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今日は学院の行事である狩猟大会の日。
以前までの世界では、近衛騎士として王宮にいたり、誘拐されたセラの捜索をしていたりで、この時期僕は学院に通っていない。
この狩猟大会に参加するのは、今回がはじめてだった。

狩猟大会は男子生徒にのみ許される格式ある学院行事で、王家の所有する森を使って正式に開催される。
狩りの技量だけでなく、礼儀作法、騎乗姿勢、判断力、そして獲物の献上を通じた社交性までが試される競技だ。

森に放たれるのは、事前に用意された野生の獣たち。
鹿や猪、野兎などが中心だけど、中には狼に似た獣が混じることもあるらしい。
危険な相手を仕留めれば当然得点も高いけど、逆に怪我のリスクも跳ね上がると聞いている。

大会の勝敗は、仕留めた獲物の大きさと希少性、それから仕留め方で評価される。
獲物を傷つけ過ぎずに仕留めた場合や、一発で命中させた場合などの技術点も重視されるらしい。
つまりただ大きな獲物を追えばいいというわけじゃないそうだ。

仕留めた獲物は、大会後に森の外れに設けられた献上台へと運ばれ、その場にいる女子生徒たちへ贈られる。
それは形式上の贈り物ではあるけど、実質的には意中の相手に対する求愛のような意味も持つらしい。

森の手前に並ぶ白いテントには、既に女子生徒たちの姿があった。
狩猟に参加する男子生徒たちを待ちながら、彼女たちは日除けの中で紅茶を楽しんでいる。
遠くからセラの愛らしい微笑みを見て、思わず頬が緩みそうになるのを意識して抑えた。


「沖田」


馬の調整を行なっていると、不意に名前を呼ばれ視線を返す。
すると王太子は穏やかな笑みを浮かべて、僕のところへ足を進めた。


「俺と勝負して遊ばないか?」

「狩猟で、ですか?」

「そう。今日一番の獲物を仕留めた者が勝ち。どうだ?」


どこまでも遊びのような口ぶりだったけど、前の世界では王家の人間が軽く口にする遊びやゲームの類が、ただの冗談で終わったことなど一度もない。
警戒してしまうのは当たり前だ。


「急にどうされたんです?そんなに僕と競り合いたいんですか?」

「お前と競るなら、今日が一番いい機会だと思ってね」


王太子の声は軽やかだったけど、その言葉の裏にある意図を考える。
そしてセラの顔が浮かんだからこそ黙ったままでいると、王太子は小さく笑って僕を見た。


「勿論ただの勝負じゃない、賭けをしよう」

「何を賭けるんですか?」

「そうだね。じゃあ、こうしよう。俺が勝ったら、セラとの婚約に賛成してもらう。今みたいに冷ややかな目で見たり、遠回しに反対したり、そういうのをやめてくれ」


一瞬、心臓が止まりそうになった。
冗談のつもりで言っているわけじゃないことは、王太子の目を見れば分かる。
そしてそれが本気だからこそ怒りが込み上げた。


「そんな……」


僕は思わず声を荒げかけたけど、それをぎりぎりで抑えた。
こんな狩猟大会なんかで、セラの未来を易々と決めていいわけがない。


「あの子の気持ちを無視してそんな危険な賭けができるわけないじゃないですか」

「俺に負けるのが怖いんだ?」

「僕は負けませんよ。でもセラの将来を僕達が勝手に決めていいわけがないって言ってるんです」

「でも俺はどのみちセラに近々話すつもりでいるよ。父にも既に話してあるんだ。そうしたら大層喜ばれていてね」


そこまで話が進んでいたことに僕は奥歯を噛み締める。
ディラントの大公子の爵位が剥奪されてから不安に思ってはいたけど、まさかこんなに早くこんな日がくるなんて。


「……ディラントの大公子がいなくなったから、今がいい機会だっていうことですか?」

「まあ、それもあるね。あとセラは王家に輿入れする予定があったわけじゃないから、まだ妃教育を受けていないだろ?そういうことも含めて早めに決断する必要があると思ったんだ」


そう言ってあくまで穏やかな口調のまま僕を見つめる王太子に悪意は見られなかった。
でも王家の決断や配慮が、セラの人生を塗り替えていく。
その真ん中に立つあの子は何を思うのかと考えてしまえば、頷ける筈がなかった。


「……あの子の気持ちを、殿下はどうお考えですか」


そう問いかけると、王太子はほんの一瞬だけ目を伏せ、それから真っ直ぐ僕を見た。


「もちろん、強いるつもりはないさ。でも悪い話ではないと思ってもらえる自信はある。近藤公からも先日、私的な書状を頂いてね。セラと俺が親しくしていると知って、とても喜んでおられたよ」


その言葉に、胸の奥が痛み出す。
いくら僕が反対したとしても、セラの父親である近藤さんからしたら恐らくこれ以上ない良縁だ。
娘が未来の王妃になると聞いて、不満に思う父親がどこにいるだろう。


「だから今度近藤公とセラを王城にお招きしようと思ってるんだ。きちんとしたもてなしの席で、二人を正式に迎えてね。勿論父も同席される予定だけど、もしその時に婚約の話が持ち上がったとしたら……セラはどう返すだろうね。公爵令嬢として王族からの提案を私的な理由で断ることなんて出来ると思う?」


その言い方はまるでもうすでに段取りは整っていて、あとは本人がそれに頷くだけでいい……そう言わんばかりだった。

近藤さんが喜んでいて、王太子もその気がある。
そして公の場で、国王陛下まで同席されているとなれば、それはもう断れるような空気じゃない。
王族からの縁談を、恋だの好意だのという曖昧な感情で拒否できるわけがないことは僕だってわかることだ。


「……殿下は本気なんですね。セラを王妃にすることに」

「もちろんだ。あいつを手放したくはない。俺にとっても王家にとっても必要な人材だと思っている」

「つまり僕がこの賭けに乗ろうと乗らないと殿下の選択は変わらないってことですよね」

「ああ、そうだよ」

「でしたら僕は譲れません」

「そう言うと思ったよ」


彼の声音は柔らかかったものの、退く気配はまるでなかった。


「正々堂々競おう。お前が勝ったらお前の望みを一つだけ聞いてあげるよ。もちろん俺の出来る範囲でだけどね」

「それならとっくに決まってますよ。僕が勝ったらセラを妃候補から外してください」

「構わないよ」


あまりにも即答するから、僕は思わず眉を顰めて口を開いた。


「……もう一度、確認させてください。殿下が負けたら、セラを婚約者に望むのは諦める、ということで本当に宜しいんですね?」

「そうだ、その時は潔く退く。俺はそういう筋の通し方をしたい」


自信でも慢心でもなく、王太子という立場で覚悟を決めたようにそう言った。


「随分、あっさりしてますね」


皮肉を混ぜて返すと、王太子はふっと笑った。


「俺は幼い頃から言われてきたんだ、欲しいものがあるなら掴む努力を惜しむなってね。もしここで負けるなら、それは俺の力不足が招いた結果だ。それなら潔く身を引く、それだけの話だよ」


あくまで王太子らしい、飄々とした物言いだった。
でも王太子はセラだけでなく、僕からも認めて欲しいと考えている。
その裏には強い信念と覚悟があるように感じられた。


「で、賭けはどうするの?」


この勝負に負ければ、僕はセラの未来に関わる資格を失う。
それでも今この場で退いたら、あの子の未来は完全に王家に飲み込まれてしまう。
それなら可能性のある方に全力を注ぐしかないと、僕はゆっくりと息を吸い込んで頷いた。


「わかりました。その勝負、受けて立ちます」


静かにそう言った時、ようやく心の中で何かが定まった気がした。
僕は勝つ。
必ず勝ってセラをこの手で護る、それだけだ。


「僕は絶対に負けませんから」


言葉の裏に、すべての覚悟を込めた。
王太子が軽く目を細め、満足げに笑みを浮かべた。


「いい目をしている。さあ、始めようか。狩猟大会を」


これは僕に与えられた、数少ない選択肢の一つ。
この勝負は、絶対に落とせない。
そう自分に言い聞かせながら、僕は鞍の上で背筋を伸ばす。
そしてセラの未来を守るために、僕はどんな手段でも勝つと決めていた。


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