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牢の中は冷たい。
でもそれはただ単純な寒さのせいじゃない。
壁は湿っていて、じめっとした空気が肌に張り付くのに、まるで骨の芯まで凍りついたような感覚があった。

……ああ、僕はこれから死ぬのか。

そんな考えが、頭の奥でじわりと広がっていく。
鉄格子にもたれながら、ただぼんやり天井を見つめていた。
僕の周囲には、同じく死刑を待つ囚人たちがいる。
皆虚な表情で座り込み、諦めきった表情を浮かべていた。
誰も騒がない、暴れもしない。
誰もが疲れ切った顔をしていたけど、諦めとも悟りともつかない表情でただ静かに来るべき運命を受け入れている。
そしてそれは僕も同じはずだった。

なぜなら僕にとって、死は遠いものではなかった。
日々生きていく中で、いつ死んでもおかしくないと思っていたし、実際何度も死にかけたことがある。
だけどこうしてじわじわと死を待つのは、なんとも言えない気分だった。

僕は今まで何度も死を覚悟してきたのに。
命のやり取りだって、何度もこの目で見てきたのに。
それでも今は、最後にもう一度だけあの子に会いたいと思ってしまう。

あの後、ちゃんと手当てを受けられたんだろうか?
今はもう安心して眠れているだろうか?
あの子の心に癒えない傷がついていなければいい。
そんなことが次々と頭に浮かぶ中、何か一つでもいい、ただあの子のことが知りたかった。

でも、もう確かめる術もない。
目を閉じると、ここ数日間の彼女の顔が浮かんだ。

思い出すのは、あの暗い地下室での出来事。
手首に残る鎖で繋がれていた痕、無闇に傷付けられた掌の傷の跡、怯えながらも必死に生きようとする綺麗な瞳。
あの時、僕が剣を抜かなかったら彼女は確実に殺されていた。
一緒に過ごした数日間のことを思い出しながら、僕は尋問を受けた時のことも振り返っていた。

牢に入れられた直後、僕は何度も尋問を受けた。
あの組織はただの盗賊団ではなく、もっと大きな組織の末端だったらしい。
人攫いを生業とし、時には貴族の争いに手を貸すこともあったという。
今回の誘拐も彼らが独断で動いたのではなく、どこかからあの子を狙うよう依頼を受けていた可能性が高いという見解を持っているようだった。

組織の一員でない僕が知っていることはたかが知れていたけど、逆に隠すことも何もない。
だからこそ尋問では、僕が知る限りのことを話した。
組織の形態やどこに拠点があるのか、誰が指示を出していたのか。
そしてどうやってあの子を誘拐し、あそこまで用意周到に準備を進めることができたのか。

彼らは事前に彼女の動向を把握していた。
公爵家の馬車がいつ出るのか、普段の護衛の人数はどれくらいか、どの地点が最も襲撃しやすいのか。
それを知るためには、内部に協力者がいたはずで、それが殺された侍女だということも全て話した。

でも大元の依頼主が誰なのかまでは、まだわからない。
もし僕がここで死んだら、あの子の為に何もできないまま終わる。
それがただ悔しかった。


「なぜ仲間割れして、相手を斬った?」

「お前は本当に組織の一員だったのか?」

「なぜ、お前は最後までお嬢様に手を出さなかった?」


問い詰める騎士団員達の目は鋭かった。
無理もない、僕は誘拐犯の一人として捕まったんだから。
それでも、僕は正直にすべてを話した。

組織の一員ではないものの、お金が欲しくて見張りを自ら引き受けたこと。
数日間、彼女を助けもしないでただ監視をしていたこと。
殺すのだけは躊躇われて、あの子と一緒に逃げたこと。

僕の言葉を信じるかどうかは迷っているようだったけど、僕も誘拐事件に加担したことには変わりない。
結局、「お前の言葉を鵜呑みにはできない」と言われ、牢に戻された。
尋問が終わった今、僕に残されたのは、死刑執行を待つ時間だけだ。


「……はあ」


ため息を溢し、天井を見つめながら、また彼女のことを考えてしまう。

無事でいてくれれば、それでいい。
もし僕の命がここで終わっても、彼女が公爵邸で幸せに暮らしてくれるならそれでいい。
そう考えていた時だった。
僕の目の前で繋がれていた組織の女は、僕の名前を呼ぶと涙目で僕を睨みつけてきた。


「総司、あんたのせいだから」

「なにが?自分で蒔いた種だと思うけど」

「あんたが余計なことしからこうなったんでしょ!」

「あー、煩いから黙ってよ。良かったじゃない、死んで生まれ変わった方がその腐った性根を治せて良いと思うよ」

「はあ?ふざけんな!」


鎖でがちゃんがちゃん煩い音をたてる女にうんざりしていた時、騒がしいのはこの牢屋の中だけではないことに気付く。
静かだった廊下をバタバタと走る音と共に、切迫詰まった声まで聞こえてきた。


「こら!ここは入ってはならんぞ!」

「あっ……!あまり走られては危険ですから!」

「はあ……、また問題が出てきてしまいましたね」


数人分の靴音が、焦るように近づいてくる。
その音に誘われて、僕は思わず顔を上げた。

こんなに慌ただしい足音……、誰かが走ってきている?

そして鉄格子の向こう、奥から駆け込んできたセラが、焦った様子で牢の中を覗き込んでいく。
そして僕を見つけた瞬間、彼女の目が大きく見開かれ、涙が浮かんだ。


『総司……』


そんな顔をしてくれるなんて思ってもみなかった。
息を切らし、頬を紅潮させ、涙を浮かべた瞳で僕を見ていた。

 
『この人だけは助けてくださいっ……、刑執行はしないでください……!』


彼女は必死に叫んでいた。
僕の後ろで他の囚人たちがざわめいたけど、僕が一番信じられなかった。
まさかこんなところまで乗り込んで、僕の為に必死になってくれるなんて思ってもみなかったからだ。

彼女の後ろから、近藤公爵と見受けられる人と更に二人の男性が姿を現す。
近藤公爵の表情は驚きに満ち、他の二人も戸惑いや警戒の色を滲ませていた。
僕の視線と、近藤公爵の視線が交錯する。
その瞳には驚きと戸惑い、そして押さえ込むような怒り。

当然だ。
僕は、彼らの大切なお嬢様を攫った組織の一員として、ここにいるんだから。
でもセラはそんなことお構いなしに、すがるように鉄格子先の僕を見つめていた。

かたや僕は、この状況に言葉一つ出なかった。
心では彼女に会いたいと願っていたのに、いざこうして目の前に立たれると、どう言葉を紡げばいいかわからなかった。


『お父様、この方がいなければ私は生きて戻ってくることはできませんでした。地下の部屋で殺されそうだったところをこの方が助けてくださったのです』

「ですがここにいる囚人は皆組織の一員だと聞いております。彼も例外ではないのでは?」

『この方は違います、見張りだって何の見張りかも知らずに仕事を引き受けてしまった様子でした。それに見張りの間もずっと、私に親切にしてくださいました。食料やお水、毛布だってこの方が与えてくれて……彼がいなければ、私は四日間何もない状態で過ごしていたと思います』

「お嬢様、誘拐に加担した時点で彼は有罪なのですよ」

『あの方は何もしていません……!私は彼に傷付けられていないですし、私の命の恩人なんです』


周りの囚人達がセラの言葉に反論して、僕を貶めようと様々なことを叫ぶから、彼女の付き添いの人達も何が真実なのかと怪訝そうな顔をしている。
でも僕からしたら自分のこれからのことより、ただ目の前のこの子が僕を案じてここまで来てくれたことが信じられなかった。

なぜなら言われた通り、僕は彼女の見張り役で、こいつらと共謀した犯人の一人。
逃がすこともせず、金銭を要求するため犯罪に手を染めたことには変わりないからだ。
もし最後、あんな展開にならずにセラが無事公爵邸に戻されていたら、僕は金銭を受け取り、アストリア公国を出ていただろう。
そう考えると、自分の犯した罪の大きさが今更重くのし掛かり、死刑は当然の報いだと感じた。

でも間違いばかりの人生を送ってきたけど、最後の自分の選択だけは間違っていなかった。
そう思えたのは、僕を救おうと必死に行動してくれる彼女の優しさが何よりも嬉しかったからかもしれない。


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