえ、セラちゃんは嬉しくないの?」
再びさっきの質問をされて、私は思わず笑ってしまう。
『嬉しいよ、総司が香水をつけるたび私のこと思い出してくれること』
「それなら良かったよ。ねえ、セラもたまには違う風に呼んでみてよ」
『総司君とか、総司さんとか?』
「うん、なんでもいいよ」
『えっと、それじゃあ……総司さま?』
言った瞬間、総司がぴくっと動いた気がする。
総司がじっと私を見つめていて、思わずきょとんとする。
でもなんだか妙に沈黙が長くて、どことなく空気が変わったような気がした。
「もう一回、言ってみて?」
なんでだろうと思いながらも、言われるままにもう一度。
『総司さま』
総司は一度無言になると、眉を顰めていた。
「……なんだろう、なんかここが少しむずむずする」
胸の辺りを摩ってそんな変なことを言うものだから、私は再び笑ってしまった。
『ふふっ、どうして?総司がもう一回って言ったんでしょ?』
「うん、よくわからないんだけどさ」
『わからないままだと困りますよ、総司さま』
これはこれでしっくりくる気がして、再びそう言ってみる。
でも総司の瞳が揺れたその瞬間、彼の腕がふわりと私の身体を包み込んだ。
「……セラ」
耳元で優しく呟かれるその声があまりに甘くて、胸がきゅっとなった
総司の腕の中は香水の香りがして、静かな夜の空気と一緒に抱きしめられている気分だった。
『……なにしてるの……、離れて……』
「ごめん、なんか急に抑えられなくて」
『前に言ったでしょ?私、軽い人は好きじゃないよ』
「別に軽い気持ちでこんなことしてるわけじゃないんだけどね」
総司はすぐに私から身体を離したけど、予想とは違っていつもの悪戯な笑みを浮かべていない。
それどころか、少し罰が悪そうな、総司自身も僅かに困惑しているようなおかしな表情をしている。
『なんか、変な顔してる』
「はい?それって失礼じゃない?」
『だって、いつもの総司らしくらない顔をしてたから』
「そうだとしたら君のせいだよ」
『どうして私の?』
「あんな甘えた声で僕のこと呼んで、君に自覚がないとしたらそれこそ問題だと思うけど」
『よくわからないよ、呼んだだけなのに』
私の言葉を聞いた総司は、何故かため息を吐いている。
でもすぐに気を取り直した様子で微笑むと、香水の瓶を嬉しそうに見上げた。
「本当にいい香りだね、これってなくなったらまた作ってもらえるの?」
『うん、いつでも作るよ』
「良かった。そうしたら、セラが僕のために作ってくれたものを毎日身に付けていられるね」
総司はまた、少しいたずらっぽく笑う。
そして私の髪を撫でるように手を添えて目を細めた。
「ありがとう。すごく嬉しいよ」
その言葉が、夜の静けさの中に溶けていく。
同じ香りに包まれて幸せを感じていたけど、まだ一つ渡すものがあることを思い出した。
『あのね、まだ渡したいものがあるの』
「え?まだあるの?」
『贈り物とかじゃなくてね』
そう言って再び噴水の裏に行けば、総司がくすくす笑っている。
私は箱の中から小さなお皿の上に乗ったケーキを出し、一本の蝋燭に火を灯すと、総司の前に差し出した。
『十六歳おめでとう、総司』
小さなケーキ、数の足りない蝋燭。
それでも総司は嬉しそうに火を消すと、「ありがとう」と言ってくれる。
その笑顔が見れたから心が温かくなって、私の方が幸せを貰った気持ちになる。
「まさかケーキまで用意してくれてるとは思わなかったよ」
『料理長に別に用意してもらったの。このプレートは私が書いたんだよ』
「ははっ、そうなんだ。どうりでやけに字が曲がってると思った」
『総司?そういうこと言うならケーキは私が全部食べちゃうけど』
「ごめんごめん。でもこの下手さがいいんだよ」
『下手ってなんなの?もう……』
私が睨んでみても、総司はくすくす笑って楽しそうにしている。
その顔を見たら私も笑ってしまうから、やっぱり大好きな人の誕生日を一緒にお祝いできることはとても幸せだった。
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