5

総司のいる部屋を出て、私は急ぎ足で自室へと戻る。
息を少し切らしながら部屋に入り、扉を閉めた瞬間、堪えきれなくなった涙が瞳から溢れた。


『……うっ……』


私達が一緒に過ごせる最後の一日が終わってしまった。

後悔のないように。
少しでも総司との楽しい思い出を沢山作れるように。
この一ヶ月は時間が許す限り、総司に会いに行き、沢山の話をした。
想いも何度も伝えたし、感謝の言葉や、総司と過ごす幸せな時間のこととか……私の中の大切な想いは全て伝えたつもりだった。

でも総司への想いは伝えた瞬間からまた溢れてしまうから、この想いがもう届けられないことが悲しくて堪らない。
あの笑顔を、あの声を……もう感じられないのだと思えば、息も上手く吸えないくらい涙が溢れて止まらなくて、久しぶりに声を上げて沢山泣いてしまった。


『総司……』


自分にずっと言い聞かせていたことがあった。
それは私の幸せについて。
私にとっての幸せは、総司が元気に生きていること。
だからその一番大切な幸せがなくならないのであれば、私は大丈夫。
ちゃんと総司の幸せを願いながら、また前を向いて歩いて行けると自分を励ましていた。

でも総司は言ってくれた。
僕の幸せは私と共にあると。
私を幸せにできることこそが僕の幸せなんだと。
その言葉を聞いてしまえば、私の心の中にある本当の想いが、総司と離れたくないと訴えてしまう。
どこにも置き場なんてないのに、いくら蓋をしても溢れくるようだった。

なぜなら私の中には今も総司の隣で笑う理想の未来があって、こんな状況になってもその夢の欠片一つすら手放せないでいる。
明日から離れて別々の場所で暮らすというのに、総司が隣にいない毎日をいまだに上手く想像できない私がいた。
それでも時間は残酷に流れていくことを私は知っている。
いくら嫌だと叫んでも、総司との幸せな時間はもう二度と戻ってこないのだと唇を噛み締めた。


「セラ、俺だ。入ってもいい?」


ドアのノック音と共に、薫様の声がドア越しに聞こえる。
慌てて返事をして涙を拭うと、部屋の扉がゆっくりと開けられた。


『こんばんは、薫様』


私を見るなり顰めっ面をした薫様は、おそらく私が泣いていたことに気付いているのかもしれない。
小さく息を吐くと、再び私を見据えて静かに話し始めた。


「明日、予定通り沖田をアストリアの公爵邸まで送って行く。お前は本当に同行しなくていいんだよね?」

『はい、明日はよろしくお願いいたします』

「ああ。結局最後まで沖田に話さなかったの?」

『話しませんでした。なので、薫様から伝えて頂けたら幸いです』

「わかった。でも沖田の奴、すぐ納得するかな。馬車の中で暴れられたら迷惑なんだけど」

『怪我もまだ完治していませんし、事情がわかれば大丈夫ではないでしょうか。それに、一応私からは手紙を書こうと思うんです。明日の朝、薫様にお渡ししても宜しいですか?』

「いいよ。もし沖田が喚いたら、その手紙を読めって言っておく」


今回のことは、私が一人で決めてしまったこと。
総司に以前、どうして一人で決めちゃうの?と文句を言ってしまったのは私なのに、身勝手だよね。

でも私にはこの方法以外浮かばなかった。
あの時は総司の命を救うことが第一優先だった。
それにこのまま王宮にいたら、総司をきっともっと苦しめてしまう。
総司のことが大好きだから、離れなければいけないと思った。


「セラ」


総司のことを考えていると、不意に名前を呼ばれて顔を上げる。


「沖田のことは心配しなくていい。明日は直接近藤公にも会って、口頭でもきちんと伝えてくるから」

『はい、ありがとうございます。薫様が総司についていてくださると、心強いです』

「今は辛いかもしれないけど、セラのことは必ず俺が幸せにする。だから……何かあれば俺を頼ってよ」


薫様が懸命に私を気遣ってくれていることが伝わってくる。
その優しさが今はまだ苦しいけど、月日が流れたらこの優しさが心地良く感じられる日がくるのだろうかと考えてしまう私がいた。


『優しいお心遣いに感謝しています。あの、総司に公爵邸に戻ってもきちんと医師に身体を診てもらうよう伝えて頂けますか?』

「ああ、伝えておく。そのことは近藤公にも話しておくよ」

『ありがとうございます、よろしくお願いします』


薫様に微笑みを返して、部屋から去って行く薫様を見送る。
そして私は今日のために用意していたレターセットを机に並べ、総司への手紙を書き始めた。


――


総司へ

今回のこと、総司に話さないまま私一人で決めてしまってごめんなさい。
本当は相談したかったし、一緒に悩みたかった。
でも、総司とは最後まで笑顔で話していたくて、私の勝手なわがままで伝えなかったの。
きっと総司は怒っているよね。
それでも私は、最後の夜に総司の笑顔をたくさん見ることができて、それだけで幸せだったよ。

この手紙はきっと、総司に出す最後の手紙になると思う。
この手紙を書き終えたら、私はもう総司への想いを口にすることはできないし、これから先は薫様のため、そしてルヴァン王国のために努力していこうと思う。
だから最後に、総司に私の思っていることを伝えたい。
そう思って、この手紙を書くことにしました。

私は総司のことが大好きだよ。
世界で一番大切で、私にとって誰よりも特別なひと。
この気持ちはどんなに時が経っても変わらないよ。

総司に出会って、私の毎日は変わったの。
どんなに小さなことでも一緒にいるだけで楽しくて、どんな時間も温かくて、毎日が本当に幸せだった。
私が少しずつ強くなれたのも、前を向けるようになったのも、全部総司がいてくれたからなんだよ。
だから、本当にありがとう。
総司と過ごした日々は、私にとって何よりの宝物だよ。

でもこの先は胸の中に小さな箱を用意して、その中にそっとしまっておこうと思う。
箱に鍵をかけて、奥の方に大切にしまって、誰にも触れさせずに、私の心の宝物にするね。

だからどうか心配しないで。
私は前を向いて、全力で生きていくつもりだから。
けれどいつか歳をとって、おばあさんになって、この人生を最後までやりきれたと思えたとき。
その時は、またその箱を開けて、総司への気持ちを取り出すね。
きっと、その瞬間に私はまた総司の笑顔を思い出して、心が温かくなるんだと思う。
それでまた総司に会いたくなっちゃうんだろうな。

総司、どうか無理をしないでね。
怪我はもう本当に大丈夫?私はずっと心配しているよ。
総司が無理をして傷ついてしまうのが、私には一番つらいの。
だから休めるときは少しでも休んで、どうか自分を大事にしてほしい。

私の一番の願いはね、総司が元気で笑っていてくれること。
それが私の幸せであり、これからの生きる力になるんだと思う。

総司と過ごした四年間、本当に幸せで、私は一生分の幸せをもらったよ。
総司、本当にありがとう。
どうかこの先の道で、総司がずっと幸せでいてくれますように。
総司と出会えて、私は世界一の幸せ者だよ。


――


少しでも明るく、少しでも前向きに。
そう自分に言い聞かせながら、私は想いのままに手紙を綴った。
書き終えた瞬間、胸の中にぽっかりと穴が空いたように、総司に気持ちを届けられる最後の時間が終わってしまった寂しさが押し寄せて、再び瞳からは涙がこぼれ落ちてしまった。

明日からはもう、この王宮に総司はいない。
会いに行くことも、隣にいることも許されない。
そう考えてしまうと凄く怖くて不安で堪らなくなる。
今すぐ総司の療養している部屋に走って行って、傍にいられるだけでいいと思ってしまいそうになる。

でも……これは私が決めたこと。
これ以上総司を危険に晒したくない。
これ以上総司に悲しい思いをさせたくない。
総司が私を選んでくれても、私は別の道を選ばなくてはならない。
総司の隣にいることがたとえ私の一番望んだ未来でも、選べないのだと、私は胸の奥で何度も繰り返した。

本当はずっと気付いていた。
気付いていたのに、総司の優しさに甘えてしまった。
総司の隣にいることを、好きなことを理由に、無理矢理正当化しようとしていたの。

もしあの夜の私がもっと早くに覚悟を決めて、一人で王宮に来ていれば、総司に辛い想いをさせることも、あんな怪我を負わせることもなかったのに。
もし総司の右腕が完全に治らなかったら。
私のせいで総司の未来を奪ってしまったら……、そう考えると胸が押し潰されそうになる。


『……ごめんね……総司……』


私は最後まで護ってもらうばかりで、総司のことを護れなかった。
一人で戦場に行かせて、そのことにも気付きもしなかった。
この婚約だって公爵家の跡取りとしての私の責務。
総司を巻き込んでは絶対にいけなかったのに。


『……っ、ぅ……』


涙が止まらなくて、胸の奥が締め付けられて苦しくなる。
どんなに願っても、過去は変えられない。
けれど、総司が私のために負った痛みを、私は決して無駄にしてはいけないのだと思った。
総司を好きでいること、それ自体は間違いじゃない。
でもその想いに甘えて、ただ護られるだけの私ではいけないよね。

涙を拭いながら、バルコニーから見上げた夜空を仰ぐ。
総司と共に過ごした日々が、私の心を支えてくれる。
もう二度と隣で笑い合うことは叶わないかもしれないけど、それでも私はずっと総司を愛し続ける。


『……総司……どうか幸せでいてね……』


その願いだけは、誰にも譲れない。
そしていつの日か心の中の箱を開けるときが来たら、その時の私が誇れるように私は前を向いて歩き続けよう。
私の中にはずっと、総司という大切な人が居続けてくれるのだから。

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