1

瞼の裏に、暖かな光が差し込む。
ゆっくりと意識が浮上し、静かな部屋の空気を感じた。

ここは……?

重たい瞼を開くと、見慣れた天蓋が目に映る。
ふわりとしたコンフォーターの感触が身体を包み、ほのかに花の香りが漂っていた。


『……っ』


心臓が高鳴る。
間違いない、ここは公爵邸の私の部屋だ。
でも、どうして?
いつの間にここに戻ってきたの?

今までの出来事が頭の中で辿り、私は一気に覚醒する。
驚きと混乱に襲われながら私は反射的に起き上がろうとしたけど、その直後には誰かの腕が私を優しく抱きしめてくれていた。


「目が覚めたのか!」


低くも優しい声。
その温かさに、私はすぐに気がつく。


『……お父様……?』



視線を向けると、そこにはお父様である近藤勇がいた。
いつも堂々としていて、どこか豪快な雰囲気を持つお父様だったけど、今はそんな印象が霞むほどお父様の瞳は潤んでいた。


「よかった……っ、本当に、よかった……!」


お父様は震える声でそう言うと、私の肩を引き寄せた。
その腕の力強さに、私はようやく実感する。
私は本当に助かったのだ、と。
力強い腕が背をさすり、私がここにいることを確かめるように抱きしめられた。


『……ごめんなさい、お父様……ご心配をおかけしました……』


掠れた声でそう謝ると、お父様は何度も首を振った。


「いいんだ……、セラが無事であればそれだけでいい……!」


その言葉のひとつひとつが、お父様がどれほど心を痛めていたのかを伝えてくる。


「お嬢様……」


柔らかな声がして、私はそちらを振り向く。
静かな佇まいでそこに立っていたのは、山南敬助さん。
お父様の補佐役であり、公爵家の運営を支える重要な人物。
彼はいつもの穏やかな笑みを浮かべていたけど、その瞳の奥には安堵と心配が入り混じっていた。


「お加減はいかがですか?ずっと眠り続けていらっしゃいましたから」

『……ずっと?』

「二日間、目を覚まさなかったのですよ」

『二日間も……』


私は驚いて目を見開いた。
二日間も眠っていたなんて、そんなに私は弱っていたのかな。


「お嬢様、無理に動かないでください」


今度は別の声がした。
お父様の横へと歩いてきたのは、山崎丞さん。
お父様の専属騎士であり、私の護衛としても長年仕えてくれている人だ。
彼は険しい表情で、私の様子をじっと見つめていた。


「まだお身体が本調子ではないはずです。痛むところはありませんか?」

『いいえ、大丈夫です』


そう答えながら、私はふと自分の手を見た。
そこにある無数の擦り傷と、一人の女の人につけられた傷がまだ微かに痛む。
私が寝ている間に手当は施して頂いたらしく、大きな傷の方には包帯が巻かれていた。


「手の傷が災いして酷い熱でしたので、とても心配しましたよ」

「俺が見た時には、傷口が少し化膿していました。手当てはしましたが、痛みは落ち着いてますでしょうか?」

『山南さん、山崎さん、ありがとうございます。もう身体は大丈夫です、痛みもだいぶ良くなりました。ご心配おかけしてごめんなさい』


私が微笑めば三人も微笑んでくれるものの、まだその笑顔はぎこちない。
そして山崎さんは苦い顔のまま、言葉を続けた。


「手もそうですが、腕にも多数傷がありましたよ。それらの傷は一体どうなされたんですか?」

『あの……これは……』

「誘拐犯たちに何かされたんですか?」

『いえ、そのようなことは……ただ少し転んだだけです』


咄嗟のことに、思わず慌てて否定する。
けれど、山崎さんは納得していないようだった。


「転んだだけで、そんな傷になるとは思えませんが」

『………』

「見せてください」


私は少し躊躇いながらも、袖をまくる。
そこには、青あざや擦り傷が痛々しく残っていた。


「セラ……お前はどんな目に遭ったんだ?」


お父様が苦しげにそう呟く。
その問いに、私は何も答えられなかった。
余計なことを話せば今よりもっとお父様を悲しませてしまうかもしれない。
それに私はこうして何事もなく帰って来ることが出来たから、それだけで十分だと思えた。


『本当に大丈夫です。これは鎖に繋がれていた時にできた痣や傷で、何かされたわけではありません』

「本当か?だが怖かっただろうな、すぐに助けてやれずすまなかった」

「お嬢様を鎖で繋ぐとは許し難い行為です。やはり尋問で聞いていた通りですね。拷問にかけた甲斐があったというべきか、組織の連中全てに調書は取り終わりましたが、相違点は然程ないと報告を受けましたよ」

「はい。やはり処分は昨日決めた通りでいいかと」

「そうしましょう。近藤さんも、それで宜しいですか?」

「ああ、頼む」

「お嬢様、もう大丈夫ですよ。ここは安全ですから、安心なさってください」


私を見つめる皆の言葉や眼差しはとても優しかった。
でも私の心は目覚めてからずっとざわめいていて、ただ一人の顔が私の頭から離れなかった。


『あの……、総司は今どこに?』

「ん?総司とは……誰のことなんだ?」

『私を助けてくれた方です。保護された時、私と一緒にいたはずです』

「いえ、騎士達からの報告には、そのような話はありませんでしたよ」

『でも確かに、あの人は私を……』


最後の夜のことを思い出す。
記憶は曖昧だけど、あの人が私を背負って私を護るために走り続けてくれたことは覚えていた。
けれど彼の名前を告げても、助けてくれた人がいることを告げても、お父様も、山南さんも、山崎さんも、一様に首を傾げる。
私の声は焦燥で震えていた。
どうしよう。
もしかして、総司は……。


『捕えられた人って今どこに?』

「地下牢に繋いでいるよ。組織の連中は全て捕獲したと報告を受けた。だから安心してくれ」

『最後に私を助けてくれた方も……ですか?』

「助けてくれた……とは、どういったことでしょうか?」

『私を地下室から騎士団のところまで逃がしてくれた人がいるんです。一人は私の命を助けてくれた人なんです』


私の言葉にやっぱり意味が分からないというような反応を見せた三人は、首を傾げて顔を見合わせている。


『あの……、捕えられた人達の刑はどうなったのでしょう……?』

「勿論、皆死罪ですよ。過去にも色々と問題を起こした輩だったそうで、今回の件で取り押さえられて良かったという話です」

『そんな……その中に私を助けてくれた方もいらっしゃるのではないですか……?』

「お嬢様を助けた方なのかは分かりませんが、確かに囚われていた者の中に、妙な年若い男がいたと報告を受けましたね」


山南さんの言葉に、私は息をのむ。


「なんでも仲違いをして、その男が何人かを斬りつけて逃亡したとか……。けれどその彼が一番取り調べに協力的で気持ち悪いくらいだったと報告を受けましたよ」

『彼は……今どこに?』

「牢に入れられています」


心臓がどくんと脈打ち、焦る気持ちを抑えて言葉を続けた。


『……いつ、彼の処遇が決まるのですか?』

「勿論彼も含め全員、今日の午後には処刑と……」


その言葉に、私は凍りついた。


『大変っ……助けないと……!』


山南さんの話を最後まで聞き終わる前に私がベッドから出ようとすると、驚愕した形相のお父様に阻止させられてしまった。


「動いたらいかんぞ!暫くは安静にしていなければいかん!」

『でもお父様、一人は違います。その方だけは刑を執行しないでください』

「意味が分かりませんね。全て尋問は終わりましたが、罪のない者はいませんでしたよ」

『あの方がいなかったら、私はここに戻ってこれなかったのです。お願いです、あの方に会わせて下さい』

「あの方とは、誰のことでしょうか?」

「さあ……」


山崎さんの質問に首を傾げた山南さん。
そのやり取りを見ていたお父様も困り顔だ。
でも時計を見れば、もう午後の一時過ぎ。
本当に急がないと、執行人が処罰を下してしまう。


「お嬢様、一度落ち着いてください。まだ混乱されているのでしょう」


山崎さんが心配そうに問いかける。
でも、私はそんなことに構っていられなかった。


『……私、行きます!』

 
今度こそベッドから飛び起きる。
するとお父様が再び慌てて腕を伸ばした。


「待ちなさい、セラ!まだ動いてはだめだ!」

『でも、あの方が……!』

「お嬢様、落ち着いてください!」

「どうしてそこまで……」


皆の言葉に、私は真っ直ぐ彼らを見つめた。


『彼は、私の命を救ってくれた人なんです!それなのに処刑されてしまうなんて絶対に嫌です!』


私の言葉の勢いに呆気に取られた様子でいる三人は、皆揃って目を見開いていた。
その隙に勝手に部屋を飛び出して向かった先は、普段は絶対に足を踏み入れることのない地下牢だった。

今度は私があの人を助けたい。
絶対に死なせるものかと、ただ必死に走っていた。

待ちなさいと私を呼び止める声を無視して進んでいくと、一番奥の牢の中、私の姿に気付いた彼が私を見て僅かにエメラルド色の瞳を見開く。
その顔を見たら安堵の気持ちや焦り、地下牢に閉じ込めてしまった申し訳なさ、そんな色々な感情が入り混じり、私の瞳は僅かに潤んでしまっていた。

- 5 -

*前次#


ページ:

トップページへ