9

どれほど待っただろう。
外からは誰の足音もせず、ただ時間だけが流れていった。
そんな中、セラは祈るようにずっと扉の方を見つめている。
薄く結んだ唇は強がるように結ばれ、枷で繋がれた手首をそっと握りしめていた。


『平助君、大丈夫……?きっと、もうすぐ来るからね』

「……ああ、俺は大丈夫だって」


平助はそう答えたものの、その声は弱々しく震えていた。
脇腹には血が広がり、顔色はみるみる悪くなる。
僕も伊庭君も、ただ黙って見守ることしかできなかった。
セラが涙をこらえながら平助を見つめる横顔を見るだけで、胸が痛く締めつけられるようだった。

やがて重い扉が軋む音を立てて開き、中へ入ってきたセトは柔らかな微笑みを浮かべていた。


『セトさん……』

「お嬢様、お待たせいたしました。これより、今日のことについてお話をうかがいます」


優しく落ち着いた声。
けれど耳に残るその響きには、相変わらず感情が込められていないようにも感じられた。


『ありがとうございます。ですが、まずこの方たちの手当てをお願いできますか?』

「ああ……手当てですね」


セトの瞳には、興味のない色が走ったように感じられた。
でも彼が「わかりました」とだけ告げると、控えていた部下が包帯や消毒薬、止血用の布を手早く運び入れた。
セトは静かに牢の中に入り、セラの願いどおり平助と伊庭薫の傷に手当を施した。


「簡易的ですが、これで血は止まると思います」

『本当にありがとうございます、感謝してもしきれません』

「いいえ。この程度のことでしたら、構いませんよ」


穏やかな微笑みを浮かべると、セトはセラの拘束を一つずつ解き始める。
足首の鎖が外れる音、腰に巻かれた革の帯が解かれ、肩に回された縄が落ちると、彼女の身体に残されたのは手首を繋ぐ枷だけになった。


『取り調べは、ここで行うわけではないのですか?』

「はい。この牢の向かいにある取り調べ室で行う決まりです。ですので、ご同行お願いできますか?」

『わかりました。よろしくお願いいたします』

「取り調べには僕達も同行できないんでしょうか?」


気づけば、僕の口から声がこぼれていた。
この子を一人で行かせるのはあまりに危うい。
セラはきっと、自分を犠牲にしてでも僕達を守ろうとしてしまう。
その可能性を考えると、不安に思うのは当たり前だった。


「申し訳ありませんが、取り調べは一人ずつ、という決まりです。そのために、取り調べ室に移動するのですよ」

『総司、大丈夫だよ。しっかりありのままのことを話してくるから』


振り返ったセラは、僕に微笑んだ。
けれどその笑顔は、泣きそうになるのを必死に堪えている顔でもあった。

王太子の死を目の当たりにした直後で、心にどれだけの負担がのしかかっているだろう。
牢に入ってからも、彼女は何度も涙をこらえるように顔を歪めていた。
それでも僕達に心配させまいと、今もこうして微笑んでいる。
その姿がいつも以上に儚く見えてしまって、僕自身ですら胸の奥で募る思いを必死に抑え込んでいた。

牢の扉が開いて、セラがセトに連れられて歩き出す。
小さな背中が頼りなく揺れて、それでも振り返ろうとしない姿に、胸が締め付けられた。
セトが取り調べ室の鍵を開け、セラの肩を抱くように部屋の中へと導く仕草は妙に僕の苛立ちを募らせる。
そして取り調べ室の入り口でセトがふと振り返り、僕と目が合った。
その口元に浮かんでいたのは、わずかな笑み。
けれどその瞳には氷のような冷たさと、どこか人を見下す皮肉めいた光が宿っていた。
まるで「何も知らないお前たちが滑稽だ」と嘲るような視線。
その一瞥を受けた時、言いようのない不安がじわりと広がっていくのを感じた。

そしてその直後、牢の影から四人の男が現れた。
若く、端正な顔立ちをした王女付きの近衛騎士たち。
以前の世界で共に護衛に就いたこともある者たちだから、顔を見ればわかる。
彼らは一言も発せず、ただ意味深な笑みを浮かべたまま、次々に取り調べ室へと姿を消していった。


「……は?なんでそんな大勢で……」


思わず僕の口から漏れる。


「……まさか……」


伊庭君も同じことを思ったのか、その声が震えていて、血の気が引くのがわかる。
バタンと扉が閉ざされ、すぐに聞こえてきた鍵が回る音。
その直後、僕の胸に走った嫌な予感が現実の形になった。


『……や、なにをっ……』 

「セラっ……!」


がたんと何が倒れる音と、セラの切羽詰まった声を聞き、喉が裂けるような声が勝手に出ていた。
鎖に繋がれたまま、鉄格子を食い破らんばかりに身を乗り出す。
耳に届いたのは、セラの必死な声と、男たちの穏やかな声だった。


『嫌ですっ……やめてくださっ……』

「ほら、ドレスは邪魔だから全部脱いじゃおうね」

「俺たちに任せて、大丈夫だから」

『やだっ……セトさんっ……どうして……っ』

「怖がらなくても大丈夫ですよ。お嬢様は僕のお気に入りですから、いい子にしていれば、優しくして差し上げます」

「俺達で君のこと、気持ち良くしてあげるからさ」

『……や、何するんですか……!やめて……っ』


聞こえてくる卑猥な会話を聞いた時、全身を焼き尽くすような灼熱が込み上げ、視界が赤く染まった。
それと同時に情けなくも指先が震え、焦りから気が動転していることにも気付かされた。


「おい!やめろ……!セラから離れろ!」


鉄格子を握る手に力を込める。
爪が割れ、血が滲んでも構わず叫んだ。


「セラに手を出すな……!」

「やめてください!彼女に触れるなんて……!」 

「おい!ふざけんな……!セラに何しようとしてんだよ……!」 


僕に続き伊庭君も声を張り上げ、平助の拳が床を叩く音が響く。
でも僕達がどれだけ叫んで抗議しようとも、セラの泣き叫ぶ声がそのすべてを飲み込んでいくようだった。


「下着も取っちゃおうね。全部俺達に見せて」

「ほんとに可愛いな。ほら、足はもっと開かないと」

『……や、いやぁ……っ……離しっ……』

「ああ……堪らないな。ここ、気持ちよくしてさしあげますね」

『……やめてくださ……っ、お願いですっ……』

「こんなに胸揺らして、いやらしいね……気持ちいい?」

『いやああっ……やめ………誰か……やだぁっ』


嗚咽混じりの、必死に助けを求めるような声だった。
胸を突き破るその声に、心が抉られたように痛くなり、視界が揺らいだ。


「セラから離れろ……!」

「畜生……!俺たちは何やってんだ!助けられねえのかよ……!」

「セラっ……」


誰よりも純粋で大切なセラが、扉一枚を隔てた場所で奪われていくのに、僕はこの場から動くこともできない。
喉が裂けるほど叫んでも状況は変わらず、怒りと無力さに体が震えた。
そしてそこに混じる、男たちの囁きや楽しげな笑い声。
それだけで何が行われているのかを知ってしまうのが、最も残酷だった。


『……や、やめて……痛い……っ』

「ちゃんと優しくしますから、力抜いててください」

「この子、もしかしてまだ処女なの?」

「最高なんだけど。震えてんの、すげえ可愛い」

『……や、やめっ……や……痛い……よ……やぁ……』

「……っん、入った……きつくて気持ちいいな……」

『やあ……ううっ、……もう……許して……』

「許してだって。セラちゃん、本当に可愛い過ぎるね。ほら、こっちも触ってよ」

「動きますよ。奥……沢山突いてあげますからね」

『お願い……っ、やめてっ……いやぁ……っ』

「あーもう、そんな泣かないで。俺はこっちを触ってあげるから」

「君の中、凄く気持ちいいですよ。最高です……」


セラの叫びや男達の声が、あまりにも生々しい。
向こうの声は止まるどころか、むしろ楽しげな合いの手が増え、嬉々とした囁きが続いていた。
その一つひとつが僕の胸を切り裂くのに、耳を塞ぎたくても塞げない。
僕の心が、セラから目を背けられないからだ。


「……頼むから……もう……やめてくれ……」


思い出す。
公爵邸でセラの身体に初めて触れた夜のこと。
少し震えていたし、相手が僕だとしても、怖さや恥ずかしさがあったのだと思う。
けれどあの子は、一生懸命僕を受け入れてくれた。
僕の瞳をまっすぐ見て、嬉しそうに笑ってくれた。
その笑みは照れ隠しにしてはあまりに柔らかくて、僕に幸せを伝えようとしているみたいだった。

そんなセラを見て、この子をこれから先も護りたいと心から思った。
セラの全てが欲しいと思いながらも、無垢な彼女を穢すことなんて、たとえ自分であってもしたくなかった。
だから僕は最後までは求めなかった。
焦ることはない、大切にしたいから、と。

そしてそれはきっと、王太子も同じだったのだろう。
身分も立場も背負うものだって違うけど、王太子もまたあの子を想い、大切にしていたはずだ。
セラに手荒な真似をする男ではなかったということは僕にもわかる。

それなのに、どうしてこんな形で。
どうしてセラが泣き叫ぶ声を、こんなにも無力に聞くことしかできないのか。
頬を伝う熱に気づいたとき、涙はもう止められず、僕はただ俯いていた。


「……あいつら……殺してやる……」


低く、震える声が僕からこぼれ落ちる。
伊庭君の瞳も今は焦点を失っているようだった。
涙が滲み、虚ろな目の奥で怒りが焔のように燃えている。
いつも冷静で理知的な彼が、今はただ震えて怒りを噛み殺していた。

平助は嗚咽をこらえ切れずに体を震わせている。
床を叩くその手は血で赤く染まっていたけど、叩くのを止めれないのだろう。
声は涙声になり、怒りを言葉に変えようとするたびに掠れてしまっていた。

ドアの向こうの、あの汚れた音。
衣擦れ、押さえつける物音や男たちのささやき。
全てが僕らの胸に刺さり、想像するだけで吐き気がする。


それからどれほどの時間が過ぎただろう。
今ではもうセラの声はすべて消え、残ったのは男たちの浮かれた笑い声だけだった。
何度も、何度も、同じ調子で、飽きもせず繰り返されていく。
心が擦り切れ、痛みと怒りがすべてを支配した頃、取り調べ室の扉が開いた。


「セラっ……」


僕らは同時に声を出した。
目の前から出てきたのは、満足げに笑う近衛騎士たちだった。
整った顔立ちを崩さず、どこか子供じみた嘲りを含ませながら歩いてくる。


「お前ら……!」

「ははっ、なんか罪人が怒ってるけど」

「残念ながら、男の方には興味ないですよね」

「あー、最高だった。久々にいい日だったな」


三人の侮蔑の言葉が突き刺さるようで、体の奥が冷たく震えた。
小馬鹿にした足取りで去ってゆく連中を追うことも出来ず、僕はただ歯を食い縛っていた。

しばらくして、セラを横抱きにしたセトが出てきた。
彼の隣には、以前アーマリールームで会ったあの騎士が並んで立っている。
二人の足取りは静かでどこか礼儀正しくも見えるから、その姿は更に怒りを掻き立てるものだった。


「セラに何をした……!答えろ、セト!」

「何をしたって……。そんな野暮なこと聞かないでくださいよ、総司君」


セトはいつもの綺麗な笑みを浮かべる。
もう一人の騎士が牢屋の鍵を開けると、中へ入ってきたセトはセラをそっと床に下ろし、拘束具をつけていった。
身なりを整えられたセラは、瞳を閉じたまま動かない。
涙に濡れた赤い目元があまりにも弱々しく見えた。


「彼女、途中から気を失ってしまったんですよ。さすがに五人の相手は体力的に辛かったのでしょうか。僕達も一度や二度じゃ満足できませんでしたからね」

「……っ、どうして……!あなた方は騎士という立場で、なぜ彼女にこんな酷いことができるんですか……!」

「ふざけんな、絶対に許さねえ……!お前達全員ぶっ殺してやる……!」


嗚咽交じりに伊庭君と平助が声を荒げても、セトは気怠そうに息を一つ吐き出しただけだった。


「セラ……」


僕がその名を呼んでも、呼びかけにも返事はない。
どんな想いでこいつらと……そう思えば視界が歪み、耐えようのない悲しみと抑えきれない殺意が湧き上がった。


「お前を……殺す……!絶対に殺してやる……!」

「そんな縛り上げられた人に凄まれても怖くありませんよ。それに僕達は命令に従っただけですし」

「……命令?」

「王女殿下からのご命令です。罪を犯したセラお嬢様をたっぷり可愛がって差し上げろ、とね」


王女の名が出た瞬間、胸の中の怒りがさらに燃え上がる。
そんな僕の様子を見て小馬鹿にするように笑ったセトは、楽しげに言葉を続けた。


「僕達、王女殿下付きの近衛は、気まぐれに捕えられたご令嬢や侍女のお相手をすることが多いんですよ。ですが僕達は別に女性に困ってはいませんし、面倒なのでいつもは適当に鞭打ちにしたり爪を剥がしたり……その程度で片付けているんですけどね」


セトは小さく息を吐き、口元に満足げな笑みを浮かべた。


「ですが今回のお相手はセラお嬢様だと言うではありませんか。僕達五人、満場一致で彼女に手荒な真似はしたくないという話になったんです」

「……は?手荒な真似はしたくないって……あれのどこが……」


切羽詰まっても聞こえる平助の問いに、セトは肩を竦め正当化するように続ける。


「こんな可憐な人に、鞭打ちや暴力を与えることは気乗りしません。なので僕達は一番負担のない方法で、罰を与えて差し上げたんです。最後まで優しく紳士的に対応しましたしね。君もそう思うよね?」

「ええ。俺達は乱暴な抱き方は一切していませんよ。なのでご安心ください」


紳士気取りでそう言ったこいつらの言葉は、まるで自分たちの行為が誇らしいとで思っているかのようも感じられて言葉を失う。
初めてを奪われた上に、一度に五人の相手をさせられて。
静かに床に伏したセラの顔を見れば、世界は遠のき、再び込み上げた涙で視界が滲んだ。


「なので、勘違いされないでください。僕はセラお嬢様には個人的な恨みは一切ありません。いつも優しくして頂きましたしね」

「それならどうして……!」

「どうしてと聞かれるのであれば、そうですね……総司君、君への復讐です」


セトの口から放たれたその言葉に、僕は動けずに固まった。
過去の戦いの傷をセトがどう享受したのか、理解した瞬間だった。


「総司君にはあの近衛をかけた戦いで散々な目にあわされましたが、あの時の君の怒りの理由を知って、ようやく腑に落ちました。君はセラお嬢様と深い関係だったそうですね。たかだかアストリアの騎士風情で」


セトは嘲るように言い放つ。


「君にひと泡吹かせたかったんです。このやり方が、一番君を傷付けられるような気がしましたから」

「お前……っ」

「でも、まさか手付かずだったとは。君と王太子殿下が律儀に彼女の純潔を護ってくださったおかげで、こちらはいい思いができました。セラお嬢様の中は、小さくてきつくて温かくて……それはもう最高でしたよ」

「そうですね。しかも彼女、可愛い顔で泣いてくれるので堪りませんでした」

「本当にね。あれは、際限なくいくらでもできてしまうよ」


身体を引き裂かれそうなほどの衝動で立ち上がろうとした。
でも鎖に繋がれた体は、がしゃんと音を立てて元へ戻されるだけで、動くことすらままならない。
ふいに痛みが走り、唇から血がにじむのを感じた。


「ああ、そう言えば。一番大切なお話をまだしていませんでしたね」


今までと変わらい、穏やかな声音。
けれどその瞳は氷のように澄み切り、情を欠いていた。


「王太子殿下を毒殺した大罪。そして王家に剣を向け反逆した罪。いずれも許されぬ重罪です。すでに裁きは下りました。あなた方四名は明朝、広場にて公開処刑が執行されます」


伊庭君が息を呑み、平助は目を見開いたまま言葉を失う。
僕も声を出そうとしたのに、突然の宣告に喉の奥が張り付いて何も出てこなかった。


「処刑が早まった理由は単純です。大逆の罪人を長く生かしておく理由などない。ましてや王太子殿下を葬った者の裁きを遅らせれば、それこそ国の威信を疑われるだけ。だからこそすぐに、だそうです」


世界が音を立てて崩れていく。
明朝……そんな短い時間で、僕たちは終わる。
それ以上に、セラがこのまま王太子を殺した令嬢として汚名を着せられ、命を奪われる。
この世界で必死に生きてきたセラを想えば、心臓が引き裂かれるように痛かった。


「セラは王太子を殺してなんかいない!なんで何もしていないこの子が処刑されなければならないんだ……!」

「総司君の想いは分かります。ですが真実など関係ありません。陛下や王女殿下が彼女を犯人と定められた。それこそが、この国における唯一の事実です。哀れなお嬢様に、せめて安らかな最期を祈って差し上げてください」


淡々と告げ、踵を返しかけたセトは、ふと立ち止まり、ゆっくりとこちらに振り返った。
口元には、いつもの綺麗な微笑。
でもその奥は冷たく、僕の心を抉るものだった。


「セラお嬢様のことは僕も残念です。ですが次期王位継承者である王女殿下の命であれば、従うより他はありません。最後に可愛い姿を見られただけで、満足することにしますよ」


その言葉が刃となって胸に突き刺さる。
視界が熱く滲み、歯を食い縛っても止められない怒りが全身を駆け巡った。
僕はただ縛られたまま、去っていく二人の背中を睨みつけることしか出来なかった。

その後、牢の中はまるで時間が止まってしまったみたいに静かだった。
石の壁のひび割れひとつ、鎖の軋む音ひとつまで耳に刺さるほどの沈黙の中で、僕はただ膝の上に置いた手を見つめていた。
頭の中では、さっきのセトの言葉と、笑顔で放たれたあの残酷な一言がぐるぐると反芻していた。
喉がひどく乾いているのに、唾を飲み込むたびに鉄の味がする気がした。
そんな中、伊庭君の震える声が沈黙を割った。


「……先程の騎士が、沖田君への復讐だと仰っていましたが……君は近衛騎士になって、ここで何をしていたんです?」


俯いたままの横顔は見えない。
でもその声の奥にある怒りとやるせなさだけははっきり感じ取れた。


「殿下という相手がいたのにも関わらず、君はセラを追いかけてて、ここで何をしていたんですか……?沖田君が問題ばかり起こしたせいで、セラがこんな酷い目にあってしまったんですよ。君はわかっているんですか?」

「おい、伊庭君……やめろって」

「いいえ、今日ばかりは言わせてもらいます。王女殿下もさっきの騎士の方も、やたら君に突っかかってきてましたよね。君が反感を買うような行動をしたせいで、セラまで巻き込まれてるんですよ。本来彼女は、誰かに敵意を向けられるような人ではないんですから」


伊庭君の言葉は、ひとつひとつ胸に突き刺さっていった。
正論だったからこそ、痛かった。
自分なりに考えて動いてきたつもりだったのに、この世界では何度も何度も後悔ばかりしている。
あの日、縋ることはせずセラから離れていたら、今もセラは王太子の隣で笑っていられたのだろうか。
僕はセラの隣にいたいと望んではいけなかったのだろうかと、目頭が熱くなる。


「セラや……伊庭君、平助には申し訳ないことをしたって思ってるよ。でも……僕だって考えなしに行動していたわけじゃない。セラの幸せを、いつだって願ってたんだ」

「……よく言いますよ。君はいつも自分の感情が第一優先じゃないですか。本来、僕達の立場でセラに言い寄ることなんて絶対にしてはいけないんですよ。それなのに君のしていることは……とても理解できません。やはり僕が最初に感じたように、君は彼女の傍にいるべき人間ではなかったんですよ」

「……そんなこと、伊庭君に言われる筋合いないんだけど」

「僕だってセラの騎士です。共に闘う仲間くらい選ぶ権利があるはずです」

「じゃあ聞くけど、セラのこと、伊庭君と平助だけでここまで護ってこれたとでも思ってるの?今日まで何度も何度も……!僕がどんな想いで、セラの死を回避してきたと思ってるのさ……!」

「何の話をしてるんです……!?君なんていなくても、僕達はセラを護ってこられましたよ!むしろこんな悲惨な結末になることは絶対になかったですよ……!」

「全部が僕のせいだって言うの?君達だけじゃ、そもそも今日までだって、セラを護ることなんて出来なかったはずだ……!」


頭の奥で何かがぷつりと切れる音がした。
声が震え、最後の方は叫びに近くなった。
何度回帰を繰り返してセラの死を回避しても、再び降りかかる死の運命はどうやったら超えられるのか。
それを突きつけられる苦しさに、苛立ちを吐き出さずにはいられなかった。


「おい……!いい加減にしてくれよ!セラが……っ、起きちまうだろ……」


平助の声が震えていることに気づいて、僕も伊庭君もはっとして口を閉ざした。


「少しでも……寝かしといてやりたいんだよ。あんなことがあった後で起きたって、辛いだけなんだからさ……」


涙ながらにそう言う平助を見て、僕は唇を噛みしめる。
この狭い牢の中に、誰よりも優しい平助の声が滲んでいった。


「それに、こんな時に歪み合わないでくれよ……。余計に……悲しくなっちまうだろ……」


石壁に跳ね返るその声が、ひどく胸に刺さった。
平助の涙混じりの声が余韻のように残っていて、そのせいか胸の奥がまだひどく痛んでいた。


「……さっきは言い過ぎました」


その声に顔を向けると、伊庭君はまだ俯いたまま拳を握っていた。


「苛立って……心にもないことまで口にしてしまいました。申し訳ありません……」


僕は一度無言になった。
謝るなんて柄じゃないし、胸の奥ではまだざらつくものも残っている。
でもこうして同じ牢に繋がれて、同じ明日を待つしかない今、意地を張る方が愚かに思えた。


「……僕も言い過ぎたよ。ごめん」


口にすると、肩から力が抜けていく気がした。
短い沈黙のあと、伊庭君がふっと小さく笑った。


「こんな時にまで喧嘩してるなんて、ある意味僕達は肝が据わっているのかもしれませんね」

「そうだね。セラが起きてたら呆れられちゃうよ」


そう返した途端、喉の奥が詰まって声が震えた。

明日、僕達は処刑される。
その事実が、改めて重くのしかかってくるようだった。
朝日が昇れば、この世界のセラに触れることも、声をかけることもできなくなる。
あんなに苦しい思いばかりした彼女を、また悲しみに覆われた心のまま逝かせてしまうことになる。
その悲しさや悔しさが押し寄せて、胸の奥が潰されたように痛かった。

初めてかもしれない、死を目前にしてこんなにも怖いと思ったのは。
この世界のセラと過ごした日々があまりに鮮やかすぎて、それをまた全て奪われてしまうことがただ怖かった。


- 409 -

*前次#


ページ:

トップページへ