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夏の暑さが増してきた頃。
僕は、任務がない日に一人で街へと繰り出していた。
その理由というのも、先日の一件を解決した褒賞として、セラの誕生日パーティーへの参加を近藤さんに許可してもらったから。
あの子に渡す贈り物を探しに、一人色々なお店を見に来ていた。
街を歩けばそれなりに良い物が見つかると思っていたけど、実際探してみるとなかなか難しい。
セラの好みが分からないどころか、どの程度の金額のものが妥当なのか正直見当が付かなかった。
「あーあ、どうしようかな」
沢山の店が並ぶ道の一角で独り言を溢しながらも、本当は一つ買いたいものがある。
それは宝石店に並ぶ、スフェーンという七月の誕生石が埋め込まれた四つ葉型のペンダントだった。
母親の形見があの一件で壊れてからは、彼女はいつも日替わりで色々なペンダントをしているけど、数あるうちの一つとして使える物なら気楽に受け取って貰えるだろうというのが理由の一つ。
そして二つ目の理由は、少しでもあの子の喜ぶ顔が見たいから、一番似合いそうなものを贈りたいということだった。
問題はその価格が結構な額で、僕の給金数ヶ月分。
欲しいものが特になく、給金を使わないまま過ごしている僕からしたら然程問題はないものの、高価なものを贈れば重く捉えられてしまうのではないかという懸念が僕を悩ませていた。
でもあの子からしたらこの程度、高価な部類には入らないのかもしれない。
それどころか、中途半端なものを贈って、こんな安物は付けたくないと思われるのは絶対に避けたいところだ。
「まあ、そんなことを思う子じゃないけど」
「お、総司じゃねぇか。お前も買い物か?」
店の前、僕があれやこれや思考を繰り広げているとよく知った声が話しかけてくる。
横を見ると左之さんも一人で街へ来ていたのか、僕を見てにかっと笑った。
「左之さんじゃない。今日はどうしたの?買い物?」
「ああ。セラの誕生日が近いから、何か良いもんはねぇか探してるんだよ」
「え?左之さんも?」
「も、ってことはお前もか?」
そういえば、団長や副団長は毎年セラの誕生日パーティーには出席してるんだっけ。
去年のパーティーでは、見張り役だった左之さんに追い払われたりしたんだよね。
「奇遇だな。というか招待されてるなんざすげぇじゃねぇか」
「この前の贈り物の一件でね。何か要望はないかって近藤さんに聞いて貰えたから、パーティーに参加したいって言ったんだ」
「は?そんなことを頼んだのか?」
「うん、そうだけど」
そんなこととは失礼な。
僕からしたらセラの誕生日に彼女の近くで過ごせることは、かなり重要なことだ。
「なんつうか、色々意外だよな」
「そう?それよりパーティーについて教えてよ。結構堅苦しい場なの?」
「いいや、実際はただの交流会という名の無礼講だ。まあ言っちまえば貴族の娯楽みたいなもんで、セラの誕生日は合わせて祝うってくらいだが」
「そうなんだ。僕はてっきり誕生日がメインなのかと思ってたんだけど」
「お嬢様の誕生日会を盛大にやるのはデビュタントの時からだと思うぜ。そうなったら交友関係のある奴らを一斉に集めて行うんだろうけどよ、今はまだそんな大規模なのは企画してないだろ」
アストリア公爵家に拾ってもらって一年半以上経過したのに、まだわからないことが多く残されているらしい。
僕には上手く想像することが出来なかった。
でもその話を聞くと、益々プレゼント選びが難しくなってくる。
それなりの役職がある人や騎士歴の長い人ばかりが集まるとしたら、皆それなりの贈り物を用意しそうだ。
「教えて貰えて助かったよ。ちなみに左之さんはあの子に何あげるの?」
「まだ迷ってはいるんだが、多分あの店のストロベリーパイか、そこの店で売ってるクッキーとかだろうな」
「え?食べ物でいいの?」
「ああ。こういう物の方が、侍女さん達も喜ぶらしいぜ」
「侍女さん達を喜ばせてどうするのさ。あの子の誕生日でしょ?」
「まあ、そうなんだが向こうは公爵家のお嬢様だろ?俺達があげる物よりもっと良い物を普段から身につけてるんだから、下手なもんをあげるより食べ物の方が無難なんだよ。それに贈り物なんざ、パーティー会場の一角にどんと積み上げられるだけで、名前でも書いてなきゃ誰からかもわからねぇからな。全部が全部セラの手に渡るわけじゃないだろうし、気楽に考えて良いと思うぜ」
うわー……、そういうことなんだ。
近藤さんが言っていた、気楽に参加してくれという言葉の意味が漸く分かり、事前の情報収集がいかに大事か身に沁みて分かる。
でもあの子の喜ぶ顔を想像しながら選んでいた僕としては少し複雑で、積み上げられてしまうプレゼントとは別で、あの子に直接手渡す贈り物があっても良いのではないかと考えていた。
「そういや、総司はどんな格好で行くつもりなんだ?」
「ん?いつもの騎士団の制服で行くつもりだけど」
騎士団の制服は細身の割に動き易く、何着も支給されている。
洗濯にも気楽に出せることから、僕は専ら制服を着用していたし、同じような団員も多かった。
「いやいや、そこはちゃんとスーツを着て行くべきだろ」
「そうなの?制服は正装に入ると思ってたからスーツなんてないんだけど」
セラが参加した音楽会の時は、山南さんにスーツを貸して貰って正装をしたけど。
思えばその時、「沖田君もそのうちスーツをあしらえた方がいいかもしれませんね」なんて言われていたことを今になって思い出した。
「なんだよ、持ってねぇのか?俺のを貸してやってもいいが、今後の為に一着くらいは用意しておいた方がいいと思うぜ。俺で良けりゃ、この後予定もねぇしスーツ選び付き合ってやれるがどうする?」
「いいの?左之さんに時間があるなら、お願いしようかな」
「おうよ。良い店知ってるから、まずはそこから当たってみようぜ」
左之さんに連れて行ってもらった店はスーツ専門店なだけあって、自分の体型や好みにあったスーツを見つけるのに最適だった。
オーダースーツなんて作る日が来るとは想像もしていなかったけど、鏡に映る自分は以前までより品位があるように見えなくもない。
良いものを身に付ける大事さを知る良いきっかけにもなったから、面倒見の良い左之さんに素直に感謝をしていた。
「今日左之さんに会えて良かったよ。贈り物のことも聞けたし、こうやって良いスーツも選べたしね」
「いいってことよ。俺もお前と街ぶらつけて楽しかったぜ」
「ねえ、まだ時間あるならそこの店入らない?左之さんお酒好きだったよね、奢るよ」
「お、いいのか?後輩に奢って貰うってのも気が引けちまうが、お前とはまだ話もしてぇし一杯だけご馳走になるとするか」
「うん、じゃあ早速入ろうか」
昼間だから一杯だけ、互いにお酒を酌み交わしながら他愛ない話で盛り上がる。
男らしい上、気さくで優しくて男前。
そんな左之さんは城の侍女達や街の女の子に大人気らしいけど、その理由が分かる気がした。
「そういやセラは今度の誕生日で十四になるんだったよな。総司は今何歳だ?」
「僕?僕はこの前十六になったよ」
「おお、十六か。良い年齢だな」
「はは、年齢に良いも悪いもないでしょ」
「いやいや、一番楽しい時じゃねぇか。こっちは平助からおじさん呼ばわりされてんだぜ?」
「まあ新八さん辺りは怪しいけど、左之さんは若く見えるから大丈夫だよ」
「大丈夫って言い方もどうかと思うけどな」
僕の言葉に苦笑いを溢した左之さんは、最後の一口を飲み干すと再び僕に質問をしてきた。
「それより総司は女と付き合ったことあんのか?」
「ううん、ないけど」
「何やってんだよ、勿体ねえ。今のうち色々経験積んどかないと直ぐに老いぼれちまうぜ」
「そんなこと言われても、ないものはないんだから仕方ないじゃない。前までは女の子にあんまり興味もなかったし」
「前まではってことは、今はあんのか?」
「別にそういうわけでもないけどね」
以前までは全くと言っていい程、興味がなかった。
惹かれる子もいなかったし、言い寄られることがあったとしても面倒にしか思っていなかった自分がいる。
でも何故かセラに出会ってから、そんな自分が嘘のようにあの子のことばかり考えていたりする。
それはいつの間にか僕の日常になり、その時間が自分にとって大切なものだと僕自身が認めていた。
でもそんな僕の心情なんて知らない左之さんは、いきなり勢いよく立ち上がる。
そしていつもの笑顔を見せると、行くぜと言ってどこかに歩き始めてしまった。
左之さんに半ば無理矢理連れて行かれた場所は、街の栄えたメイン通りから一本裏に入ったところにある店だった。
黒い看板があるだけで、表からでは何の店かも分からない。
人通りもあまりなく、直観的にあまり中に入りたくない雰囲気だった。
「さ、入ろうぜ」
「この店って何の店なの?」
「まあ行けば分かるって」
不信に思いながらも中に入ると、黒いスーツの男が会釈をして僕達を出迎えてくれる。
薄暗い廊下を歩いて行くと、重厚感のある部屋の中に通され取り敢えずそこに座ることになった。
「ねえ、この店はなに?そろそろ教えてくれてもいいんじゃないの?」
「まあ、これは昔からの伝統行事みてぇなもんなんだが、騎士団に入った奴は十五、六を迎えたら大体ここで立派な男になるんだよ」
「は?立派な男って何さ。意味分からないんだけど」
「通るべき関門ってことだ」
「そうなの?全然良く分からないんだけど」
騎士団に所属している限りここでの経験を積まないとならないなら仕方ないけど、結局左之さんの話だとここが何をする場所なのか全くもって分からない。
「まあ、安心しろって。一番人気のやつを頼んどいたから悪くはねぇと思うぜ」
「なに?またお酒飲むの?」
そんな会話をしていると、先程の黒いスーツの男が準備が出来ましたと言って頭を下げてくる。
左之さんに連れられ別の扉の前まで行くと、その部屋のドアを開けた左之さんがいきなり僕の左肩をどんと押した。
「じゃあ大人になってこい」
「いっ……たっ……!」
正直痛いなんてレベルじゃなかった。
なにせ僕の肩には先日の任務の時に負った傷が、まだ完治していない状態で残っている。
そこを思い切り叩かれたら痛いのは当たり前だ。
その痛さに気を取られて押されるがままに部屋に入ってしまうと、何故がドアは閉められ左之さんは中に入って来なかった。
「は?意味分からないんだけど」
そう呟いた時、直ぐ近くに人の気配がして条件反射で後ろを振り向く。
すると下着姿の女の人が僕を見るなり駆け寄ってきて、その腕を僕の腕に回してきた。
「お兄さん、若いしとってもかっこいい。今日はよろしくね」
僕だって馬鹿じゃない。
ここが何をするところで、左之さんが言っていた大人になってこいの意味が何なのかは一瞬にして理解した。
それは窃盗ばかりを繰り返していた頃、周りの大人達からこのような店の話や、如何わしい内容の話なんかは興味がなくても沢山聞かされてきた。
そしてそれは多くの男が気兼ねなく通える場所だということも知っていた。
とは言え、まさか自分がこんな形でこういう店に足を踏み入れることになるとは思わなかったけど。
僕を見上げるこの人に抱いた嫌悪感は、自分の想像を遥かに超えるものだった。
「離してもらえます?僕、無理矢理連れてこられただけなんで、もう帰りたいんですよね」
「そんなこと言わないで。私、お兄さんが気持ち良いと思うこと沢山してあげられるよ」
「いや、いいですって。興味ないんで」
「絶対そんなことないでしょ?私ここいらの店の中で一番可愛いって評判なんだよ。絶対お兄さんを満足させてあげられる自身があるから、少しくらい遊んでいってよ」
女の人が口にした一番可愛いという言葉を聞いて、無意識に思い出してしまったのはセラの顔だった。
無垢な笑顔を思い出せば、僕がこんなところに出入りしたと知ったらあの子はどう思うのだろうと、そんなことばかりが浮かんでくる。
男は貞操を捨てるもの、女は貞操を守るもの。
なんてよく言うけど、そんな理屈とは関係なく、僕はただあの子以外の女の人と二人でいるこの状況やこの空間全てが嫌で堪らなかった。
「申し訳ないけど、嫌なんで離してください」
「お願い、直ぐ帰られちゃうと私が怒られるの」
「知りませんよ」
「じゃあこれは?」
そう言った直後、顔を上げたその女は僕に顔を近づけてくる。
唇が触れそうなくらい互いの距離が近くなった時、考えるよりも早く伸びた手が彼女の首を掴み、近くの壁へと乱雑に押し付けていた。
「……ぐ、かはっ……ちょ、何す、苦しっ……!」
「色々無理なんで、もう帰りますね」
このままここにいたら女の人相手に危害を加えそうだと、足早に部屋を出る。
すると先程のソファーで僕を待機していただろ左之さんが、僕を見て少し驚いた様相を浮かべた。
「おいおい、もう終わったのか?初めてだったからって早過ぎだろ」
「左之さん。僕、いつこんなことしてって頼みました?」
「勝手に連れて来ちまって悪かったよ。でも楽しめただろ?」
「へえ、僕が楽しめたと本気で思います?」
僕の顔を見て決してそうではないことを悟った左之さんは、何とも言えない苦い顔をしている。
そこに先程の女が部屋から出てきて、黒いスーツの男に酷い客だ何だと文句を垂れていたこともあり、漸くことの状況を理解してくれたようだった。
「まさかとは思うが、女の首を絞めるだけ絞めて出てきちまったのか?」
「誤解を受けるような言い方するのはやめて貰いたいな。帰るって言ってるのに無理矢理引き留められて、挙句近寄ってこられたから防御しただけなんですけど」
「いやいや、防御で女相手に首絞めるのはやりすぎだろ……」
「仕方ないでしょ、気持ち悪かったんだから。言っておくけど、全て左之さんのせいですよ」
ぐうの音も出なかっただろう左之さんは、僕の代わりに店に謝罪してしっかりお金まで払ってくれた。
僕は不機嫌のまま店を出て黙って歩いていたけど、左之さんは申し訳なさそうに僕に謝罪の言葉を告げてきた。
「総司、悪かったな。ちょっと俺も酔ってたみたいでよ、ついノリで連れてきちまったんだよ。お前もそれなりに楽しめると思ったんだけどな」
「あんなのどこが楽しいんです?僕には理解出来ないな」
「だが良い女だっただろ?あれで駄目なんざ、お前はどんだけ理想が高いんだよ」
「理想云々じゃなくて、好きでもない子としたいなんて思わないでしょ。気持ち悪い」
「総司……。お前、意外にも純粋なんだな」
「そんな目で見るのやめてもらえます?」
僕の歩いてきた道を遡れば、純粋とは言えない生き方をしてきたと思う。
強いて言うなら純粋なあの子に惹かれた今、自分も純粋でありたいと思ってしまうだけだ。
「だが男なんだからよ、いつまでも貞操守ってたって仕方ねぇだろ?いざ好きな女とする時に不慣れだと、相手の女だって辛い想いするんだぜ?」
「じゃあ左之さんは、他の女で経験積んだ男の方がいいって思う子ばかりだと思ってるの?」
「分からねぇが、あまりに経験が乏しいよりかはいいんじゃねぇか?」
「僕はそんなこと思う子のことなんて、そもそも好きにならないよ。だからご心配なく」
そう言い切った僕に左之さんは苦笑いを浮かべていた。
「まあ、総司らしいっちゃらしいか」
左之さんみたいな大人から見たら、僕はまだまだ青いだなんだって思われるだろうけど、それでも別に構わない。
自分の中の大事なものは曲げたくないから、今の忌まわしい時間を忘れて、セラへのプレゼント選びに集中することにした。
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