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総司にペンダントを貰ってから数ヶ月。
毎日のようにそれを付けて生活している私にとって、これは新しいお守りのような存在になっていた。
お母様の形見のペンダントは壊れて部屋に飾られているけど、今はそれに代わってスフェーンのペンダントが私を守ってくれているような気がしていた。
今日も当たり前のようにそれを付けて、予定の時間まで図書室で時間を潰そうと中へ入る。
今朝、お父様には隣国から公子様がいらっしゃるというお話を聞いていたから、私は正装をして彼を出迎える準備を終えたところだった。
「セラ」
私が入って直ぐ、総司が私を追いかけるように図書室へと入ってくる。
見上げた先の総司にときめくのはもう何度目か分からないけど、自然と笑顔になる私がいた。
『こんなところで会えるなんて珍しいね』
「今日は午前中の任務が早く終わってもう帰ってこれたんだ。今日も頑張ってきたよ」
『早朝からって言ってたもんね、任務お疲れ様』
「ありがと。セラは何してるの?いつもより更に可愛い感じになってるけど」
私をまじまじ見つめる総司の手には剣術についての本があって、陰で努力しているだろう彼に心が温かくなる。
今の総司は騎士団の中でも五本の指に入るくらい強くなっているという話を、先日山崎さんから聞いたばかりだ。
『今日はこれから隣国の公子様がいらっしゃるみたいで、お出迎えする予定なの』
「え?今日ってはじめ君が来る日なの?」
『あれ?総司って公子様のこと知ってるの?』
「あ、いや……全然?さっきそこで侍女さん達が話してるのをたまたま聞いただけだよ」
『そうなんだ』
そうだよね。
はじめ君なんて呼び方をするから友達なのかと思ったけど、そんなことある筈がないよねと頷く。
「あーあ、じゃあ今から一緒に庭園行きたいなって思ってたのに無理ってこと?」
『ごめんね。公子様がいらっしゃったら、ここに山崎さんが迎えに来て下さる予定なの。そうしたらお父様と一緒に公子様にご挨拶に行かないといけなくて』
「えー、僕はセラに話したいことがあったんだけどな。その公子様に挨拶した後は?」
『お父様は今日お仕事があるから、私が公子様をおもてなししないといけないの。だから今日一日は時間取れないと思う……。総司の話って何かな?』
総司とは普段から、あまり長い時間一緒に過ごすことは出来ていない。
庭園で会えても三十分程度だし、日によってはお互い忙しくて会えない時もある。
総司の任務が早く終わった今日は一緒に過ごせる良い機会だけど、いくら悲しくても今日ばかりは仕方ない。
とは言え、総司の話が気になってしまう私がいる。
「うーん、ここでは話せないかな」
『大事な話?』
「そうだね。僕にとっては凄く大事な話だよ」
『そうなの?気になるな』
「でも公子様が来るなら残念だけど仕方ないね……なんて。僕が言うと思う?」
にやりと笑う総司の顔を見上げて一度目を瞬いたけど、総司は騎士としてとても真面目な団員だ。
問題を起こすこともなければ任務での成績も好評で、何かしでかす人ではないと分かっているからこそ、私は小さく笑った。
『ふふ、どういう意味?』
「なんでその公子様が来るからって僕が大人しくしないといけないのかなって思って。セラも大変だね、来客の相手しないとならないなんてさ」
『私は別に大丈夫だよ、子供の時一緒に遊んだことあるみたいだから』
「じゃあ久しぶりにその公子様に会えるのが楽しみなんだ?」
『そういうわけじゃないけど……』
「ふーん?」
少し不機嫌そうに私を見下ろした総司は、少し歩いた先の本棚に持っていた本を返す。
「その本、返さないの?」
『あ、そうだった。返すね』
私の本は物語だから、入り口からは一番離れた奥の棚。
棚の前まで行き梯子を探すと、総司がいきなり私をその場で高く抱き上げた。
『ひあ……な、何を……』
「はい、これで届くよ」
『え……?』
「本のこと。一番上の棚でしょ?」
『そうだけど……こんなことしてくれるくらいなら総司が戻してくれれば良かったのに』
「それだと面白くないじゃない」
総司の腕の上に座ったまま、唖然と総司を見下ろす。
そんな私を見上げる総司は、荒唐無稽なことを言ってにこにこと笑っていた。
『あの……本戻せたよ。ありがとう』
「じゃあこのまま公子様のところまで連れてってあげる」
『駄目だよ、怒られちゃうし重いでしょ?』
「全然重くないし軽いよ。まるで綿毛みたいかな」
『もう、絶対嘘……。早く離して』
ずっと見上げられるのは恥ずかしくて少し身体を揺らすと、総司は笑いながらも一、二歩後ろに下がりながら尚も私を下ろしてくれない。
彼の名前を呼んで肩を揺らすと、総司はふざけながらもう一歩下がり、その拍子に足を滑らせそのまま後ろにひっくり返った。
「う、いった……」
『大丈夫っ……?』
私は総司を下敷きにしてしまったから痛くはなかったものの、総司が頭を打っていないか心配になる。
だから総司の上からお尻を浮かせて慌てて立膝になったけど、その時初めてスカートの中に総司の顔がある状態に気付いたから、慌ててそれを元に戻した。
『……今、見た……?』
「ん?ううん、見てないよ」
『……本当に?』
「うん」
『……絶対?本当に少しも見てない?』
「まあ……ちょっとだけ?」
一気に顔が熱くなるのを感じて、総司のお腹にぺたんとお尻をついたまま動けなくなる。
すると丁度その時山崎さんが図書室へと入って来て、私のことを呼び始めた。
「お嬢様、公子様がお見えになりましたよ」
どうしよう、行かないと。
でも顔が真っ赤だろうから変に思われそうだと、一度だけ躊躇する。
それでも行かなければと立ち上がろうした時、総司がそんな私の腕をぐいと引っ張るから思わず彼を見下ろした。
『総……』
「静かに」
人差し指を口に当てた総司はゆっくり起き上がり、私のこともた立たせてくれる。
でも再び行こうとしてもまた腕を掴んで止められるから、よく分からない状況に総司を見上げることしか出来なかった。
「お嬢様ー?いらっしゃいませんか?もう行かれたのですかね」
山崎さんの独り言を聞きながら、目の前の総司を凝視してしまうと、総司の瞳もただ真っ直ぐ私を捉えている。
心臓が早く鳴りすぎて総司のこと以外考えられなくなった時、山崎さんが出て行く音で我に返った。
『私……もう行かないと……』
「その顔で行ったら駄目だよ、ちゃんと冷ましてから行かないと」
『だけど公子様をお待たせしてしまうのは申し訳ないから……』
「他の男にそんな顔見せたら駄目って言ってるんだよ、わからない?」
いつになく真剣な顔でそう言った総司の様子にたじろいでしまうと、伸ばされた総司の右手が優しく頬や耳を撫でて髪を梳く。
引っ張ってみても私の腕を掴む総司の手が離してくれないから、余計に身体中が熱くなるのを感じていた。
誕生日以降、毎日のようにあの香水をつけてくれている総司から、ほのかにサンダルウッドの香りが漂ってくる。
この香りを嗅ぐだけで私の身体がドキドキと反応してしまうくらいまで、この香りは総司のものになっていた。
『総司、もう……離してよ……』
「その真っ赤な顔が戻ったら行かせてあげる」
『そもそも総司が私のを見るからこういうことになったんだよ……?』
「別にわざと見たわけじゃないよ」
『絶対忘れてね?それで二度と思い出さないで』
「そんなこと言われちゃうと、逆に忘れられなくなりそうで困るんだけどね」
先程から全然私の言う通りにしてくれない総司を睨んでみても、総司はそんなことはどこ吹く風で微笑んでいる。
『もう意地悪ばっかりしないで、本当に時間ないの』
「わかってるけど、そんな顔のまま君を行かせたくないんだから仕方ないじゃない」
だから、総司のせいでこの顔のままになっちゃうことがわからないのかな。
総司といる限り多分暫く赤いままだと思うから、離れた方が早く赤味が引くと思う……なんて本人には言えないけど。
『大丈夫だよ、外を歩けば冷めると思うから』
「ふーん、本当に?」
少し機嫌が悪そうに真上から見下ろされて、身長差からなのか少しばかり圧が強くて怖い。
思わず目を逸らしてしまうと、珍しく冷たい総司の手が私の頬に触れた。
「僕が冷やしてあげる」
『今日は珍しく冷たいね?』
「外から帰ってきたばかりだからね。最近はだいぶ寒くなってきたし、これから城に戻ってきた時は君に温めて貰おうかな」
季節は冬を迎えようとして、日に日に寒くなってきている。
総司と出会った日も丁度このくらいの時期で、彼と過ごしてもうすぐ二年が経つことを教えてくれていた。
そんな総司は本気で私の頬の熱を冷まそうとしているのか、今度は両手でふわりと包み親指の腹で頬を優しく撫でてくる。
熱くなった頬にはその冷たさが丁度良く感じて、ひんやりとした彼の手も心地良いことを知った。
「うーん。僕の手だいぶ冷たいと思うんだけど、中々元に戻らないな」
『ふふ、絶対あんまり意味ないよ』
「でも僕は温まれるけどね」
むにむにされ過ぎて嫌そうに首を振ってみても、総司は笑って楽しそうにしている。
相変わらずこんな扱いばかりだけど、総司が微笑む顔を見れるならそれでいいと思ってしまう私も私だ。
「可愛いね、白くて赤ちゃんの肌みたいで。セラって全然日焼けしてないよね」
『だってお父様がお城の外に出るのは危険だって……だからあまり外にお出掛けしてないからかも』
「そっか。じゃあ僕がもっと強くなって、君を自信持って護れるようになったら外に連れ出してあげる」
『本当……?』
「うん。セラが行きたいところ、どこへでも連れて行ってあげるよ」
総司の言葉が嬉しくて、優しいその眼差しから目が離せなくなる。
ずっと行きたいと思っていたあの場所に総司と行けるのなら、そんなに幸せなことはないと私は総司の襟元を思わず掴んだ。
『あのね、私ずっと行きたいと思ってた場所があって……』
そう言い掛けた時、今度は廊下でお父様が私を探して呼ぶ声が聞こえてくる。
もう行かなければならないから総司の服を離すと、総司も私の頬から手を離し、頭に手を優しく置いた。
「顔、戻ったね」
『うん……』
「行っておいで。向こうでずっと僕のこと考えてればいいよ」
悪戯に笑う総司に微笑みを向けて、私は一人図書室を出た。
外は寒いけど心は温かくて、総司がいつか連れ出してくれるその日を待ち侘びずにはいられなかった。
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