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あれから程なくして、会場の角っこに一人でいる僕に山崎君が駆け寄ってくる。
挨拶周りはもう終わったのか、セラは山崎君の隣にはいなかった。
「沖田さん、こんなところにいらしたのですか。探しましたよ」
「特にやることなくてさ。セラがどこにいるか知ってる?」
「お嬢様は今、城を出た先の噴水の前で沖田さんを待っておられますよ。行ってあげて下さい」
「そうなんだ、ありがとう。直ぐ行くよ」
グラスを置いて、漸く彼女と話せることに僕の一歩は軽々しく踏み出される。
けれど山崎君はそんな僕の腕を掴むと、周りを気にしてなのか小声で話し掛けてきた。
「さっきのあのお話は何だったんです?何故お嬢様の前であんな話をしたんですか……!」
「いや……僕が好き好んであんな話をする筈ないじゃない。左之さんが酔って暴走しただけで、こっちも迷惑してたんだよ」
「そうなんですか?原田さんは普段は立派な騎士ですが、お酒が入るとああでは困ったものですね。こちらの肝が冷えました」
「本当にね……。あれからセラには何も聞かれなかった?」
「聞かれたに決まってるじゃないですか。そもそも、あんな話になるようなことをしている沖田さんも問題です」
「だから僕は巻き込まれただけだってば」
「でも実際原田さんに連れられて、あれをお捨てになられたんですよね」
なんで僕の貞操の話をこんな形で山崎君にしなければならないんだと複雑な心情になる。
これも左之さんのせいだから、この件は絶対に許さないと自分の瞳が細められていくのを感じた。
「捨ててないし、僕はその場に無理矢理連れて行かれただけで何もしてないよ。あんな気持ち悪いところ、二度とごめんだね」
「そうだったのですか?俺はてっきり沖田さんも楽しまれたのだと思っていました」
「そんなわけないでしょ?僕を何だと思ってるのさ」
「いえ……。ただ以前も言いましたが、自分は思いの外、真面目な沖田さんに驚いています」
真顔でそう言う山崎くんにげんなりして、なんだかどっと疲れたとため息を吐き出す。
せめてここからは良い一日になるといいんだけど。
「お嬢様には上手くごまかしてあるので安心して下さい。もう気にしておられないと思います」
「ありがとう、山崎君。じゃあ僕はそろそろ行くよ」
会釈をする彼に背を向け、城の外へと足を進める。
右端にある大きな噴水の前、セラが夜空を見上げて立っているから、出会った頃より少し大人びても見えるその横顔に自然と胸が高鳴るのを感じていた。
『あ、総司』
「ごめんね、待たせちゃって」
『ううん、全然待ってないよ』
いつもと違う一纏めにされた髪型は、小顔な彼女の輪郭を引き立たせ、細い首筋にも月の光が当たってとても幻想的に見える。
髪につけられた少し曲がってしまった蝶の飾りを直してあげると、セラは微笑んで僕を見上げていた。
「そのドレス似合ってるね」
『ありがとう。総司もスーツ格好良いよ。とってもよく似合ってる』
躊躇いなく褒めてくれるセラの言葉には、いつもの如く気恥ずかしい気持ちにさせられる。
セラは嬉しそうに僕の手を引くと、噴水の淵へと腰を下ろした。
『座って話そう?』
こうして彼女の方から触れてくれる理由が何なのか僕には分からない。
でも一度触れると僕の方が手を伸ばしたくなってしまうから、出来れば刺激しないで貰いたいというのが本音だ。
『今日は来てくれてありがとう』
「こちらこそ。誕生日おめでとう」
『どうもありがとう』
城の中の音楽も、中の騒めきも、ここでは聞こえない。
噴水の流れる音だけが聞こえるこの場所はとても静かだ。
当たり障りない会話で終わり少しぎこちなくも感じるこの空間に気付いてしまえば、僕自身が少し緊張していることが伺えた。
『総司も騎士の昇格おめでとう。異例の早さだってお父様も驚いてたよ』
「でもまだ二級だから、早く特級目指して頑張らないとね」
『特級なんて取れる人はごく僅かだよ?二級でもすごいのに』
「でも出来る限り上を目指したいんだ。その方が目標もはっきりしててやり易いしね」
『でもこの前の任務で肩を怪我しちゃったんだよね?無理しないでね?』
「大丈夫だよ、かすり傷みたいなものだし」
『でも心配だよ、怪我はまだ痛むのかな?』
僕の肩にはスーツ越しにセラの手が触れて、布越しの温もりなんて感じる筈もないのに、僅かに熱を帯びていく気がする。
他の人は嫌だけど、この子に触れられるのは無条件に好きみたいだ。
「もうだいぶ治ってきたから大丈夫だよ。この前左之さんに叩かれた時は激痛だったけど」
『傷あるのに叩かれちゃったの?』
「あの人のことだから傷のこと忘れてたんでしょ。まあ下手に刺激しなければ全然普通に動かせるし問題ないよ」
そんな話をしながら、左之さんを話題に出したことが悔やまれる。
案の定、先程のことを思い出しただろうセラが再び僕を見上げてあの時のことを尋ねてきた。
『そう言えば原田さん大丈夫だったの?凄い酔ってたって聞いたよ』
「ああ……あの人はお酒大好きだし飲むといつもあんな調子だから大丈夫でしょ」
『そうなんだ。山崎さんが酔っ払った原田さんの話は聞いたら駄目だって言ってたんだけど……』
「そうだね。酔ったあの人の脳みそはダチョウ以下だから、何も気にしないでいいよ」
『あはは、なんでダチョウ?』
「ダチョウの脳みそって人間の百分の一にも満たないらしいよ」
存分に罵ってしまえば、セラはくすくす笑いながらも分かったと言ってそれ以上その話はしなくなる。
折角会えたのにしょうもない話をする羽目になって、今日ばかりは左之さんを心底憎いと思ってしまった。
「僕さ、セラに渡したいものがあるんだ」
『本当……?』
「気に入って貰えるかは分からないけど」
話の流れを変えたかったこともあるけど、ずっと渡したかった箱を内ポケットから出してセラの掌に乗せる。
『わあ……なんだろう。開けてもいい?』
「うん、開けてみて」
誰かに贈り物をする時がこんなに落ち着かない気分になるものだと知らなかった。
自分の選んだものを見た瞬間、どんな顔をするのだろうという期待と不安が入り混じって、どう表現すれば最適かも分からない心情になる。
『わあ、凄い……とっても可愛い……!』
「そう思って貰えたなら良かったよ」
『本当に可愛い……。こんなに綺麗なペンダント、私が貰っちゃってもいいの?』
「当たり前でしょ、君に選んだんだから」
『ありがとう、総司……。私一生大事にする、毎日つけるね』
「毎日なんてつけなくていいよ。日替わりで適当に使って貰えれば十分だからさ」
『私が毎日つけたいの。だってこんなに可愛いもん……』
掌にペンダントを乗せると、月の光を当てて嬉しそうに色々な角度から眺めている。
その顔を見て大満足している僕は、セラのこの顔が見たかったんだと自分の口元にも笑みを作った。
『ここ、私の名前まで入れてくれてある!嬉しい……』
「そうそう。城の中で落としてもちゃんと君に届くようにしておいたよ」
『私は落とさないよ?大切にするからね。あ、今つけてみてもいい?』
「勿論」
『総司がつけて?』
強請るように僕を上目でみつめたセラは、他意があるのかないのかそう言って僕の返答を待っている。
「いいよ、貸して」
『ありがとう、楽しみだな』
セラの手からペンダントを受け取ると、彼女は僕に背を向け待っている。
月明かりがいつもは見えない首筋やうなじをよく照らし、綺麗な耳からのラインが醸し出すその儚さに思わず目を奪われてしまった。
でもそのせいか首元に持ってきた筈のペンダントはするりと僕の手を離れ、少し空いた彼女の背中とドレスの間に落ちて行ってしまった。
「あ、ごめん。中に落としちゃった」
『え、本当?背中の方?』
「うん。待ってね、今取るから」
きっと直ぐ取れるだろうと、落ちた隙間に手を伸ばす。
するとその直後にセラが小さな声を上げたから、僕も驚いて手を引き抜いた。
「え、何?」
セラを見れば、その顔はいつになく赤く染まり、瞳も僅かに潤んでいる。
僕を頼りなさげに見つめてくるその姿に、僕の身体中が脈打つように反応した気がした。
『何って……女の子のドレスの中に手なんて入れちゃ駄目なんだよ?』
最も過ぎることを言われて、返す言葉も見つからない。
今まで見たことのないセラの表情はとても魅惑的に見えて、感じたことのない何かが込み上げてくるのを半ば無理矢理に抑え込む自分がいた。
「ごめん、直ぐ取れるかと思ったんだけど」
『もう……。それで取れたの?』
「まだ取れてないよ。君が変な声出すから」
『ええ?あんなことしたならちゃんと取ってよ』
「そんなこと言われても、あんな一瞬じゃ取れないよ」
セラはいつもの如く少し膨れて見せると、自分で取ろうとしているのか腕を上げて奮闘している。
でも暫くして腕を下ろすと、恨めしげな顔で僕を見つめてきた。
『総司のせいで、腕疲れちゃった……』
「はは、あんなので疲れちゃうの?」
『ドレスのここ、硬くて上手く腕が動かせないの』
「どうする?お手洗いにでも行って取ってくる?」
『でも歩いてる途中に落としたり壊したりしたら嫌だよ、折角総司がくれたのに……』
「じゃあ僕がもう一回探そうか?」
『それはいいです……』
即答でそう返すセラの警戒しているような様子に思わず苦笑いを浮かべるも、その恥じらいが逆に愛らしくも感じる。
再び腕を背中に回してみたり、立ち上がって身体を揺らしたりと頑張っているものの、ペンダントは一向に姿を現すことはなかった。
「僕が取ってあげるってば」
『自分で出来るから大丈夫』
「そんなに警戒されると傷つくな。僕は何もしないよ」
『それは分かってるけどやっぱり恥ずかしいし……』
一人でもじもじしている様子が可愛いらしくて思わず笑った僕に、セラは不服そうな眼差しを向けてくる。
『なんで笑うの?』
「別に?」
『総司が折角くれたペンダントがなくなっちゃったんだよ?もっと真剣に考えて』
正確にはセラのドレスの中にあるだけでなくなってはいないんだけど、セラはふいと顔を背けると再び背中に手を伸ばそうとしている。
その腕をやんわり掴むと僕を見る瞳が揺れて、もう何度目か分からないけど可愛いなって思ってしまう。
「僕が取るよ。落としたのは僕だしね」
『でも……』
「大丈夫、直ぐ見つかるよ。だから僕を信じて」
セラは少し迷いながらも、ゆっくりと顔を頷かせる。
その顔はやっばりどこか不安そうで、僕を再び見上げた時には珍しく瞳を逸らしていた。
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