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王宮に出向いてから数日。
あの日に流れ込んできた記憶は、不思議なくらい薄れていった。
敢えて思い出さないようにしていることもあるけど、一番の大きな理由はあの日総司が私の心に寄り添ってくれたからだと思う。
意味のわからないことを言っていただろう私を丸ごと受け止めて、優しく包み込んでくれた総司のことが今まで以上に好きになった。


総司に言ってもらった「君は君のままでいて」という言葉。
その言葉が本当に嬉しくて、総司のために何かしたくなった私は、久しぶりに総司のために刺繍をした。
用意した新品のハンカチ三枚に、毎晩一生懸命刺繍を続け、ようやく出来上がったそれらを手に、総司の部屋へと訪れた。


『あのね、これ。総司に作ったの』


総司がアストリアの公爵邸に来たばかりの頃、どこか無理をして笑っていた彼の横顔が忘れられない。
どこか不器用で、でも私の顔を見ればいつも柔らかく微笑んでくれて。
あの頃、私は何かできることがあればと思って、慣れない針と糸に指を何度も刺しながらハンカチに刺繍をした。
ようやく完成したその一枚を差し出した日のことを、今でも昨日のことのように思い出せる。

あれから、もう何度季節が巡ったんだろう。
少しは上達したと思いたくて、こっそり仕上げた新しいハンカチをベッドサイドに座る彼に手渡した。


「嬉しいな。僕にくれるの?」

『うん。総司に使ってもらえたら私も嬉しいよ』

「ありがとう、大事に使うよ。刺繍、凄い上手くなったね」

『ふふ、でしょう?頑張ったもん』


総司が嬉しそうにハンカチを受け取り、そっと刺繍を撫でてくれる。
その様子を見るだけで幸せな気持ちになるから、頑張って作って良かった。


「まるで売り物みたいだ。それにほら、この……ドラゴン?みたいな模様も細かくてすごいし」

『……え?それ……ドラゴンじゃなくて……』


思わず固まってしまって、気づいたら片頬をぷくっと膨らませていた。


「え?」


総司は一度瞬きをしてから、改めて刺繍をじっと見つめ直す。
薄く笑いながらも、その目が少し戸惑っているのがわかって、私の心はなんともいえないくすぐったさに包まれる。


『それ、百合だよ。アストリアのシンボルのお花でしょ?』

「ああ、そっか。言われてみれば、たしかにそうだね」


ほんの少し目を逸らすようにして笑った総司。
ハンカチを眺める横顔は、少しきまずそうにしているようで、でもそんなところに優しさが滲んでいた。
その様子がどうしようもなく可愛くて、愛しくも感じられた。


「間違えてごめんね」

『全然いいよ。それに……』


総司が私のために、こんなふうに一枚の布を見つめてくれてることが、ただ嬉しくてたまらなかった。


『総司が困った顔してるの、ちょっと好きだから』

「え?」

『ふふ、なんでもない』

「えー?どういう意味さ」


少しだけごまかすように笑って、わざと視線をそらす。
でも本当は顔が熱くなるほどドキドキしてるのを、どうにか隠そうとしてるだけだった。
そんな私の横で、総司はふっと息を吐いて、小さく笑った。


「じゃあ、こうしよっか。間違えたおわびに、なんでもするよ」

『なんでも?』


目を見開いて問い返すと、総司はくすっと肩をすくめた。


「うん。なんでも」


何気ない一言みたいに聞こえるけど、その言葉に胸が高鳴る。
ほんの少し唇を噛んで、迷うように下を向いた。


『……じゃあ』


静かに声を落として、探るように総司を見上げた。


『キス……して?』


言ってしまった後、自分でもどうしていいかわからないくらい恥ずかしくなったけど、逃げずに総司の瞳を見つめた。
それでも総司の笑顔がすぐそばにあると思うだけで、胸がじんわりとあたたかくなった。


「……今の、可愛すぎるんだけど」


ぽつりとこぼした声が掠れていて、その声だけでどれだけ私のことを想ってくれているのかが伝わってくる。
そっと顔が寄せられ目を閉じた時、それが合図のように唇に触れる感触が訪れた。


『……ん』


ほんのわずかに漏れた声さえ、自分のものではないみたい。
甘くて優しくて、触れているだけなのに心がくすぐられるような感覚に包まれて、身体の力が抜けていくようだった。
一度離れた唇がまたゆっくりと戻ってくると、今度はさっきよりも深く、確かめるように触れてきてくれる。
優しいのにどこか切ないような、そんなキスだった。


『……総司』


目を開けると、すぐそこに総司の綺麗な瞳がある。
私の顔を見つめながらどこか抑え込んでいるような気配を感じて、胸がきゅっとなった。


「……止まらなくなっちゃうよ。ほんとに、いいの?」


耳元でささやかれる声は、いつもより低く情欲が滲んでいたから、思わず胸の奥が震える。
だから私はためらいながらもそっと頷いた。


『……私も止めてほしくないよ』


その言葉を口にしたら、総司の瞳がふと揺れたのがわかった。
ほんの一瞬息を呑んだ気配がして、数秒後にはまた唇が重なる。
今度のキスは優しいのに先程より深くて、私の奥にある気持ちまで優しく包み込んでくれるようだった。


『……ふ……ぁ……』


総司の舌がそっと触れてきた時、思わず震えるような声が漏れてしまう。
でもそれすらも受け止めるように、彼はためらいなく深く舌を絡めてきた。

甘くて、熱くて、胸の奥がとろけそうで。
鼓動が早くなるたびに彼の手が背中にまわり、そっと支えるように私の身体を引き寄せてくれる。
そのまま自然とベッドに倒れる形になれば、重なった体温が心地よくて恥ずかしくて、視線を逸らしたくなるのにもうどこにも逃げ場がなかった。


『ん……』


唇が離れたあと、耳元にかかる総司の吐息がふわりと肌にふれて、思わずぴくりと身体が揺れた。
息を飲んだまま見上げると、彼の瞳がまっすぐに私を見つめていた。


「……今日、セラを気持ちよくしてあげたい。……いい?」


低くて熱の籠った声。
その言葉が胸の奥に届いたとたん、呼吸がふわりと乱れた。

恥ずかしさでいっぱいなのに、触れて欲しいと思うのは相手が総司だから。
どこまでも優しくてあたたかくて、こんなにも私のことを大切にしてくれる人だから。
私はそっと目を伏せて、震える指で総司の胸元に触れると頷いた。


『……うん。総司が、そうしてくれるなら』


言い終えたあと、視線を合わせる勇気はなくて、思わず顔を隠してしまう。
だけどすぐにその手を包み込むように、総司の手が重ねられた。


「セラ、かわいい」

『……総司……』


触れられるたびに、胸の奥がじんわり熱くなっていく。
総司の手のひらは大きくて、あたたかくて、まるで私のすべてを包み込むみたいだった。
そしてその手がゆっくりと私の髪をなでて、額にキスが落ちてくる。
まぶた、頬、そして唇。
ひとつひとつ確かめるように触れてくるキスが優しくて、目の奥が熱くなった。


『……ん、あっ……』


不意に首筋をくすぐるようなキスをされて、小さく声が漏れた。
その声に自分で驚いて、咄嗟に唇を押さえようとすると、総司が優しい声で言った。


「……我慢しなくていいよ。聞かせて、君の声」


そう囁かれれば、胸の奥が跳ねるように波打った。
総司の声がまるで身体の深いところに直接触れてくるようで、どうしていいかわからなくなる。
唇がもう一度触れて、深く重なっていく。
舌が絡まり合うたびに、何かがじわじわと溶けていくようで……それが羞恥心なのかそれとも理性なのか、もうわからなかった。


『……あ……、総司……』


うわごとのように名前を呼ぶと、総司は返事の代わりに、私の喉元にそっと唇を落としてくる。
そのまま鎖骨のあたりをくすぐるように触れながら、まるで花びらをたどるように口づけを散らしていった。
ひとつひとつ大切に触れてくれるから、私の心はまるで深い海の底に沈んでいくようにゆっくりと満たされていく。
大好きな人に優しく触れられて名前を呼ばれて心の奥まで包まれていく、そんな幸せが胸いっぱいに広がっていた。


『私、総司のこと本当に大好き』

「僕も君が好きでたまらないよ」


その言葉に全身が甘く染まっていくようで、私はもう他になにもいらないと思った。

総司の手が、そっとドレスの留め具を外していく。
その仕草ひとつひとつがあまりにも慎重で、指先に込められた優しさが肌を通して胸の奥まで染み込んでくる気がした。
布が滑るように肩から落ちて、少し冷たい空気に肌がさらされる。
息を呑んだ私の震えに気づいたのか、総司はふと動きを止めた。


「寒くない?」

『……大丈夫。総司の手があったかいから』


微笑んで伝えると、総司は安堵したように小さく息をついた。
そして何かを確かめるように、露わになった肩にやわらかく唇を落としてくる。


『……ん、……っ』


首筋から鎖骨へ、そして胸の少し上。
肌に触れるたびに、そこがじんわり熱を持っていくようで、甘く痺れる感覚が身体を包んでいく。
胸元のレース越しに感じる吐息や、指先のやさしい動きに、意識がどんどん持っていかれてしまう。
やがてレースの布がそっと持ち上げられ、総司の手のひらが膨らみをすくい取るように、ためらいがちに触れてくる。


『っ……ぁ……』


甘い熱が身体の奥からじわじわと広がって、私の心を包んでいく。
肌をなぞる指先の感覚が甘く、吐息と唇がふれてくるたびに、少しずつ何かがほどけていく感覚。
身体と心がつながっていく、そんな感覚が私の中に根づいていった。
目を閉じると、総司の声が耳元にやさしく聞こえてくる。


「セラ、好きだよ。何度伝えても足りないくらい、君のことが大好きだよ」

『……私も大好き』


もう隠すものも、怖いものもなかった。
この胸いっぱいの想いを、すべて総司に捧げたいと思った。
まだ今は総司と一つになることはできないのかもしれないけど、私の心はもう総司一人だと決まっている。
だから早くその日が来ることを待ち侘びながら、私たちは静かに何度もお互いの名前を呼び合った。

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