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山南さんがここにいることが信じられなくて、ただ黙って彼の顔を見上げることしか出来ない。
そして彼がこれから話す言葉を聞くのがとてつもなく怖くなり、自分の手が再び震えていることに気が付いた。


「……沖田君、本当に君なのですか?」

「山南さん………」


震えた声やつかえたのどが、僕の心を更に蝕むように気持ちの余裕をなくしていく。
それでも僕には聞かなければいけないことがあるから、縋るような想いで山南さんに尋ねていた。


「山南さん……セラは?セラは無事なんですよね……?」


顔を顰めたままの山南さんは、ただ僕を見つめるだけで何も話さない。
我慢ならずに立ち上がって彼の目の前の柵を乱雑に掴むと、もう一度彼に同じ言葉を吐いた。


「山南さんっ……セラは無事なんですよね?」

「……残念ですが、お嬢様はお亡くなりになりました」

「……嘘だ……、嘘ですよね、そんなこと……」

「刺された腹部からの出血が酷く、昼間衛兵が駆けつけた時には既にお亡くなりになっていたそうです」

「……じゃあ、あの時は……本当に……もう……」


息が上手く吸えなくなりその場にしゃがみ込んだ僕は、昼間の倒れていたセラの姿を思い出す。
離れた場所からであまり良くは見えなかったけど、絶対にあれはセラではない筈だ。


「信じられません、絶対にそんなこと……」

「君が……お嬢様を刺したわけではないのですか?」

「なんで僕がっ……、そんなことすると思います!?」

「お嬢様の制服のポケットから、君が彼女を中庭に呼び出したと思われる紙が入っていたそうです。筆跡も調べたところ、ほぼ君で間違いないだろうと」

「な……んの話ですか……?」

「藤堂君と伊庭君は、君からの手紙を見てお嬢様は嬉しそうに中庭に向かったと言っていました。けれど教室に戻ってきたのは君だけで、君の服にはその時既に血がついていたと……。勿論お二人は君がやった筈はないと今も強く抗議を続けておりますが、その時の君達の様子を見ていた他の生徒も多数いたそうなのですよ」

「僕のことはこの際どうでもいいんですよ。セラは今どこです?あの子はちゃんと無事なんですよね?」

「沖田君」


僕の目線に合わせてその場にしゃがみ込んだ山南さんは、いつになく強い声で僕を呼ぶ。
そして真っ直ぐ僕を見つめると、苦しそうに顔を歪めて言った。


「お嬢様は、もうお亡くなりになったのですよ」


信じることが出来なかった。
だって僕はあの子の命が尽きる瞬間を見ていない。
いつも微笑みかけてくれたあの笑顔や、可愛いらしいあの声がこの世界から消えてしまったなんてとても信じられることではなかった。
それでも山南さんの声は僕に現実を直視しろと言うかのように、見たくもない残酷な現実を突きつけてくる。
唇が震え、その後に温かいものが頬を伝い、僕は言葉すら発することが出来なかった。


「お嬢様が刺された場所は、中庭の最奥だったそうです。そこに血溜まりがあったそうですが、そこからお一人で歩かれたのでしょう。中庭の入り口付近までお嬢様の血が続いていて、恐らくお嬢様も懸命に最後まで生きようとしていたのだろうと……現場にいた衛兵の方が言っておりました」


山南さんの話を聞くと、その時のセラの姿を想像してしまう僕がいる。
もしたしたら僕が来ること信じていたかもしれないのに、あの子はどんな想いで最期を迎えたのだろう。
どれだけ心細かっただろうと思えば、気付きもしないであの中庭の横を通り過ぎた自分が、殺したい程憎くて堪らなかった。

そして僕が教室で気持ち悪いと言った血液は、恐らくセラのものだったに違いない。
セラが一人で痛みと戦っていただろうあの時、僕はそんな酷い言葉を発していたのかと、血が滲む程唇を強く噛み締めた。


「学院側は君が入学当初に起こした問題のことも加味して、君がお嬢様を殺した犯人であると主張しているようです。昼休み、斎藤君だけは君と少し話をしたとおっしゃっていましたが、その後君はしばらく一人だったそうですね。それにお嬢様と仲違いをしていたという話も出てきてしまいまして……、それに加えお嬢様を刺したと思われる凶器が君から出てきたのですよ?呼び出した紙のこともありますし、君を庇いたくても厳しいのが現状です。ですがもし君の方で何か主張があるのでしたら……」

「もういいです……」

「しかし、沖田君の他には犯人の目星は一切ついていない状況です。このままだと君は確実に死罪になりますよ」

「それでいいです、むしろ今直ぐ殺してください」

「沖田君……気持ちはわかりますが、一度落ち着いて話を聞かせて下さい」

「落ち着く?どうやって落ち着くんです?だって……セラは……」


再び息が吸えなくなり、荒い呼吸と共に情けなく涙が溢れ落ちる。
記憶の限り涙なんて流したことはなかったのに、今限りなく流れてきては僕の胸を抉るように痛みつけた。
だって僕から流れる涙はこんなにも温かくて、嫌でも生きていることを実感させられる。
あの子の命を護れなかったのに、僕だけがこうして生きていることが許せなかった。


「山南さん、早く僕を殺して下さいよ……」

「そんなこと出来るわけがないでしょう。それに恐らく君の罪は私にもどうすることは出来ません。君の無実を証明できるものが残念ながらないのですよ……」

「いいですよ、それで。なので何もしないで下さい」

「沖田君……」

「ただ近藤さんに……、っ……」


僕を信じると、セラを護ってやってくれと微笑んだ近藤さんの顔を思い出す。
国を追われ、何一つ持っていなかった僕を信じて評価してくれた近藤さんをこんな形で裏切ることになるなんて。
あの時僕は、絶対にセラをこの手で護ると誓った筈なのに。


「……お嬢様をお護り出来なくて……本当に……申し訳ありませんでしたと……伝えて頂けませんか?」


とてつもなく辛かった。
あの人が今、セラの死をどのような気持ちで受け入れようとしているのかを考えたら、僕の死罪は当たり前に思えた。
むしろ死罪でこの苦しみから逃れようとしている自分が、酷く醜い最低な人間であるかのようにさえ感じられる。


「……わかりました、伝えましょう。君を救ってあげられない私達をお許しください」

「全て僕が悪いんです、僕があの子の傍にいればこんなことにはなりませんでしたから」 

「悪いのはお嬢様を殺した犯人です、それが沖田君でないのであれば君のせいではありませんよ。学院内で片時も離れないでいることは難しいですからね」


これが現実なのかわからないまま、山南さんの言葉をただ黙って聞く。
それでもその内容は然程頭に入って来ることもなく、ただセラのことを考えていた。

今城に戻れば、セラが僕を見て嬉しそうに微笑んだ後、またこの腕の中に擦り寄ってきてくれる気がする。
もういないと言われても、牢屋に入っている僕を案じて、どこかでまた涙を流しているんじゃないかという気にすらさせられるんだ。

もしそうなら、僕は何としてもでもここから出て今直ぐ君に会いに行く。
そして愛らしいあの瞳から溢れ落ちる涙を、誰よりも優しく拭ってあげるのに。


「それと、今日はこれを渡しに来たのですよ」


山南さんが檻の間から僕に渡してきたのは、見覚えのないものだった。
ぼんやりとした意識でそれを受け取ると、山南さんは立ち上がり少しだけ微笑んでいた。


「先程お嬢様の棺に入れるものを選んでおりまして、その時見つけた物ですが……君の手に渡る予定の物だったのでお渡しします。そして手紙は全て書き損じたものなので完成しているものはありませんでしたが、そちらも一緒に入れさせて頂きました」

「棺……?」

「明日お嬢様の葬儀を執り行う予定です。君もお嬢様が安らかに眠れるように、祈って差し上げて下さい。そして沖田君、私は君が好きでしたよ。こうなってしまってとても残念ですが……お嬢様が寂しがらないように、君も彼女のところに行って差し上げてください」

「……僕が行って、あの子が喜んでくれると思いますか……?」

「どうでしょうか。案外、もっと長生きしないと駄目なのに……なんて怒られてしまうかもしれませんね。ですがお嬢様が君のことをどれだけ大切に想っていたのか、君ならわかるのではないですか?」


山南さんはその瞳を揺らしながらも僕を見つめる。
そして直ぐに顔を背けると、「またどこかでお会いしましょう」と言ってこの場所から出て行った。


山南さんが去り、一人になった牢獄の中。
今の僕に残されたのは、手元にある山南さんから受け取ったものだけだった。
これが何かもわからないまま、震えた手で袋の中身を取り出してみる。
するとそこには綺麗に包装された懐中時計と、あの子が書いただろう何枚もの手紙が入っていた。

皺の入った手紙を手で伸ばし、一枚一枚目を通していくと、それは全て昨日のことが綴られている。
セラがどうしてあんな危険な行動を取ってしまったのか、何故僕にその理由を言えなかったのか、その全てが書いてあった。

途中、涙で滲んで破棄したようなものもあって、その手紙は再び僕の涙で滲んでいく。
それでも読み進めていくと、最後に一枚、ほぼ書き上がった手紙の最後に、一言彼女の気持ちが書いてあった。


「……セラ……ごめん……、本当に……ごめ……」


目の前が滲んで、涙が止まらない。
君はもう、ここにはいないのに。
それなのに僕の中のセラは、今も微笑みながら「大好きだよ」なんて言葉を手紙に残してくれている。


昨日の君の行動が、まさか僕にくれる贈り物を買うためだったなんて考えてもみなかったんだ。
こんなに色々考えて、昨日僕が言った言葉にこんなにも悩んでいたのに、僕はそのことに気付くことすら出来なかった。
僕は自分の気持ちの対処に精一杯で、いつの間にか君の心を大切にすることが出来ていなかったのかもしれない。

そのことに今頃気付くなんてもう遅過ぎるけど、君はどうしようもない今の僕を、空から見守っていてくれてるのかな。
こんな状況でも微笑んで、気にしないでいいよって優しい言葉をかけてくれている気がするんだ。


でも僕は君が一人で死への恐怖に怯えている時、何も気付いてあげられないまま君を一人で逝かせてしまった。
凄く怖くて悲しくて、とてつもなく淋しかったと思う。

けれど、きっと。

君は最後まで僕を想ってくれていたんだろう。
僕の名前を呼んで、もう一度会いたいと願って、それでも叶わないまま。


「……セラがいない世界で、生きていくなんて……できないよ……」


君が笑うだけで僕は幸せだった。
君が傍にいるだけで僕の世界は輝いていた。

わかってるよ、君ならきっと「生きて」って言うんだろう。
「また笑って」って優しく微笑むんだろうね。

だけど、無理だよ。

君がいない世界に僕の居場所なんてない。
だって僕が生きていたいと思える理由は、君だけだったんだから。

もう二度と君をひとりにしない。
今度こそ、この想いを真っ先に伝えるから。
今度こそ、この腕で君を離さないから。
だから待っていて。
君がいる場所に僕も行くから。

だから僕はこれからも、君を好きでいてもいいかな。
またこの腕に君を抱きしめて、今度は君を幸せに出来るように。

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