8

深夜0時の私の部屋。
いつもは一人でいるこの部屋に、総司がいることが信じられなかった。
熱で頭がぼんやりしていることもあるけど、話していても夢心地。
それでも総司とこうして笑って過ごせていることは嬉しかった。


「ごめんね。風邪引いたの、僕のせいだよね」


話の途中、くしゃみをすると総司が私の身体を支えてそのままベッドに横たわらせてくれる。
捲れたコンフォーターを肩まで掛けると、申し訳なさそう微笑んでいた。


『ううん、総司のせいじゃないよ。時間がうまく伝わらなかったのは私が伝言を頼んだからだし、総司のことだって待たせちゃったと思うから、私の方こそごめんね』

「セラが謝る必要ないでしょ。それに今度から、そういう時は待たなくていいから」

『どうして?』

「どうしてって、また風邪引いたりするかもしれないじゃない」

『でも総司に会いたかったから待ってたかったの』


会いたかったから伝言を頼んでまで呼び出したのに、会えないまま帰りたくなかった。
でも私の言葉を聞いて目を逸らした総司は、どうしてか無言のまま。
そんな彼の斜め顔をぼんやり眺めながら、ふと大切なことを思い出した。


『あのね、私、総司に渡したいものがあったんだ』


再び上体を起こして、ベッドサイドのラックからハンカチを取り出す。
はい、と言って差し出すと、総司は少し嬉しそうにそれを受け取ってくれた。


「もしかして僕にくれるの?」

『うん。誕生日プレゼントのお礼だよ。良かったら使って欲しいなって思って』

「別に気にしなくて良かったのに。でもありがとう、使うよ」


渡せたことに満足して再び私がベッドに沈むと、ハンカチを眺めていた総司が、何かに気付いた様子でそれを広げた。


「あれ、もしかして僕の名前が刺繍で入ってるの?」

『うん、それ私が入れたんだ』

「へえ、凄いね。セラって刺繍も出来るんだ」

『一応レッスンは受けてるよ。まだ勉強途中だからあんまり綺麗には出来なかったんだけど』

「そんなことないよ。凄い上手だと思うよ」


まだまだ努力が必要な仕上がりだけど、総司にそう言って貰えるなら刺繍のレッスンもこれからもっと頑張れそう。
毎晩総司を思い浮かべながら英語で綴った総司の名前。
頑張って縫った甲斐があったってことだね。


『褒めてくれるなんて、今日の総司は優しいね』

「なに、その言い方。いつもは優しくないって言いたいの?」

『別にそういうわけじゃないけど』

「酷いな、こんなに優しくしてあげてるのにね」


わざとらしくため息を吐き出してみせる総司の姿にまた笑ってしまう。


『そうだね、総司は凄く優しいよね。だって私を助けてくれたし、マフィンを食べても美味しいって言ってくれるし。今日なんて違反犯して不法侵入してまで、お見舞いに来てくれたもんね』

「それ良い意味で言ってるの?最後のには含みを感じるんだけど」

『勿論良い意味で言ってるよ』

「本当かな。まあでも、君には皆優しいんじゃないの?」

『そうだね、皆優しくしてくれるかな』


私の周りの人達は基本皆優しくて良い方達ばかり。
それは勿論お父様の娘である私に立場上優しくしてくれている、ということもあるのかもしれないけど、皆温かい方々なのは間違いない。
けれど総司の優しさは、それとはまた違う気がする。
その優しさが少し不器用にも見える時があって、でもそれがいつも私の中で温かい花を咲かせてくれる。


「いいね、皆に無条件で優しくしてもらえるお嬢様は」

『また意地悪な言い方する……』

「別に意地悪を言ったつもりはないけどね。ただ君にはちょっとやそっとの優しさじゃ、届かなそうだと思っただけだよ」


ほんの少し不貞腐れた様子でそう言った総司の心情は分からなかったけど、どんな優しさでも届くし嬉しいんだけどな。
でも……


『私は総司に優しくしてもらえることが一番嬉しいみたい。だから総司の優しさはちゃんと全部届いてるよ』


今日は体調を崩したこともあって色々な人から温かい言葉を掛けてもらったけど、総司に心配してもらえることが一番嬉しかった。
どんな形でも会いに来てくれたことが嬉しかったし、意地悪を言いながらもここにいて気遣ってくれることが嬉しかった。
総司からの優しさが、私の心の中で一番大きな花を咲かせることに気付いたからこその言葉だった。


「なんか……ずるいよね。そう言われたら優しくしてあげたくなっちゃうんだけど」

『じゃあ、もっともっと優しくしてくれてもいいんですよ?』

「ははっ、なにそれ」


少し眉尻を下げて優しく微笑むその顔は、いつもの意地悪な笑顔とはまた違う。
その顔が見れて嬉しいから、私の頬も自然と緩んでいくのを感じていた。


『だって本当に嬉しいよ、総司に優しくしてもらえたら』

「僕はいつも優しいけどね。それで、何をすればいいでしょうか、お嬢様?」

『えっととね。私、あの苺食べたいな』


先程山崎さんが持ってきてくれたフルーツのお皿を視線で示すと、総司は少し笑って金色のピックに一粒の苺を刺した。


「そんなことでいいんだ」

『うん』


口元に持ってきてもらった苺は、水に濡れて赤く輝いて見えた。
それを口に含むと甘酸っぱくて、美味しいと言って食べる私を総司はただ黙って見ていた。


『なに?』


総司は何を考えているのかよく分からない瞳で私を見つめることが多い。
それは出会った頃から同じで、最初は少し上から眺められる感じが怖くも感じていた。
でも今はこの人のエメラルド色の瞳が綺麗で、その瞳の奥で何を考えているのか知りたいと思ってしまう。
いつか総司の考えていることが、もっとわかるようになっていたらいいんだけどな。


「凄く美味しそうに食べるなって思って」

『総司も食べていいよ?』

「僕はいいよ、セラが食べて。沢山食べて早く元気になりなよ」


伸びてきた手が私の頭に触れて、労わるようにそっと撫でてくれる。
その温もりは心地良い筈なのに、私の心音を早くさせるから少し困ったものだけど。
今日みたいに一緒の時間を過ごせるなら、たまには風邪も悪くないと思ってしまう私がいた。

それにほんの少し前までは泣いていたのに、今は心が満たされている。
総司がここにいてくれるだけでこんなにも気持ちが変わるから、やっぱり私は総司と過ごす時間が大好きみたいだ。


『あ、大切なこと思い出した』

「大切なこと?」

『うん。総司の誕生日を教えて?』


この前は聞きそびれてしまったから、来年はちゃんとお祝いしたい。
だからこそ聞いたのに、総司は何故か瞳を細めて意地悪な笑顔を作っていた。


「君には教えてあげない」


予想していなかった答えに、思わず驚きから目を見開く。
つい数秒前まで優しかったのに、この変わりようにはついていけない。


『え?どうして?』

「んー、そもそも僕の誕生日なんてどうでもいいし」

『どうでもよくないよ。私は一緒にお祝いしたいんだよ?』

「じゃあ来年の君の誕生日に教えてあげるよ」

『それだと総司の誕生日が過ぎちゃってるよ……』

「別にいいよ。セラの誕生日に一緒にお祝いすれば」

『でも……』


納得いかなくて、私はじっと総司を見つめた。
総司はそんな私を見ても、まだ意地悪そうに微笑んでいる。


「そんなに気になる?」

『気になるよ。だって総司の誕生日は当日にお祝いしたいもん』

「僕はセラに祝ってもらえたら、それだけで嬉しいけどね」

『でも、誕生日は特別な日なんだよ?』

「そう?僕にとって特別なのは、誕生日云々よりセラと過ごす時間の方だけど」


さらりと言われた言葉に、思わずまた目を見開く。
総司って、時々こういうことを言うから、どう反応していう困ってしまう。


『そんなこと言って、誤魔化してもだめなんだからね』

「誤魔化してないよ」

『だったら教えて』

「やだ」

『だからどうしてダメなの?』

「セラが僕の誕生日を知りたくて必死になってるのが可愛いからかな」


変な理由を聞いて、呆気にとられる。
そんなことを言われたら、余計に意地になっちゃうのに。


『意地悪過ぎるよ、そんなに焦らさないで』

「別に焦らしてるわけじゃないよ。ただセラには、僕のことを知る楽しみを残しておいてほしいってこと。だって、セラはこれから僕のことをもっと教えてほしい言ってくれたじゃない」

『それはそうだけど……』

「それなら誕生日もその一つだよ。ゆっくり時間をかけて僕のことを知っていってよ」


そう言って優しく微笑む総司に、私は何も言えなくなった。
意地悪なのに、どこかあたたかくて、優しくもあって。
結局折れたのは私の方だった。


『もう、わかったよ。そのかわり、来年の私の誕生日にはちゃんと教えてね?』

「もちろん。セラが覚えてたらだけどね」

『言っておくけど、絶対に覚えてるからね』


そう言うと、総司はふっと目を細めて、少しだけ真面目な声で続けた。


「じゃあ来年も君の誕生日に一緒に過ごせるね」


いたずらっぽく微笑む総司を見ながら、来年の誕生日も一緒にいられることが嬉しいと思う自分に気づいた。


『ずるいのは私じゃなくて総司の方だよ』

「え?何が?」

『そういうこと言うの』

「でも、事実だけど」


総司の言葉を聞きつつも、身体の怠さから眠くもなる。
一度話すのをやめてぼんやり総司を見上げていると、伸ばされた総司の指先が、頬にかかった髪を優しく梳いてくれた。

今の時間がずっと続けばいいのに。
そう思ってしまうのは、熱のせいなのかは分からないけど、今日はもう少しだけ総司に甘えたくなった。


『もう少しだけ、ここにいてくれる?』

「僕はいいけど、セラは眠くないの?」

『ちょっと眠いけど、でも……』


言葉を濁すと、総司が微かに眉を上げた。


「でも?」

『もう少し話したいなって思って』

「そっか」


小さく笑う声が聞こえる。


「今日は素直に甘えてくれるんだね」

『別に甘えてないよ』

「甘えてるよ」

『どうしてそう思うの?』

「だってその顔とか喋り方が、完全に甘えてるようにしか感じないし」

『え、そうかな?気のせいだよ』


総司には見透かされている気がして、少し恥ずかしくなった。
私はつい顔を伏せてしまうけど、総司はそんな私をじっと見てにやりと意地悪な笑みを浮かべて見せた。


「本当は甘えてる自覚、あるんじゃないの?」

『だから甘えてないって言ってるでしょ?』


思わず顔を上げて、反論する。
でも総司の瞳に見つめられると、やっぱり言葉は詰まってしまった。


「別にいいのに。でもセラが甘えるのは僕の前だけだよね」

『……それは……』

「それが嬉しいんだけどね」


総司は真剣な顔で私を見つめるから、心音が少し早くなるのを感じていた。


「それともまさか僕以外の人にも甘えてるの?」

『甘えてないよ』

「駄目だよ。伊庭君や平助なんかに甘えるのは絶対論外だし、あとは山崎君にも甘えたら駄目かな」


総司がそんなことを言いながら、私の前髪をふわりと撫でた。
優しい手つきにくすぐったさを感じながら、私は自然と笑みをこぼす。


『そんなことしないよ』

「ならいいけど」

『だって、総司がいてくれるもん』


総司といる時間が、最近の私にとって一番心地良いみたい。
だからそう言うと、総司の指がふと止まる。
ちらりと見上げると、彼は少し困った様子で眉を下げて微笑んでいた。


「そっか」

『うん』


総司は小さく笑って、今度は指先でそっと私の頬を撫でる。
その指の温度が私の眠気を誘うから、瞼が少しずつ重くなっていくようだった。


「まあ、体調が悪いと人って多少素直になるって言うしね。甘えたくなる気持ち、わかるよ」

『甘えてないし、私は元々素直だよ』

「はいはい」


適当に流すような言い方をするくせに、総司は穏やかに微笑んでいた。
なんとなく心がふわふわしてくる。
総司と話していると、眠るのがもったいなくなってしまいそう。


『じゃあ総司が風邪を引いたら、今度は総司に甘えさせてあげるね』

「へえ、それ本当?」

『うん。私がそばにいてちゃんと看病するし、総司が休めるように身体に優しいスープも作るよ。美味しくなくても、我慢して全部食べてね?』

「……美味しくないんだ?」

『多分?スープなんて作ったことないからね。一応頑張るけど』

「ははっ、わかったよ」

『だから総司は風邪引いてもいいよ』

「何言ってるのさ。僕が体調不良になったら君を護れなくなっちゃうから駄目だよ」

『少しくらい、いいのにな。私は総司にも甘えてもらいたいし』

「僕は自分が甘えるより、君に甘えてもらいたいかな。だからもっと甘えてよ」


その一言が、私の胸を温かくしてくれた。
どこか照れくさいのに、やっぱり嬉しい。
私は少しうつむいて、恥ずかしさを隠すように呟く。


『でも……甘えるって、どうすればいいか分からないよ』

「僕をもっと頼ってってことかな」


私はもうずっと総司を頼りにしてるよ。
初めて会った時も、栞が飛ばされた時も、木に登った時だって、総司は優しく手を差し伸べてくれた。
今日もこうしてお見舞いに来てくれて、優しい眼差しで私を安心させてくれる。
言葉を交わしていない少しの時間さえ、心地良く感じることができるんだから。


『ありがとう。今日、総司がお見舞いに来てくれて嬉しかった』


素直に言葉にすると、総司の目元が柔らかく和らいだ。


「どういたしまして」


優しく撫でるように髪に触れる総司の手は、やっぱりとても温かくて。


『すごく安心する……』


誘われるように目を閉じると、心地よい眠気がゆっくりと降りてきた。


「そっか。なら、このまま眠っていいよ」

『うん、おやすみなさい』

「おやすみ、セラ」


静かに囁かれた言葉を最後に、私は眠りに落ちていった。
時折触れる優しい温もりを感じながら、とても幸せな夢を見た気がした。


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