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街に出るのは久しぶりだった。
誘拐されて以来、怖くて外出が出来なくなっていた私は、数ヶ月ぶりの街並みに少し不安を抱いたままお店を巡っていた。
とは言え、今日はお父様の言い付け通り護衛の方々が四人もついてきて下さってるし、なんと言っても総司がいる。
絶対に大丈夫だと自分に言い聞かせながら、お世話になっている先生への贈り物を選んでいた。
暫くして、綺麗な手鏡をプレゼントすることに決めた私が、今日の目的を達成したことに安堵の息を吐いた時、目の前には大きなふわふわしたものが甘い香りを放って現れた。
「セラちゃん、これ見てみ!」
『わあ……、これ何ですか?』
「綿菓子だってよ!砂糖で作られてるみたいなんだが、可愛い見た目がセラちゃんにぴったりだと思って買ってきちまったんだよ。試しに食ってみてくんねぇか?」
『ありがとうございます、頂きます。……ん、甘くておいしい』
「そうだろそうだろ?いっぱい食べて大きくなれよ!」
永倉さんは面倒見の良いお兄さんみたいな人。
威勢も良いし勢いもあるから、たまにその大声にはびっくりしちゃうこともあるけど、信頼できる騎士の一人だ。
でも渡された綿菓子というお菓子はカラフルな雲みたいで可愛いものの、私の顔よりずっと大きくて正直前があまり見えない。
そしてここまで沢山は食べられなさそうで、巨大な渦巻きを見上げながら、この後どうしたらいいか迷う私がいる。
「なあ、セラ!これ見てみてくれよ」
永倉さんの次に走って来たのは平助君。
私の目の前に綺麗な一つの箱を出すと、キラキラした瞳で私を見つめてきた。
平助君はいつも明るくて、一緒にいると元気を貰うことが出来る人。
年齢が近いこともあり、話していて楽しいと思える騎士の一人だ。
『綺麗な箱だね、これ何?』
「まあいいからさ、この箱開けてみてくんない?」
無邪気な笑顔に釣られて、何の疑いもなく箱を開ける。
すると中から出てきた大きな蜘蛛が、ぴょんっと勢い良く私の手の甲に乗ったから、私の心臓は凍りついた。
『いやあっ……!』
思わず手を払い退けた時、私の手は平助君の持っていた箱にぶつかってしまったらしい。
地面に落ちた箱は装飾が壊れて、小さなヒビまで入ってしまった。
「うわ、やべっ……これ店の商品なのに」
『え……?ごめんなさい、どうしよう……。あ、この箱私が買うよ?』
「いや、いいって!驚かせちまった俺が悪いし、怖がらせてごめんな。俺、店に戻ってこれ買ってくるよ」
『で、でも……さっきの蜘蛛は?生きてる蜘蛛も商品なの?』
「ははっ、ちげーって。ほら、これ」
そう言って見せられた箱の中の蜘蛛は、凄く良く出来ているけど作り物だった。
箱を開けると、蜘蛛の玩具が飛んでくるような仕掛けになっていたらしい。
『偽物だったんだ……、良かった』
「これ良く出来てるよなー。帰ったら左之さんとかにやってみよ」
平助君は箱を買いに元いたお店に入って行き、気付けば永倉さんもどこかにいなくなっていた。
伊庭君は先程から少し離れた場所で、ご老人の荷物を持ってあげていて、彼の親切で気遣い上手なところに尊敬してしまう。
伊庭君も幼馴染ということもあって、私にとって気兼ねなく話せる騎士の一人だった。
でもふと気付けば私の周りには誰もいなくて、心臓が無意識に嫌な音を立てる。
途端に怖くなり思わず店の中に戻ろうとしたけど、思い切り誰かにぶつかって、持っていた綿菓子をその人の服にべったりつけてしまうという失態を犯した。
「おい、何すんだ嬢ちゃん」
『あ……申し訳ありません……』
大柄の目付きの鋭いその男の人は、この前私を攫った人達と少し似ている風貌で私をぎろりと睨み付けてくる。
でも直ぐに私の身体は引き寄せられて、気付いた時には以前私を守ってくれた背中が私を庇うように前に立ってくれていた。
「ごめんなさい、お兄さん。この子、僕の連れなんですけど、何か問題ありました?」
「ぶつかられて服汚されちまったんだよ。勿論金は払ってくれるんだろうな?」
「別に払ってもいいですよ。でも僕が見た限りでは、お兄さんの方から故意的にぶつかってきたように見えたんですけど、どういうことなのか説明して貰えます?」
「んだと?いちゃもんつける気か?」
「面白いこと言うな。いちゃもんつけてきてるのはそっちだと思いますけどね」
「てめぇ、さっきから舐めやがって。そっちの女と話すからてめぇは退いてろ」
その男の人が私に手を伸ばそうとすると、総司は私を後ろに庇いながらもその男の人の腕を捻り上げる。
そしてその拘束を解くなり今度はその首元を片手で掴み、彼に顔を近づけ何かを言ったらしい。
その男の人はやや顔を引き攣らせ、慌てて総司から距離を取った。
「ちっ……、くそっ……」
舌打ちをしながらも、その男の人は去って行ってくれる。
少し震えてしまった腕をきつく掴んでいると、振り返った総司が私を見下ろしていた。
「大丈夫だった?」
『うん。助けてくれてありがとう……。ごめんなさい、面倒かけて……』
この公国の公女という立場なのに、この程度のことを自分で解決出来ないことが情けなくなった。
今までは多少言い返すことくらいは出来ていた私も、あの一件から急に臆病になり、まるであの時に戻ったかのような恐怖心にいまだに心を支配されている。
誰にも言えないままずっと自分の気持ちを誤魔化してきたけど、このまま克服出来なかったらどうしようという不安が心を覆った。
けれど、そんな私の頭には手が乗せられてあやすように撫でてくれる。
総司の微笑んだ顔を見たら、少し安心することが出来た気がした。
「全然面倒なんかじゃないよ。それにあんなことがあったばかりだから怖いよね」
総司は私の心情を理解しようとしてくれてるのか、この前のことを気に掛けてくれているようだった。
その気遣いが嬉しくもあり申し訳なくもなるけど、飄々としているようで相手のことをきちんと見て考えてくれるこの人の優しさが、私は好きなんだと改めて気づいた。
『ううん、私はもう大丈夫。平気だよ』
「別に無理しなくていいよ。それと君のことは一人にしないし、ちゃんと見てるから大丈夫だからね」
『……本当?』
「本当だよ。それでも不安だったらずっと僕の傍にいればいいよ」
私が気付かなかっただけで、総司はずっと傍にいてくれていたのかもしれない。
ぶつかって直ぐに私を庇ってくれたのは、総司がすぐ近くで私のことを見ていてくれたからだと分かり、安堵したのと同時に嬉しかった。
総司からの言葉も私の心にまた温かい花を咲かせてくれるから、少しだけ視界がぼやけてしまったけど。
もう一度お礼を言いたくて、総司の顔を見上げた。
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