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そして迎えた、セラの誕生日当日。
大広間で行われている立食パーティーに参加するため、僕は新しいスーツを着て城へと向かった。

話に聞いていた通りセラへの贈り物だろう箱が、会場の一角に積み上げられている。
僕も会場の受付で当たり障りのないお茶菓子を手渡し、もう一つの本命のプレゼントはスーツの内ポケットに忍ばせていた。

暫くして近藤さんの声でパーティーが開催されると、セラの誕生日を祝って乾杯をしたり、特級騎士になった者が壇上に上がって功績を称えられたりと様々なことが行われた。
その様子を食事をしながらぼんやり眺めていた僕は、自分とは無関係なことだと思っていたけど。
最後に近藤さんが壇上に呼んだのは僕の名前だったから、思わず飲んでいたシャンパンを吹き出しそうになった。


「総司は以前、護衛任務で暴走した馬車から娘を護り、落下した店の屋根からも身を挺して庇ってくれたな。そして先日は公爵家に贈られてきた心ない物への対処を迅速に行ってくれた。その行動力や功績に感謝の意を示したい。君の功績を今ここに称える!」


僕が壇上に上がると、近藤さんの言葉と共に歓声が湧き上がる。
そして前に表彰された騎士団員の見様見真似で近藤さんから差し出された紋章を受け取ると、以前までとは色が違う一つ上の級の紋章が僕の手の中にはあった。


「近藤さん、ありがとうございます」

「礼を言いたいのは俺の方だぞ。セラを救ってくれたこと、とても感謝している。ありがとうな」


近藤さんの横、綺麗なドレスを着たセラが嬉しそうに微笑んでいる。
その場で会話することは出来なかったけど、こうして僕の功績を認めて皆の前で称えてくれる近藤さんやセラの気持ちが嬉しかった。


壇上での催しが終わると、会場の端では楽器の演奏者達が優雅な音楽を奏で始める。
セラは近藤さんに着いて挨拶回りをしているらしい。
話すことがままならないことに少し物足りなさは感じたけど、彼女の立場を考えれば仕方ないことだと自分に言い聞かせていた。


「お、総司。スーツ似合ってるじゃねぇか」


僕が一人飲み物を飲んでいると、声を掛けてきたのは左之さんだ。
あれから何度も謝ってきてくれた左之さんは、あのことを相当気にしてくれたらしい。
困り顔が憎めなくて許してあげてからは、また気兼ねなく話しかけてくるようになった。


「ああ。左之さん……って大丈夫なの?顔、物凄く赤いけど」

「ちーっとばかし酒をな。今年は新八が警護担当だからよ、俺は自由なんだよ。ここは美味い酒がたらふく飲めるから最高だ」

「飲むのはいいけど、節度弁えて下さいよ。左之さんを担いで帰るのとか僕は絶対嫌だからね」

「冷たいこと言うなって。この前、お前が貞操捨てるのを手伝ってやったじゃねぇか」

「ちょっと、左之さん?そういうこと、大きな声で言わないでくれるかな」


左之さんはだいぶ酔っているのか、この前まではあれ程反省していたのに、今はそんなことどこ吹く風だ。
内心で嫌な予感を感じていると、僕達の元には山崎君と、ずっと話したいと思っていたセラがやって来た。


『本日はお忙しい中、パーティーにお越し下さりありがとうございます』


セラは綺麗な所作でスカートを翻すと、僕と左之さんに頭を下げる。
その可憐な姿に見惚れていると、山崎君も僕達に話し掛けてきた。


「今日はお越し頂きありがとうございます。お時間の許す限り楽しんでいかれて下さい」

「おう、楽しんでるぜ。今も総司と仲良く話してたしな」

『ふふ、それは良かったです。何のお話をされていたのですか?』

「何の話って、この前総司が貞操を捨てるのに付き合ってやった話を……」

「左之さん……!?」

「原田さん……!?」


僕と山崎君がほぼ同時に声を上げると、左之さんはぼんやりした表情でなんだよと言ってくる。
恐る恐るセラを見れば、先程と変わらない表情のまま小首を傾げているだけだから、聞こえずに済んでいたことにほっと胸を撫で下ろした。


「原田さん、飲み過ぎではないですか?自制して頂かないと困ります」

「俺は全然酔ってなんざいねぇぜ。それよりも、さっきの話の続きをだな」

「左之さん。これ以上喋ったら殺すよ?」


左之さんにだけ聞こえる声で、笑顔のまま圧を掛ける。
すると怪訝な顔をしながらも話すのを止めた左之さんの代わりに、今度はセラが僕を見上げて話しかけきた。


『総司?』

「うん?」

『さっき原田さんが言ってた、ていそうって何?』

「……え……?」

『総司が捨てたの?』


固まる僕を見て流石にまずいと思ったのか、山崎君は何かフォローしろという合図らしきものを目で送ってくる。
でも言葉を探している僕より先に口を開いたのは、一番喋ってはいけない左之さんだった。


「貞操っつうのはな、男と女が……」

「左之さん!!」

「原田さん!!」


あまりにも僕達が不自然な反応をするから、いよいよセラも何かを感じたのかその眉尻が見るからに下がってしまった。
それを見兼ねた山崎君がセラの両肩を後ろから掴むと、僕と左之さんから背を向けさせ、彼女を押したまま歩き出した。


「お嬢様、まだ挨拶周りが残っているので行きましょう」

『え……?でも……』

「行きましょう」


セラは少し悲しそうに僕の方を振り向いたけど、今はあの子と離れるより他はない。
笑顔でひらひら手を振った後、真横にいた左之さんを睨みつけた。


「左之さん、セラにあんな話をするなんてどういうつもり?」

「どういうつもりも何も、別に普通の話じゃねぇか」

「普通の話じゃないから。しかも僕は捨ててなんかいないのに、あんな言い方をしてあの子に勘違いされたらどう責任取ってくれるのさ」


ここに来てから色々あったけど、最近は以前にも増して僕たちの距離は縮まり、仲良くなれたと思っている。
セラだって僕を信頼して、嬉しそうに笑ってくれるようになったっていうのに、変な勘違いをされたらたまったものじゃない。


「ははあ、なるほどな。総司はセラみたいなのが好きってことか。そりゃあ、あんな商売の女じゃ満足出来ねぇ筈だ」

「いや……そういうことを言ってるんじゃないんだけど」

「俺からしたらまだまだ子供だが、あと二、三年したらセラは相当良い女になってそうだよな。ああいうしとやかな女と添い遂げたいっつう気持ちはわかるぜ?」

「僕が言ってるのは、貞操がなんだっていう汚い話をあの子にするなって言ってるんだよ。公女様相手にして良い話だと思ってるわけ?しっかりしてよ」

「この前はああ言っちまったが、好きな女のために貞操を守り抜くってのも格好良いと思うぜ。総司、お前頑張れよ!」

「左之さん、人の話全然聞いてないでしょ……」


酔っ払ったこの人とは二度と話さないと決めて、これ以上巻き込まれては最悪だからとこの場を去る。
セラに変に勘繰られていないか不安に思いながら、ため息を吐き出していた。


それからどのくらい経った頃だろう。
僕が会場の角っこで一人立っていると、山崎君が駆け寄ってくる。
挨拶周りはもう終わったのか、セラは山崎君の隣にはいなかった。


「沖田さん、こんなところにいらしたのですか。探しましたよ」

「特にやることなくてさ。セラがどこにいるか知ってる?」

「お嬢様は今、城を出た先の噴水の前で沖田さんを待っておられますよ。行って差し上げて下さい」

「そうなんだ、ありがとう。直ぐ行くよ」


グラスを置いて、ようやくセラと話せることに僕の一歩は軽々しく踏み出される。
けれど山崎君はそんな僕の腕を掴むと、周りを気にしてなのか小声で話し掛けてきた。


「そう言えば、さっきのあのお話は何だったんです?何故お嬢様の前で、あんな話をしたんですか……!」

「いや……僕が好き好んであんな話をするわけないじゃない。左之さんが酔って暴走しただけで、こっちも迷惑してたんだよ」

「そうなんですか?原田さんは普段は立派な騎士ですが、お酒が入るとああでは困ったものですね。こちらの肝が冷えました」

「本当にね。あれからセラには何も聞かれなかった?」

「聞かれたに決まってるじゃないですか。そもそも、あんな話になるようなことをしている沖田さんも問題です」

「だから僕は巻き込まれただけだってば」

「ですが実際、原田さんに連れられてあれをお捨てになられたんですよね」


なんで僕の貞操の話をこんな形で山崎君にしなければならないんだと複雑な心情になる。
それもこれも全部左之さんのせいだから、この件は絶対に許すものかと自分の瞳が細められていくのを感じた。


「捨ててないし、僕はその場に無理矢理連れて行かされただけで何もしてないよ。あんな気持ち悪いところ、二度とごめんだね」

「そうだったんですか?俺はてっきり沖田さんも楽しまれたのだと思っていました」

「そんなわけないでしょ?僕を何だと思ってるのさ」

「いえ……。ただ以前もお伝えしましたが、自分は思いの外、真面目な沖田さんに驚いています」


真顔でそう言う山崎くんにげんなりして、なんだかどっと疲れが押し寄せてくる。
せめてここからは良い一日になるといいんだけど。


「お嬢様には上手くごまかしてあるので安心して下さい。もう気にしておられないと思います」

「ありがとう、山崎君。じゃあ僕はそろそろ行くよ」


会釈をする彼に背を向け、城の外へと足を進める。
右端にある大きな噴水の前、セラが夜空を見上げて立っているから、出会った頃より少し大人びても見えるその横顔に自然と胸が高鳴るのを感じていた。


『あ、総司』

「ごめんね、待たせちゃって」

『ううん、全然待ってないよ』


いつもと違う一纏めにされた髪型は、小顔な彼女の輪郭を引き立たせ、月の光を浴びたその姿が幻想的に見える。
髪につけられた少し曲がってしまった蝶の飾りを直してあげると、セラは微笑んで僕を見上げていた。


「そのドレス、似合ってるね」

『ありがとう。総司もスーツ格好良いよ。とってもよく似合ってる』


躊躇いなく褒めてくれるセラの言葉には、いつもの如く気恥ずかしい気持ちにさせられる。
セラは嬉しそうに僕の手を引くと、噴水の淵へと腰を下ろした。


『座って話そう?』


こうして彼女の方から触れてくれる理由が何なのか、僕にはわからない。
でも一度触れると僕の方が手を伸ばしたくなってしまうから、出来れば刺激しないでもらいたいというのが本音だ。


『今日は来てくれてありがとう』

「こちらこそ。誕生日おめでとう」

『どうもありがとう』


城の中の音楽も、人々の騒めきも、ここでは聞こえない。
噴水の流れる音だけが聞こえるこの場所は、とても静かで心地良かった。
でも当たり障りない会話で終わり、少しぎこちなくも感じるこの空間に気付いてしまえば、僕自身が少し緊張していることが伺えた。


『総司も騎士の昇格おめでとう。異例の早さだってお父様も驚いてたよ』

「まだまだだよ。これでようやく三級だから、早く特級目指して頑張らないとね」

『特級なんて取れる人はごく僅かだよ?三級でもすごいのに』

「でも出来る限り上を目指したいんだ。その方が目標もはっきりしててやり易いしね」

『総司は努力家ですごいね。でも、この前の任務で肩を怪我しちゃったんだよね?無理はしてない?』

「うん、大丈夫だよ。かすり傷みたいなものだし」

『心配だな。怪我はまだ痛むの?』


僕の肩にはスーツ越しにセラの手が触れて、布越しの温もりなんて感じる筈もないのに、僅かに熱を帯びていく気がする。
他の人は嫌だけど、この子に触れられるのは無条件に好きみたいだ。


「もうだいぶ治ってきたから大丈夫だよ。この前左之さんに叩かれた時は激痛だったけど」

『傷があるのに叩かれちゃったの?』

「あの人のことだから傷のこと忘れてたんでしょ。まあ、下手に刺激しなければ全然普通に動かせるし問題ないよ」


そんな話をしながら、左之さんを話題に出したことが悔やまれる。
案の定、先程のことを思い出しただろうセラが再び僕を見上げてあの時のことを尋ねてきた。


『そう言えば原田さん、大丈夫だったの?だいぶ酔ってたって聞いたよ』

「ああ……あの人はお酒大好きだし飲むといつもあんな調子だから大丈夫でしょ」

『そうなんだ。山崎さんが酔っ払った原田さんの話は耳に入れたら駄目だって言ってたんだけど……』

「そうだね。酔ったあの人の脳みそはダチョウ以下だから、何も気にしないでいいよ」

『ふふっ、なんでダチョウ?』

「ダチョウの脳みそって、人間の百分の一にも満たないらしいよ」


存分に罵ってしまえば、セラはくすくす笑いながらもわかったと言ってそれ以上その話はしなくなる。
折角会えたのにしょうもない話をする羽目になって、今日ばかりは左之さんを心底憎いと思ってしまった。


「僕さ、セラに渡したいものがあるんだ」

『私に……?』

「うん。気に入って貰えるかは分からないけど」


話の流れを変えたかったこともあるけど、ずっと渡したかった箱を内ポケットから出してセラの手のひらに乗せた。


『わあ……なんだろう。開けてもいい?』

「うん、開けてみて」


自分の選んだものを見た瞬間、どんな顔をするのだろうという期待と不安が入り混じって、一言では言い表せない心情になる。
嬉しそうにしながら丁寧に箱を開けたセラは、その顔に花を咲かせたように微笑んでくれた。


『わあ、凄い……とっても可愛い……!』


想像していたよりも何倍も可愛い笑顔を目の前に、この心は満たされていく。
一年前はオルゴール、今年はこのペンダント。
来年も、何かまたこの子を笑顔にできるものを贈りたいと思ってしまう。


「そう思って貰えたなら良かったよ」

『本当に可愛い……。こんなに綺麗なペンダント、私が貰ってもいいの?』

「当たり前でしょ、君に選んだんだから」

『ありがとう、総司……。私一生大事にする、毎日つけるね』

「毎日なんてつけなくていいよ。日替わりで適当に使ってもらえれば十分だからさ」

『私が毎日つけたいの。だってこんなに可愛いもん……』


手のひらにペンダントを乗せると、月の光を当てて嬉しそうに色々な角度から眺めている。
その様子を見て大満足している僕は、見たかった笑顔を見られて自分の口元にも笑みを作った。


『ここ、私の名前まで入れてくれてある!凄い……嬉しい……』

「うん。城の中で落としてもちゃんと君の元に届くようにしておいたよ」

『私は落とさないよ?大切にするからね。あ、今つけてみてもいい?』

「勿論」

『総司がつけて?』


強請るように僕を上目でみつめたセラは、他意があるのかないのかそう言って僕の返答を待っている。


「いいよ、貸して」

『ありがとう、楽しみだな』


セラの手からペンダントを受け取ると、彼女は腰掛けたまま僕に背を向け待っている。
月明かりがいつもは見えない首筋やうなじをよく照らし、綺麗なラインが醸し出すその儚さに思わず目を奪われてしまった。
でもそのせいか首元に持ってきた筈のペンダントはするりと僕の手を離れ、少し空いた彼女の背中とドレスの間に落ちていった。


「あ、ごめん。中に落としちゃった」

『え、本当?背中の方?』

「うん。待ってね、今取るから」


きっと直ぐ取れるだろうと、落ちた隙間に手を伸ばす。
するとその直後にセラが小さな声を上げたから、僕も驚いて手を引き抜いた。


「え、何?」


セラを見れば、その顔はいつになく赤く染まり、瞳も僅かに潤んでいる。
僕を頼りなさげに見つめてくるその姿に、僕の身体中が脈打つように反応した気がした。


『何って……女の子のドレスの中に手なんて入れちゃ駄目なんだよ?』


最も過ぎることを言われて、返す言葉も見つからない。
今まで見たことのないセラの表情はやけに艶めいて見えて、感じたことのない何かが込み上げてくるのを半ば無理矢理に抑え込む自分がいた。


「ごめん、直ぐに取れるかと思ったんだけど」

『もう……。それで取れたの?』

「まだ取れてないよ。君が変な声を出すから」

『ええ?あんなことしたならちゃんと取ってよ』

「そんなこと言われても、あんな一瞬じゃ取れないよ」


セラはいつもの如く少し膨れて見せると、自分で取ろうとしているのか腕を上げて奮闘している。
でも暫くして腕を下ろすと、恨めしげな顔で僕を見つめてきた。


『総司のせいで、腕が疲れちゃった……』

「ははっ、あんなので疲れちゃうの?」

『ドレスのここ、硬くて上手く腕が動かせないの』

「どうする?お手洗いにでも行って取ってくる?」

『でも歩いてる途中に落としたり壊したりしたら嫌だよ。折角総司がくれたのに……』

「じゃあ僕がもう一回探そうか?」

『それはもういいです……』


即答でそう返すセラの警戒しているような様子に思わず苦笑いを浮かべつつ、その恥じらいが逆に愛らしくも感じる。
再び腕を背中に回してみたり、立ち上がって身体を揺らしたりと頑張っているものの、ペンダントは一向に姿を現すことはなかった。


「君じゃ無理だよ。僕が取ってあげるってば」

『自分で出来るから大丈夫』

「そんなに警戒されると傷つくな。僕は何もしないよ」

『それはわかってるけど、やっぱり恥ずかしいし……』


もじもじしている様子が可愛いらしくて思わず笑ってしまった僕に、セラは不服そうな眼差しを向けてくる。


『どうして笑うの?』

「別に?」

『総司が折角くれたペンダントがなくなっちゃったんだよ?もっと真剣に考えて』


正確にはセラのドレスの中にあるだけでなくなってはいないんだけど、セラはふいと顔を背けると再び背中に手を伸ばそうとしている。
その腕をやんわり掴むと、僕を見る瞳が揺れて、もう何度目かも分からないけど可愛いなって思ってしまう。


「僕が取るよ。落としたのは僕だしね」

『でも……』

「大丈夫、直ぐに見つかるよ。だから僕を信じて」


セラは少し迷いながらも、ゆっくりと顔を頷かせる。
その顔はやっばりどこか不安そうで、僕を再び見上げた時には珍しく瞳を逸らしていた。

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