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それからの日々は、以前に増して護られた日々だった。
私が故意的に傷つけられたことに酷く心を痛めたお父様は、公爵邸の見張りを強化し、騎士団を更に大きくする準備まで始めてしまった。
総司は勿論、伊庭君も平助君も、学院でも前まで以上に私の護衛に専念してくれている。
外で何かを食べる時でさえ、私が口に運ぶ前に彼らのうちの誰かが毒見までしてくれるという徹底ぶりだった。


「このマフィンは大丈夫そうですね」

「こっちのポテトも平気だから食っていいぜ」

「はい、このクレープと紅茶も安全だから安心して」

『あ……どうもありがとう』


足の指の骨折から数週間。
まだ無理はできないとは言え、すっかり固定は外れて通常通りに歩けるようになった頃だった。
放課後、皆と学院のテラスに行くと、毒見を終えた食べ物たちが私の前に並べられる。
私達四人の様子を見て、はじめと千ちゃんはなんとも言えない顔をしていた。


「なんだか、以前にも増して大変そうね」


苦笑いする千ちゃんの言葉にぎこちなく微笑みを返し、少しばかり気恥ずかしい気持ちになる。


『私が頼りないばかりに、皆には申し訳なくて』

「だが万が一に備えて万全を期すのは悪いことではない。それにセラのせいではないだろう」

「そうそう。だって実際、怪我させられてるんだしさ。このままやられっぱなしなんて許せねーじゃん」

「そうですよ。今やセラはアストリア騎士団だけではなく、ルヴァン王国からも護られるべき立場にありますから」

「殿下のお陰で学院の警備も強化されたし、ありがたい話だよね」


仮面舞踏会の件からここまで大事になるなんて考えてもみなかったけど、殿下のお言葉通り、各貴族の家には王家から通達が出されたらしい。
それにより、私がルヴァン王国に護られる立場であることは、学院内で誰もが知る事実になっていた。


「本当に良かったわ。セラちゃんが骨折させられたって聞いた時は心配で堪らなかったけど、ここまで体勢が整っていたらきっと相手も諦めるわよ。王家を敵に回すなんて普通はできないもの」


千ちゃんがにこやかに私に抱きついてきてくれるから、私も笑顔で頷く。
余計な心配をせず、目の前のやるべきことに集中できるのは、こうして気にかけてくれる皆のおかげ。
私を支えてくれる皆の存在には、感謝してもしきれなかった。


「そうだね。でも、結局誰の仕業だったのかわからないのが釈然としないけど」


総司はぽつりと呟くようにそう言った。


「政治的な思惑なのか、もっと故意的な理由なのかも気になるし、報復できないままだと腹が立つよ。絶対にそいつを捕まえたいんだけどね」

「だがここまで警備を強化させれば、それも難しいだろう。セラを護ることが第一優先である今、敵が尻尾を出す可能性は極めて低いだろうからな」

「そうですね……。ですが、今回は王太子殿下が直々に動かれたんです。相手も諦める可能性が高いのではないでしょうか?家門没落のリスクを犯してまで、セラを狙う理由がわかりません」

「確かに。アストリア家は軍事力は強くても、他国との争いに積極的じゃねーしさ。動くとなっても、あくまでルヴァン王国の管轄下でだろ?なにも躍起になってセラを潰しにくる必要なんてないと思うんだよな」


私もそう思う。
アストリア公爵家の爵位を継ぐ立場ではあるけど、私自身が脅威として誰かに恐れられるなんて、到底考えられなかった。
婚約もしていない今、誰が何のために、私の存在を疎ましく思うのだろう。

もし政治的ではない、もっと別の理由で、私という存在そのものを嫌っている人がいたら。
そう考えると、それこそ怖い。
この胸は重くなるばかりだった。


「だからこそ釈然としないんだよ。今回のことなんて、ただの嫌がらせでしょ。そんなことをする意味がわからないし、誰の得にもならない筈なのにね」

「でも、結果としては良かったじゃない。王太子殿下が動くって相当凄いことよ?」

「まあ、そうだね。今頃、依頼主が手出しできなくなって苛立ってると思うと、せいせいするよ」

「本当ですよ。二度とセラには手出しさせません、何かしてくるつもりなら、その時はその依頼主が捕まるだけです」

「そーそー。やってみろってんだ」


皆がそれぞれに話す言葉を聞いていたけど、ふと視線がはじめのところで止まる。
彼は何も言わないまま目の前の紅茶を見つめ、心なしか思い詰めた表情で何かを考えている様子だった。


「はじめ?」


思わず声をかけると、はっとした様子で彼の瞳が私へと向けられる。


「ああ、どうかしたか?」

『ううん。はじめの紅茶、どんなフレーバーなのかなって思って』

「カモミールだ。飲みたいなら飲んでくれ」

『ふふ、ありがとう。でも、私もカモミールだから。同じだったんだね』


はじめは柔らかく微笑んではくれたけど、その視線はすぐに逸らされてしまう。
その今までとは少し違ってみえる様子が気にかかりながらも、ふと視線を感じて隣を見ると、総司がそんな私達の様子をじっと見ていた。


『ん?どうしたの?』

「んーん、別に」


総司はにこっと笑って、そのまま皆と他愛のない話をし始める。
私も微笑み返し、温かい紅茶をそっと飲んだ。


「そういえば、来月には狩猟大会があるって言ってたわよね」


千ちゃんの言葉に、皆の視線が彼女に集まる。
狩猟大会は王家の所有する森を使って正式に開催され、男子生徒にのみ許される格式ある学院行事。
狩りの技量だけでなく、礼儀作法、騎乗姿勢、判断力、そして獲物の献上を通じた社交性までもが試される競技だと、先生から説明を受けたばかりだった。


「狩りは然程経験がありませんが、楽しみです」

「俺ぜってー、一位狙う!」

「僕だって負けないよ。殿下に勝負を挑まれてるしね」

「なあなあ、その勝負に俺も参加したいんだけど!」

「僕も混ぜてくださいよ。勝負となれば、負けません」

「構わないよ、殿下も喜びそうだし話しておくよ。はじめ君も、僕達の勝負に参加する?」


総司の問いかけに一度無言のままでいたはじめは、紅茶を置くなり首を横に振った。


「いや、俺は遠慮しておこう」

「えー、はじめ君は参加しねーの?」

「狩猟の経験は乏しいからな。最下位になるくらいならば、参加は見合わせた方がいいだろう」

「僕も殆ど経験はないですよ。遊びの延長ですし、気楽に参加すればいいと思いますよ」

「ああ。だが、腕の調子もあまり良くない。やはりやめておく」

「腕の調子が良くないって、怪我でもしたの?」

「まあ、そんなところだ」


はじめはそう言うなり立ち上がり、飲みかけの紅茶のカップを手に取った。


「悪いがこの後、生徒会の仕事がある。俺は先に失礼しよう」

『うん、また明日ね。生徒会、頑張って』


皆がそれぞれに声をかければ、はじめは頷きこの場から去って行く。
どことなく元気がないような、疲れていそうなはじめの様子を気にかけながらも、確信はない。
何かあれば話してくれるだろうと考えて、私はあまり気にしないようにしながら再び皆の話に耳を傾けた。



それからまた日が流れ、狩猟大会が間近に迫ってきた頃。
教室の中で帰り支度をしていると、はじめが周りの様子を伺いながらも私のところへやってきた。


「セラ、今少しいいか?」

『うん、どうしたの?』

「セラに話したいことがあるのだが」

『うん?』


はじめの言葉を待っていると、彼は視線を僅かに横にずらして、小さくため息を吐き出す。


「できれば、二人の時に話をしたい。だが、その機会がなさそうで困っているところだ」

『今は駄目なの?廊下に出れば少し落ち着いて話せると思うよ?』

「いや、学院の中では誰が聞いているかわからない。セラ以外に聞かれることは避けたいのだ。それに……視線を向けずに聞いてくれ。今も総司がこちらを見ている」


はじめの言葉を聞いて、総司の方を見ないように意識しながら、僅かに笑顔を作って頷いてみせる。
総司はきっと、私が危険な目に遭わないように、いつだって気にかけてくれている。
今もその延長なのだろう、総司の徹底した優しさが嬉しい反面、はじめの困り顔を見てどうするべきなのかと言葉に迷った。


『ごめんね。総司も皆も、あんなことがあった後だから、気を張って護衛をしてくれてるんだと思う』

「ああ、それは承知している。だが総司のことだ、セラのことになると特に用心深い。二人で話がしたいと言ったところで、警戒されるだろう。それに何を話すつもりなのか、根掘り葉掘り聞いてくる筈だ。それでは困る」

『聞かれても、はじめが話したくないなら、その内容は言わないよ?』

「だが、総司はしつこいだろう。セラのこととなれば、尚更だと思うが」


はじめの言葉を聞いて、私も苦笑いを一つ。
はじめの話がなにか見当もつかないからこそ、返答が難しかった。


「もうすぐ、狩猟大会があるな。その日、少し時間を取ってもらえるだろうか?」


狩猟大会の日は、男子生徒が森で狩猟をする間、女子生徒は白いテントの下でお茶をしながら待つのが決まり。
その日ばかりは、総司達とは別行動。
殿下は私を気遣って、王宮の護衛騎士をあちこちに配置してくれると話していた。


『それは構わないけど……総司達がいない時にっていうこと?』

「ああ、そのつもりだ。だが誤解しないでほしい。セラを一人にはしない。俺が責任をもって護るつもりだ。それでも不安だろうか?」


はじめの声は静かで、どこか傷つくことを恐れているように聞こえた。
私ははじめを信頼している。
剣の腕も確かで、幼い頃からの知り合いで、ずっと気をかけてくれる友人。
不安なんて、あるはずもなかった。

けれど、すぐに返事ができなかったのは、総司に隠し事をしたくなかったから。
全部話してほしい、頼ってほしいと総司が言ってくれた時の、あの真っ直ぐな瞳を思い出す。
その約束を破るようなことは、どうしてもしたくなかった。


『はじめのことは信頼してるよ。だからはじめと二人になることが不安とか、そういうのはないんだけど……。でも皆が一生懸命に護ってくれてる時に、私だけ皆に内緒で勝手な行動するのも申し訳なくて。だから考えたんだけど、はじめに公爵邸に来てもらうのは駄目?そこで二人で話すのはどうかな?』


先日の仮面舞踏会では、私の取ったほんの少しの行動が、あの事故へと繋がってしまった。
でも公爵邸なら、不確かなことに巻き込まれる心配もほとんどない。
そう考えて提案したのに、はじめは苦しそうに目を伏せた。


「……すまない。それは出来ない」


断られる予想をしていなかったからこそ、私は一度息を飲んだ。
なぜ公爵邸では話せないのか、どうしてここまで思い詰めたような顔をするのかもわからないまま、私がはじめの名を呼ぼうとした、その時だった。
ふわりと、甘い香りとともに腕が絡まる。


「セラちゃん!斎藤君と何話してるの?」


千ちゃんがいきなり抱きついてきて、世界が一瞬だけ軽く揺れる。


「なになに?私も混ぜて」


彼女のいきなりの登場に、はじめはふっと笑うと、いつものような表情に戻る。
そして私を見つめると、穏やかな口調で言った。


「取り敢えず、当日声はかけさせてもらう。可能であれば、その時話をさせてくれ」


それだけ言い残して、はじめは静かに背を向けて歩いていく。
その後ろ姿を見送っていると、いきなり千ちゃんの顔がにょきっと目の前に現れて、私は思わず目を見開いた。


「なあにー?何の話?」

『ふふ。もう、びっくりさせないでよ。別になんでもないよ?』

「えー?怪しい。もしかして……告白?」

『ええ?違う違う、そういうことじゃなくて』


はじめの雰囲気からして、告白のようなことを言うとは到底思えなくて、私は慌てて否定する。
すると、すぐ傍から少し低くて、聞き覚えのある声が落ちてきた。


「……告白って、なに?」


歩いてきた総司の耳に、千ちゃんの声が聞こえたらしい。
不機嫌そうに目を細められて、私はその場で固まってしまう。


「さあ?私にもわからないわ」

『もう、千ちゃんが言い出したことでしょ?』

「だってセラちゃんと斎藤君が二人で真剣に話してるから、もしかしたらって思ったんだもの」

『全然違うよ』


総司に誤解されるのは絶対に避けたい。
私は必死で否定したけど、総司はにこりともしないまま、じっと私を見つめてくる。
その視線に胸がきゅっとなって、どう返せばいいのかわからなくなる。


「そうなのね、残念。セラちゃんと斎藤くん、結構お似合いだと思うけど。ねえ、沖田くん」

「……え?」

「アストリア公国のご令嬢とグランフィール大公国の大公子様なんて、理想的な組み合わせじゃない?」


千ちゃんが悪気なく言ったその一言に、総司の表情がほんの少しだけ陰る。
そのささやかな変化がわかってしまって、胸の奥が痛くなりながらも、私は首を横に振った。


『私とはじめはそんな関係じゃないから』


笑顔でそう言って流しながら、咄嗟に鞄から課題のノートを取り出す。


『これ、出しに行ってくるね』


早く総司との未来を確かなものにしたい。
そうすれば、私と総司の関係を皆に理解してもらえるし、堂々と総司を優先できる。
でも今はまだ、そのことは口外してはいけない約束になっている。
この歯痒さはいつまで続くのだろうと考えながら、総司の背中を見つめる私がいた。


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