8
それからニ度目の朝を迎え、ぼんやりと僅かに見える空を見上げる。
あの日からセラとの思い出を辿っていた僕は、食事すら摂らずにただ最期の時を迎えるのを待っていた。
「刑執行の時間だ、立て」
衛兵に連れられた僕は、鎖を引かれるまま無抵抗で牢屋を出て刑執行の場に向かって歩いて行く。
けれどしばらく行くと、柵の外には平助と伊庭君がいて、何も感じられなくなっていた僕の心に言いようのない感覚が走った。
「総司……!なんでお前っ……、何の否定もしないんだよ……!」
「そうですよ!君ではないのでしょう!?」
まだ数日しか経っていない筈なのに、酷く懐かしく感じるのは何故なんだろう。
僕なんかのために顔を歪めて必死になってくれる二人を見て、思わず僕の頬は緩んだ。
「こんなところまで何しにきたのさ」
「君が……このまま死刑になるのは納得できないんですよ」
「俺達はお前じゃないって信じてるからさ……、だから……」
そう言いかけて黙り込んでしまった平助も、隣で眉を顰める伊庭君も、今更僕の死刑が免れることはないとわかっている。
わかった上でこうして会いに来てくれる優しさが嬉しかったから、最後は僕も少しくらい素直な気持ちを話してもいいかと思えた。
「僕は、君達より先にセラに会いに行くよ。僕がそうしたいんだ」
「何言ってんだよ、死んだら全部終わりなんだぞ!なんで諦めちまうんだよ!」
「そうですよ、セラが亡くなって悲しいのは沖田君だけではないんですよ?どんなに辛くても、生きている僕達が彼女を忘れないで一緒に生きてあげるべきなんじゃないんですか?」
「わかってるよ。わかってても僕には無理なんだ。その気力も、もう何もないんだよ。今は一秒でも早くセラに会いたいんだ」
セラを失った時、僕のことが一番心配だと言った山南さんの言葉を今頃になって思い出す。
本当に全て山南さんの言うことは正しいんだから、まいっちゃうよね。
「……最後に僕達に出来ることはありますか?」
僕を見つめる伊庭君と平助に、身につけていた懐中時計を渡す。
今の僕の時間はこのまま止まるけど、向こうであの子と一緒にこの時計で時間を見れたら良いと思うから、彼らに託すことにした。
「一つお願いがあるんだ。この時計、セラの棺に一緒に入れて貰えない?傍に置いてもらえるだけでも構わないからさ」
「わかりました。任せて下さい、必ず彼女の隣に」
「ありがとう」
「総司」
僕が行こうとすると、平助が少し涙ぐんで僕を見ている。
平助はいつも煩くて騒がしい団員だったけど、一番話し易くて一緒にいて楽しかった。
騎士団で一番最初に手合わせをしたことも、今は良い思い出だ。
「お前と夜遊んだり、菓子食べたり色々したけどさ。お前が騎士団に来てから毎日楽しかったよ。セラに会ったら伝えてくれよ、俺もあとちょっと頑張って生きたらそっち行くって。総司はこれ以上あいつをいじめるなよな」
「はは、だからいじめてないってば」
「沖田君とはよく喧嘩をしましたが、なんだかんだ君がいてくれて良かった気がします。君のお陰で闘志に火が付きましたし、強くもなれました。向こうでも剣術の稽古怠らないで下さいね、また次回勝負しましょう」
「絶対に負けません」と言った伊庭君はセラのことになると面倒でよく絡んできたけど、真面目で品行方正で頼りになる仲間だった。
普段は文句を言いつつも、僕を助けてくれたこともあって、なんだかんだ憎めないんだよね。
「向こうに行ったら、少しくらいは剣術休ませてくれてもいいんじゃない?」
こうして話すのが最後だと思うと、ほんの少し寂しくなるからやめてほしい。
いつもはセラとの会話を邪魔されて苛立つこともあったけど、今は心からこの二人と一緒にあの子の護衛が出来て良かったと思える。
「じゃあ、そろそろ行くよ。またね」
優しく揺れた瞳で僕を見つめる二人と別れ、僕は執行場所へとやってくる。
見上げた空は嫌味なくらい青くて綺麗で、ふとセラと想いが通ったあの夏の日を思い出した。
自分の身体がやたら熱い理由が、夏のせいなのかセラへの想いのせいなのかもわからなかったけど、あの子と過ごした日々はどれも大切な僕の宝物だ。
今でも思い出す度、僕はあの頃の幸せな気分に浸かることが出来るんだから。
でもこれで死を迎えたら、僕のこの想いやセラとの思い出も全てなくなってしまうのだろうか。
何もなかったことになってしまうのだとしたら、初めて死ぬことが怖いとも思えた。
何故なら今、こんなにも僕の心に大きな花が咲いているのに、それが枯れてしまうのは悲し過ぎる。
今でも鮮明に思い出せるあの愛らしい笑顔や笑い声を忘れたくはなかった。
「刑を執行する」
両腕を後ろで縛られ膝をついて座った僕の後ろに、死刑執行人が剣を構える。
数秒後になくなる命がどこに行くのかもわからないまま、僕はその時を待った。
そして思い浮かべるのは、大好きで堪らなかったセラの笑顔。
僕が腕を広げれば喜んで飛び込んでくる彼女を想像をしながら、事切れるその寸前まで僕は彼女のことを想っていた。
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