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文化祭が終わり、いつもの日常が戻ってきた。
以前の世界では近衛騎士として王女の下に仕えていた僕も、今はセラの専属騎士として彼女の傍にいることが出来ている。
それがいかに幸せで恵まれていることかをわかってるからこそ、この忙しい毎日がただ愛しく感じられた。

それにあの日以降、王太子は特に何も言ってくることはなく変わった動きも見られない。
王女とは接点もないまま、穏やかな毎日が流れていった。


「狩猟大会楽しみだよな、俺が一番でっかい獲物捕まえてくるからさ!期待しててくれよな!」

『ふふ、ありがとう』

「平助なんて、捕まえられても兎くらいなんじゃないの?」

「なんでだよ、そもそも兎なんて狙わねーし」

「あんな愛らしい生き物を狙うことはしたくないですね」


朝、他愛のない話をしながら学院に向かうと、教室は何やら騒めいている。
思わず眉を顰めて何があったのか探ろうとしていると、先に来ていたはじめ君と千ちゃんが慎重な顔付きで僕達の方へやってきた。


『おはよう。教室ざわざわしてるけど……何かあったの?』

「おはよう、セラちゃん。あのね、ちょっと信じられない話なんだけど……うちのクラスの大公子いたじゃない?ディラント大公国の」

「ああ……あのあまり感じの良くない方ですね。その方がどうかされたんんですか?」

「爵位を剥奪されたらしい。今朝、知らせが入った」


はじめ君の言葉に、僕達は一度静まり返る。
僕の隣にいたセラの表情も、ゆっくりと強ばっていった。


『……えっ?それって……どういうこと?』

「詳しい経緯までは俺も把握していない。だが学院内で婦女暴行まがいのことをしたと耳にした」

「複数の女子生徒が証言して、学院の上にも報告が上がったみたい。最初は曖昧だったみたいだけど、昨日になって突然、爵位の剥奪と学院からの退学が同時に決まったって」

『そんなことがあったの?私、全然知らなかった……』

「誰にも言えなかったんだと思う。告発した子たちも、随分悩んでたらしいわ」


千ちゃん君の声はいつになく静かで、どこか怒りも滲んでいた。


「だが本人は最後まで罪を認めなかったと聞いている。調査が入って、裏が取れたのかはわからないが……」


ディラント大公国の大公子。
僕が王太子に咄嗟の嘘で、セラの好きな男だと名前を出した相手だ。
あの時、不服そうにしていた王太子の瞳の奥に、静かな焔が宿っていたのを僕は忘れていない。
そしてセラを欲するが故、僕の命を狙った以前の世界の王太子が頭を過った。


「なあ、それって……あいつはもう学院には戻ってこれないってこと?」

「戻れないわ。爵位を奪われたってことは、貴族社会からも事実上の追放と変わらない。彼の家族がどう動くかは知らないけど、今後表立った場には出られないはずよ」


平助の問いに千ちゃんが淡々と告げると、伊庭君がやや驚いた様子で目を細めた。


「……重い処分ですね。学院内の問題で、ここまで徹底されるとは」

「ああ。領地もいくつか取り上げられたらしいからな」

「なんか妙だよな。あいつが危なそうなのは薄々感じてたけど、そこまで一気に動くなんてさ」

「それって……つまり、かなり上の判断が入ったってことじゃない?」


表向きは婦女暴行まがいの問題で爵位を剥奪、そんな話だった。
けれど、本来そんな処分がそう簡単に下されるわけがない。
あの家門は王国の管轄の中でも指折りの権威を持っているし、そもそも学院在籍中の未成年を爵位剥奪にするというのは例を見ない異例の措置だ。
だからこそ、もしこの件が王太子の意向だったのだとしたらと考えた時、その容赦のないやり方に額にうっすら汗が滲んだ。

勿論、別の角度から考えると優しさのつもりだったのかもしれない。
セラに害を及ぼすかもしれない相手を、あらかじめ排除することでセラを守ろうとしただけなのかもしれない。
でもそれなら尚更、残酷過ぎる。
セラが何も知らない水面下で起こったことだから余計に。

そして僕が軽はずみに口にした嘘が誰かの人生を大きく狂わせたのだとしたら、それはどんな理由があったとしてもきっと許されることじゃない。
その責任が重くのし掛かり、僕は無言のまま皆の話を聞いていることしか出来なかった。


『総司?大丈夫……?』


不意に声がかけられて我にかえると、セラが僕を見上げて気遣うような優しい視線を向けてくれている。
もし……この件のきっかけを作ったのが僕だと知ったら、セラは何を想うのだろう。
そう考えてしまえば、この件は自分の中だけに閉じ込めておきたいと思ってしまった。


「大丈夫だよ。ちょっとびっくりしちゃってさ」

『……そうだね。真相はわからないから勝手なことは言えないけど、彼のご家族のことを思うと胸が痛くなるね』


しゅんとしているセラの言葉を聞いて、僕は複雑な心境のまま頷いた。
この件に王太子が関わっていないことを願いながら、彼女の横顔を黙って見つめる僕がいた。

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