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学院を出て城に戻ってくると、セラは自室に着くなりで僕のことを嬉しそうに見上げてくる。
手をぎゅっと掴まれたから何かと思えば、愛らしい瞳を輝かせて口を開いた。


『今日の総司、すごかったね』

「え?なにが?」

『王太子殿下とのことだよ。堂々としていて媚びてないのに敬意も感じられて……総司みたいな人が私の専属騎士でいてくれてるんだって思ったら凄い誇らしくなったんだ』


僕は元々相手に合わせて遠慮したり気を遣ったりするのが苦手な性分だ。
王太子相手には流石に言葉は選ぶけど、かと言って取り繕い過ぎればいずれ必ずボロが出る。
だからこそ割と率直にものを申してしまったけど、結果としてはまずまずだったらしい。
セラは満面の笑顔でそう言ってくれた。


「セラにそう思って貰えたなら良かったけどね」

『ありがとう。いつも私のために色々考えてくれて』


こんな僕でも、僕達の関係をいかに自然にごまかせるか、どうやって王太子の懐に入り込めるか、常に意識しながら会話をしている。
だからセラが僕の気持ちを汲んで温かい言葉をかけてくれることが嬉しかった。


「当然のことだよ。僕はセラとこの先も一緒にいたいから、そのためならどんなことでもするつもりだしね」

『どんなことでも?』

「うん、どんなことでも」

『ふふ』


可愛い笑顔を目の前に僕の頬は緩み、セラをそっとソファーへと座らせる。
そして顔を近づけたけど、一つ気に食わないことがあって僕は眉を少し顰めてみせた。


「これは嫌だな」

『え?』

「ほどくね」


王太子がセラに触れて、結った髪型が気に食わない。
束ねていたシルバーピンを外せばふわりと髪が下ろされ、辺りに甘い香りが広がった。


「うん、この方が可愛いよ」

『……今日ごめんね。折角総司が三つ編みにしてくれたのに……』

「別にそれは仕方ないことだし君が謝る必要はないよ。でも、今後この作戦はあいつには使えないね」


同じようなことを試みる度、セラに触られたらたまったもんじゃない。
思い出して若干の苛立ちを感じていると、僕の顔を見て僕の心情を少なからず感じとったんだろう。
セラは気遣うように僕を見上げ、頬にそっとキスを落とした。


「なに?ご機嫌取り?」

『うん……』

「ははっ、そうなんだ。でもこのくらいじゃ僕の機嫌は直らないんだけど?」


ソファーの上、セラをそっと押し倒すと大きな瞳が見てわかる程揺れる。
僕が好きだと、そう訴えてくれているようなセラの眼差しは僕の心の淀みを少しずつ浄化してくれるから、誘われるように唇を重ねる僕がいた。


『……ん、……そ……じ……』


この子の髪が他の男に触れられるだけで、あんなにも嫌な気分になるなんて思いもしなかった。
でもそんな自分の気持ちに気付いたのと同時に、前の世界でセラにとてつもない悲しみを与えてしまったことに胸が苦しくなった。

僕がもしセラが他の誰かと唇を重ねているところを見たら、きっと平静ではいられない。
それこそその場で、相手の男を斬り殺してしまうだろう。
だからこそ、この世界ではセラに何一つ不安を与えたくない。
前の世界でこの子の心を護れなかった分、僕はセラに愛情を伝え続けたいと思っていた。


「好きだよ、セラ。毎日言いたくて言っちゃうけど、僕に好きって言われるの飽きてない?」


言い過ぎてその言葉の価値が下がっても困るから聞いてみると、セラはきょとんとした後、首をぶんぶん横に振った。


『飽きないよ?飽きるわけないよ、こんなに嬉しいのに』

「それ本当?」

『本当だよ。私は総司が毎日言ってくれることが凄く嬉しいし、総司が言ってくれると私も好きって毎日言っていいのかなって思えるから……それも嬉しい』


セラは、本当に可愛いと思う。
僕が何気なく投げた言葉にも、必ず丁寧に向き合ってくれる。
思いつきで尋ねたくだらない質問だって、この子にとってはひとつひとつが大切な意味を持つんだろうと思えた。

だから、つい僕もまた聞いてしまう。
知ってるのに、わかってるのに、セラの口からもう一度聞きたくなってしまう。


「じゃあ今日も言ってくれる?」


そう言いながら、僕は彼女の頬に指先を添えた。
柔らかくて、温かくて、そっと触れるだけで心が落ち着く。
セラは少しだけ瞬きをして、ほんのりと笑った。


『総司が大好き。今日も、明日も、ずっと好きだよ』


胸の奥が熱くなる。
ああ、やっぱり聞いてよかったって思った。
聞かなくたってセラの気持ちは分かってるのに、僕はその言葉を自分の耳で受け取ることでようやく安心できる気がした。


「僕も好きだよ」

『ずっと私だけ?』

「当たり前じゃない、セラのことだけずっと好きだよ」

『じゃあ総司の心にほんの少しも他の女の子入れないでね?』


控えめに、でも真剣にそんなことを言われて、また心を鷲掴みされた気分だ。
ここ最近は二人になるとこうして甘えてくれるようになったから、その変化が物凄く嬉しかったりする。


「僕の心に誰か他の人が入る余地なんて、もうとっくになくなってるよ。気づいてないの?セラが全部、占領してるのにね」


最初はただ護りたかった。
その無垢な笑顔を曇らせたくなかった。
でも君が僕にまっすぐな気持ちをくれるたび僕はどんどん欲深くなって、今ではもう自分の全部を差し出してでもこの子が欲しいと思ってしまっている。


「君が僕に好きって言ってくれるたびに、僕はそれ以上の好きを返すよ。何度でも、どれだけでもね。だから僕のことを信じてて」


セラの瞳は綺麗な色で揺らいで、そこに不安は宿っていなかった。
代わりに見せてくれたのは、青空のような明るい笑顔だ。


『ありがとう、嬉しい』

「嬉しいだけ?」

『あとは、総司のこともっと好きになったよ』

「まだ足りないんだけど。もっと僕のこと好きになって」

『ふふ、これ以上は無理だよ』

「さらっと無理って言うの酷くない?」

『でも私、どうしていいかわからないくらい総司が好きだよ。これ以上総司のことを好きになったら、もし総司と離れないといけなくなった時、自分で立てなくなりそうで怖いもん』


その言葉は甘えではなく、セラの心からの言葉だと言うことがわかった。
そして出会った頃から常に真っ直ぐ前を見据えているセラが、そんなことを考えているなんて意外だった。


「馬鹿だね、そんな心配はしなくていいのに」


柔らかい髪を撫でれば頬を染めて僕を見上げるセラが好きだ。
引き合うように唇が重なり互いの吐息を感じながら、ゆっくり舌先を絡めあう。
その熱に浮かされて、僕の手はそっとセラの脚を撫でた。


『あ、や……』

「さっき僕と離れたらって言ってたけど、セラはいずれ僕と離れるつもりなの?」

『違うよ、私は離れたくないよ』

「僕の意思でセラと離れることはないよ。これはもう絶対だ。だからもっと僕を好きになってよ」

『総司……』

「君に好かれるためなら、僕はなんでもするよ」


顔を赤くして僕を見つめるセラは僕が再び脚に置いた手を滑らせると、ぴくんと身体を揺らして可愛い反応を見せてくれる。
思わず喉が鳴りセラの首元のリボンを解いたけど、セラはハッとするなり僕の胸を押してきた。


『こ、こんな時間にだめ……』

「なんでさ、今日は任務もないし時間はあるんだけど」

『だめなの、私はこの後勉強するもん。総司に変なことされて勉強が手につかなくなったら、成績落ちちゃうでしょ?』


変わらず真面目なセラは、いまだ学年の誰よりも好成績を収めている。
努力しているこの子の邪魔はしたくないから、僕はやれやれと身体を離した。


「じゃあ僕もセラと一緒に勉強頑張ろうかな」

『うん。テスト終わったら、もうすぐ文化祭だね』

「もうそんな時期か、早いね」

『星界学で開く仮面舞踏会、どんな感じなんだろうね。楽しみ』


今までは音楽のクラスを受講してたから、セラが出るのは音楽会だった。
でも今回の世界ではその運命は大きく変わり、僕達が出席するのは文化祭でも一、二の人気を誇る仮面舞踏会だ。
何事もなくその日を終えられることを願いながら、セラの護衛に徹底することを心に決めて、目の前の温もりをそっと抱きしめる僕がいた。


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