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建国祭が終わり、またいつもの日々が戻ってきた。
朝から学院へ通い、公爵邸に帰ってからは課題を片づけ、そのまま城での礼儀作法や舞踏、外交言語のレッスン。
それに加えて最近は、今まで担当していた公務だけではなく、寄付を募る式典の文案をまとめたり、孤児院への支援計画や、領地の教育環境の改善案も任せて頂けるようになった。
まだ補助的な立場ではあるけど、どれも責任が伴う仕事ということもあり、目が回りそうなほど忙しく過ごすばかりだった。

でも、毎日がすごく楽しい。
今している勉強も、公務も、全部いつか総司の隣に立つための準備だと思えば、心が温かく満たされる。
総司と同じ未来の約束を交わせたことが、嬉しくて堪らなかった。


夜、自室で領地の報告書をまとめていると、隣室の扉が軽くノックされた。
顔を上げると、扉の前には髪が少し濡れたままの総司が立っていた。


「あれ?まだやってるの?」

『おかえりなさい。遅くまでお疲れ様』

「ただいま。もう寝支度も済んだし、そろそろ休もうよ」


総司が専属騎士になってから、私たちはどちらかの部屋で一緒に休むようになった。
婚約前に同じ寝台で眠るのは本当はいけないことだけど、私の将来の相手は総司しかいないから、もう迷う理由なんてなかった。


『うん、今片付けるね』

「最近前まで以上に忙しそうだね。無理してない?」

『全然無理してないよ』

「でも山南さんが言ってたよ。お嬢様がやたら仕事をくださいとおっしゃるんですが、何かありましたか?って」


建国祭の夜、総司がふと見せた寂しそうな表情を思い出す。
未来に不安を抱えて苦しそうに眉を寄せた総司の顔を見た時、ただ想いを伝えるだけでは彼の不安はきっと消えないと思った。
お父様に総司との関係を正式に認めてもらうためにも、私自身が動かなければならない。
後継者としての自覚を持って、誰もが納得できるようにもっと成長する必要がある。
総司に二度とあんな悲しそうな顔はさせたくないから、出来る限りのことをしたいという想いが強くなった。


『ただ興味があるだけだよ。色々勉強になるから楽しいし、お父様や山南さんの負担を少しでも減らせたらいいなって思って』

「そっか……。セラは、ほんとに頑張り屋だね。でも無理はしないで。僕が心配になっちゃうから」

『ふふ、わかった。でもそれは総司もだよ、無理はしないでね』

「僕はセラが傍にいてくれるだけで、元気でいられるよ」


優しい声とともに、総司が私の手を取った。
そのまま導かれるように立ち上がり、灯りが柔らかく漏れている彼の部屋へと入って行った。
並んで寝台に腰を下ろすと、総司が静かに明かりを落とす。
暗がりの中、そっと繋がれた手の温もりが、今日一日の疲れを溶かしていくようだった。


『お父様、いつ頃戻って来るのかな。総司とのこと、早く話したいよ』


ぽつりと呟くと、隣で横になっていた総司がゆるく笑って、私の髪を撫でた。

お父様は建国祭の翌日から、東部国境の視察に出ている。
新しく結ばれた交易路の安全確認や、補給所の設営、さらに周辺領の治安状況を整えるための外交任務。
お父様の仕事は、どこまでも多忙だった。


「早く報告したい気持ちもあるけど、僕としては落ち着かない気分でもあるかな。緊張するよ」

『総司からしたらそうだよね。でも大丈夫。お父様はきっとわかってくださると思うよ』


そう信じてる。
だってお父様は、いつだって私の気持ちを一番に考えてくれていた。
これほどまでに総司のことが大好きなんだもん、話せばきっと理解してくれる。


「セラは近藤さんのことを本当に信頼してるね。二人を見てると、理想の親子って感じがして、羨ましくなるよ」


総司の声は柔らかくて、どこか切なげだった。
私の髪を指で梳きながら、遠くを見つめるように呟くその横顔を見て、胸の奥が少し切なくなった。


『信頼は勿論してるけどね、お父様は大切な人と離れる辛さを知っている人だから。私の気持ちを知ったうえで、無理に引き離すことはなさらないと思うの』

「セラのお母さんのこと?」

『うん』


私は少しだけまぶたを伏せて、懐かしい記憶を辿った。


『私がまだ小さかった頃ね、お父様には再婚を勧める声がたくさんあったの。お父様の新しい奥様に、って言われて公爵邸に来られた方もいたんだ。でも、その中の一人にあなたのお母さんになりたいわって言われた時……私すごく悲しくて、泣いちゃったことがあったの』


あの時の胸の痛みは、今も少し覚えている。
お母様は私にとってとても大切な人だから、代わりなんて考えられなかった。
それなのに周りの人たちは、いなかったことのように扱ってしまって、それが子供心にとても寂しかった。


『その時お父様がね、セラの母様はこの先も一人だけだ。俺の妻も、生涯で一人だけだって言って、抱きしめてくださったの』


その言葉は、今も私の心にずっと残ってる。
私の気持ちを大切にしてくれたことは勿論、お父様がお母様のことを本当に大切にしていることがわかってとても嬉しかったから。


『お母様のお部屋を今でも残しているのも、夜空を眺められるあのバルコニーを造ったのも、全部お父様の想いなの。お母様が星を眺めるのが好きだったから、って。お母様の命日にはね、毎年お父様があのバルコニーで、お母様の好きだった花を一輪だけ、静かに置いていらっしゃるの。そのあと誰にも見せないようにして、空に向かって小さく話しかけてるんだよ』


少し微笑みながら、総司の胸元に顔を寄せる。
思い出の中の父の姿は、いつも穏やかで、でもどこか悲しげだった。


『お父様は、互いに想い合っているのに離れなければならない辛さを、誰よりも知っている人だと思う。だからきっと、私に同じ思いはさせないって思えるんだ』


総司の指が、そっと私の頬をなぞった。
何も言わずに、ただ静かに見つめてくれるその瞳が、胸の奥を温かく包む。


「そうだね。僕も近藤さんは、セラの気持ちを何よりも大切にしてくれる人だと思うよ」

『うん。結婚していつか家族になったら、幸せな家庭にしようね』


家族のあたたかさを知らずに育った総司が、もう寂しい想いをしなくて済むように。
私が、彼の心の拠りどころになれるように。
そんな家庭を、ふたりで作りたいと思った。


「僕の中で、本当の家族っていうものがどういうものなのかずっとわからなかったんだ。でも……セラと過ごすようになってから、わかった気がする。あたたかくて、安心して、ちゃんと生きていける場所なんだって。セラとならそうなれるって思えるよ」


総司がそう言って微笑む声が、静かな部屋の中で優しく響いた。
そのまま髪を撫でていた総司の手がゆっくりと私の肩に回り、気づけば自然に彼の腕の中に引き寄せられていた。

唇が触れた瞬間、胸の奥がぎゅっと掴まれたように熱くなる。
総司のぬくもりに包まれていると、ここが私の居場所だと思えた。
心地良くて、あたたかくて、でも同時に胸が苦しくなるほど愛おしい。
総司とこうして過ごしていると、今まで生きてきて感じたことのないほど、心の奥がやさしく震えた。

だから唇が離れてしまうと、寂しくなる。
もっと触れていたい、もっと総司を感じていたい。
そんな自分の想いに気づいて、頬が自然と熱くなってしまった。


「大好きだよ」


囁く声が近すぎて、息が触れ合う。
その響きだけで、心が焦がれてもっと近づきたくなる。


『私も大好き』

「今夜はそろそろ寝ようか。ゆっくり休むんだよ」

『うん……総司もゆっくり休んでね』

「ありがとう。おやすみ、セラ」

『おやすみなさい……』


そっと抱き寄せられたまま、総司の温もりの中で目を閉じた。
彼の腕の力は穏やかで、まるで壊れものを包むように優しかった。
眠っている間も、彼の体温が途切れずに伝わってくる。
それが、何よりも幸せだった。

でも最近……総司は私の身体にまるで触れなくなった。
少し前までは、総司と触れごとをする度に息が止まりそうだったけど、それ以上に嬉しくて幸せで、心の奥が甘く溶けていくみたいだったのに。

けれど今はただ、優しく抱きしめてくれるだけ。
それが婚前前の私たちにとってごく自然なことだと分かっていても、少し淋しくなってしまう。
以前までは総司の方から迷わず手を伸ばしてくれていたのに、どうして急にそれがぱたりとなくなってしまったんだろうと考えてしまう私がいた。


『あの、総司……』

「うん?」


呼んだ瞬間、心臓がどきんと鳴った。
聞きたいことはたったひとつ。
でもそれを言葉にしてしまったら、まるで自分がそういう行為を求めているみたいで恥ずかしい。


『……やっぱり、なんでもない』

「えー?何?気になるんだけど」


軽く笑う声が耳元に触れて、余計に顔が熱くなる。


『本当になんでもないよ。おやすみなさい』

「……そう?うん、おやすみ」


小さなキスが、額にふわりと落ちた。
その一瞬で、胸のざわつきが少しだけ溶けていく。
でも本当はもっと触れたいし、触れてほしいのに。
口に出せないもどかしさを抱えたまま、私はそっと瞳を閉じた。
そして総司と歩む未来を想いながら、私はゆっくりと夢の中へ沈んでいった。


 

気がつくと、知らない場所で、知らない男の人達に押さえつけられている私がいた。
服は全て脱がされて、一糸纏わぬ姿の私を、彼らは笑みを浮かべて見下ろしている。
その状況に頭が追いついていかない中、震えた声で言葉を紡いだ。


『や……めて……離してくださ……』


熱い涙が私の頬を伝い落ちる。
それでも目の前にいる彼らは、私の声に耳を傾けてくれない。
優しい紳士のような笑みを浮かべながらも、私の身体に舌を這わせ、無遠慮に手で弄んできた。
総司の顔を思い浮かべれば、どんどん汚されていくその身体が酷く悲しくて、泣き叫ぶことしかできない。
痛くて、苦しくて、屈辱で……
でもいくら拘束から逃れようと暴れてみても、身動き一つできなかった。


「僕が最初に君をいただきますね」


私の両脚は無理矢理大きく広げられ、それだけは嫌だと泣きながら懇願する。
けれど目の前の男は痛がる私の気持ちなんて無視して、反り勃った彼の下半身を私の中へと一気に捩じ込んできた。


『お願い……っ、やめて、抜いて……やだ……!』

「……君の中、凄く気持ちいいですよ。最高です……」


熱い息遣い、僅かに紅潮した頬、ぎらついた瞳……そのすべてが気持ち悪い。
これ以上触らないで、そう願ってもその男の動きは止まらず、むしろ激しさを増す。
痛みに耐えるしかない私の身体は今も複数人に押さえつけられ、耳元では彼らの生々しい息遣いが聞こえてきた。

総司がずっと護ってくれていたのに。
「君のことは大事にしたい」と言って、絶対に一線は越えないでくれていたのに。
それなのに、私は総司以外の人とこんなことをしている。
総司に対しての裏切りのようで、私の涙は止まることなく溢れてくるばかりだった。


「……あー、気持ちいい。そろそろ僕の精液、君の中にたっぷり注いで差し上げますね。赤ちゃん、できてしまうでしょうか?」


耳元でそっと囁かれた声に、私の身体は小さく震えた。


『……いや、やめ……』

「……っは、イきますよ、受け取ってください……」

『……いやあっ……!』


激しく腰を打ちつけられてすぐ、私の中を貫いていたものがびくんと揺れて、熱いものが中に注がれる。
その悍ましい感覚に、私はただ泣き叫ぶことしかできなかった。


『……うっ……や……』

「そんなに泣かないで。どうせ未来はないんです、君も今を楽しんだ方がいいと思いますよ」


その言葉が耳に残り、心の奥で何かが崩れる音がした。

未来がないってなに……?
私には夢があった。
総司と一緒に歩む未来、私の一番大切な願い。
あの優しい笑顔の隣で、ずっと笑っていたかっただけなのに。

でも……もう叶わないのかもしれない。
だってこんなに汚れてしまった私を見たら、総司はどう思うだろう。
もう、あの温かな眼差しを向けてもらえないかもしれない。


『……っう、……うぅ……』

「今度は俺が可愛がって差し上げますね」

『……っ』


ようやく引き抜かれたと思った場所に、再び違う人のものが無遠慮に入ってくる。
入り口も、中も、お腹の奥も痛いのに、それは終わることなく繰り返された。
何度も何度も私の中には男の人達の体液が出され、その臭いや太ももに溢れ落ちる彼らの液体が私の身体を蝕んでいく。
それでも彼らは飽きることなく順番に、何度も私の心を殺していった。


「反応が悪くなってしまいましたね。セラお嬢様、大丈夫ですか?」

「さあ、次は俺の番だね。嬉しいな、こんな可愛い子を無理矢理犯せるなんて」

「お前、何回ヤるんだよ。まあ俺もまたこんなに元気になってきちゃったけど」

「……う、気持ちいい……この子の中、本当に最高……」

「向こうで捕まってる三人も、こっちに混じりたいだろうね」


押し潰されてしまった心が、その言葉に反応する。
涙の溢れた瞳で今の言葉を吐いた男を睨みつけるも、彼は嬉しそうに微笑んでいた。


「はは、可愛い。良かった、まだ反応できるじゃん」

「ほら、あいつらにももっと声聞かせてあげようよ」

「男なんて、皆こうしたいった考えてるんですよ。君の大切な総司くんもね」

『あの人達のことを侮辱しないで……っ』


その言葉が許せなくて渾身の力で暴れてみたけど、私の身体は一人の男によって後ろから持ち上げられてしまう。
両脚を四人の男性の目の前で開くように担がれて、羞恥と屈辱から身体が震えた。


『……やっ……』

「さあ、続きも楽しみましょう。ここからの眺めも最高です」

『……もうやめっ……』

「……挿れますね」

『……やあ……うっ……』

「持ち上げたから、この子の中から溢れてきて、床が凄いことになってるね」


その後も続く地獄は、私の心を折るには十分だった。
ただ痛みに耐える中、涙だけは溢れ、もう死にたいとすら思った。
それでも総司の顔を思い出せば、まだ諦めたくない。
諦めたくなんかないのに、私の中には繰り返し男の人達の欲が吐き出され、私の全身は彼らの体液と自分の涙でどろどろだった。
意識が朦朧としてくる中でも、私の身体を這う男達の手や身体の感触がこびりついて離れない。
彼らの吐き出す辱めの言葉すら、私の僅かな希望を打ち砕くようだった。




『……っ』


気付いた時には、私はベッドに横たわっていた。
息が詰まるほどの恐怖のあとで、身体は震え、涙が頬を伝っている。
自分の身に何が起こったのかもわからない中、何かを考えるよりも先に、私は勢いよく走り出していた。

早く……綺麗にしないと……
早く私の中から……あの人達に出されたものを全部、洗い流さないと……


『……う……ひぅっ……』


泣きながらバスルームへ駆け込み、震える手で蛇口を捻る。
冷たい水の音が広がり、ネグリジェを乱暴にまくり上げたまま、シャワーの水を肌にあてた。
けれどその直後、腕を掴まれて身体がびくんと跳ねる。


「……セラ?どうしたの?」


目の前にいたのは総司だった。
その姿に僅かに胸が緩んだのも束の間、先程までの出来事が脳裏をよぎり、また全身が震え出した。


「何してるの?」

『……早く……流さないと……』

「え?何を流すの……?」


言葉が出なかった。
私の身体に、他の男の人達のものが付いているなんて言えるはずがなくて。
ただ涙がぽたぽたと水に混じって床に落ちた。

けれどそんな私を、総司の腕が優しく引き寄せて包み込んでくれる。
冷えた身体に触れた彼の体温があまりにも温かくて、張りつめていた心の糸がふっとほどけていくようだった。


「セラ、平気……?」

『……総司……』

「怖い夢、見たの?」

『……ゆめ……?』


夢だと言われても、すぐには信じられなかった。
痛みも、恐怖も、あの感触も、現実のように今も鮮明に脳裏に焼き付いている。
あの人達に言われた言葉も息遣いも全部、あまりにも生々しく記憶しているようで、身体の震えはすぐにはおさまらなかった。


「寝てたら、君がいきなり起きて走って行っちゃうから焦ったよ」


総司は私の顔を覗き込むようにして、穏やかに微笑んだ。
その手が頬をなぞり、涙を拭う。
指先の温もりに触れた時、ぼやけていた世界の輪郭が、少しずつ戻っていくような気がした。


『……私……寝てたの……?』

「そうだよ。ずっと僕の隣で寝てたじゃない」


今のは全部、夢……だったの……?
本当に……?

お腹にそっと手を当ててみる。
さっきまで確かにあった鈍い痛みは、もうどこにもなかった。
ネグリジェを捲って身体を見ても、あの人達の体液なんてついていない。
臭いもしない。
それでも心はまだ、夢の底に取り残されたままで、呼吸が上手くできないまま涙が溢れてくるばかりだった。


『……っぅ……ひ……』

「セラ……大丈夫だよ。何も怖いことなんてないから」


夢でよかった。
そう思うのに、胸の奥はまだ締めつけられている。
あの悍ましい感触や痛みが、まだ私の中にこびりついて離れない。
確実にこの身体が体験したかのようなこの錯覚が恐ろしくて、震える身体を自分自身で抱きしめることしかできなかった。


「取り敢えず着替えよう。濡れたままでいたら風邪引くよ」

『……でも……私……』


唇が震えて、涙が溢れて、言葉が続かなかった。
胸の奥がぎゅっと締めつけられて、息を吸うのも苦しかった。
本当にこのまま身体を洗わなくて大丈夫なのかも分からなくて、総司を見上げたまま、声が出せなかった。

心臓の音ばかりが耳の奥で響いて、頭の中が真っ白になっていく。
そんな私を、総司は何かをこらえるように苦しそうに目を細めて見つめていた。
それから近くにあったバスタオルを広げて、私の身体を包み込むと、そのまま軽々と抱き上げてくれた。
足が浮いて、胸の奥まで温かい体温が伝わる。
総司の腕の中はとても優しくて、どうしようもなく涙が溢れてしまった。


「待ってて。君の部屋から新しい寝着、持ってくるから」


総司の声が離れていくのを想像しただけで、急に怖くなった。
一人になれば、あの暗闇の中にまた戻されるような気がして、気づけば総司の腕を掴んでいた。


『……やだ……行かないで、総司……』


月明かりの下で、彼の瞳が揺れるのが見えた。
それでも涙が湧き上がれば再び視界は歪み、彼の胸元に顔を埋めた。


『このままで、平気だから……』


小さな声でそう言うと、沈黙の後、総司の手がタオルの端をそっと動かす。
胸元の紐が解かれて、部屋の空気がひやりと触れた。


「このままだと、身体が冷えちゃうよ。……これ、脱がしてもいい?」

『うん……』


涙で滲む視界の中、かろうじて頷く。
総司の手は優しく私のネグリジェを脱がし、薄いシミーズ一枚だけになった身体はすぐに寒さに震えた。


「おいで」


総司がそっとベッドに私を横たえ、ためらうことなく私を腕の中へと引き寄せてくれる。
そのぬくもりに触れて安堵したからなのか、堰を切ったように涙がこぼれた。


『……ぅっ……』


震える身体をどうしても止められなくて、息も涙も混ざり合ってしまう。
そんな私を、総司は何も言わずに抱きしめ続けてくれた。
静かな部屋の中で、聞こえるのは彼の心臓の音だけ。
その一定の鼓動が、泣きじゃくる私の不安を少しずつ溶かしてくれるみたいだった。


「寒くない?」


優しく囁く声が、私の耳元に落ちる。
顔を上げることができなくて、私は彼の胸元に頬を押し当てたまま、小さく答えた。


『うん……』


総司の腕の力が、ほんの少しだけ強くなった。
その強さが、壊れかけた私の心を支えてくれる唯一の温もりのような気がした。


「僕は君から絶対に離れたりしないよ。だから安心して眠って大丈夫だよ」

『……ありがとう……』

「大好きだよ、セラ」


聞き慣れた総司の声が、ゆっくりと胸の奥に染み込んでいく。
どんな言葉よりも確かで、温かくて、涙がまた溢れた。
信じたい、信じていたい……そう思う気持ちが溢れて、私は総司にしがみつくように腕を回した。

総司の体温に包まれていると、あの悪夢も、悍ましい感覚も、少しずつ遠ざかっていく。
泣き疲れた私は、総司の腕の中で息を整えながら、ようやく眠りに落ちることができた。

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