3
以前の世界で、セラがいないこの部屋で過ごす夜は、ひどく寂しいものだった。
あの子の笑い声も柔らかな足音もない空間の中、僕は何度も隣の部屋を覗いた。
けれどそこに広がるのは誰もいない現実だけで、その度に胸の奥の悲しみが広がっていくようだった。
そんな日々が続いたせいで、今こうしてセラの部屋の前に立つだけで、落ち着かない。
本当にこの世界のセラがこの部屋にいるのか……そんな確信すら持てないまま待っていると、部屋のドアがそっと開かれた。
『総司、おかえりなさい』
目の前にいたのは、間違いなく会いたくて堪らなかったこの世界のセラだった。
お風呂上がりなのか、少し湿った髪を背に垂らし、薄手のネグリジェ姿で僕を見上げている。
その様子はどこかぎこちなく、僕から目を逸らすと少し恥ずかしそうに微笑んでいる。
その仕草ひとつひとつが懐かしくて、まるで夢を見ているみたいに思えた。
『帰りが遅いから心配してたの。良かった、総司が無事に戻ってきてくれて』
可愛い……本当に、どうしようもないくらい。
前の世界では、会えないこと日々がずっと続いていたから、こうしてまたセラと穏やかな時間を過ごせると思うと、ただそれだけで胸が熱くなる。
回帰の力に不信感は残っていても、真実を確かめることより、今はただセラのぬくもりに触れたかった。
「セラ、ただいま」
腕を伸ばし、小さな身体を抱きしめる。
すると遠慮がちに背中に回されたセラの腕が、そっと僕を包み返してきた。
頬が僕の胸元に触れて柔らかく擦り寄ってくる懐かしい仕草に、思わず笑みがこぼれた。
「会いたかったよ」
『私も。凄く会いたかった』
「本当?」
『うん。総司に会いたくて、ずっと待ってた』
その言葉が胸の奥に響いて、息が詰まる。
可愛くて、愛おしくて、痛いほどに抑えていた想いがまた溢れそうになった。
「山崎君から聞いたよ。今日、体調悪くなっちゃったんでしょ?平気なの?」
そっとセラの頬に触れ、顔を上げさせると、潤んだ瞳がまっすぐ僕を映した。
『うん、もう大丈夫。元気だよ』
「ほんと?いつもより少し大人しい気もするけど」
『そう?私はいつも大人しいよ』
「外ではね」
僕の言葉にセラは一瞬目を瞬かせてから、くすりと笑った。
その微笑みに少しだけ安堵する。
けれど心のどこかでは、セラが何かを抱えていないか心配で、僕は再び尋ねていた。
「泣いたって聞いたよ。何かあった?」
王女付きの近衛騎士達のこと、処刑のこと、それに王太子の死。
セラが前の世界で味わった苦しみを、この世界でも感じているとしたら、セラの心に相当な負担がかかっているのではないかと心配で堪らない。
だからこそただ穏やかに微笑むセラの瞳を見つめながら、心の奥で強く願った。
どうかこの世界では、この子が泣くことがないようにと。
『ううん、何もないよ』
「じゃあどうして泣いてたの?」
『それが、よくわからなくて……。ただ……』
セラはぽつりとそう呟くと、少し寂しそうに笑って言った。
『何か大切な気持ち……どこかになくしちゃったような、そんな気がしたの』
大切な気持ちをなくした……そう言ったセラの言葉が胸に引っかかる。
そして、まさか王太子への想いのことではないかと心臓が嫌な音を立てた。
あの世界でも、セラは最後まで僕を想ってくれていた。
そう信じていたし、疑いもしなかった。
けれど王太子が命を落とした時のセラの泣き顔が、ふと脳裏に蘇る。
ほんの少しの不安が、胸の奥に冷たいひびを入れるようだった。
「セラ……僕のこと、好き?」
自分でも呆れるくらい、情けない言葉だった。
でも、出てしまった。
そんな僕を見てセラは一瞬だけ目を見開いてから、すぐに愛らしい笑顔を浮かべて言ってくれる。
『うん、大好き』
処刑台の上で、セラが最後に僕に言ってくれた言葉も、確かに大好きという言葉だった。
だから信じてる、どの世界でもセラは僕を想ってくれていると。
でも……ほんの僅かでもその想いが他の誰かに揺れてしまっていたなら、僕はきっと耐えられない。
今、目の前にいるセラが真っ直ぐに僕を見てくれているとしても、僕はどの世界の君の想いも、ひとつ残らず手放したくなかった。
僕はセラの頬にそっと手を添え、指先で髪を耳にかける。
彼女はそのまま、安心したように僕の掌に頬を預けてきた。
「僕はどんな世界でも君の味方でいるし、君の全部を大切にしたいと思ってるよ」
『ふふ、どんな世界でも?』
「そうだよ。だから君が不安な時はちゃんと話してほしい。泣くのだって、隠さなくていいんだよ」
セラは僕を見上げ、小さく首を振って笑う。
『総司、優しいね』
「優しいわけじゃなくて、君のこととなるとどうしても欲張りになっちゃうだけなんだけどね」
『欲張りって?』
「君の笑顔も涙も全部、僕だけには見せて欲しいってこと。セラの考えてることや気持ちも全部、僕だけには教えてよ」
その言葉にセラはほんのり頬を染め、目を伏せた。
『そんなこと言われたら、困るよ』
「なんで困るのさ」
『だって思ってること全部総司に話すのは、ちょっと恥ずかしいし』
「どうして?疾しいことでもあるの?」
『え?違うよ、そういうことじゃなくて……』
「じゃあ、いいじゃない。僕はセラの全部が欲しいんだ。だから今日からは隠し事も禁止ね」
僕が軽く身を寄せてそう言うと、セラは僅かに息を呑んで一歩だけ後ろへ下がった。
その仕草がまた妙に可愛い。
だからつい一歩だけ僕もまた近づいてしまう。
『総司って……意外と強欲だね?』
「ははっ、強欲ね。そうかもしれないけど、駄目なの?」
『駄目じゃないけど……そんな風に言われたら……』
セラは視線を泳がせ、頬を染めながら言葉を濁す。
そんなところも可愛すぎて、思わず苦笑が漏れた。
回帰して早々、困らせてどうするんだと思いながらも、心のどこかでは久しぶりに見るこの反応が嬉しかった。
「そんな風に言われたら、どうするの?」
『……嬉しくなっちゃう……かな』
一拍置いて、セラは小さな声でそう言った。
潤んだ瞳がまっすぐ僕を見上げていて、頬はやっぱりまた赤い。
『総司がそうやって、私の全部が欲しいって言ってくれるの……すごく、幸せな気持ちになるんだ。私のことそんなに想ってくれてるのかなって思ったら……恥ずかしいけど、嬉しいよ』
その言葉に胸の奥が熱くなる。
セラの澄んだ瞳は潤んでいて、僕はその視線を受け止めながら口角をゆるめた。
「今更?僕がセラのこと大好きだって、とっくにわかってるでしょ?」
『でも大好きって言っても、それがどれくらいの好きなのかは本人にしかわからないことでしょう?』
思いがけない言葉に、思わず目をぱちくりしてしまった。
「そんなこと考えてたんだ?」
『うん。だって好きって、ひとりひとり違うものだから』
セラは視線を落として、指先で僕のシャツの裾を摘んだ。
『だから、総司が言ってくれた言葉は嬉しかったよ。どんな風に思ってくれてるのか、伝わってきたから』
その声音は小さくて、真っ直ぐだった。
僕はその髪を指先で梳きながら、穏やかに微笑む。
「僕としては、言葉だけじゃ伝えきれないかな」
そう囁いてそっとセラを抱き寄せると、彼女の頬が胸元に触れて熱を帯びていくようだった。
『言葉以外にも伝わってくるよ。こうしてると心臓がドキドキしてて、総司の気持ちが伝わってくる気がする』
「そう?でも僕にはセラの気持ちはそんなに伝わってこないよ。まだまだ全然足りないね」
『え?』
冗談で言った言葉にセラは間髪入れずに反応してくれるから、思わずくすりと笑った。
『絶対嘘。伝わってるはずだよ』
僕の腕の中、顔を上げて僕を見上げるその表情や声音があまりに愛らしくて堪らなくなる。
ちょっと拗ねたような、でも信じて欲しくて仕方ないようなその表情に、息をするのも忘れて見入ってしまう僕がいる。
「僕にはまだ足りないよ」
『それなら、もっとたくさん総司のこと好きになってもいい?』
「そんなのいいに決まってるじゃない」
『どれくらい好きになってもいいの?』
「セラが好きになれるだけ全部、僕にくれたらいいよ」
そう返す自分の声まで、自然と甘く滲んでいるのがわかった。
セラの頬が緩むたび、その柔らかい仕草が目に焼きついて離れない。
こんなにも大切に想ってしまうのは、回帰を繰り返してきたからだけじゃない。
今この瞬間のセラが、どうしようもなく愛おしいからだ。
『本当……?』
「勿論。僕がちゃんと全部受け止めるから」
そう言うと、セラが小さく笑った。
その笑顔が胸に染みて、触れたい衝動が身体に走った。
セラの温度を確かめたくて、手が自然に伸びる。
指先が頬に触れるとセラは少し驚いたように瞬きをしたけど、考えるよりも先に唇を重ねていた。
最初は軽く触れるだけ。
けれどセラが目を閉じて受け入れた途端、堰を切ったように何度も口づけを繰り返してしまう。
この瞬間だけは、時間が止まってしまえばいいと思った。
『……総司……そんなにしたら、息が……』
「ごめん。でも、離れたくないんだ」
そのままセラの身体を抱き上げ、ベッドの上にそっと下ろす。
覆いかぶさるようにして顔を近づけ、唇を触れ合わせたまま小さく笑った。
『ん……』
「セラ、好きだよ」
『私も大好き……』
セラは同じ言葉を王太子にも言ったのだろうか。
瞳の潤んだこの愛らしい表情を、あいつにも見せたんだろうか。
そんな今更考えても仕方のないことが取り留めもなく浮かんでくる。
そしてあの王女付きの近衛騎士達に何をされ、どうやってその身体を弄ばれたのか……
それを考えてしまえば苛立ちと悔しさが込み上げて、また冷静ではいられなくなる。
あの時聞こえてきたセラの泣き声を思い出していまえば、耐えられずに唇を離した僕がいた。
思い出したくない、認めたくもない。
この子の身体が穢された世界なんて、この記憶からも消し去ってしまいたい。
でも……僕はあの世界のセラも大好きだった、大切だった。
どうにかしてでも、護ってあげたかった。
だからこそ結局僕の心は、今も前の世界のセラに囚われている。
この想いを抱えたまま、また僕はこの世界でセラに再び恋をするんだろう。
『総司?』
僕が黙ったままでいたせいか、セラは僕の様子を窺うように声をかけてくる。
その瞳は無垢のまま、あの世界でのことを何も知らない眼差しだった。
だからどうかセラは忘れたままでいて。
何も知らないまま、何も思い出さないまま、ただ隣で笑っていて欲しい。
「セラ、今日も一緒に寝てくれる?」
『うん。どっちのお部屋で寝る?』
「今日はセラの部屋がいいかな」
ずっと寂しかった。
この部屋にセラの温もりがないことが、僕にとっては本当に辛いことだった。
だから今夜はこの部屋で、セラの温もりを感じて眠りたい。
頷くセラの唇を親指の腹で撫でると、睫毛がふるりと揺れて、その瞳は僕を誘うように潤んだ。
「さっき、どれくらい好きになってもいいのって聞いてくれたけどさ」
『うん?』
セラが小さく首をかしげた。
その仕草だけで胸の奥が甘く疼く。
こんな可愛い反応を見せられたら、今言おうとしていることがどれだけ重いものでも、言いたくなってしまう。
「僕はセラの本当の一番になりたいよ。君が全てを捨ててでも、迷わず僕を選んでくれるくらいにね」
その言葉を聞いたセラの瞳が驚きに揺れ、僕を見つめ返す。
こんなことを言えば君を縛ってしまうかもしれないのに、言わずにはいられなかった。
「例えばもし、君に断れない婚約の話が来たとしても、僕を選んで欲しい。僕といることを一番に望んで欲しい。たとえ強欲だって言われても、僕は君の傍にいたいんだ。僕は誰よりも君を大切にするよ」
セラがこの家も、周りの人たちも捨てられない子だってわかってる。
かく言う僕も、ひだまりのようなこの子の優しさに惹かれたんだから。
それでも、どうしてもこの想いを閉じ込めておくことができなかった。
『それは……』
「うん?」
『もし断れない縁談が来たら……総司は今ある全てを捨ててでも私といたいって……そう思ってくれてるってこと?』
核心を突かれて、僕はほんの一瞬だけ黙った。
だけど、嘘をつく理由なんてどこにもない。
だから、まっすぐに見つめながら「そうだよ」と頷いた。
するとセラの頬がほんのりと赤く染まり、視線が揺れた。
『なんて言ったらいいのか……』
「返事は別にいいよ。ただ僕の気持ちを君に伝えておきたかっただけだからさ」
『そうなの?』
「うん。君が誰かを犠牲にしてまで僕を選ぶような子じゃないってことも、ちゃんとわかってる。それでも、そんな優しいところも好きなんだ。だから、何も言わなくていいよ」
セラは唇を結ぶと何かを考えるように黙ってしまう。
やっぱり今話すには重過ぎる内容だったと苦笑いをこぼした時、セラが柔らかい音色で僕に言った。
『今はまだいい加減なことは言えないけど、総司がそこまで想ってくれるのは本当に嬉しくて……』
言葉を探すように唇が動く。
その仕草がいちいち愛しくて、見ているだけで心が癒される気がしていた。
『そんなこと言われたら……私、本当にどうしようもなくなった時、総司に私を連れて逃げてってお願いしちゃうかもしれないよ。だから……あんまり優しいこと言わないで?』
少し膨れたような声。
頬が赤くて、視線は落とされたまま。
それがもう、可愛くてどうしようもなかった。
そんな顔をされたら、何もかも投げ出して、君を攫ってしまいたくなる。
「それでもいいよ。お願いされなくても、僕は君を連れ去っちゃうかもしれないしね」
『ふふ、そうなの?』
「そうだよ。君が泣くのを見てるくらいなら、どんな場所でもいい。君と一緒にいられる方を選びたいからさ」
言葉を交わすたび、心がセラで満たされていく。
儚くてまっすぐで、触れたら壊れてしまいそうで。
それでも、どうしても触れずにはいられない。
だから僕はそっとセラの髪を撫でて、小さく囁いた。
「二人で遠くまで逃げたら、小さいけど可愛い家に住むんだ。僕が外に働きに行くから、君には料理とか掃除とか、家のことを頼もうかな。疲れて帰ってきて、セラが美味しいスープを作って出迎えてくれたら最高だよね」
『それってまるで本当にそうなるみたいな言い方だね』
「うん、そうなってくれたらいいのにね」
セラはくすくす笑いながら、けれどどこか嬉しそうに頬を染める。
僕の言葉が冗談だとわかっていても、彼女の瞳にはその未来をほんの少し想像している光があった。
「新生活に慣れて、お金が貯まってきたら、家で何かお店を開いてもいいよね。そうしたら毎日一緒にいられるし」
『それいいね、凄く楽しそう。でもね、総司。今総司が話したことには誤算があるよ』
「え?なんで?」
『まず私は自慢じゃないけど、お料理なんて全くできないの。しばらくは毎日クッキーとかマフィンとか、お菓子ばっかりになっちゃうと思う』
堂々とそう言ってのけるセラに、僕は思わず笑ってしまった。
その開き直った様子が可愛くて、このままずっと笑っていてほしいと思ってしまう。
『勿論お料理も頑張って勉強するけど、最初はまずいかもしれないから、美味しいスープなんてなかなか出てこないかもしれないよ?』
「それでもいいよ。セラが作ってくれたなら、たとえまずくてもこげてても食べるよ」
その言葉に、セラは一瞬目を見開いたあと、照れたように笑って、指先で髪を弄んだ。
『それにね、私、お買い物もあんまりしたことないから、どの食材が新鮮かも見分けられないし、上手に値切る方法もわからないよ』
「セラ一人で買い物なんて行かせないよ。危ないし、重い荷物だって持たせられないし。だから買い物は僕が行くよ」
『あと……お掃除もお洗濯もしたことないから、やり方すらよくわからないの。間違えて、家壊しちゃうかも』
「ははっ。セラが掃除や洗濯が苦手なら、僕がやったっていいよ」
『でも、それだと私……することなくなっちゃうよ?総司はもしかしたら、こんなはずじゃなかったのにって少しがっかりしちゃうかも』
「がっかりなんてしないよ。セラは僕のそばにいてくれるだけでいいんだよ」
その言葉にセラの表情がふっと揺れ、瞳が少し潤んだ。
僕は笑いながら、そっとその髪を撫でた。
「あれー?どうして泣きそうになってるの?」
『総司が優しいことばっかり言うから……』
「でも本心なんだからしかたないじゃない。それに僕としてはたとえ想像の中だとしても、僕との二人の生活も楽しそうだって君に思ってもらいたいしね」
セラは目尻の涙を拭って、また静かに笑った。
『うん、凄く楽しそう。幸せなんだろうな』
その笑顔が、本当に綺麗で。
心からそう思ってくれているのが伝わってきて、僕の胸の奥が温かく満たされていく。
その小さな夢を現実にしたいと、強く願ってしまうほどに。
『本当にそうなったらね、私花屋を開きたいな』
「いいね。セラは草花に詳しいし、僕に作ってくれてるカレンデュラオイルとか、商品にしたら人気出そうじゃない?」
『それなら私も少しは役に立てるかな』
「役に立つとか立たないとか、そんなこと考えなくていいんだよ」
『でも、そういうのはやっぱり気になっちゃうよ』
セラが小さく首を傾げて考え込む。
想像の話なのに、一生懸命に現実のように考えているその姿が、どうしようもなく愛しい。
きっとこの子は、料理も洗濯もできないと言いながらも、いざとなったら誰よりも頑張る。
その姿を思い浮かべるだけで、胸の奥が柔らかくなっていくようだった。
「それなら大丈夫だよ。君には君にしかできない大事な役割があるから」
『そうなの?』
「うん。それは僕の傍で、毎日僕の相手をすることだよ」
セラはきょとんとした後、おかしそうに笑う。
『ふふ、そんなことは役割でもなんでもないよ』
「でも一番大切なことでしょ。僕の相手は大変かもしれないよ。だって二人になったら、もう僕は我慢なんてしないし」
『我慢?』
「夜は多分、君を寝かせてあげないよ」
僕は隣に寝転がるセラへと身を寄せる。
そのままゆっくり覆いかぶさるようにして、耳元へ唇を近づけた。
「朝までずっと、二人で仲良くしようね」
ぴくんと身体を震わせたセラが、慌てて僕の肩を押した。
力の加減を分かっているのか、本気で突き放そうとはしない。
その表情が赤く染まっていくのが可愛くて、つい笑ってしまう。
『総司、妄想が過ぎるよ』
「セラもちょっとは想像したくせに」
『してないもん、夜のことまでは』
「夜のことって?」
『……だから……その……』
「僕は夜の間、仲良くセラと話してたいなって思っただけなんだけど。それってそんなに駄目なの?」
はっとしたように僕を見上げたセラの瞳が、みるみる細められる。
完全にからかわれていたと気づいたのだろう、頬を膨らませて小さく唇を尖らせた。
『それなら最初からそう言って』
「君が勝手に変な想像するのが悪いんじゃない。いやらしいね、セラ」
『ちがっ……私はいやらしくなんて……』
「そんなに必死に否定するなんて余計に怪しいな。顔も真っ赤だし、どんなこと想像してたの?」
頬を指で撫でながら少し身を寄せると、セラは言葉を飲み込み、唇を結んだ。
その恥ずかしさに耐えているような小さな震えが可愛くて、危うくもう一度からかいたくなる。
けれどその潤んだ瞳を見れば、胸の奥がふっと和らいだ。
「ていうのは冗談ね」
『総司……意地悪過ぎる……』
「セラが可愛過ぎるのがいけないんだよ」
そう言ってセラの身体に腕を回し、そっと抱き寄せる。
小さな肩の力が抜けて、そっと僕の胸に寄り添ってきた。
髪の香りと体温が重なって、世界の煩わしい音がすべて遠のいていくようだった。
本当に不思議だけど、セラといると穏やかに静かに時間が流れていく。
今、セラの温もりは確かに僕の腕の中にあって、それだけで僕は満たされてしまうんだ。
「セラ、好きだよ」
セラが照れたように笑うその笑顔に、心臓の鼓動がひときわ強く鳴る。
何度回帰を繰り返しても、この子に惹かれる気持ちはまったく薄れない。
むしろ触れられなかった時間が長かった分、息をするように彼女を求めてしまう気がした。
その夜、僕はただセラの瞳に映る僕だけを見ていた。
彼女が僕の名前を呼ぶたび、何度でも胸の奥が熱くなる。
どんな未来になろうとも、この瞬間だけは手放したくないと思っていた。
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