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部屋を出た僕は、セラ付きの侍女たちの顔をひとり残らず思い浮かべ、順に呼び出しては問いただしていった。
昨夜、セラに紅茶を運んだのは誰か。
就寝前に必ず彼女の寝室に入るのは誰か。
答えは少しずつ絞られていき、最後に残ったのは僕が部屋に入ろうとした時、不自然に渋っていた侍女だった。

王太子から許可をもらっていた個室に彼女を連れていき、扉を閉める。
不安げに立っているその侍女の前、僕は微笑みを浮かべて静かに切り出した。


「君がセラにお香やら紅茶やら、とんでもないものを持ってきてくれた子で間違いないかな?」


その瞬間、侍女の顔は血の気を失った。
でも必死に取り繕い、しらを切るように答えた。


「そうですが……どうかされましたか?」

「あれ?君は何も知らないの?あのお香や紅茶には、強い麻薬成分が入ってたんだよ」

「そんな……私は何も知らず……申し訳ありません……」

「そう。知らなかったなら仕方ないよね。本当に知らなかったらの話だけど」


僕は笑みを保ったまま、じっと彼女を見据える。
沈黙の中で侍女の肩がわずかに震えたけど、俯いたまま言葉は出てこない様子だった。


「君、今朝は少し慌ててたみたいだよね。セラの部屋の前を頻繁にうろついてさ。予定より早く戻られた殿下が部屋にいたから、中に入れなくて困ってたように見えたよ」

「いえ、それは……セラ様のお着替えなどで、いつ呼ばれても駆けつけられるようにと……」

「そうなの?僕はてっきり、昨夜の紅茶がまだ置きっぱなしになってるのを見られたら困るのかと思ったけど。もし殿下が口にしたら、すぐに仕込みがバレちゃうからね」


言葉を重ねるごとに、侍女の唇は強張っていく。
でも口を閉ざしたまま、必死に耐えている。
その沈黙が、僕の胸の奥に渦巻いている怒りをじわじわ刺激するようだった。


「ねえ、なんで黙ってるの?僕は早く君から話を聞いて、セラのところに戻りたいんだけど」

「けれど私は……」

「セラの身体は、あの薬のせいで相当蝕まれてるんだ。そのことに殿下は大層お怒りでね」

「……っ……」

「それに僕も、あの子を傷付けた奴のことが、殺したい程憎くてたまらないんだ」


腰の剣を抜き、ためらいなく彼女の首元に突き付けた。
髪を乱暴に掴み、後頭部を壁に押し付ける。
鈍い音が響き、彼女の呼吸が詰まる様子が見えた。


「悪いけど、僕はそこらの連中みたいに優しくないから、相手が女でも容赦はしないよ。何も話さないなら、君の身体を少しずつ削っていくことになるけど、どうする?」


侍女は涙をこぼし、ようやく震える声で口を開いた。


「申し訳ありませんっ……私が、知っていて持っていきましたっ……」

「それは何のために?」

「そ、それは……」


また黙り込む。
苛立ちが込み上げ、剣を振り下ろせば、彼女の腕は浅く斬り裂されて血が飛び散った。


「い、いやあっ……!」

「いつまで待たせるの?もう一回、斬ってあげようか」

「っ……言います……!王女殿下が……っ」

「王女殿下の命令、ってこと?」

「は、はい……王太子殿下がご不在の間、就寝前にお香を必ず焚くようにと……」

「紅茶は?」

「紅茶は……王女殿下がお香を回収された日から、代わりにお持ちしていたものです……」

「お香や紅茶に入れた薬物はどこから手に入れたの?」

「私は……王女殿下から、ただ命じられただけで……。紅茶もお香も、全て殿下から渡されたものを……お嬢様に……。ですが、その紅茶はまだ二日間しか出していないので……」

「二日間、しか……?」


胸の奥にまた怒りがせり上がる。
その言葉を侍女が口にした瞬間、僕の手は彼女の首を掴み力を込めていた。


「……う……かっ、は……」

「二日間しか、なんてよく言えるね。あんなものを飲まされて、この二日間でどれだけあの子の身体が傷付けられたと思ってるの?」

「……ぁ……ずみ……ませっ……」


今にも絞め殺しそうな衝動に駆られたけど、証言者を失うわけにはいかない。
僕が手を離すと侍女は崩れ落ちるように床に倒れ込み、泣きながら荒い呼吸を繰り返している。


「この程度で大袈裟だね。セラは君よりずっと苦しんでるんだけど。どう責任取ってくれるんだろうね」

「……ですが、わたしも脅されていたんです……」


僕は瞳を細めた。
聞いてもいないのに、侍女は必死に身の上話を吐き出す。
恋仲の相手の営む店を取り潰されたくなければ従うよう、王女が脅したらしい。
あの女がやりそうなことだと、呆れてため息も出ない。


「ああ、そういうこと。君にも事情があったんだね」

「は、はい……なので、どうか寛大なご処置を……」

「なんで?」

「……え?」

「だって君は、自分の都合でセラを傷付けたんでしょ。だったら僕が僕の都合で君に何をしたって、君はとやかく言えないはずだよね」

「そん……な……」

「君は、何も悪くないセラを傷付けた。そこにどんな事情があれ、僕も殿下も許すつもりはないよ」


心の奥底では喉をかき切ってやりたい衝動が燻っていたものの、僕は剣を鞘に戻す。
乱暴に腕を掴んで立たせると、抵抗はなく引きずられるまま侍女はついてくるだけだった。
セラの部屋の前には王太子付きの近衛兵が二人、厳重に部屋を護るよう立たされている。
僕はその少し前で足を止め、侍女の方を振り返った。


「もしセラが起きてたら、余計なことは話さないでね。あの子を怖がらせたくないから」

「は、はい……」

「それと、その傷も僕がやったなんて言わないで」


侍女は呆然としたまま言葉を失っていたけど、僕は彼女の腕をさらに強く引き、部屋の扉を押し開けた。
寝台の上ではセラがまだ穏やかに眠っていて、その寝顔に胸の奥に渦巻く苛立ちが少し和らいでいく。
ふと視線を上げると、王太子が僕と侍女を見やり、何も聞かずに察したように笑みを浮かべた。


「……やはり千鶴の仕業か」


低く落とされた声に、冷ややかな確信が滲んでいた。
僕が無言のまま侍女を床に突き倒すと、王太子の鋭い視線がまっすぐに彼女へと注がれる。
侍女はその視線に射すくめられ、身を震わせていた。


「さあ……全部殿下にお伝えして。黙ってても意味はないから」


押し黙っていた侍女の唇が、わなわなと震え始めた。
やがて堰を切るように声が溢れる。


「わ、私が……お嬢様にお出しした紅茶やお香は、すべて王女殿下から渡されたものです……。断れば、知人の店を潰すと脅されて……私には……逆らうことができませんでした……申し訳ございません……」


すすり泣きながら言葉を並べるその姿に、王太子の瞳は鋭く細められていく。
彼は短く息を吐き、冷徹な声音で告げた。


「なるほど。つまり千鶴が直々に品を渡し、お前を使い捨ての手駒にしたわけだな」

「……は、はい……」


侍女は床に額を擦りつけ、震える声で肯定する。
王太子はしばし黙考したのち、ゆっくりと立ち上がった。
その瞳には怒りの色が潜んでいたけど、口元には薄い笑みさえ浮かんでいる。


「沖田、その女を連れて千鶴の部屋に行く。今すぐにだ」


僕は短く頷き、侍女の腕を無造作に掴み上げる。
眠るセラを一度だけ振り返れば、この部屋で見守っていたい心情にさせられた。

でも僕は王太子が王女に相応の制裁を与えるのか見届けなければならない。
静かに扉を閉じ王太子と並んで廊下へ出ると、空気は凍りつくように冷たく感じられた。


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