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療養生活が始まって、今日でちょうど一ヶ月。
寝てばかりの毎日には正直うんざりだったけど、明日からは少し庭を歩いたり、ベッドから起きてもいいと医者から許可が下りた。
そのことをセラに話すと、嬉しそうに笑って自分のことのように喜んでくれていた。
『順調に回復してるみたいでよかった。総司にしては、この一ヶ月は大人しくできてたもんね』
「総司にしてはって何さ」
『だってもしここが公爵邸だったら、総司は無理して剣を振り回してそうでしょ?』
「そんなことしないよ。僕が無理をしたら、またセラを泣かせちゃうじゃない」
セラは何も言わずに、柔らかい眼差しで僕を見ていた。
ただそれだけで、胸の奥が温かくなるから不思議だ。
『でも、そっか……今日で療養し始めてちょうど一ヶ月だもんね。あっという間だったな』
「えー?そう?僕は寝たきりだったせいか、この一ヶ月がやたら長く感じたよ。明日からは多少動いてもいいらしいし、これでやっとこの退屈な日々にも区切りがつくと思うと嬉しいよ」
そう言ったら、セラはぷくっと口を尖らせた。
その顔が可愛すぎて、僕は思わず笑ってしまう。
『そんなに退屈だった?私は総司とここでゆっくり話せて、とっても楽しかったのに』
「いや、もちろんセラがいてくれた時間は僕も楽しかったよ。君がいない時間が退屈って意味ね」
『ふうん?』
「セラ、ごめんってば。勘違いしないで」
こうして他愛のやりとりをしながら過ごした時間は、僕にとっても楽しくてかけがえのないものになった。
寝てるだけのはずの毎日が、セラのおかげで色づいた。
セラの優しさに触れるたびに、荒んでいた気持ちもすっと落ち着いて、今なら王太子にだって少しは穏やかに接してみようか……なんて思えるくらいだ。
『そう?それならそういうことにしておいてあげるけど』
「本当だよ。朝起きた瞬間から、今日は何回君に会えるのかとか、何時に来てくれるのかとか、そんなことばかり考えてたしね」
『ふふ、私も総司と一秒でも長く一緒にいたいから、王宮内を物凄く速く歩けるようになったの』
「あははっ、公爵邸にいた時もたまに廊下を走って山南さんや山崎君に注意されてたもんね」
『だってあんなに長い廊下をゆっくり歩いてたら』
「時間が勿体ない、でしょ?」
前にセラがそう言ってたことを思い出して、僕が先に言うと、彼女は驚いたように瞬いて、それからくすっと笑った。
『だって、仕方ないよね?私にとっては総司と一緒にいる時間が何よりも大切だから』
微笑んでいるのに大きな瞳は潤んでいて、まるで今にも泣き出しそうだ。
でもセラのその笑顔が、本当に綺麗で。
見ているだけで胸がいっぱいになる。
「僕も同じだよ。でもなんでそんなに、目をうるうるさせてるの?」
『うるうるしてないよ?』
「してるよ。ここ最近ずっとしてる気がするんだけど」
『そんなこと……』
「泣いちゃうくらい、僕のこと好き?」
茶化すように覗き込むと、セラは少し驚いた顔をして、すぐに微笑んだ。
『うん、好き』
「だったらおいで」
そっと抱き寄せると、すぐに小さな温もりが腕の中におさまった。
それだけで心が軽くなって、どうしようもなく愛おしくなる。
柔らかい身体が僕の腕に沈み込むと、温度がじわりと広がって、心臓の鼓動が早くなる。
抱きしめるだけで、世界の輪郭まで柔らかくなって、どんなに自分が不完全であろうと、この瞬間だけは全てが満たされる気がしていた。
『総司、大好き』
「うん、僕も大好きだよ」
『本当に大好きだよ。これからもずっと総司が大好き。死ぬまでずっと、総司だけが大好き』
「ははっ、わかってるよ。何回言うのさ」
『何回でも言いたいの。大好き、総司』
セラの想いが嬉しくて、僕は抱きしめる腕に力を込めた。
そうすれば、セラも同じように抱き返してくれる。
胸いっぱいに吸い込む香りも、抱きしめた感触も、全部が僕を満たしていく。
「幸せだな」
この一ヶ月は退屈どころじゃなかった。
セラがそばにいてくれたから、僕は身体の状態が思わしくなくても今日まで笑って過ごすことが出来た。
僕達はこれから先もずっと、こうしていられる。
そう信じられるくらい、幸せだった。
『私もとっても幸せだよ。総司と出会えて、こんなに誰かを大好きになれて、凄く幸せ。それに大好きな人が私を大好きになってくれたことが、本当に……幸せ』
確かにそうだ。
セラに出会わなければ、誰かをこんなにも愛することも、胸が焦がれるように相手を求めることも知らずに、ただ生きていたのだろう。
セラに想いを寄せたことで、僕の世界は色づき、景色の端々まで意味を持つようになった。
この子に出会えたこと自体が、僕にとっての大きな幸せだった。
「セラは今まで、僕に沢山の幸せをくれたね」
誕生日をあんなに祝ってもらったのも、怪我をしてあんなに泣かれたのも、初めてだった。
セラといると、今まで感じたことのない感情が溢れ、戸惑うこともある。
でもその戸惑いさえ温かく心地良かった。
これが幸せというものだと、はっきり思えた。
僕は君に幸せをもらってばかりで、どれだけ返せているかはわからない。
それでも今、セラは僕を好きだと言ってくれる。
僕といることが幸せだと言ってくれる。
その言葉は僕にとって何よりも深い喜びで、僕の生きる理由のように思えた。
「僕はこれから一生かけて、君に幸せをあげたい。セラが嬉しすぎて困るって思うくらいにね」
そっと身体を離してセラを見ると、やっぱり瞳は潤んでいる。
優しい言葉をかければすぐに泣いてしまうところは、昔から変わらない。
その儚さも弱さも、僕は全部愛おしく感じる。
『もう今、困ってるよ?幸せすぎて』
「この程度で満足されてたら困るよ。まだまだ足りないでしょ?」
『ううん、もう身体から溢れちゃうくらい幸せだよ』
「駄目だよ、この程度で満足してたら。僕にとって、君を幸せにできることこそが僕の幸せなんだ。だから明日も明後日も、この先ずっと、君に幸せをあげたい。死ぬまでずっとね」
セラの瞳は揺れ、すぐに伏せられてしまう。
そしてまた甘えるように僕に抱きついてくる。
その温もりを、胸いっぱいに抱きしめた。
『私はね、総司がこれからも毎日笑ってくれたらいいなって思うよ』
「セラが傍にいてくれたら、ずっと笑っていられるよ」
『……あとね、総司はよく無茶をするから、身体を大切に元気でいてくれたら嬉しいし』
「僕はセラがそばにいてくれたらいつも元気だけど、もし無茶しそうになったら君が止めてよ」
『総司も自分で気をつけてね?それに、私は総司と出会えたことが本当に幸せだと思ってる』
「それは僕も同じだよ。君と出会えたから、初めて夢が持てたし、誰かと過ごす時間が初めて幸せだと思えたんだ」
『初めて……?』
「そうだよ。話しているだけでも、手を繋いでいるだけでも、同じ時間を過ごせるだけで僕は満たされる。君と過ごす時間こそ、僕にとって一番の幸せなんだ」
欲張りになることもあるけど、心の奥底ではわかってる。
こうして傍にいて同じ時を過ごすことこそが、何より尊い幸せだということを。
だから今のこの瞬間も、セラの髪をそっと撫でながら、胸が熱くなる。
セラは何も言わず、僕から離れまいとぎゅっと服を握っている。
その手の力から泣きそうになるのを懸命に堪えていることがわかるから、僕はただ黙って優しく抱きしめ続けた。
『私もね、総司と一緒に過ごす時間がとっても幸せ』
しばらくしてセラはそっと僕から身体を離し、微笑んだ。
瞳はまだ潤んでいるけど、その笑顔は花が咲いたように柔らかくて温かかった。
『でもね、今回のことでわかったの』
「今回のこと?」
『今回の任務でのことだよ。総司の命がもう消えちゃうかもしれないって……そう思った時、総司が元気に生きていてくれることが、私にとって一番大切で幸せなことだって気付いたの』
その言葉を聞き、胸が締め付けられる。
実際僕はもう三度、セラの死を見てきた。
その度に絶望して、希望どころか生きる意味さえ見失った。
だからセラの言わんとしていることは理解できるつもりだ。
でも僕は、ただ生きていてくれるだけでは満たされない。
今こうして、君の体温や香りを感じ、瞳を見つめ、声を耳にする。
君の笑顔が僕の胸を満たす。
これから先もずっと傍にいたい、僕だけを見ていてほしい。
それが、僕の幸せだからだ。
「確かにそれはそうなんだけどさ」
セラの頬にかかった髪を耳にかけてあげると、彼女は目を瞬き首を傾げた。
「でも僕の場合、セラが生きてることは大前提なんだよ。君が命を脅かされないように護ることも、僕にとっては幸せの一つだからね」
『総司……』
「正直、何が幸せかなんてあげたらきりがないよね」
なぜなら、君が健康で生きていてくれたら幸せだし、君が嬉しそうに笑ってくれたら幸せだ。
それに一緒に過ごす時間、手を繋ぐこと、隣で眠って起きたら真っ先におはようって言える朝。
抱きしめた時の温もりを感じられることも、綺麗な涙を僕の手で拭えることも、全てが幸せだ。
だからつまり……
「セラと過ごす時間全てが僕にとっての幸せかな。僕の幸せは、全て君と共にあるってこと」
セラは目を見開き僕を見上げた。
相変わらずその瞳は潤んでいて、今度は僅かに震えた唇をきゅっと結んでる。
泣き出しそうになるのを懸命に堪えている顔が、可愛くてたまらなかった。
『もう……そんなことばっかり言って、私を泣かそうとしてるでしょ?』
「してないってば。本心だよ」
『泣かないもん』
「ははっ、泣いてもいいけどね」
『泣きたくないの』
「えー?どうして?」
『総司の前では笑顔でいたいから』
そう言っているそばから瞳は揺らいで、瞬き一つすれば今にも涙はこぼれてしまいそうだ。
だからそっと抱き寄せて、見られたくないだろう泣き顔を隠すように抱きしめた。
「セラ、大好きだよ」
『私も大好き。総司、いつも沢山優しくしてくれてありがとう』
「こちらこそ」
『王宮にもついてきてくれてありがとう』
「僕が来たくて来たんだよ」
『総司がいてくれたから、私は大丈夫って思えたよ。総司と出会って、私……強くなれたよ』
「それは僕も同じだよ。セラがいるから、強くなりたいって思った。この怪我もすぐに治して、また強くなれるよう頑張るよ」
『うん。総司のこと、ずっと応援してるね』
セラの声が耳に届いた直後、夜の十一時を知らせる鐘が城内に鳴り響く。
深夜に宮廷内を歩くことは禁止されているらしく、セラは僕から名残惜しそうに身体を離した。
『私……そろそろ戻るね』
「うん、今日もありがとう」
『あのね、明日薫様が総司を訪ねてくると思うの』
「え?王太子が?」
『それでね、総司は薫様の言うことに従ってくれる?馬車で移動しないといけないんだけど、薫様のこと……信じて大丈夫だから』
あいつのことを信じて大丈夫と言われても、いまいち信憑性に欠ける。
思わず無言で眉を顰めていると、セラが僕の手をそっと握り柔らかく微笑んだ。
『本当に大丈夫だよ。薫様とは私がちゃんと話をしてあるから』
「わかったけど、何の用事であいつは来るわけ?移動するってどこに移動するのさ」
『それは、明日になったらわかると思うよ』
「明日になったらって……。なんで教えてくれないの?」
『色々と事情があるの。とにかく総司はちゃんと薫様の言うことに従って。わかった?』
いつになくはっきり言われて、渋々頷く。
明日、あの王太子に会うなんて憂鬱極まりないけど、セラは僕をまっすぐ見つめて優しく微笑んでくれていた。
『総司、ゆっくり休んでね』
「ありがとう、セラもね」
『大好き、総司』
「ははっ、今日何回言うの?」
『だめ?』
「いや、いいよ。嬉しいし、僕も大好きだよ」
セラは嬉しそうに微笑むと、ゆっくり立ち上がりドアまで歩いて行く。
その後ろ姿を見送っていると、彼女は振り返り微笑むから、僕も笑顔で手を振ってみた。
するとセラは何を思ったのか、再び僕の目の前へと駆け寄ってくる。
そして僕の肩に手を置くと、そのままそっと唇を重ねた。
『ふふ』
少し驚いて目を瞬いた僕を見て、セラは照れくさそうに笑っていた。
その笑顔が可愛すぎて、今度は僕から引き寄せ触れるだけのキスをする。
柔らかい唇が離れれば、やっぱりセラの瞳は潤んでいた。
『大好き』
「僕も大好きだよ」
『おやすみ、総司』
「おやすみ、セラ」
セラは花が咲き誇ったような僕の大好きな笑顔を見せてくれた。
彼女が部屋から出て行った後も、唇に残る余韻や、何度も好きだと言ってくれた今日のセラを思い出し、僕の心は温かく染まっていった。
一日も早く元気になって、セラの近衛騎士として隣に立ちたい。
この王宮で頑張って前を向くあの子を支えたい。
その想いを胸に、眠りについた僕がいた。
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