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「……興味深い人ですね、沖田君」
そう呟いた山南さんは考え込むようにしてから僕を見て、微かに口元に笑みを浮かべている。
それでもまだ彼らの顔は僕を見定めるような、鋭い視線を保ったままだった。
「君の心意気は分かりました。では騎士団に入団するにあたって、先程お話した問題を君ならどう解決すればいいと思いますか?」
近藤公爵、山南さん、山崎さんの視線が一斉に僕へと向けられる。
僕は一つずつ、整理しながら言葉を紡いだ。
「まず騎士団の規律を乱す可能性についてですが、騎士団に捕えられた身である以上、団員の中には僕に不信感を抱く方もいると思います。その懸念を払拭するために、見習い騎士としての間は最も厳しい訓練を課して頂いて構いません」
「厳しい訓練……ですか?」
山崎さんが僅かに眉を寄せた。
「はい。特別扱いではなく、むしろ一般の見習いよりも厳しく訓練を受けます。僕が騎士団にふさわしい人間かどうか、誰の目にも明らかになるようにしたい。最も過酷な訓練を受け、それに耐え抜くことで規律に従う覚悟があることを僕自身が示す必要があると思います」
山南さんが軽く顎に手を添え、思案するように目を細めた。
「……なるほど。確かにそれならば周囲からの反発も和らぐかもしれませんね」
「そして一度、団員たちの前で僕が捕えられた理由を説明する場を設けていただけませんか?」
「君は自ら、己の罪を話すというのか?」
近藤公爵が腕を組みながら興味深そうに僕を見た。
「騎士団内には僕の素性を知りたがる者も出てくる筈です。何も知らないまま僕を受け入れるよりも、正直に過去を話し、僕がここで何を成し遂げたいのかを理解してもらう方が不信感は減ると思います」
「……だがそれは同時に君の覚悟が本物かどうか、皆に試されることになるぞ?」
「承知しています。それでも隠し事をしたまま騎士団に入るよりは、最初にすべて明かしておく方が、後々問題にならないはずです」
山南さんと山崎さんが互いに目配せをし、納得したように頷いた。
「次に、厳しい入団試験を経ていないという問題についてですが……」
僕は山崎さんの方へと視線を向けた。
「見習い騎士の期間を通常よりも長く設定して頂いても構いません」
「長くというのは?」
「本来ならば見習い騎士はある一定の修練を積み正式な試験を受けることになると思いますが、僕の場合はそれよりも長い時間をかけて、通常の見習いとは異なる、より厳しい基準で試験を受けるというのはどうでしょうか?」
山崎さんは少し考えたあと、静かに頷いた。
「確かに、それならば君が正式な騎士としてふさわしいかどうか、より慎重に判断できるな」
「はい。その上で、見習い騎士の期間が終わった時に、改めて僕の力を見て判断して頂けませんか?そこで正式な騎士としての実力を証明できれば、他の団員たちも納得するはずです」
近藤公爵は静かに僕の言葉を聞きながら、思慮深く目を細めた。
「そして最後に、僕の素性についてですが……」
僕は静かに息を吐いた。
過去を語るのは、あまり気が進まない。
けれどここで何も言わなければ、この場に立つ資格さえ失ってしまう。
それにセラがこうしてまで自分を護ろうとしてくれたのだから、彼女の信じたものを裏切るわけにはいかない。
そう思いながら、僕はゆっくりと過去の記憶を呼び起こした。
「僕はかつてヴェルメル大公国の大公子でした」
僕のその一言で、部屋の空気が張り詰めるのが分かる。
ただずっと黙って話を聞いていたセラも、息を呑む気配を見せた。
「……二年前に没落した、あの大公国の御子息だったのですか?」
「ええ。父は国王に仕えた側近でありながら、裏では重臣たちとともに王位転覆を企てていました。彼に賛同した重臣たちと共に、裏で密かに謀反の計画を立てていたんです」
「謀反、か……」
近藤公爵の低い声が、静かな部屋に響く。
「ですがそれだけではありません。もし計画が露見した場合、父は罪を他の貴族に擦り付けるつもりでした。証拠を偽造し、別の貴族が王を裏切ったように見せかけるつもりだったんです。他の貴族達に罪を着せることで、父は自分たちの身を守るつもりだったのでしょうね」
その時の怒りと嫌悪感が蘇ってくる。
家族でありながら、彼らの考え方がどうしても理解できなかった。
「その計画が明るみに出たことで、君のご両親は処刑されたのか?」
「そうです。でもその密告をしたのは僕自身ですけどね」
「君がご両親を……?」
近藤さんが眉をひそめる。
セラが小さく肩を震わせながら、ただ静かに僕の話を聞いていた。
「君はそのことを、どうやって知ったのですか?」
「偶然です。ある時、父の執務室で書類を見つけました」
あの時の光景が頭に蘇る。
重厚な机の上に無造作に置かれた書類。
普段は鍵のかかった引き出しにしまわれているはずのものが、何故か開いていた。
「僕もまだ今より子供だったので、最初は何が書かれているのかよくわかりませんでした。ですが読み進めるうちに、父が王を裏切り、罪のない貴族たちを陥れようとしていることに気付いてしまったんです。そこには反逆の計画と、それを他の貴族にすり替えるという指示が書かれていたので」
「……それで、君は告発したのですか?実のご両親を?」
「ええ。正義のためというよりは、父が許せなかったんだと思います。自分のためなら、どんなに忠誠を尽くした貴族の家すら犠牲にしようとした。そんな姿を見て、心の底から軽蔑したんですよ」
僕は淡々と語りゆっくりと顔を上げ、彼らの目を見た。
驚きと共に信じ難いというような揺らめきを見せて、ただ言葉を失ったように皆の眼差しが向けられていた。
「仰りたいことは分かります。実の両親を告発するなんて普通は出来ませんよね。しかも僕は当時まだ十一歳だったので、その当時も恐ろしい子供だと言われましたよ。幸い父の筆跡で書かれた書簡や他の証拠品があったので信じて貰えましたけど、最初は僕の方が不審に思われたくらいでした。けれど僕は両親から愛情を注いで貰ったことはないので、僕も両親には愛着がなかったんです。だからこそ告発しましたが、その結果として父や母、関わっていた兄姉達も処刑され、僕も爵位を剥奪されて国を追われる立場になったんです」
僕は幼い頃から父のもとで育てられた。
父は権力にしか興味がなく、僕に愛情を注ぐことはしなかった。
父の厳しい目、冷たい声。
今でも思い出せるのはその程度。
どんなに努力をしてもどんなに剣の腕を磨いても、決して認められることはなく、あの人とって僕は都合の良いただの駒にしかすぎなかった。
そして僕の母は、そんな父に愛されたかったのだろう。
僕を父が望むような立派な跡取りにするために、ありとあらゆる手を尽くすことばかりの盲目的な人だった。
いつも泣いていて、僕を見ても罵倒ばかり浴びてくる。
そんな家に僕の居場所はなかったけど、それでも一時期までは忠実な息子であろうとした。
剣術の稽古は泣き叫んでも終わらないし、腕が折れようが血が流れようが剣を握れなくなるまで続いた。
度胸をつけるためだと言われて、罪人の首をはねなければならないことも多々あった。
それが至って普通のことではないと気付いたのは、いつだったのだろう。
その全てを断ち切りたいと思ったきっかけはが何だったのか、今となってはよくわからない。
でも僕の本能がそうさせた。
あの時の衝動はとても言葉では言い表せない、心の奥底から湧き上がる決意のようなものだった。
でも普通の愛情のある家庭で育った人達からしたら、きっと僕は異色で、僕の行動は理解し難いものだということも理解している。
だからこそ、この話をすることは正直とても辛く感じられた。
この人達に僕の生い立ちを話し、同情を買う真似をするつもりはないけれど、これだけは伝えたいと僕は真っ直ぐ顔を上げ言葉を紡いだ。
「僕の言葉が真実かどうか、調べていただいても構いません。ですが、僕はただあの両親の元で生きるよりも正しいことを選びたかっただけです。僕がここで騎士として生きたいのは、嘘偽りのない気持ちです。剣を振るうのなら、誰かを護るために振るいたいと考えています」
静寂が落ちる。
そしてセラの指が、ぎゅっとドレスの裾を握るのが見えた。
『総司はとても強い人なんですね』
その言葉に、僕は思わず目を見開いた。
この話をして、そんな言葉をかけて貰える日が来るなんて思ってもみなかったからだ。
『総司がどんなに苦しんできたのか、私には想像することしかできないけど……でも悲しい過去を背負って、それでも前を向いて歩こうとしている総司のこと、私は本当に尊敬しますし出来ることなら支えたいと思います。この公爵邸や騎士団が、総司にとって安らげる場所になってくれたらいいと願っています』
その言葉が僕の中で何度も何度も反響し、心の奥深くに響いていた。
僕の過去の傷、背負い続けてきた重荷……それが今、少しだけでも軽く感じたのは、セラが僕の心に寄り添ってくれているからだと分かった。
「ありがとうございます、お嬢様」
優しい眼差しを受け取ることに精一杯で、それだけしか言えなかった。
でもセラは柔らかく微笑み、ゆっくりと頷いた。
その微笑みが、僕の心に温かい光を灯すようで心地良い。
僕には眩し過ぎる存在だけど、ただこの子の近くでこの子を護るために剣を振いたいと強く思った。
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