8
部屋に戻ると、薄い橙がまだカーテン越しに差し込んでいる。
西の空にはまだ沈みきらない夕陽がわずかに残っていて、僕はただ静かに窓の外を見つめていた。
本当なら今日はセラと建国祭の終わりまで一緒に過ごすつもりだった。
花を渡して、あの子の嬉しそうな笑顔を見て、幸せな一日になると思っていた。
それなのに、どうしてこんな形になってしまったんだろう。
「……くそ……」
セラには、ずっと優しくしていたかった。
回帰を繰り返す中で何度も誓った筈だ、もう二度と悲しい想いはさせないって。
でも今日だけは駄目だった。
どうしても感情を抑えられなかった。
セラの手の中で揺れる花は、僕の知らないところで芽吹いた想いの証のような白百合。
それはまるで僕の存在を脅かすようで、どうしようもなく憎らしく思えた。
あの子の中にあいつへの情が残っているのではないかと勘繰ってしまえば、この胸は苦しくなるばかりだった。
「……もう、疲れたな」
小さくこぼれた言葉は、酷く弱々しいものだった。
それが紛れもない自分の本心だと気づいた瞬間、目の奥がじんと熱くなる。
見て見ぬふりをしていた精神的な疲労が一気に押し寄せて、もう限界なのかもしれないと顔を俯かせた僕がいた。
あんなことがあった直後に回帰して、やっとこの世界に来たというのに、ここでも結局あいつとセラの縁は切れていない。
どれだけ抗ってもセラの死は免れないし、死に戻りを繰り返していることすら誰にも話せない。
ずっと一人で見えない運命と戦ってきたけど、今はそのすべてが僕を孤独にさせている気がした。
これまでの回帰では、どんな絶望の後も、新しい世界でセラが微笑んでくれれば癒された。
あの子の優しさが僕にとっての救いだったし、その愛情に触れるたび今度こそ護れる筈だと思えた。
でもこの世界では、予定通りならあと半年もしないうちに、セラは王太子の婚約者として王宮に上がる。
また僕の手の届かない場所へ行ってしまう。
それなのに打開策の一つも浮かんでこないのが現状だった。
その現実だけでも息が詰まりそうなのに、今日のあの光景が頭から離れない。
僕の目の前で、セラは王太子の手を取り、あいつを引き止めた。
そして僕が捨てて欲しいと言ったあの白百合を、あの子は手放さなかった。
それがただの花であっても、あの子が僕の想いよりも王太子の想いを選んだことには変わりない。
それが、今の僕にとっての現実だった。
僕はただ、ほんの少しの嫉妬を受け止めてほしかっただけなんだ。
あの子が花を手放してくれたら、それでよかった。
それだけで僕はまた君に優しくなれたし、少しは安心できたのに。
それからどれくらい時間が経ったんだろう。
考えがぐるぐると巡って、ふと気づけば、外はもう真っ暗になっていた。
セラはあれから一度も僕を訪ねてこない。
そして、渡すはずだった花は机の上に置かれたままだった。
どんな顔をして渡せばいいのかも分からないけど、渡さないまま終わらせることだけはできなかった。
僕はゆっくりと立ち上がり、隣の扉を軽く叩いた。
「セラ、今いい?」
少し待ってみたけど、返事はなかった。
もう一度呼びかけても、沈黙が続くだけ。
「入るよ」と声をかけて扉を開けたものの、部屋の中はひっそりと静まり返っていた。
ランプの火も落ち、あの子の気配はどこにもない。
バスルームも覗いたものの、そこも空っぽだった。
「僕に報告もしないでどこに行ったのさ」
本来なら、部屋から出る時は、専属騎士である僕に報告しなければいけない決まりだ。
焦る気持ちのまま城内を歩き回っていると、廊下の先で近藤さんと山南さんの姿が見えた。
二人が僕に気づいて、穏やかに声をかけてくる。
「総司、体調が優れないそうだな。無理はしていないか?」
「え?」
近藤さんに続いて、山南さんも静かに微笑んで言った。
「セラお嬢様がそう仰っていました。沖田君のご様子をとても案じておられましたよ。本調子でない中、護衛の任務を全うされたこと、ご立派でしたね。ですが無理をせず、辛い時はご自分の身体を労ってあげてください」
セラは疲れたと言った僕を休ませるために、二人に報告してくれたに違いない。
あんな顔をさせて、心配までさせて……きっとまた、あの子を傷つけた。
その事実が胸に重くのしかかってくるようだった。
「ご心配頂きありがとうございます。僕は大丈夫ですよ。今休ませて頂いたので、もう問題ないです」
「そうですか。それなら良いですが、あまり頑張り過ぎては駄目ですよ」
「ああ。俺達は家族同然だ。無理せず、辛い時は言いなさい」
「はい、ありがとうございます。あの……セラは今どこにいるんです?」
「ん?セラなら一度戻ってきた後、また建国祭に出かけたぞ?」
「え……?」
「山崎君が護衛として同行されてますので心配はいらないでしょう」
「そう……ですか」
それ以上、何も言えなかった。
二人に軽く頭を下げてそのまま背を向けるも、胸の奥に静かな痛みだけが残った。
部屋に戻り扉を閉めた時、張り詰めていたものが音を立てて崩れ落ちる。
壁にもたれた僕は、複雑な想いを胸に静かに息を吐いた。
……まさか、あの後でまた建国祭に出掛けていたとはね。
セラは、星灯りの舟の儀式を見に行きたいと話していた。
僕はてっきり、僕とだから行きたいと言ってくれたのだと思っていたけど、違ったらしい。
別に僕でなくても良かった。
だから、あの子は僕を置いて行ったんだ。
「……ははっ」
小さく笑ってみたけど、喉の奥が焼けるように痛かった。
これじゃあ、他の誰かとの婚約話が出たときに、セラが僕を選ばないのも当然だ。
僕は、もっと特別な存在になれていると思っていた。
それがただの思い上がりだったと、冷たい現実が突きつけられた気がした。
別に……セラの想いを疑っているわけじゃない。
彼女は確かに今、僕のことを好いてくれている。
でもあの子の想いは、まだ年相応の純粋な一途さでしかない。
その中には覚悟や抗うほどの決意はきっとまだなくて、今日のことだって単なる僕のやきもち程度に捉えているのだろう。
それを責める気なんてないけど……何度も回帰を繰り返して、あの子の未来を護ろうとしてきた僕の想いと比べると、どうしても釣り合わない現実に息が詰まった。
僕はきっと、セラの愛情を深く求めすぎているのだろう。
それは自分でも嫌という程、分かっているつもりだ。
でも自分自身の想いの重さを、僕自身ですらどうにもできなかった。
どんなに理屈を並べても、苦しくて、苦しくて仕方なかった。
それから更に、一時間ほど経った頃だろうか。
考えることに疲れ果てて、窓の外を見つめていた時、隣室のドアが控えめにノックされた。
本当は、今はまだセラの顔を見たくなかった。
でも専属騎士の職務がある以上、無視するわけにもいかない。
苛立ちとやるせなさを無理やり抑え込み、重たい身体を動かしてドアを開けた。
『総司、身体……少しは休めたかな?今、平気?』
セラの柔らかな声が、胸の奥を静かに揺らした。
この子は本当に、僕の言葉をそのまま受け取るんだな。
僕が「疲れた」と言ったのは、ただのあてつけるような意味でしかなかったのに。
そんな僕の不器用な言葉を真に受けて、心配してしまう優しさが、今は少し憎らしい。
「平気だけど」
自分でも驚くほど素っ気ない声が出て、それを感じただろうセラも少しだけ目を伏せる。
『あの……夜ご飯はもう食べた?今、料理長にお願いして温かいスープを作ってもらってるんだ。良かったら、後で総司も一緒に……』
「用は何?」
沈黙が落ちた。
セラのまつ毛が震え、戸惑うように視線が泳ぐ。
「また建国祭に行ってきたんだってね。星灯りの儀、楽しかった?」
口にした瞬間、自分の声に僅かな棘が混じるのが分かった。
セラを責めるつもりなんてなかったのに、抑えきれない感情が勝手に滲み出ていた。
いつもなら、ただ愛らしいと思える仕草が、今日ばかりは胸の奥を苛立たせる。
僕の顔色を伺うような眼差しも、言葉を選びながら話す姿も全部、見ているだけで苦痛だった。
今夜の僕は、優しさの仮面を被ることすらできそうにない。
これ以上、心ない言葉で傷つける前に話を終わらせたいのに、気づけばセラを追い詰めるような口調で問いかけてしまっていた。
本当は、ただ少し……甘えたかっただけなのに。
あの花一輪でさえ、僕の居場所を奪われたように感じてしまうほどに、セラのことが好きで仕方ないのに。
けれど今夜だけは、この想いすら素直に伝えられる気がしなかった。
『星灯りの儀は行ってないよ。それは……総司と行きたかったから……』
小さな声でそう呟くセラの言葉が、静かな部屋の中で淡く響いた。
それでもその程度で僕の機嫌を取ろうとしているのであれば、笑えてくる。
そんな薄っぺらな言葉で流せるほど、僕の心は軽くない。
鼻で笑ってみせると、セラの瞳の奥にかすかに涙が湧き上がったのが見えた。
「そんなこと、どうでもいいけど。で、僕に何の用?」
突き放すように言うと、セラは小さく肩を震わせる。
それでも逃げずに、後ろに隠していた手をそっと前に出した。
『これ……私から、総司に』
その手のひらの中には、綺麗な紙に包まれた淡い空色の花。
繊細な五枚の花弁が、かすかに光を受けて透きとおるように輝いていた。
『今日は……ごめんなさい。総司を悲しい気持ちにさせたこと、凄く……後悔してるの。言葉だけだと、総司にきちんと伝えられる自信がなかったから……山崎さんに付き添って頂いて、お花を選びに行ってたんだ』
差し出された花を受け取ることもしないまま、ただ黙ってセラを見つめる。
鼻先をかすめた香りは、ほんの少し甘くて、胸の奥に沁みていくようだった。
『このお花の名前はブルースターって言うの。花言葉はね、信じ合う心……なんだって』
セラはそう言って、そっと微笑んだ。
けれどその笑顔はどこか泣き出しそうで、僕は何も言えずにその場に立ち尽くすことしか出来なかった。
『さっき、私は総司のことを信じてるって言ったけど、私がそう思えるのは、総司がいつも私に優しくしてくれたり、愛情をたくさんくれるからなんだよね。だから……総司が私を信じられないのは、私がちゃんと伝えられてないからだって……わかったの。だからこれからは、総司に信じてもらえるように、もっと私も気持ちを伝えるね。どんなにすれ違っても、私は総司と同じ気持ちでいたいから』
震える声には、迷いのない真っ直ぐな気持ちが滲んでいた。
セラの睫毛の端から、小さな雫がひとつ零れ落ちたけど、彼女は慌ててそれを手の甲で拭った。
『私ね、総司のこと、本当に大好きで……本当に大切だよ。総司が想ってくれているように、私も同じくらい総司を大切に想ってるよ。他の人からお花は受け取ったけど、私が花を贈りたいと思うのは総司だけだよ』
言葉が一つひとつ、胸の奥に静かに落ちていく。
それはまるで僕の中の荒れた心を優しく包み込んでいくようだった。
『……お花……受け取ってくれる……?』
セラの手の中にあるブルースターの花が、彼女の想いを宿しているように温かい色を浮かべていた。
本来なら、花を贈るのは男の役目だ。
それをわかっていながら、セラは僕のためにわざわざ外まで足を運んで、自ら花を用意してくれた。
きっと今みたいに泣きそうな顔をしながら、僕に想いを届けるために選んでくれたに違いない。
そのことを思うと、胸の奥がひどく締めつけられた。
どうして僕は、セラにこんな顔をさせているのだろう。
何度も回帰を繰り返して、誰よりも彼女の優しさを知っているのは、他でもない僕なのに。
「……セラ、ありがとう」
セラの手から花を受け取る。
指先にぬくもりが触れた瞬間、セラが少しだけ息を呑んだのが分かった。
その反応や、僕のために一生懸命になってくれる姿があまりにも可愛らしくて、張り詰めていたものが少しだけ緩んでいくような気がした。
セラは以前までの世界のことは覚えてはいない。
それでも僕が抱える痛みの影にまで手を伸ばして、寄り添おうとしてくれている。
それがどれだけ心を救うことなのか、今ならわかる。
ブルースターの淡い香りとともに、僕の中で長く冷たく沈んでいた感情がゆっくりと溶けていくのを感じていた。
「僕は別にセラのことを信じてないわけじゃないし、君の想いだってちゃんと伝わってるよ。でも、時々どうしようもなく不安になる時があってさ、いつか君が手の届かないところに行ってしまうんじゃないかって……怖くなるんだ。こんなこと言うのは、情けないことだけどね」
セラは真剣な面持ちで僕を見上げ、その言葉を聞いてくれている。
僕のしょうもない心情を懸命に理解しようとする眼差しは、少し居心地が悪くもあったけど、あたたかくも感じられた。
「だからそんな時は君にわがままを言って、少しでも安心したくなる。今日、殿下からの花を捨てて欲しいって言ったのも、そんなくだらない理由だよ。花を捨てさせたところで何の証明にもならないことは、僕もわかってはいるんだけどね」
でも感情というものは複雑で、自分自身でもコントロールが難しいこともある。
だからと言って好きな子に悲しい顔をさせてもいい理由にはならないから、僕は真っ直ぐ彼女を見て伝えた。
「ごめんね、セラを悲しい気持ちにさせて。僕はもう怒ってないし、君は何も悪くないよ。それに……まさか君から花を貰えるなんて思ってもいなかったから、嬉しかったかな」
セラは潤んだ瞳を揺らすと、言葉を詰まらせたように唇を噛む。
いまだ悲しそうな顔を目の前にして胸を痛めていると、ぽつりと小さな声で話し始めた。
『総司が不安に思ってた時に、その気持ちを汲み取ることができてなくてごめんね……』
「セラが謝る必要ないってば」
『でも総司は私が何か不安に思っていたり、悩んでる時、いつも気付いて優しい言葉をかけてくれるよ。今日の式典の時も、花贈りの儀で手を握られた時も……総司は真っ先に気付いて私を助けてくれた。それなのに、私は……』
セラの瞳から涙が湧き上がり、慌ててその顔を背けてしまう。
悲しみに揺れる小さな背中を後ろから腕の中に閉じ込めると、僕の頬は自然と緩んでいった。
「セラだっていつも僕を気にかけてくれてるじゃない。君の言葉に、僕こそ何度も救われてきたよ」
『そんなことないよ。今日だって総司の気持ち、わかってあげられなかったから……』
「なんでもかんでもわかる必要ないんだよ。全てを見抜かれたら、それはそれでちょっと複雑だしね」
セラは顔だけ少し振り返り、僕を見上げるように首を傾げた。
『……そうなの?』
「うん、そうだよ。それに言いたいことがあればちゃんと言うから。僕が我慢するのが嫌いな性格だってセラもわかってるでしょ?」
セラは僅かに微笑みながら、遠慮がちに一度頷く。
その様子に笑ってしまえば、彼女は再び僕を見上げてゆっくりと言葉を紡いだ。
『私もね、総司のことは信じてるけど不安になる時はあるよ。学院で綺麗な子が近くにいたら、総司がどう思ってるか気になるし……あと今日みたいに総司をがっかりさせちゃった日は、私のこと……少し嫌いになっちゃったかなって心配になるよ』
セラは顔を俯かせていたけど、伏せた瞳には涙が溜まっている。
伸ばした手で彼女の肩を包み、指先でそっと綺麗な髪を撫でた。
「そんな心配しないでいいよ。僕が君を嫌いになるなんてあり得ないよ。他の子のことをどうこう思うこともないしね」
『でも、心配にはなるよ。総司はさっき情けないことだって言ってたけど、私はね、好きだからこそ不安になったり心配になったりするんだと思うの。そういうのって表裏一体っていうか、理屈ではどうにもならないことだと思うから。だからね』
そう言って僕を見上げると、セラは言った。
『総司がそう思う時は今日みたいに教えて欲しいよ。私が総司の理想通りの行動を取れるかはわからないけど、でも総司の不安がなくなるように出来る限りのことはするし、私は総司の気持ちをちゃんと受け止めたい。今日はそれが出来なくて、総司を悲しませて本当にごめんね』
セラを見ていれば、その想いはきちんと伝わってくる。
その想いの大きさなんて測れないけど、僕のために一生懸命なその瞳を目の前にすれば、さっきまで疲弊していたのが嘘のように気持ちが軽くなっていくから不思議だ。
僕のために悩んで、迷って、それでも正直に想いを話してくれる。
その姿に触れるだけで、心の奥に残っていた棘がいつの間にか消えていく気がした。
「僕こそごめん。セラを悲しませたいわけじゃなかったんだけどね」
そう言って頬に触れると、彼女の肌は少しだけ熱を帯びていて、柔らかく指先を受け入れてくれる。
ほんのり赤くなったその頬と、少し潤んだ瞳を見た瞬間、ああもう大丈夫だって、思うことができた。
『許してくれるの?』
「許すも何も、君は悪くないって言ったでしょ?」
『でもね、あの時……お花を捨てるべきだったのかなって考えたりもしたの。だけど、私はアストリアの公女として建国祭で頂いたお花を捨てることはしたくなくて。それ以外にもお花が好きなことや、殿下への申し訳なさもあったんだけど……とにかく気が進まなかったの。その気持ちに蓋をして総司の言う通りにすることは出来たけど、それだと総司の前で嘘をついて笑うみたいになっちゃいそうで……それは悲しいなって思ったの……』
セラの言葉はまっすぐで、どこまでも誠実だった。
自分の立場も、相手の気持ちも大切にしながら、僕の前で正直であろうとしてくれている。
そんな彼女だからこそ僕はこうして惹かれたのだと改めて思った。
それに比べて、僕はあの場で自分の不安をぶつけていただけだった。
この子の想いをちゃんと見ようともせず、ただ自分の痛みを見せつけていたのだと胸が痛む。
そんなこと、本当はしたくなかったのに。
「セラがあの時、ちゃんと気持ちを言ってくれてよかったよ。もし殿下からの花を無理矢理捨ててたら、それこそ僕は今、自信を持てなかったかもしれないからね」
それこそ王太子には敵わないと認めたようなものだ。
この世界でセラを護っていくためには、僕が僕を信じなければならない。
そんな当たり前のことを、彼女のおかげで思い出せた。
「だからもう、気にしてないよ」
『うん。あとね、あの白百合は侍女の方に渡して、公爵邸のどこかに他のお花と一緒に飾ってもらってるからね。私のお部屋に飾ったりはしてないから』
慌てたように言葉を重ねるセラの姿が愛おしくて、思わず笑みがこぼれた。
その笑いに少し照れたように、彼女はドレスの袖をぎゅっと握って見上げてくる。
『良かった、総司がまた笑ってくれて』
その一言が、胸の奥に優しく落ちていく。
昔、まだ見習いだった頃、僕が笑うと嬉しいと言って微笑んだ幼いセラの姿がふと蘇る。
あの頃からセラは変わっていない。
僕が笑えば、それだけで嬉しそうに微笑んでくれる。
「セラ、ごめんね」
『どうして総司が謝るの?』
「セラは今日の建国祭、すごく楽しみにしてたでしょ?僕のくだらない事情で今日を台無しにしちゃったからさ」
後悔しても、星灯りの儀はもう終わっている頃だ。
きっと彼女も少しは寂しい思いをしているだろう、そう思って顔を覗き込むと、意外にもセラは穏やかに笑った。
『建国祭はまだ終わってないよ?』
「え?」
僕が瞬きをしたその時、扉を叩く音が響く。
セラが明るく返事をすると、侍女たちが入ってきて、温かいスープや果物、香りのよい飲み物をセラの部屋のテーブルに並べていった。
部屋に灯る柔らかな光の中、その光景はまるで小さな祝祭のよう。
柔らかく微笑むセラの存在が、この夜の終わりを穏やかに包んでいた。
ページ:
トップページへ