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目覚めた時、私は知らない部屋のベッドの中にいた。
ぼんやりとした頭で状況を整理しようとしていると、少し離れたところから総司と殿下の声が聞こえてくる。
そこでようやく王宮にいたことを思い出し、先程自分が倒れてしまったことに気がついた。


『総司……?』


とにかく起きなければと上体を起こし、総司の名前を呼ぶ。
すると総司はすぐに振り返り、殿下と並んで私の傍まで来てくれた。


「平気?身体は辛くない?」

『うん、大丈夫』

「セラがいきなり倒れたからびっくりしたよ。体調が悪かったなら言えば良かったじゃないか」

『ごめんなさい、あの時は急に立ちくらみがして……。ですが、もう元気です。お二人ともご心配おかけしました』

「君に何もないなら良かったよ。これ、用意してもらったんだ。飲んで」


お水の入ったコップを総司から受け取り、それを静かに口に含む。
いまだ心配そうな眼差しで私を見つめる二人を見上げ、私はにこりと微笑んだ。


『おいしいお水』

「王宮の水だからねって言いたいところだけど、それは至って普通の水だよ」

『冷たくておいしいですよ』

「そんなことより本当に身体は平気なんだよね?それと沖田にも確認したけど、千鶴に何かされてたりしないよね?」


いつになく真剣な様子でそう聞いてきてくださる殿下に、私は二度頷いてみせる。


『はい。身体はもう大丈夫です。それに王女殿下とは今日初めてお会いしましたよ』

「……それならいいけど」


私の返答を聞いてホッと息を吐き出す殿下を見上げながら、私は再び口を開いた。


『先程はご挨拶の途中で倒れてしまって王女殿下には大変失礼なことをしてしまいました。もし可能でしたら今からご挨拶も兼ねて謝罪に伺いたいのですが……』

「そんなことをする必要はない。千鶴には俺から伝えておくから平気だ」

『ですが……』

「セラ、学院でもまた会えるし今日は無理しない方がいいと思うよ」


総司に制されて私は素直に頷く。
正直王女殿下には会いたくない、そう思ってしまう感情に蓋をして、私はもう一度微笑んでみせた。


『では、お言葉に甘えて今日は控えさせて頂きます。またお会いできる機会があれば、その時改めてご挨拶させてください』

「ああ」


王女殿下とお会いした時、心や身体が縮こまるような違和感を感じた。
そしてそれは差し出された手を見た時、一気に私の中へと押し寄せてきた。

私はあの人を知っている気がする。
そしてあの時のように微笑む彼女と握手をした後、酷く悲しいことがあった気がした。

だからこそ身体が動かなくなってしまったけど、流れてきたのは私でも知らない私の記憶。
屋外のテントの中、抱き合って唇を重ねる総司と王女殿下を何もできないままただ見つめている私の記憶だった。
それは決して現実で起きたことではないのに、夢でもない。
まるで自分以外の誰かの感情が一気に流れ込んできたようで、私は一瞬心を食べられてしまったかのような感覚に陥った。

でも今も心に残る痛みは確実に私と共にあって、私の胸を苦しくさせる。
その理由がわからないからこそ怖くて、思わず総司を見上げた。


「ん?」


優しく私を見つめてくれる総司はいつも通り。
だからきっと、この変な感覚や先程見た記憶は忘れた方がいいのかもしれない。
でも心に引っ掛かったままの違和感は取れなくて、この現象が何のか、考えずにはいられなかった。


「お前達、今日夕食はどうする?身体がまだ辛いなら、無理をすることはないよ」


夕食……そういえば、殿下が仰ってくださっていた。
でもまた王女殿下と顔を合わせるかもしれないと思うと、心が少しだけ曇ってしまう。
それを見せないように、私は静かに口を開いた。


『あの……せっかくお誘い頂いたのに申し訳ないのですが、今日は念のためお城に戻らせて頂いても宜しいでしょうか?』

「ああ、構わないよ」


殿下はすぐに、優しい声でそう答えてくださった。


「今日はもう休んだ方がいい。そのかわりちゃんと休むんだよ。また倒れたりしたら、次はさすがに俺も叱るからね」

『はい。ご配慮ありがとうございます、殿下。それから今日はせっかくお招きくださったのに、私が体調を崩してしまって本当に申し訳ありませんでした』

「やめてくれる?そんな顔で申し訳ありませんなんて言われたら、この後の夕食がまずくなるんだけど」

『……ごめんなさい』

「謝るんじゃなくて笑いなよ。お前がちゃんと回復してくれるならそれでいい」


殿下って、こんなに優しい方だったかな……。
余計に申し訳なくなってしまうけど、私は言われた通り笑顔を作った。


『今日は楽しかったです。おいしいお菓子も沢山ご馳走になりましたし、乗馬もできて良い一日でした。ありがとうございます』

「楽しんでくれたって聞くと救われるよ。こっちは半分くらい無理矢理お前を引きずり出したようなものだったからね」

『そんなことありません、本当に楽しかったですよ。ね、総司?』

「そうですよ。今日は殿下と色々話せましたしね」

「沖田、お前には聞いていない」

「そんなこと言って、殿下も僕と話せて楽しかったんでしょ?顔に書いてありますよ」

「……お前、殺すよ?」


二人のやり取りに思わず笑ってしまえば、総司と殿下も笑ってくれる。
こうしてもてなしてくれようとした殿下のお心遣いはありがたいから、素直に感謝をして微笑んだ。



「じゃあね、気をつけて帰るんだよ」

『はい。今日は本当にありがとうございました』

「お邪魔しました」


王宮の門までお見送りしてくれた殿下に頭を下げて、私は総司と馬車に乗り込む。
見えなくなるまで手を振って、私は思わずホッと息を吐き出した。


「疲れた?」


総司はそう言うと私を気遣うように、柔らかい瞳で私を見つめてくれる。


『ううん、疲れてないよ』

「僕の前では無理しなくていいよ。今日は国王陛下とも挨拶したし、緊張したよね。でもセラはよく頑張ったと思うよ」


総司は私の手から手袋を取り上げて指先をそっと包み込んでくれる。
優しい言葉と冷たい指に触れるあたたかな感触が、私を労ろうとしてくれていた。


『ありがとう。それと倒れた時、総司の声が聞こえた気がしたの。沢山迷惑かけてごめんね……』

「謝らないでいいってば。誰だって体調が悪くなる時はあるんだし、辛い時は甘えてよ」

『うん。今日、総司がいてくれて良かった』


総司の優しさが胸に沁みて、瞳が少し潤んでしまう。
それを隠すように微笑んで、ふとまたあの違和感の理由を考えていた。

体調が悪かったわけでも、幻覚を見たわけでもない。
なんて言えばいいのか、忘れていた記憶が断片的に戻って来たような……そんな感覚に近かった。
何も知らないはずなのに、たとえばその時の季節だったり、その時の自分の感情もはっきり感じられる。
この身体で体験していない筈の記憶があるということは、私……もしかして未来を見る力があるの?


『…………』

「セラ?聞いてる?」

『え?』

「大丈夫?凄いぼんやりしてたけど」

『あ……ごめん。なんて言ってたの?』

「身体辛かったら寝ていいよって言ったんだよ。僕の肩で良ければ貸してあげる」


もし……私が見たものが全て未来に起きることだとしたら、総司はいずれ王女殿下が好きになるの……?
あの出来事は、近いうちに本当に起こることなの……?
そうしたら、私は……


「セラ……本当に大丈夫?」


不安な心情のまま総司を見上げても、その答えなんて出てこなかった。
今の総司はきっとまだ私を好きでいてくれてる。
それは、言葉がなくても伝わる。
穏やかな目も、ふとした仕草も、何より誰より私を気にかけてくれるこの優しさも。
でも未来に何が起きるか、自分の感情がどう変わるかなんて、本人ですらわからない。
ただあの場面が浮かび上がれば、その可能性は決してゼロではない。
総司が王女殿下に惹かれてしまう要素は間違いなくあるのだと、突きつけられた気がした。


「……セラ、ねえってば」

『あ……ごめんなさい。ぼんやり……しちゃって……』

「疲れてるんじゃない?余計なことは考えないで、今はゆっくり休みなよ」


「おいで」と言って総司や優しく私の肩を引き寄せる。
温かな腕に包まれて、優しい香りにふれると、いつもなら安心して身を委ねられるはずだった。
それなのに今日はなぜか息が詰まりそうで、私はそっと総司から身体を離した。


『大丈夫。眠くないし、元気だから』

「本当に?でも顔色良くないよ」

『ううん、元気だよ。それよりさ?』

「うん?」

『王女殿下、とても綺麗で可愛い方だったね』


総司をちらりと見上げて、その反応を窺うように尋ねてみる。
総司は一度きょとんとした後、ふっと目を逸らして素っ気なく答えた。


「そう?別になんとも思わないけど」

『とっても素敵な人だったよ』


優雅で、聡明で、誰からも慕われるだろう方だった。
私とは、きっと比べものにならない。
そんなふうに思ってしまった自分が、少し情けなくて。
それでも、どうしても気になってしまって……そんな自分が嫌で唇をきゅっと結んだ。


「セラの方が何百倍も可愛いよ」


一拍おいて真顔でそんなことを言ってくれるら、私は思わず目を見開いてしまった。


『……もう、からかわないで』

「いや、からかってないけど」

『嘘ばっかり』


私が頬を膨らませると、総司は苦笑して、手を伸ばして私の髪を撫でた。


「本心だよ。僕はずっとセラのことだけ見てるし、王女殿下のことなんて考えたこともないよ」

『でも、あんなに綺麗で優しそうで……』

「セラ」


その呼び方ひとつで、胸の奥がきゅっと痛くなった。


「どうしてそんなこと言うの?何か気になることでもあった?」

『ううん?なにもないよ』


言えるはずがなかった。
知らない筈の記憶がある、なんて誰にも話せない。
だってあれが本当にあったことなのか、それともこれから起こることなのか、私には何もわからないから。
だから私はそっと首を振って、笑ってみせるしかなかった。


『ただ、ちょっとだけ……王女殿下が羨ましくなっちゃっただけ』


えへへと笑ってみせれば、総司も笑ってくれるかと思っていた。
でも総司はそんな私をじっと見つめると、今度はきつく腕の中に抱きしめてきた。


「……可愛い」

『え?……何が可愛いの?というか、離して……』

「やだ。君が可愛い過ぎるのがいけないんだよ」

『んん……、もう……痛いよ総司……』

「早く部屋に戻って二人になりたいね」


耳元で囁かれれば、私の心音は少しばかり早くなる。
いつまで総司といられる日々は続くんだろうと少し不安に思いながらも、笑顔で頷く私がいた。

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