9

扉が閉まり、侍女たちの足音が遠ざかると、部屋に静けさが戻った。
テーブルの上には湯気を立てるスープと、果物が盛り付けられた皿に、二人分にしては大きなキッシュ。
そして白い布で包まれた小さな包みがひとつ、セラの手の中にあった。


『部屋でも建国祭は楽しめるんだよ』


少し得意げに言うセラの声が、優しく響いた。
その顔には先程までの涙の跡も不安の影もなく、ただ僕を安心させたいという気持ちが滲んでいるようだった。


「大きいキッシュだね。もしかしてこれ、セラが買ってきたの?」

『うん。このキッシュはね、今人気のレストランのものなの。前から食べみたかったんだ』

「そっちの包みは?」

『これはたまたま建国祭で見つけて、少しだけど一緒に食べたくて』


そう言ってセラがそっと布を広げると、中から現れたのは星形の可愛らしい焼き菓子だった。


『おいしそう。もうお腹ぺこぺこだよ』

「折角建国祭に行ったのに、外で食べてこなかったの?」


思わず尋ねると、セラは柔らかく笑った。


『うん。さっきまではお腹いっぱいだったから』


多分それは、僕を気にかけての言葉だ。
セラのことだから、僕と一緒に食べるためにこうして準備してくれたのだろう。
僕に罪悪感を抱かせないように、言葉一つ一つ選んでくれる彼女の優しさは、いつも静かに僕の心を撫でていく。
そのたびに息が詰まりそうになるほど愛しくて、胸の奥が温かく痛んだ。


「……そっか、ありがとね。嬉しいよ」

『ううん、私の方こそこうして総司と一緒にいられるだけで、幸せだよ』


そう言って星形の焼き菓子を一つ手に取り、そっと半分に割った。
割れた断面から、ほんのりとバターと蜂蜜の香りが漂う。
セラはその片方を僕に差し出すと、嬉しそうに微笑んでいた。


『建国祭の夜にこれを半分こすると、来年も同じ人と幸せを分け合えるんだって。だから、総司もどうぞ』

「へえ、そんな言い伝えがあるんだ」

『うん。小さい頃にね、お父様と一緒に食べたことを思い出したの。今年は総司と食べたかったんだ』


指先が触れるほど近くで、彼女が微笑んだ。
受け取った焼き菓子を口に含むと甘さが口の中に広がって、それがセラの気持ちのように優しく染みた。


「来年はちゃんと最後まで建国祭を楽しもうね。星灯りの儀も、全部一緒に見よう」

『そうだね。でも今日みたいにお部屋で食べたりするのも凄く楽しいよ。総司がいてくれれば、別に建国祭じゃなくてもどこでもいいもん』


セラは照れたように頬を赤くして、えへへと小さく笑う。
その笑顔があまりにも可愛くて、胸の奥がどうしようもなく熱くなった。
僕の視線に気づいたのか、セラは少し俯き、指先で星形の菓子の欠片を弄んでいた。


『……なに?私、変なこと言ったかな』

「変じゃないよ」


そう言いながら、僕は彼女の肩を抱き寄せた。
小さな身体が腕の中に収まると、その温もりが不安で冷えていた心を溶かしてくれるようだった。


「セラがそうやって僕を大切にしてくれるたびに、僕はどんどん君のことを好きになっていくんだ。これ以上は無理だって思っても、また君を好きになるから困るんだけどね」


セラは僕の胸の中で顔を上げ、少し涙を滲ませながらも笑ってくれた。


『私もだよ。私が総司を想う気持ち、総司にとって重くないかなってたまに心配になるくらい』


その言葉に、ふっと息が漏れた。
重いのはむしろ僕の方だし、さっきまで同じようなことを考えていたから、少し笑ってしまう。


「馬鹿だね。そんなこと心配してたの?」

『ちょっとだけ……。だって男の人って、あんまり好きって言われるとすぐに飽きちゃうんでしょう?』

「え?」

『千ちゃんが前に言ってたの。男の人は追う方が好きって。だから相手に素直でいるばかりじゃなくて、時には駆け引きも必要なんだって』


千ちゃんってば。
この子に何を吹き込んでるんだろうと、思わず笑みがこぼれる。


「それって、相手を振り向かせる時の話じゃないの?僕たちはもう想いが通じ合ってるんだから、余計なこと考えなくていいよ」

『ううん、付き合ってからと大事らしいよ。男の人は一度自分のものになると安心しちゃうから、そのうち他の女の子に興味が移っちゃうって。釣った魚に餌をあげない状態になる場合があるって聞いたよ』

「…………」


千ちゃん、本当にこの子に何を教えてくれてるのさ。
セラは純粋だから、そういう話を鵜呑みにしてしまいそうで、思わず苦笑いがこぼれる。


「ふうん、そうなんだ。それでセラは、どうしたいの?」

『どうしたいって?』

「僕と付き合ってて、何か物足りなかったり、気持ちが減ってるように見えたり、気になることがあるの?」


目を見開いたセラは、少し慌てたように首を横に振った。


『そんなこと、一つもないよ』

「そうなの?その割には駆け引きのこと、少し気にしてたみたいだけど」

『そういうわけじゃなくて……。ただ、総司にずっと好きでいてもらうためにはどうすればいいのかなって、そういうことは毎日考えるけど……』


あまりに素直な言葉が可愛らしくて、駆け引きなんて言葉とはまるで遠い。
思わず口元が緩んでしまうと、そんな僕の様子に気づいたのか、セラは少し眉を上げて尋ねてきた。


『私のことはいいの。総司は追う方と追われる方、どっちが好きなの?』

「うーん、僕は追う方かな」


追いたくなるほど好きじゃなければ、意味がない。
けれど、ただ追いかけ続けるだけじゃ寂しいから、きっとお互いが同じだけ想い合えることが理想なんだとは思うけど。


『やっぱり追う方なんだ……』

「だからって、わざと僕に冷たくして、無理に追わせようとするのはやめてね」

『ええ?そんなことはしないよ』

「言っておくけど、セラが逃げたら、僕はきっと素直に追いかけるくらいじゃ済まないよ」


そう言って、彼女を再びそっと抱き寄せた。
細い身体が腕の中で温もりを帯び、見上げた瞳がわずかに揺れる。
少し警戒しているようで、でも逃げようとはしない。
そのかすかなまつ毛の震えさえ、僕にはどうしようもなく愛おしかった。


『じゃあ……どうするの?』

「そうだな。君を誰にも見つからない場所に閉じ込めるかもしれないよ。そうすれば僕だけを見てくれるでしょ?」

『ふふ、そんなこと実際はしないくせに』

「しないと思う?僕はね、よく考えるんだ。君を僕だけのものにしたいって」

『私はもう総司だけのものだよ?』

「僕が言ってるのは、心だけじゃなくて、君の身体も未来も、全部僕だけのものにしたいってこと。できるなら他の誰にも君を見せたくないな」


それは冗談でも脅しでもなく、まぎれもない本心だった。
だから声に自然と熱が宿り、セラの瞳も静かに揺らいだ。
でも嫌がる素振りはなくて、頬がほんのり色づいていく。
その顔を見た時、胸の奥で何かが弾けて、僕はそのまま唇を重ねていた。

柔らかく触れた唇が、少しだけ動く。
その甘い吐息に導かれるように、互いの呼吸がゆっくりと溶け合う。
舌先が触れ合えば世界の音が遠のいて、ただセラの温もりだけが心を満たしていった。


『……ん』


彼女の背に腕を回したまま、その温もりを確かめるように深く口づけた。
この時間が永遠に続けばいい。
そう思ってしまうほど、セラの存在が僕の世界のすべてだった。


『……あ、総……』


か細く名前を呼ばれるだけで、胸の奥が静かに疼く。
腕の中に抱きしめたまま体重をかけると、セラの身体は僕諸共ソファーへと沈んだ。


「セラ、もっと舌出して」

『……あ、でも……』

「さっき、これからはもっと僕に好きって気持ちを伝えてくれるって言ってなかった?」


自分でも少し意地悪な言い方をしているのは分かっていた。
けれど、こんなふうに頬を染めて僕を見上げてくる姿があまりに可愛くて、言葉を抑えられなかった。
指先でセラの下唇をそっと撫でると、微かな吐息とともに、潤んだ舌先が唇の間からのぞく。
それはまるで僕の言葉に応えるように震えて、遠慮がちに伸ばされてきた。


「……いい子だね」


柔らかく舌先が絡まると、心地よくて止まらなくなる。
触れた部分が、互いの熱を確かめ合うようにゆっくりと動いた。
セラが見せる表情も、声も、すべて僕だけが知っていたい。
この先ずっと、誰にも触れさせたくないと思った。
僕の首筋にセラの腕が回ると、その小さな力でさらに身体が寄り添う。
鼓動が重なり合うたびに、もうこのまま離れられなくなればいいと心のどこかで願ってしまう僕がいた。


『総司……』

「うん?」

『大好き』


その言葉を聞いてまた胸の奥が熱くなった。
こうして真っ直ぐに気持ちを伝えてくれるその素直さが、何より嬉しい。


「僕の方がセラのこと、大好きだよ」

『私の方が好きだよ』

「絶対、僕だよ」


額をこつんと合わせれば、セラは照れくさそうに笑う。
腕の中にいた温もりを少しだけ離し、僕は小箱を彼女の前に出した。


「君に渡したいものがあるんだ」


箱を開けると、中には深紅のアネモネが一輪、丁寧に包まれている。
僕はその花を手に取り、セラの目の前に差し出した。


「今年も僕からの花を受け取ってくれる?」

『うん、ありがとう。とってもきれいなアネモネ……こんなに深い赤色、素敵だね』

「うん。赤いアネモネの花言葉は、君を愛すだよ」


そう言いながら、僕は視線を逸らさずにセラを見つめた。
彼女の睫毛が微かに揺れ、頬がほんのりと染まっていく様子が可愛くて、思わず頬が緩んでしまう。


「この花の伝承を知ってる?西風の神ゼフィロスは、花の女神フローラと結婚していたんだけど、彼はフローラの侍女だった妖精のアネモネに恋をしてしまったんだ。その恋は許されないものだったのに、どうしても彼はアネモネを手放せなかった。だから彼女を、自分のそばに置くために一輪の花に変えた……それが、このアネモネの始まりなんだ」

『そんなお話、初めて聞いた。禁じられた恋の物語みたいで、切ないけど素敵だね』

「そうだね。それに僕は、ゼフィロスの気持ちがわかる気がするんだ。僕がゼフィロスでも同じ選択をするんじゃないかなって思ってさ」


どんなに理屈で抑えようとしても、どうしても手放せない。
どんな形でもいいから傍にいてほしいと思ってしまう。
それが正しくないことだとしても、失う方がずっと怖いという心情が痛い程わかるからこそ、この花に僕の想いを込めた。
もし僕が神という立場なら、全てを捨ててでもこの子といることを選ぶのにね。


「君を愛す……その言葉のままの意味だけど、僕にとっては君なしでは生きられないってことなんだよ。たとえこの世界に許されないとしても、僕は君を手放せない。どうしようもなく、君を求めてしまうんだよね」


セラを困らせたいわけじゃない。
ただ、この気持ちはもう上手く隠せないかもしれない。
綺麗事では片付けられない感情が、今の僕の心を覆っていた。


「大袈裟だって思うかもしれないし、重いって思われるかとしれないけど、僕にとってセラは、ただ大切な人じゃなくて……生きている理由みたいな存在なんだよ。でもそんな僕の想いが、今日みたいに君を悲しませたり、苦しませたりしたらごめんね」


本当はこんな話をするつもりはなかった。
いつものように花言葉だけ伝えて、セラに微笑んでもらえたらそれで満足だった。
でも僕の本心を、少しでもセラにも知ってもらいたいと思って告げると、セラは赤いアネモネを胸に抱くようにして、静かに口を開いた。


『そんなことないよ。総司にそう想ってもらえることが……私、すごく嬉しいよ。苦しいとか重いなんて思ったこと、一度もないよ』


そう言いながらセラは首を横に振って、そっと僕の手を握ってくれた。


『それにそんなふうに言われたら、私の方が重いかもしれないよ。だって総司と出会ってから毎日ずっと総司のこと考えてるよ。朝起きても、夜眠る前も……どうしても頭から離れないの。総司が笑ってくれると嬉しくて、悲しそうにしてると胸が痛くなって、こんなに誰かのことばかり想うの初めてなんだよ』


目の前のセラが、少し涙を滲ませながら、それでも笑ってくれる。
まるで全てを受け止めてくれたかのような微笑みは、今まで見てきた中でもとりわけ温かいものだった。


『それにね、離れてると一日がすごく長く感じるのに、総司といると時間がすぐに過ぎちゃうの。それって、私の時間の中心がもう総司になってるからなんだよね。だからね……総司が私のことを生きる理由って言ってくれるなら、私にとっても総司がそうだよ。もし総司がいなくなったら、私、どう生きていけばいいのか分からなくなると思う。本当にそれくらい、総司のことが大好きだよ』


セラは、僕の言葉一つ一つに真剣に向き合ってくれる。
誤魔化すことも適当に流すこともせず、僕の言葉を受け止めてくれる。
出会った時からずっとそうだ。
僕が弱さを見せたりわがままを言えば、この子は必ず僕に寄り添ってくれていた。

けれど前の世界では、セラは僕を護るため、そして公爵家の次期当主として、僕がいくら懇願しても僕と離れることを選んだ。
それを仕方ないことだと受け入れることの出来ない僕は、愚かで救いようがない。
そしてそれでも尚、今回の世界でこそセラの傍にいたいという願いはなくなってはくれなかった。


「ありがとう。そんなふうに言ってもらえて嬉しいよ」


その頬にそっと触れ、指先でセラの目尻に溜まった涙を拭う。
触れるたび彼女の温もりが確かにそこにあるのに、未来に希望を抱き、ただ幸せを感じられていた日々は遠い過去に置き忘れてしまったようだった。


『お礼を言うのは私の方。素敵なお花、ありがとう。このお花も総司からの言葉も大切にするね』


セラの両手で包まれたアネモネが小さく揺れる。
それはまるで僕の心が彼女の中で息づいているようだった。


『私達のこと、そろそろお父様に話したいなって思うんだけど、総司はどう思う?』


柔らかい声でそう言ったセラの言葉に、僕は少しだけ息を飲んだ。
けれどその問いに迷いはなかった。
僕も同じことを考えていたから。

専属騎士としての任務を果たせるようになった今、次に向き合わなければならないのは、前の世界通りなら王太子との婚約という問題だ。
公爵家が王家に逆らえる立場でないのは痛いほどわかっている。
それでも、近藤さんに僕達の関係を話しておくべきだと思っていた。

とは言え、剣しか能のない自分が、この大陸でも有数の名家の令嬢を想うなんて、身の程知らずもいいところだ。
話した時の近藤さんの顔を想像すると、自然と胸が重くなる。
それでもセラを想う限り避けては通れない道だと、一人拳を握った。


「そうだね。セラは近藤さんにとって大切な一人娘だし、隠し続けるのもなんだか騙してるみたいで心苦しかったんだ。誠意を見せるためにも、僕からもちゃんと話しておきたいと思うよ」

『良かった……』


今までは僕の立場が定まらないせいで、セラの希望に応えられずにいた。
それを分かっていながらも、彼女は何も責めず、静かに待ってくれていた。
だからこそ、ほっとしたように笑うセラの表情が見れて嬉しく思った。


『ねえ、総司?』

「うん?」

『お父様にそのお話をする時、総司と将来結婚したいですって言ってもいい?』


不意打ちの言葉に、飲んでいた紅茶を危うく吹き出すところだった。


「……え?いや、それは……まだ言わない方がいいんじゃないかな」

『でも、それを認めてもらわないと状況は何も変わらないと思うよ』

「それはそうかもしれないけど、近藤さんも話を聞いたばかりで、いきなり結婚の話までされたら驚くと思うよ。将来のことは冷静に決めなさいって言われて終わっちゃうんじゃない?」

『勿論確約を取るわけじゃなくて、それだけ真剣に考えてるって伝えたいの。来年にはデビュタントを迎えるし、お父様には他の人との縁談を勧めて欲しくないの……』


いつになく不安そうな顔をするセラを見て、ふと以前までのことを思い出した。

思えば前の世界でも、僕が「近藤さんに話そうか」と言った時、セラは本当に嬉しそうに笑っていた。
結局、話す前に近衛騎士への任命が決まってしまい、あの時は言えずじまいになったけど、今までの世界で叶えられなかったことも、この世界では叶えたいと思う。


「確かにそうだね。セラがいいなら、話そうか」

『セラがいいならって、何?いいに決まってるよ。総司こそ、そこまで話されたら困るって思ってない?』

「ははっ、思うわけないじゃない」


セラは不服そうに唇を結びながらも、それからふっと笑った。
その笑顔が可愛くて思わず見惚れていると、セラは少し照れたように言葉を落とした。


『私はいずれこの家の爵位を継ぐことになるから、総司には私のお婿さんになって欲しいな』


あまりにも唐突で、胸の鼓動が跳ねた。
嬉しくて堪らないのに現実味がなさすぎて、次の言葉がすぐには出てこなかった。


『そんなに驚かなくてもいいのに。私、本当にそう思ってるんだよ。総司は私を大切にしてくれる人で、私のことをちゃんと見てくれる人だから』

「君のことは誰よりも大切にするよ。でも、そんな可愛い顔で言われたら困るんだけど。どうすればいいんだろうね」


少し不安そうに僕の返事を待っていたセラは愛らしいけど、僕の言葉を聞くと今度は真剣そのものの瞳で僕を見上げた。


『どうすればって、答えはひとつしかないよ』

「ひとつって?」

『総司は、はいって言えばいいの』


わずかに頬を膨らませたように見えるその表情が、可愛くてたまらなかった。
普段のセラは、人に命令なんてしない。
どんな時も人の気持ちを気づかって優しく微笑むばかりの子なのに。
そんなこの子が今だけは少し拗ねたような声で、僕に「言って」と望んでくれている。


「勿論、はい、だよ」


僕はセラの小さな指先をそっと取った。
細くて、柔らかくて、僕が触れると一瞬だけ指先が震える。
その手の甲に唇を寄せ、敬意をこめて静かに口づけた。


「ここに来たあの日から、僕はセラのものだよ。だから全て、お嬢様の仰せのとおりに」


冗談めかして言ったつもりだったけど、声が思ったよりも真剣に響いた。
セラは目を瞬かせて僕を見つめ、それから頬を緩めてふわっと花が綻ぶような笑顔を見せる。


『じゃあ、総司はもう私だけの総司?』


胸に身を寄せてくるセラの髪が僕の喉元に触れる。
頬をすり寄せながら、甘えるように僕の胸元に顔を埋めてくる仕草が、どうしようもなく愛しい。
そのまま抱きしめると、彼女の体温がゆっくりと僕の心に染みていった。


「勿論。セラのものになった時から、他の誰のものにもなるつもりはないよ」

『本当?これからもずっと、傍にいてくれる?』

「うん。どんな未来でも、僕は君の傍にいる。君が望む限り、僕が君の居場所になるよ」


僕を見上げる瞳が潤み、頬は紅潮し、その表情があまりにも可愛い。
思わず微笑んでしまいながら、そっとセラの髪を撫で、額に口づけを落とした。


「セラ、愛してるよ。たとえ何があっても、その想いだけは変わらないから」


セラは嬉しそうに瞳を細めて笑ってくれた。
赤いアネモネが二人の間で揺れ、まるでその想いに応えるように部屋の灯りを反射していた。


『私も、総司のこと……愛してる』


少し照れくさそうに紡がれたその囁きが胸の奥に沈んでいく。
世界のどこにも聞こえない、小さな約束のように。
僕はその頭を抱き寄せながら、花の香りごと彼女の存在を心に刻みつけた夜だった。

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