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総司から貰った贈り物は、宝石が散りばめられた四葉のペンダントだった。
月明かりの下、キラキラ輝くそれはとてもきれいで可愛くて、一気に私を虜にした。
でも身に付ける前に消えてしまったそれは、今は私のドレスの中にあるらしい。
それを総司に取ってもらうことになったため、落ち着かない心情のまま彼の隣に座っていた。
ドレスの中のものを取って貰うなんて、女の子としてはしたないことに思えて複雑だった。
でも総司が何も気にしていないのに、自分ばかり意識しているのも変に思えて、総司の言葉通り彼を信じて任せることにした。
それに折角の贈り物だから、大切にしたいし早くこの身に付けてみたい。
その上でもう一度お礼を言いたかったから、時間をかけるのも良くないと思った。
けれど立ち上がった総司が私の目の前まで来た時、何故か心音が早くなる。
そして総司が身体を屈ませるとより距離が近くなるから、余計に落ち着かない心情にさせられた。
「じゃあ取るよ」
『うん……』
早く早く早く……。
そう願っていても、総司の右手は中々ペンダントに辿り着かない。
「どこだろ」
『……総司……まだ……?』
「待って、もう少し奥かも」
私だけドキドキしていることなんて絶対総司には知られたくないのに、気付かれてしまいそうで思わず目を瞑る。
すると漸くペンダントを見つけた総司が、「あった」と声を出した。
「でも……あれ?何かにひっかかってるみたいだね」
『コルセットの金具かな……』
総司も覗き込むことは出来ないだろうから、手探りでペンダントを取るのは大変そう。
片や私はされるがままに、ただじっと座っていた。
でも総司の指が腰の部分を撫でると、今度は我慢出来ないくらい擽ったい。
思わず身体がびくんと揺れてしまうと、総司も驚いたのか手の動きを止めた。
「あ……ごめん、痛かった?」
『う、ううん……大丈夫。あの、まだかかりそう……?』
「ううん、多分あと少し」
あと少しなら耐えるしかない。
そう思って唇をきつく結んだ時、再び腰に指が触れる。
小さい頃からお洋服のタグや肌に当たるものには敏感だった私には、その刺激に耐えることは辛いものがあって。
気付いた時には、堪らず目の前の総司の肩をぎゅっと掴んでしまっていた。
『……や……あ、総司……』
「え……?」
『そんなとこ……触っちゃ……だめ……』
身動ぎながらそう言った時、総司はペンダントを無事取ることが出来たらしい。
直ぐに私から手を離してくれたから、ほっと胸を撫で下ろした。
『ありがとう……』
顔を上げると総司と目が合ったから、急に恥ずかしくなって顔に熱が集まるのが分かる。
でもそんな私を見て目を僅かに見開いた総司も、珍しく頬を染めて私からふいと顔を背けた。
『総司……顔赤いよ?』
「君の方こそ真っ赤だけど?」
『だって総司が……ずっと背中触ってるから……』
「仕方ないじゃない、取れなかったんだから。君こそ途中で変な声出さないでくれる?」
『そんな……変な声なんて出してないよ』
「出てたよ。耳元であんなこと言われたら変な気になるんだけど」
『ごめ……だって凄い擽ったくて我慢できなかったんだもん……』
自分が何て言ったかなんて覚えていないけど、あまりの擽ったさから総司の肩にしがみついてしまったのは事実。
醜態を晒して居た堪れない気持ちになっていると、総司が私の首元にそっとペンダントを付けてくれた。
「うん、似合ってるよ。可愛いんじゃない?」
『……本当?』
「本当だよ。まあ絶対似合うと思ってこれにしたしね」
総司が私のために、忙しい中時間を使ってプレゼントを探してくれたことが嬉しかった。
こうして可愛いペンダントを選んで、私の首にかけてくれたことも凄く凄く嬉しかったよ。
今顔が熱いのも、こうしてドキドキしてしまうのも、相手が総司だからだって自分が一番よく分かってる。
きっとこの気持ちの全部は伝えられないし、総司を困らせる言葉も言えないけど。
私が総司を大切に想っていることくらいは、伝わるといいなと思った。
『私のために可愛いペンダントを選んでくれてありがとう。このペンダントもとっても気に入ったし、総司の気持ちも嬉しかった。今までで一番幸せな誕生日になったよ』
「はは、セラは大袈裟だね。まあ、喜んで貰えて良かったけど」
『大袈裟じゃないよ、本心だよ』
「セラって表情ころころ変わるし素直だし可愛いよね。無邪気な子供みたいで」
可愛いって言って貰えて嬉しかったのに、その一秒後に言われた言葉で台無しになる。
『子供扱いしないで』
「でも擽りに弱いところなんて正に子供みたいじゃない」
『あれは総司の触り方が……なんかいけなかったんだよ』
「なんで僕のせいになるのさ」
『大体なんで落としちゃうの?私の大切なペンダントなんだから、総司ももっと大事に扱って』
私なりに強い口調で言ってみたけど、総司はくすくすと笑っている。
私が真剣に話してもいつもこんな感じで困っちゃうけど、そんなところも総司の良さだと思うから。
ずっと変わらないで欲しいと思いながら、笑う総司の横顔を眺めていた。
『総司、約束覚えてるよね』
「約束?」
『総司の誕生日を教えてくれる約束だよ』
「そうだっけ?」
『そうでしょう?だから早く教えて』
むしろ私からしたら総司の誕生日のお祝いをすることの方が大切。
少しうずうずしながら待っていると、総司は少し笑って教えてくれた。
「五月三十日だよ」
『五月三十日……?』
「うん。君と丁度二ヶ月違いだね」
ようやく知ることのできた総司の誕生日。
教えて貰うまでに一年かかるだなんて変な話だけど、その分特別に感じる。
『ふふ。教えて貰えて、凄く嬉しい』
「良かったね。一年待った分、特別感あるでしょ?」
『うん、とっても』
「じゃあこれからセラの質問には全部一年経ってから答えることにするよ」
『嫌だよ、私そんなに待てないよ?』
「どうして?誕生日は待ってくれたじゃない」
『誕生日はね。でも今回だけだよ。次、何か意地悪で教えてくれなかったら、もう総司とはお話ししないよ』
「そんな悲しくなること言わないでよ」
肩をすくめながらそう言うのに、どこか本気とも冗談ともつかない響きが混じっている。
「セラが僕の話し相手じゃなくなったら、僕はきっと退屈で死んじゃうけどいいの?」
『ふふ、それこそ大袈裟だよ』
「案外大袈裟じゃないかもよ。毎日、君の声を聞くのが楽しみなんだから」
さらりとそんなことを言われると、どうしても胸が煩く反応してしまう。
でも、私も総司の声を聞くことが一番の楽しみ。
総司の笑顔を見たくて、私の瞳はいつも総司の姿を探してる。
「ねえ、本当に話してくれなくなるの?」
『……もし総司が意地悪するなら、そうなるよ』
「そっか。でも、セラがそう言うなら仕方ないね」
ちょっとした冗談のつもりだったのに、総司は少し目を細め、私を覗き込む。
「でもつまりそれって、セラは僕と話さなくても平気ってこと?」
不意打ちの問いかけに目を見開く。
ただの冗談のはずなのに、その笑顔にどこか意地悪な気配を感じて、言葉に詰まる。
でも自分で言い出したことをすぐに撤回するのも少し悔しい。
『全然平気だよ』
自分でも驚くほど小さな声になってしまったけど、頷くことで意思を示す。
完全な強がりだけど、本心は違うことは私が一番よくわかっていた。
「へえ?」
総司の目が、じっと私を見つめる。
その視線に耐えられなくて、つい目を逸らしてしまった。
「本当に?」
『……うん』
ぎゅっと手を握りしめながら、なんとか返事をする。
でも本当は平気なはずがない。
それなのに引っ込みがつかなくなってしまって、つい頷いてしまった。
でもそんな私の目の前で、総司の顔から驚くくらい笑みがすっと消えたのを見逃さなかった。
「そうなんだ」
低く、冷たい声だった。
今までの柔らかな雰囲気が一瞬で凍りつくような感覚に襲われる。
「そんなことを言われるなんて正直がっかりかな」
『え?』
「だったらもう僕は、君には二度と話しかけないよ」
冷たい声が響き、総司はすっと立ち上がる。
さっきまでの穏やかな空気が嘘みたいに、氷のように冷たい声音だった。
『……あ、待って……』
慌てて伸ばした手で総司の手を掴んだけど、自分の指先がほんの少し震えているのが自分でもわかった。
「なに?」
その一言が、突き放すように響く。
胸がぎゅっと苦しくなるのと同時に、折角プレゼントまで用意してお祝いに来てくれた総司に言ってはいけない言葉だったと後悔もした。
『ごめんなさい。私、総司と話せないのは嫌だよ。冗談だから……怒らないで』
これで許してもらえなかったらどうしよう……。
そんな不安から総司の手を握る私の手には無意識に力が入る。
懇願するように見上げると、私をじっと見下ろす総司。
けれどその唇が僅かに震えたと思ったら、耐え切れなくなった様子でぷはっと吹き出し、肩を震わせて笑い出した。
「あっはは、そんなの分かってるよ。本当に怒ってると思ってびっくりした?」
『…………』
「こんなことで怒るわけないじゃない。本当にセラってすぐ騙されるね」
胸がどくんと鳴る。
安堵と驚きと、ほんの少しの怒りが入り混じる。
『酷いよ、誕生日まで意地悪しないで……』
そう言ったものの、胸の奥がまだざわついていた。
本当に怒らせてしまったのかと思った時の、心臓が締め付けられるような感覚。
総司に睨まれること、嫌われることが、こんなにも怖くて悲しいことだと初めて知った。
とっても焦ったし必死だった分、気づけば今になって視界が少し滲んでいた。
「え?」
総司がぎょっとした顔をする。
驚いたように目を瞬かせて私の顔を覗き込むから、私は咄嗟に顔を背けた。
「え、ちょっと……泣くほどだった?」
『……泣いてませんけど』
うるっとしてしまっただけで、涙はこぼしていない。
だから拗ねるように言ったけど、総司は眉を寄せて少し困った様子で微笑んだ。
「そっか。でも……」
そう言いながら、そっと私の前髪に触れる。
「ごめんね、そんなに怖かった?」
『……別に。ただ嫌われたのかと思って、少し悲しかっただけだよ……』
情けなくも潤んだ瞳を誤魔化すように顔を俯かせれば、総司の手が私の髪を耳にかけるから、そんなことをされれば情け無い顔が見えてしまう。
咄嗟に避けようとしたけど、総司は私の名を呼び、眉尻を下げながらも微笑んだ。
「ねえ、セラ。泣いちゃうくらい僕のこと、好き?」
冗談めかして言うその声がどこか優しくて、胸がまた高鳴った。
でもこんな答え難い質問をするところも意地悪だし、さっきのことも意地悪過ぎる。
私がキッと総司を睨めば、目を瞬いた総司はすぐに苦笑いをしていた。
『意地悪な人は好きじゃないよ』
ぷいっとそっぽを向くと、総司はくすくすと笑って、また私の髪をくしゃりと撫でた。
「そっか」
私は好きじゃないって言ったのに、総司はどこか嬉しそうで。
その顔を見れば、さっきまでの怖さなんてどこかへ消えていた。
総司の指がそっと髪を梳くように動くたびに、心臓がくすぐったくなる。
優しく撫でられて、拗ねた気持ちはどこかへ消えてしまいそうだった。
『そんな風に撫でたって、ごまかされないよ』
「ごまかしてないよ。ただ撫でたくなっただけ。悲しませたお詫びに、もうちょっと撫でてあげる」
『いらないよ……、もう……』
素っ気ない返事しかしていないのに、総司の目がどこか楽しそうに細められているのがわかる。
「ごめんってば。そんな顔しないでよ」
折角の誕生日。
膨れていても仕方ないし、私は総司に渡したいものもある。
だから総司の方を向いて恥ずかしい気持ちで微笑んでみれば、総司も柔らかく微笑んでくれた。
「さっきの話だけどさ」
『うん?』
「セラが僕を嫌うことはあっても、その逆はないよ」
『え?』
「だって、セラは僕のお気に入りだからね」
お気に入り?
その表現はどう捉えればいいんだろうと小首を傾げる。
『お気に入りってどういう意味?』
思わず問い返すと、総司は一瞬きょとんとして、それから楽しそうに目を細めた。
「そのままの意味だけど?」
『そのままって?』
総司の言葉はいつも意地悪だから、どう受け取るのが正解なのかわからない。
でも総司はすぐに答はえず、少しだけ私の顔を見つめ、それからふっと微笑んだ。
「そんなに気になる?」
『気になるよ』
「んー……」
総司は少し考えるように目を伏せて、それから不意ににやりと笑った。
「君は特別ってことかな」
その言葉の持つ本当の意味は私にはきっとわからない。
でも今はまだ、それでもいい気がした。
こうして一緒に過ごして一緒に笑って、幸せな時間を過ごすことができる。
総司がアストリアで幸せでいてくれれば、私はそれが一番嬉しい。
『私にとっても総司は特別だよ』
こんな風に一緒に過ごす度、私はどうしようもなく総司に惹かれてしまう。
総司は私が総司の言葉一つにいつもどれだけ心を揺さぶられているか、きっと知らないんだろうな。
でもそれでいい、知らないでいて欲しい。
そうすれば私はこうして、ずっと総司の傍にい続けることができる。
いつか離れなければならないその時まで、ただ笑って総司の隣にいたいと思った。
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