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三度目の剣術大会当日。
僕が一番に探したのは観覧席に座るセラの姿だった。
セラが僕を見守ってくれている。
そのたった一つの確信だけで、どの世界でもこの剣が重くなることはなかった。

そして決勝戦、満場の喝采のなかで勝者として僕の名が読み上げられたとき、僕はようやく剣を納める。
そしてその夜、僕は正式にセラの専属騎士として任命された。


「沖田総司。汝、これよりセラに仕え、その身を盾となし、剣となし、心となし、永きにわたり守護することを命ずる」


ようやくまたここから始まる。
専属騎士はここに来たばかりの頃に抱いた最初の夢だったけど、今はまた新しい夢ができた。
遠くで両手を胸に当てながら唇を震わせているセラを見つめ、あの子と歩んでいける未来を望む僕がいた。


式典が終わり、夜も更けた頃。
僕が専属騎士の部屋へと行けば、セラが嬉しそうに抱きついてくる。
想いの込められた懐中時計と手紙を受け取り、温かい彼女の温もりを腕の中に閉じ込めていた。


『幸せ……』


その呟きと一緒に、セラの瞳からは今日何度目かわからない涙がこぼれ落ちる。
それを指先でそっと拭い、僕はくすりと笑った。


「はは、そんなに泣くほど嬉しい?」

『嬉しいよ、総司がここまで頑張ってくれたことも今日から一緒にいられることも全部嬉しい。私の専属騎士になってくれてありがとう、総司』


前の世界では、僕は専属騎士になって数ヶ月も経たないうちに、王宮で生活しなければならなくなった。
ずっと一緒にいられると信じてくれていたセラを残して、この部屋を出て……。
僕は専属騎士として過ごす時間よりもずっと長い時間を、あの王女の近衛兵として過ごすことになった。
あの時のセラの涙や悲しみに歪んだ顔は、今でもずっと忘れられない。
二度とそんな悲しい想いはさせるものかと、抱きしめる腕に力を込めた。


「セラがいたから頑張れたんだよ。待っててくれてありがとう」


涙目で僕を見上げたセラは嬉しそうに笑ってくれる。
愛情を込めてそっと唇を落とすと、そこは涙の味がした。


「僕は今日、みんなの前で宣誓したけど、本当に守りたいものは君の命だけじゃないんだ。たとえば君の笑い声とか、君が花を見つめるときの顔とか。疲れた日でも周りを気遣う優しさとか。そういう小さなことも全部、絶対に壊されたくないんだよね」


当たり前にあるものは全て当たり前ではないとわかったからこそ、こうして目の前にいるセラの一つ一つを大切にしていきたい。
笑顔も泣き顔も言葉も全て。


「僕はまだ至らないところばかりだけどさ、君の未来に僕がいてもいいって思ってもらえるようにこれからも努力するよ。セラの幸せを誰よりも近くで大切に護っていく、それが僕の願いであり誓いなんだ」


僕の言葉を黙って聞いてくれていたセラは、涙目のまま嬉しそうに頷いてくれる。
そして瞳に溜まった涙を拭うと、僕を見上げて言った。


『ふふ、ありがとう。総司からそう言ってもらえて嬉しいから……私も宣誓しようかな』

「君も?」

『うん。私もね、総司がもし迷ったり傷ついたりした時には、支えられる人になりたいの。どんなときでも総司のことを信じて隣にいられるように、私もちゃんと努力する。上手にできるかわからないけど……でも、できるかぎりのことを全部頑張りたいって思ってるんだ。だから私もここで誓うね。これからどんな未来が待っていても、私はずっと総司の味方でいるよ。誰よりもそばで総司のことを信じてる。ずっと……総司のいちばん近くにいさせてね』


セラが恥ずかしそうに笑って、僕の手をもう片方の手で包む。
その言葉を聞いて、以前までのセラの姿も重なり僕の目頭は熱くなった。

どんな時も僕を信じてくれたこと、諦めないでいてくれたこと、どうしようもない僕のことも笑顔で許してくれたこと。
君はどの世界でも僕を想い、僕を信じて一番の味方でいてくれたよね。


「……ありがとう。セラ」


最近涙脆くて嫌になる。
その言葉を絞り出すのが、思った以上に苦しかった。
胸の奥がじんわりと熱くなって、言葉を口にするたびに込み上げてくるものを押しとどめるのが精一杯だった。

こんなふうに泣きそうになるなんて、僕らしくもない。
けれどセラの一つひとつの言葉が、あまりにも優しくてまっすぐで……だから嬉しさと同じだけこの先の未来に怖さが滲む。

君はいつだって僕を信じてくれた。
何も持っていなかった頃も、君を泣かせてしまった時も、過ちすら許して変わらずそばにいてくれた。
どの世界でもどんな運命でも、君は僕を想ってくれていた。
それがどれほど僕を救ってくれたか、きっと君は知らないよね。

それでも今、君は目の前にいて僕の手を包んでくれている。
さっきまで涙を流していたのに、今は恥ずかしそうに笑って、こんなにも強く優しく僕の味方でいようとしてくれる。

そんなセラの手を、僕はそっと引き寄せる。
彼女の指に自分の指を絡めるようにして、優しく握りしめた。


「僕はね、君とこうして誓い合える日が来るなんて思ってなかったんだ」


セラは首を傾げて、小さく瞬きをする。


「騎士としての任命を受けるよりも、勝ち抜くよりも、こうして君にそばにいたいって言ってもらえることの方がずっと遠くて届かない夢みたいだったんだよね」


あの頃の僕は、必死に剣を握ってがむしゃらに努力していたけど、心のどこかでずっと不安だった。
君にとって自分はふさわしい騎士でいられるのか。
君の隣に立てる資格が本当にあるのか、ずっと怖かった。
でも走り続けてようやく専属騎士という目標にあと一歩で手が届くと言う時、セラが命を落として僕は初めて絶望を味わった。
奇跡的に二度目の世界に渡った時は、初めて専属騎士という夢を叶えられて、ただセラの傍にいられることが嬉しくて。
でも君が事件に巻き込まれて記憶を失ってからは、辛かった。
なぜって、セラに想って貰える自信なんて僕にはなかったし、劣等感や後悔ばかりが胸に渦巻いていたからだ。
そして一つ前の世界では、君を信じているつもりでも、本当は怖くて堪らなかったんだ。
今日こそセラの気持ちが僕から離れていくんじゃないかって、そればかり考えていた気がする。

だから今、心の奥底にずっと引っかかっていた後悔という名の棘がどうしようもなく疼く。
過去の世界で、どれほど君を泣かせただろう。
君を信じきれなかったのは、いつだって僕の方だったと気付いた。


「でも……今は違う。君がここにいてくれて、こうして僕の手を握ってくれるなら、僕は何度でも立ち上がれるよ。どんな未来でも、君と一緒なら怖くないって思えるんだ」


未来への不安は勿論ある。
でもどんな未来でも僕達の想いだけは変わらないと今は自信を持って言えるから、きっと大丈夫だと思うことができた。
そっとセラの額に唇を落とせば、セラは表情を緩めて僕の胸元に顔をうずめてきた。


『総司は私が初めて総司に専属騎士になってもらいたいって言った時、あんまりその言葉を信じてくれてなかったもんね。そのうち気持ちが変わるかも、なんて言ってた気がする』


セラには他の世界での記憶はない。
だからこそ彼女が話すのは昔の僕達の話だけど、懐かしくて頬が緩んだ。


「それはそう思うよ。僕みたいなのが周りにいないから、君にとっては物珍しいだけで、時間が経てばすぐに飽きられちゃうのかもしれないなってね」

『私はあの頃、とにかく総司のことが気になって仕方なかったの。いつも公爵邸の敷地内で総司のことを探してたし……毎日のように考えてたよ、総司が私を助けてくれた時のこと。いまだにあの時の総司の背中、よく思い出すんだ』


セラの瞳が急に潤んで、僕は何も言わないままセラの言葉を待つ。
すると一度溢れた涙は次々にこぼれ落ちて、セラはそれを堪えるようにして再び口を開いた。


『私ね、立場柄幼い頃から護られて育ってきたから誰かに護られることが当たり前だと思ってたの。でも総司を見てて、違うんだなって気づいたんだ。護りたいって想いがどれだけ真剣でどれだけ強いものかって……それを感じるたびに、私も同じだけ総司の力になりたいって思った。総司の想いが……私を護ろうとしてくれたり、優しくしてくれようとする気持ちが伝わってくるたび、私は総司のことが好きになったの』


その最後のひと声は、小さいものだったけどまっすぐで。
その響きが胸の奥に触れた瞬間、何かがほどけるような気がした。
まるでずっと閉じ込めていたものが、ようやく外に出られたような。
小さな光が差し込んできたみたいな、そんな感覚だった。

僕は、知らなかった。
君がどうして僕を好きになってくれたのか。
どうして僕を選んで、ずっと想ってくれているのか。
正直なところ、ずっと不思議で仕方なかったんだ。

他の誰よりも立派な人達がそばにいて、僕より強くて、僕より立場が上の人達もたくさんいたのに。
どうして君は、僕なんかをってそう思っていた。

でも今、君の言葉を聞いて、初めてわかった。
あの頃、がむしゃらに剣を振って、君を護りたい一心で動いていた僕の想いが、全部届いていたんだ。
言葉にもできなかった、無様なほど真っ直ぐだった想いを、君はちゃんと受け取ってくれていた。
それを思うだけで、胸が熱くなる。
涙が出そうになるほど、嬉しかった。

僕はセラの頬に手を伸ばす。
彼女の肌は涙で濡れていて、でもその瞳はまっすぐに僕を見ていた。


「……そっか。あの時の僕の想い、君に届いてたんだね」


そう言いながら、喉の奥が詰まってうまく声が出ない。
こんなに愛おしくて、どうしたらいいかわからなくなるくらいセラが大切で堪らない。


「君の言葉だけで、全部報われた気がするよ。僕があの時どれだけ必死だったか……誰にも理解されなくてもいいって思ってたんだ。でも……君だけが、わかってくれてたんだね」


僕の手の中で、セラはそっと頷いてくれる。
まだ涙は残っているのに笑っていて。
その笑顔がとても綺麗だった。


『だからね、私はこの先、総司以外をもう特別に想えないと思うんだ。だって総司程私のこと想ってくれる人、他にいないもん』

「はは、そうだよ。僕は世界中の誰にも負けないくらい君が好きなんだから」

『嬉しいな。でもそう言うからにはちゃんと責任とってね?』

「どんな?」

『私を総司のお嫁さんにしてねってこと』


言った後ではにかむ様子に笑ってしまうけど、可愛いくて堪らなくなる。
返事をする前にセラを抱き上げれば、驚いた様子で目を見開いていた。


「勿論、僕は君にお嫁さんになって欲しいって思ってるよ」


ベッドの上に優しく下ろして、セラを組み敷きその髪を撫でる。
少し緊張した面持ちのセラの様子に少し笑ってしまうけど、誘われるように口を開いた僕がいた。


「セラ、僕と結婚してもらえませんか?」

『ふふ、喜んで』

「じゃあ今夜は新婚初夜だね」


からかうような声音で言ったはずなのに、セラの微笑みを見た瞬間、胸の奥が熱くなった。
頬を赤らめて、それでも逃げずに僕を見つめてくるその瞳。
あまりにもまっすぐで愛しくて、言葉に詰まる。
そっと髪に指をすべらせながら、柔らかな頬に触れただけで、全身が甘くしびれるようだった。


「……セラ」


名前を呼ぶだけで、心が震える。
そのまま静かに顔を近づけて、そっと唇を重ねた。
一度、触れるだけのキス。
それだけで胸の奥が熱くなった。
けれどセラが小さく目を閉じて僕の手をそっと握り返してくれたから、もう一度、今度はゆっくりと深く想いを込めて唇を重ねた。

何も語らずとも、気持ちが伝わる気がした。
言葉じゃ足りないこの想いを、全部この口づけに込めたくて。
唇を離すとセラは息を詰めたように目を開けて、少し恥ずかしそうに、でも幸せそうに微笑んだ。


『……総司』


その名前を囁く声が、まるで永遠を誓うみたいに優しかった。
この溢れそうな想いをもっと伝えたくて、僕はそっと耳元に唇を寄せる。


「……本当に今夜、君を僕のものにしてもいい?」


セラは少しだけ驚いたように僕を見上げたけど、すぐに微笑んで頷いた。
頬は熱く瞳は少し潤んでいて、それが答えだった。

そっと抱きしめる腕に力を込めて、ふたりだけの夜が静かに深く始まっていった。

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