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総司が剣を振るうたび、血が飛び散り悲鳴が響く。
その全てが現実なのに、まるで遠くの出来事のように思えてしまう程、目の前の光景があまりにも現実離れして見えた。

総司の瞳に宿るものは、私の知っている優しい光ではなかった。
冷たくて、鋭くて……戸惑いなく人を斬り殺していく姿は、まるで人の命を奪う死神のよう。
あの瞳に囚われたら、生きていられる人なんてきっといない。
必ず彼の手によって命を奪われてしまうだろうと、誰もがそう感じてしまうような瞳だった。
そして相手の命を奪う度、総司の口元には薄く笑みが浮かんでいる。
その様子は、総司自身がその心を悪魔に差し出してしまったかのように見えるものだった。

でも、その姿がどうしようもなく美しくて、私は目を逸らすことが出来なかった。
血で染まる空気の中で、総司は舞うように剣を振るっていた。
周囲の人たちが恐怖に息を呑み、逃げ惑っているというのに、私はその光景に釘付けになっていた。
本当なら怖いはずなのに、胸の奥が熱くなる。
総司が私のためにその身を悪に染めていくその姿が、どうしようもなく切なくて、愛おしく感じられた。

この人は、私のために最後まで闘ってくれている。
ただ私の命を護るためだけではなく、私という存在そのもののために、全てを懸けてくれている。
その覚悟があったからこそ、総司はどんな状況でも、一緒にいることを諦めないでいてくれたのかもしれない。
私が感じていたよりずっと、私は彼の全てだったのかもしれないと思った。


「刑を執行しろ!」


死ぬことはもう怖くなかった。
このまま二度と総司と会えなくなることの方がずっと怖くて堪らなかった。
それに先に逝ってしまった伊庭君と平助君のことも、忘れたくない。
あんなに私を想ってくれて、私のために全てを捧げてくれた優しい人たちに、私は何を返せたの?

伝えたい言葉が、今もまだこんなにも胸の奥に溢れてしまうのに。


『……総司……』


名前を呟いた時、私の名を呼ぶ総司の声が聞こえた気がした。

嫌だ、消えないで。
総司への今の想いも、彼やみんながくれた痛い程の愛情も決して忘れたくない。
どんなに辛くてもいい、私の中の大切な想いだけはなくならないで。

けれどすぐに世界は真っ暗になり、光も音も消えた世界では、私の想いも私という存在さえもすべてが遠のいていく。
それでも最後に浮かんだのは、総司の優しい微笑みだった。





息を吸い込んだ瞬間、胸の奥が熱くなった。
目を開けると、そこは見慣れた部屋だった。
淡い春の光が窓辺から射し込み、花の香りを含んだ風がレースのカーテンを揺らしている。
目の前には大きな鏡があって、その中に私の姿が映っていた。

鏡の中の私は、花びらのように淡いピンクとクリーム色のグラデーションのドレスを纏っていた。
薄いシフォンの生地が幾重にも重なり、柔らかく光を反射している。
腰には小さな花飾りのリボン、肩には透けるようなチュールが流れていて。
お父様が用意してくださった建国祭で着るドレスの試着をしていたことを思い出した。


「いいですね、とてもよくお似合いになりますよ」


静かな声に顔を上げると、山崎さんが穏やかな笑みを浮かべて立っている。
傍らにはお父様と山南さんもいて、二人とも優しく私を見つめていた。


「とても春らしくて上品なドレスですね。建国祭の式典にふさわしいですよ」

「うむ、この国の公爵家の娘として今年も胸を張って出るのだぞ」

「お嬢様は年々、よりお美しくなられますから、今年の花贈りの儀も沢山のお花を頂くのでしょうね」

「俺としてはあまり目立ち過ぎてしまうのも些か心配です」

「はははっ、そう言えば前に総司も同じことを言っていたな」


皆の会話を聞きながらも、私の心はここにないみたいだった。
何か大切なものを置き忘れてしまったような、そしてとても辛い出来事が心を覆い隠しているような、言葉に出来ない悲しみが胸に広がっていく。
そしてそれはお父様の口から出た総司の名前を聞いてより一層強くなり、感情が溢れたかのように私の瞳からは涙が零れ落ちていた。


『……っ……』

「セラ……どうしたんだ?」

「お嬢様、どうかなされましたか?」

「まさか……どこか体調でも悪いのですか?」

『……ぅ……ううっ……』


楽しく過ごしていた筈の時間に、一気に感情だけが流れ込んできたようだった。
溢れた悲しみに涙が止まらず、私は嗚咽を抑えきれないまま泣きじゃくっていた。
まるで私が私自身ではないような妙な感覚にも囚われて、襲ってきた酷い眩暈に身体がふらつく。
そんな私を支えてくれたお父様は、少し焦った様子で私の顔を覗き込んだ。


「平気か?体調が優れないなら無理をしてはいかん」


お父様の温かい手が、ぐちゃぐちゃに濡れてしまった私の頬を拭ってくれる。
山南さんと山崎さんも、困り顔で私を見つめていた。


「お顔が真っ青ですね……。貧血でしょうか」

「俺がお嬢様をお部屋までお運びします。少し休まれた方がよろしいかと」

「そうだな、そうしなさい」

「ドレスもお着替えなさった方が良いですね。今侍女を呼びましょう」


返事をすることもままならいまま、力の入らない身体はソファーへと座らされる。
侍女の方々が来て着替えを手伝って頂くと、ソファーに身体を預けていた私を山崎さんが抱き上げてくれた。


「セラ、しっかり休みなさい。何かあればいつだって話を聞くからな」

「お嬢様、お大事になさってくださいね」

「では、失礼いたします。お嬢様、行きましょう」

『ありがとうございます……』


自室へ向かう間も、胸の奥に広がる悲しみは消えなかった。
何かを必死に忘れたくないと願っていた筈なのに、それが何かもよくわからない。
言葉にならない寂しさが胸の奥でずっと疼いていて、気づけば瞳の奥に再び熱いものが込み上げ、視界がぼやけてしまった。

部屋に入ると山崎さんが静かに扉を閉め、私をそっとベッドへと下ろしてくれた。
彼は困ったように眉を寄せ、穏やかな声で問いかけてくれた。


「お嬢様、本当にどうかなさいましたか?学院で何か問題でも?」


その優しい声が、ぼんやりしていた心を現実に引き戻す。


『いえ、なんでもありません。ただ、少し胸がざわついてしまって……どうしてなのかは、自分でもよくわからないんです』

「胸が、ですか?」


山崎さんは心配そうに私の顔を覗き込み、冷たい指先でそっと額に触れた。


「熱はないようですが……お顔の色が優れませんね。無理をされているのではありませんか?」

『いいえ、そのようなことはないのですが……』

「とにかく今は、ゆっくり休まれた方が良いでしょう」


山崎さんは静かに息をつき、柔らかな声で続けた。


「俺でよろしければ、いつでもお話を伺います。お嬢様が何かに悩まれているのなら、どうかお一人で抱え込まれないでください。この屋敷には、お嬢様のお気持ちを無視する者は誰もおりません」


その言葉に胸の奥がふっと温かくなった。
誰かにそう言われるだけで、こんなにも心が落ち着くなんて思わなかった。


『ありがとうございます、山崎さん。そう言ってもらえるだけで、心が楽になりました。悩みは特にないので大丈夫ですよ』

「それなら何よりです。お嬢様の笑顔こそが、皆の支えなんですよ」

『私の笑顔が……?』

「はい。お嬢様が微笑まれると、不思議と皆が前を向けるんです。俺たちは、その笑顔を護るためにいるようなものですから」

『ふふ、そんな風に言ってもらえるなんて少し照れますね』

「事実ですよ。それにそうして笑顔でいらっしゃる方が、お嬢様らしいです」


山崎さんはわずかに目を細めて笑った。


「建国祭まであと少しです。お嬢様が微笑まれれば、皆、きっと喜びますよ」

『はい。せっかくの建国祭ですものね。私も、ちゃんと笑顔でいられるようにします』

「ええ。それでこそ、お嬢様です。そのためにも、今はゆっくり休息をとられてください」


穏やかにそう言って、山崎さんはそっと部屋の明かりを落とした。
柔らかい空気が部屋に満ちて、私はようやく静かに息をついた。
胸の奥にまだ小さなざわめきは残っていたけど、きっとこれは単なる気のせい。
後ろ向きに考えるのはやめようと言い聞かせ、眠りの世界に意識を手放した私がいた。


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