7

懐かしい門をくぐると、出迎えてくれたのは近藤さんと山南さん、そして山崎君だった。
三人とも、怪我をしている僕の姿を見るなり絶句していたけど、温かい眼差しで僕を迎えてくれる。
慣れ親しんだ人達の傍は、やっぱり居心地が良かった。

王太子はそんな彼らに向かって、今回の件は残念だが、僕が国のために尽力してくれたと説明してくれた。
僕の行動を、国に捧げた犠牲として取り繕ってくれているのだろう。
その言葉を聞きながら、どこか他人事のように心が浮いていく。
僕が護りたかったのは、国よりもただ一人だけなのに。

王太子が帰った後、三人は怪我でぼろぼろになった僕を気遣ってくれた。
「まずは休め」と近藤さんが言うと、山南さんは「無理をなさらずに」と落ち着いた声で促してくれる。
山崎君はいつも通り寡黙に寄り添いながら、支えるように僕に手を差し出してくれた。

そして僕に用意されたのは、王宮に上がる前に暮らしていた専属騎士の部屋。
「ここが落ち着くだろう」と言った近藤さんの計らいらしい。
あの頃と変わらない空間なのに、隣にあの子の笑顔がないだけで、すべてが別物のように見えた。

それから医者に診てもらい新しい包帯が巻かれ、ようやく僕は一人になる。
静けさの中で、ぼんやりと手を伸ばして取り出したのは、セラからの手紙だった。

封を切れば、見慣れた丁寧な文字が並んでいて、その一つひとつが愛おしく胸を突き刺す。
そこには僕のことが大好きだと。
それはこれから先も変わらないけど、今はその想いを胸にしまって大切な宝物にするのだと書かれていた。
そして、僕の身体を案じて、僕の幸せを心から願ってくれていた。
自分のことより、僕の未来ばかりを考えて。
読み進めるうちに、胸が焼けるように痛んで、呼吸すらままならなくなる。

思えば、この一ヶ月の療養の間、セラはたくさん笑っていた。
でもその笑顔の奥には、いつも涙が揺れていた。
僕の身体を心配していただけだと、僕がかける言葉に瞳を潤ませていただけだと、あの時はそう思っていた。

でも君は、もう決めていたんだね。
僕と離れなければいけないことを。
昨日、あんなに必死に何度も気持ちを伝えてくれたのは、その覚悟の裏返しだったんだと今になってようやく繋がる。
僕を護るために泣きそうな笑顔を必死に形作っていたんだ。
何も知らないふりをして、ただ隣にいられる時間を最後まで大切にしてくれていた。

それに気付けなかった自分が情けなくて、手紙を握る指先が震える。
その涙を拭うことも、抱きしめることも、もうできないのに。
昨日のセラの泣きそうな笑顔が、瞼の裏に焼きついて離れなかった。


「……っ……」


結局、どれだけやり直しても、僕の隣にセラはいない。
何度この苦しみを越えれば、あの子の傍にいられるんだろう。
本当はただセラがこの世界で生きていることを喜ばなければいけないのに、そんな綺麗事で済ませられない想いが僕の心を蝕んでいくようだった。

なぜなら僕は、セラがこの世界にいるなら、その隣にいたい。
その笑顔を見ていたいし、ずっと傍で護りたい。
それなのに近くにいることはおろか、今は君がいたアストリアで剣を振るうことすらままならない。
力の入らない右手をきつく握りしめると、指先が震え、情けない自分が目の前に突きつけられる。
気付けば、涙が一粒、また一粒と頬を伝って落ちた。


「……死にたくなるな……」


もし今僕が死んだら、世界はまた戻るんだろうか。
そもそも、なぜ僕は何度も回帰できる?
回数に限りはあるのか?
次に戻れるとしたら、いつ頃だろう。

前回は、学院に入学する前の夏だった。
戻るたびに時間軸は少しずつ後ろにずれているから、次に戻れたとしても、もう既にセラと王太子が出会った後かもしれない。

でも、もし戻れなかったら?
僕が自ら命を絶ったと聞いたら、セラはどう思うだろう。
私のせいだって自分を責めてしまうのだろうか。
違うのに。
セラは何も悪くないし、僕にとっての幸せそのものなのに。

だからセラの隣で過ごせるなら、何度だって戻りたい。
本当は今すぐにでもこの命を終わらせて、この公爵邸で微笑むセラに会いに行きたい。

でも、いつも最後に思い留まるんだ。
自分が今いる世界のセラを、置いていくことだけはしたくないって。
この世界にも、この世界のセラとの思い出が沢山ある。
あんなに僕を心配してくれて、あんなに一生懸命に気持ちを伝えてくれて。
セラだって、今この悲しみと戦いながら、それでも前を向こうとしているのに、そんな彼女を置いて僕だけが逃げることなんて絶対にできない、してはいけない。
だからこそ、たとえこの世界に絶望していても、僕は結局ここを捨てきれない。
この世界で生きていくしかないと、自分に言い聞かせることしかできなかった。



それから暫くして、僕の部屋の扉が勢いよく叩かれたかと思うと、息を切らした平助と伊庭君が顔を出した。
どうやら山崎君に通してもらったらしい。
学院から戻ってきたばかりなのか、二人はまだ制服姿だった。


「……総司、お前、大丈夫なのかよ。すげー怪我したって聞いたけど」

「沖田君が戻ってくると聞いた時は驚きましたよ。起きていて大丈夫なんですか?」

「一ヶ月前はぼろぼろだったけど、今はもうだいぶ元気になったよ。傷も殆ど塞がってるしね」

「でもさ、長期の療養が必要なんだろ?」

「重症故に職務の継続が困難になったと、山南さんが仰っていました。それを聞いて凄く心配していたんです」

「みんな大袈裟で困っちゃうよね。僕は今すぐにだって復帰できるし、近衛騎士だって全然継続できるのにさ」


セラと僕の関係を言うわけにはいかないから、二人にも真実を話すことはできない。
だからこそ敢えて明るく話してみても、僕を見つめる顔は思い詰めたようなものだった。


「そうやって強がんなよ。顔色だってまだ悪いし、右手だって震えてんじゃねーか」

「無理をしても、何も良いことはありませんよ。沖田君はすぐ無茶をするから困ります」

「僕のこと心配してくれるのは嬉しいけど、僕は本当に大丈夫だよ」

「ほんとかよ。セラだって、今頃すっげー心配してんじゃねーの?」

「そうですよ。そもそもセラの身体のことも気がかりでした。あの後、彼女も沖田君も学院に来なくなってしまったので」


思えば、前回会ったのはセラの身体が麻薬に脅かされている時だった。
あの日から色々あり過ぎて何から話していいかわからなくなるけど、僕は順を追ってセラのことから話し始めた。


「つまり……王女殿下の嫌がらせで、セラは麻薬漬けになっていたということですか?」

「そう。今はもうすっかり回復して元通りだけどね。でも一時はどうなるかと思ったよ。伊庭君達に連絡をしたかったけど、このことを手紙に残すのはあまりにも危険でしょ?セラの風評を下げないためにも王太子からは口外しないように言われてたから、慎重に動かないといけなくてさ」

「俺達も近藤さんに話すべきじゃねーか、王宮に会いに行くべきじゃねーかって、色々悩んではいたんだ。でも相手は王族だし、俺達の判断で勝手に動いたらセラや総司にかえって迷惑がかかるかもしれないだろ?」

「セラには沖田君がついているので大丈夫だろうという結論に至り、君達が学院に来るのを四人でずっと待っていたんです」

「そしたら今度は総司がすげー大怪我して戻ってくるって言うからさ……。王宮で何が起こってるんだって気が気じゃなかったんだ」

「心配かけてごめんね。僕はこんなだけど、命に別状はないし、セラも今は元気にしてるよ。だから平助と伊庭君は何も心配しないで」


ぎこちなく微笑む二人は、僕の身体や心情を気遣ってくれているのだろう。
その優しさが温かくて痛かった。
そして、伊庭君が少し言いにくそうに口を開いた。


「ですが、沖田君は近衛騎士として王宮に出向したはずなのに、なぜ反逆勢力の討伐などを?」

「あー、それはね。たまたま国境防衛の任務に就いてたら、運悪くドランヘルの残党が攻めてきちゃったんだよ」


軽く答えてみせると、平助がすぐに声を荒げた。


「は?ドランヘル?あいつらって相当厄介だろ。そんなの、いきなりぶつかったらひとたまりもねーじゃん」

「全くだよ。しかも人数も向こうの方が圧倒的に多くてさ。まあ……どうしようもなかったんだ」

「沖田君が命を落とすことにならなかったのは、不幸中の幸いですね。ですが、本当に良かったのですか?」

「ん?何が?」

「セラの近衛騎士の件です。療養が終わり次第、また務めに戻ることは本当に不可能なのでしょうか?」


僕は一瞬、言葉に詰まった。
確かに、本来であれば療養が終われば復帰できる。
王族の近衛という立場は、簡単に外されるものじゃないからだ。
それが出来ないとなると、何か継続できない理由があると考えてしまうのが普通だ。


「なあ、総司。まさか……なにか理由があるんじゃねーよな?」


平助がじっと僕を見つめる。


「王宮で何かあったのか?セラのお香のことだってそうだけどさ、変なことに巻き込まれてねーよな?」

「何もないよ。ただ僕の怪我が思ったより重いって、それだけのこと」

「嘘つけよ。お前が怪我ごときで、そんな簡単に引き下がるはずねーだろ。俺、なんか腹立つんだよ。だってセラの護衛なら、お前以上に相応しい奴なんていねーじゃん」

「僕だってそう思いますよ。沖田君ほどセラのことを知り、心を砕いてきた騎士はいません。ですから、今回の件は色々と納得できないんです」


胸の奥が痛んだと同時に、二人からの言葉は嬉しかった。
でも真実は僕が言ったこととは全く違う。
僕が近衛騎士を続けられなくなった本当の理由を知れば、二人はきっと僕を軽蔑するだろうと心に影を落とした。


「……ありがとう。二人がそう言ってくれるのは嬉しいよ。でもね、世の中にはどうにもならないこともあるんだ。僕がどれだけ足掻いても、変わらないものがね」

「……総司」

「だから心配しなくていいよ。僕は僕なりに、ここでまたちゃんとやっていくから」


そう言いながら、笑顔を作った。
けれど二人は納得しきれない顔のまま、互いに視線を交わすばかりだった。
僕の作り笑いなんて、とうに見抜かれているんだろう。
それでも今はこれ以上話せない。
結局僕のこの想いは、仲間にすら認めてもらえないものなのだろうと、一人奥歯を噛み締めることしかできなかった。


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