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ガタンと膝から思い切り崩れると、出来ていなかった呼吸を無理矢理するように身体が空気を取り入れる感覚がする。
今しがたまで感じていた苦しさと首の痛みを思い出しながら、僕は思い切りむせ込んでいた。


「……っぐはっ……う……げほっ……」

「おいおい、急にどうしたんだよ。大丈夫か?」

「何だよ、酒呑み過ぎてむせちまったのか?」

「総司は新八っつぁんみたいに酒呑んでねーって。てか顔真っ青じゃん、大丈夫か?」


聞き覚えのある声に恐る恐る顔を上げると、左之さんや新八さん、平助が座り込む僕を囲んで見下ろしている。
慌てて首に触れれば、吹き飛んだ筈の首があり、僕の思考は完全に停止した。


「おい、総司のやつどうしちまったんだ?」

「さあ、わっかんねーけど」

「ほら、さっさとゲームの続きやってくれって。じゃないと酒だけがどんどんなくなっちまう」


首を斬られた時のあの悍ましい感覚は、はっきりこの身体に残っている。
今は痛みはないものの、全身から吹き出ている汗は夢ではないことを僕に教えているようだった。
それなのに死んだ筈の僕は、今何故か親しい騎士団員達と一緒にお酒やゲームに囲まれている。
見回した部屋も、見慣れた騎士団の遊戯室だった。


「……どういうこと?僕、今死んでるんだよね」

「お前、マジでどうした?」

「今僕は首を斬られて死んだばかりなんだよ」

「なあ総司、お前大丈夫か?やっぱ新八っつぁんの言う通り、酒呑み過ぎちまったのかな」

「平助、今僕に会いに来てくれてたよね?懐中時計、持ってる?」

「いや、なんだよそれ。何の話してんの?」


まさか僕はまだ死んでいなくて、何か事情があって生きているのだとしたら、これは夢の可能性がある。
それなら一刻も早くこの夢から醒めて、セラの元に行きたいと思った。
だから側にあった果物ナイフを取り出し、試しに手の甲を斬りつける。
そうすれば夢とは思えない痛みが走り、鮮やかで温かい赤色が手を伝って流れ落ちていった。


「お、おいおい!何してんだよ!」

「痛い……」

「痛いのは当たり前じゃねぇか。まじでどうしちまったんだ?いきなり自分を斬りつけるとか怖いんだけどよ」

「総司、お前今日は寝た方がいいって。疲れてんじゃねーの?」


何一つわからない中で僕を心配そうに見つめる平助を見れば、心無しか少し幼く見えなくはない。
直ぐ横にある鏡に気付き僕自身を見ても、まるで数年前の自分に戻ったようだったから慌ててカレンダーを確認した。


「二年前……」


いや、馬鹿な……
そんなことが起こる筈がない。
そう思ってもここが天国でも夢の中でもないことは明らかだった。
細かいことはわからないけど、もしここが本当にニ年程前の世界だと仮定すると、僕の鼓動は一気に早くなる。
そして平助の両肩を思い切り掴み、勢いのままに聞いていた。


「セラは?」

「え?」

「セラはどこ?生きてるんだよね?」


その返答を聞くことが怖くないと言えば嘘になる。
何故なら期待をして止まない僕の心臓は、先程から煩いくらいに彼女に会いたいと叫んでいる。
ここがどこでも構わないから、この世界にセラがいるのならまたこの腕に抱きしめたいと願わないではいられなかった。


「生きてるんだよねって……、当たり前じゃん。何言ってんだよ」

「今日は何があったの?」

「何があったって言われても普通に稽古したりとか?」

「セラに何があったか聞いてるんだよ」

「セラちゃんなら今日、ブルーベリータルトを訓練場に持ってきてくれたな」

「そういや、昼間はまだ貰ってないとか言ってたが結局伊庭が預かってくれてたのか?」


ブルーベリータルトに、左之さんが言った伊庭君という名前。
昔の記憶が蘇り、今日という日に何があったのか思い出した。


「今何時!?」

「え?そんなの時計見れば分かるじゃん。八時過ぎだけど……って、おい!どこ行くんだよ!」


平助から時刻を聞くなり遊戯室から飛び出した僕は、夜空の下、全力疾走で走り出す。
もし僕の記憶が正しければ、今日は伝言の食い違いが起きた日。
つまり今の時間、まだセラは庭園で僕を待っているかもしれないんだ。


「……はあっ……は……」


息を切らしたまま庭園に入ると、僅かな光の下、セラがベンチの上で寒そうに腕を抱いて座っている。
二度と会えないと、二度とその姿を見ることは出来ないと思っていた愛おしい姿がそこにはある。
一度止まった足は、引き寄せられるように再び彼女に向かって歩みを進めた。


『総司……来てくれたんだ』


信じられなかった。
僕の最近の記憶より少しばかり幼いセラが、僕を見上げて嬉しそうに微笑んでいるなんて。

思わず伸ばした指先がそっと彼女の頬に触れると温かくて、間違いなく生きていると感じることが出来る。
その温もりが現実であることを僕に教えてくれるから、僕の腕は迷いなく伸びて、ずっと抱きしめたくて堪らなかった小さな身体を、その腕の中にきつく閉じ込めていた。

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