8

公爵邸を出た時、石畳に落ちる影はもう長く伸びていた。
王宮に着くと、王太子はすでに学院関係者から聞き取りを済ませ、狩猟大会の敷地内に配置されていた王宮騎士へひとりずつ事情を確認している最中だった。
僕はその横に並び、同じように騎士たちの証言を拾っていった。

馬車の傍で待機していた御者にも今日のことを尋ねたけど、そこから得られたものはひとつもない。
声をかけるたび、犯人を絞り出す可能性が砂のように指の間から零れ落ちていく感覚だけが残った。

やがて僕は王宮の一室に通され、殿下と向かい合って椅子に腰を下ろす。
夕陽が窓辺を染め、どちらの顔にも微かに赤い影を落としていた。


「……有力な手がかりはなしか」


殿下の低い声が、静かな空気に沈んだ。
その言葉の重さは、僕にも痛いほどわかっていた。

判明したのはわずか数点だけ。
敷地の外に配置された王宮騎士は眠らされていなかったこと。
そして、あの時充満していた煙には、吸い込んだ者を急速に眠りへ引きずり込む揮発性の成分が含まれていたということ。
さらに調べると、騎士や衛兵の詰所に届けられたパンや飲み物、学院の女子生徒や教員、審査員が飲んでいた紅茶にも、覚醒を鈍らせ睡眠を誘う成分が混入していた。
摂取すると緩やかに意識を落とすもので、即効性はない。
でも少しずつ蓄積すれば抵抗力のない者から順に、判断力を奪っていくというものだった。


「正面ゲートからの侵入は出来なくても、例えば……あの森の周囲からは敷地内への侵入は可能なんですか?」


せめて敷地内にいた人間だけに絞れればと思って尋ねた質問だった。
でも僕の問いに王太子は少しだけ視線を伏せ、それから静かに答えた。


「ああ。全く不可能というわけではないよ。ただ、今日は森の外周にも一定間隔で護衛を配置させていた。普段も最低限の警備網は敷いてあるし、短時間での侵入は難しいはずだ。けれどね、沖田。数日前から地形を把握した上で張り込んでいたとなれば、完全には否定できない。まあ、そこまでして侵入を試みる価値があると思う者がどれほどいるか……それは別問題だけど」


理路整然としながらも、どこか苛立ちを含んだ殿下らしい声。
それが逆に、この状況の重さをより深く刻んだ。

あんなにも多くの人間がいた場所で、どうしてひとつも決定的な痕跡が残らないのか、その理由は明白だった。
あの場にいた者の殆どが、あの時意識を手放していたからだ。


「紅茶や食べ物に含まれていたのは、ただの睡眠薬程度のものだったんですよね。あの煙の成分も同様だったんですか?」

「煙の方は別物だよ。あれは燃やすことで効能が変化する特殊植物の原料だ。乾燥させた葉を粉砕して、空気と反応させるように焚くと、眠りを誘発する成分だけが急速に拡散する。精製にも時間がかかるし……市場にはまず出回らない。扱える者も限られていて、庶民が思いつきで手に入れられる代物じゃないらしいよ。意図的に使うならかなりの準備が必要になるし、犯人は金も権力も持つ相手だということになる」


金も権力もあり、学院の動きや王宮騎士の配置、そして今日の流れまで把握している者。
そこに僕がこれまで辿ってきたいくつかの世界の記憶が重なれば、一つの可能性が浮かびあがり、僕は低い声で呟いていた。


「失礼を承知で、殿下にお尋ねしたいことがあります」


王太子は椅子に浅く腰をかけ直し、少しだけ首を傾けた。


「ああ、なに?」

「王女殿下は今日、狩猟大会に参加していらっしゃいましたか?」

「千鶴?千鶴は今日、体調不良で寝込んでるからずっと王宮にいたと思うけど」

「では……王女殿下の近衛騎士達は、大会の敷地内に配置されていませんでしたか?」


その問いを聞いて、王太子の眼差しが鋭くなった。
質問の意図に気付いたのだろう、眉を寄せまっすぐに僕を見つめた。


「まさかとは思うけど、沖田は千鶴を疑ってるの?」

「可能性の一つとして、僕は王女殿下やはじめ君にも疑念を抱いています」

「斎藤はともかく、なんで千鶴が?お前やセラと接点なんかなかったはずだよね?」


確かに、この世界では接点はない。
けれどそれは僕が回帰を繰り返す中で、王女との関わりを避け続けてきた結果だ。
関われば、必ず波風が立つと知っていたから。


「接点はありません。ただ、王女殿下のお噂は耳に届きます。もしセラが王女殿下に疎まれていたらと……どうしてもそう考えてしまうんですよ」


セラの命が絶たれた今、この世界はもうすぐ終わる。
だからこそ臆することなく言い切れば、王太子は小さく息をついた。


「確かにあいつは度々問題を起こすけど、さすがに今日のこととは無関係だと思うよ。何しろあいつはすぐ感情的になって、突発的に行動する奴だからね。こんな入念に計画を立てて準備するとは思えないよ」

「そうでしょうか?」

「ああ。それに千鶴の近衛は今日の配置に参加させていないし、千鶴が数日前から高熱続きなのは嘘じゃない。何より、あいつは自分が見ていない場所で相手を苦しめたってつまらないって思うタイプだ。もし何かするなら、自分の目が届くところでやる。千鶴はそういう奴だよ」


言われてみれば、確かにその通りだった。
王女はこれまで、彼女自身の目の前で僕たちを痛めつけ、笑っていた。
言葉を交わしたこともないセラを、わざわざ手間をかけて、悪意を隠したまま裏で殺すというやり方は、あの気質とは噛み合わない。
僕はゆっくりと瞼を伏せ、それから殿下の方へ向き直った。


「殿下のお言葉、理解致しました。疑いを向けたのは、僕の焦りからです。セラを奪った者をどうしても見つけたくて、冷静さを欠いていました。セラのためにここまで動いてくださった殿下に失礼を言い、申し訳ありません」


世界をいくつも見てきたからこそ、王太子がセラを陥れた犯人ではないと信じられる。
素直に頭を下げた僕の姿を前に、王太子は少しだけ息を和らげるように吐きだした。


「気にしなくていいよ。大事な人を失ったんだ。疑ってしまうのは当然だ」


その優しさが、逆に胸に沁みた。
でも、このままではまた何の手がかりも得られずに終わってしまう。
その悔しさが喉の奥で苦く溶け、指先にまで伝うような感覚に拳を握りしめた時、王太子がぽつりと言った。


「すまなかった」

「え?」

「沖田は今日、セラを置いて行くことに気乗りしてなかったよね。俺がお前を止めなければ……お前にくだらない勝負なんて持ち掛けていなければ、今とは違う未来があったかもしれない。騎士を配置したから安全だと言ったのは俺なのに……こんなことになって、本当に……申し訳ない」


一度目は、歪み合って殺した相手。
二度目だって、王太子の存在を疎ましく思い、認めたくなくて、ただ嫌っていた。
だけど今、目の前で僕を気遣い同じ痛みを抱えながら頭を下げる王太子は、紛れもなく僕の友人だった。
その事実が胸を揺らし、情けないことに視界が熱を帯びていく。
目頭を押さえた僕を見て、彼の瞳が驚くほど大きく揺れた。


「沖田……」

「やめてくださいよ。殿下がらしくないことするから……気持ち悪くて泣けてきちゃったじゃないですか」

「気持ち悪いだって?俺が真剣に謝ってるのに失礼な奴だな」

「殿下が謝る必要はないですよ。狩猟大会に参加したのは僕の意思ですし、悪いのはセラを殺した奴ですから」


それに昨日の夜、セラが言っていたんだ。
「総司は私に、一番大きな獲物を持ってきてね」って。
笑いながら少し首を傾げて僕を見上げたセラの優しい眼差しを思い出せば、また胸が締め付けられたように苦しくなった。


「それにセラも言ってますよ。殿下は悪くないですよって」

「お前には、今もセラの声が聞こえるの?」

「聞こえないですよ、残念ながら。でもセラがここにいて、僕達の会話を聞いていたら必ずそう言います。僕が何年、セラを想ってたと思うんです?」


それはもう長い間、セラを見つめ続けてきた気がする。
そのたびに失い、そのたびに護れず、この世界でもまた僕はあの子を護れなかった。

何の手がかりも掴めないまま、出口のない暗闇を手探りで歩いている自分が情けなくなる。
回帰を繰り返している僕こそが、セラを狙う相手を見つけ出さなければいけないのに。


「沖田とセラは、悔しいけどお似合いだよね。俺はずっと、お前たちが羨ましかったよ」


王太子は少し目を伏せ、それから寂しげな笑みを浮かべた。


「今だから言うけど、本当は少し迷ったこともあったんだ。権力や王命を使ってセラを俺のものにすることは容易かったからね」

「僕もその可能性は考えましたし、不安もありました。だから殿下が僕達の関係を認めてくださった時は、正直意外というか……嬉しかったですけどね」

「ほんと、なんでだろうね。俺もよくわからないんだけど……お前たちは離してはいけない気がしたんだ。だから今、セラを殺した奴が許せない」


王太子が悔しそうに眉を寄せるのは、その相手が憎くても手がかり一つ掴めていないからだろう。
僕も同じ心情で唇を噛み締めていると、再び王太子は口を開いた。


「沖田は斎藤のことも疑ってたみたいだけど、多分……あいつは違うよ」

「どうしてです?」


王太子は少し身を乗り出し、手元に置いた資料を指で軽く叩いた。


「聞き込みを進めてわかったことだけど、斎藤があの場所に遅れて来たのを見ていた御者が複数いる。それに御者同士の話によれば……斎藤家の馬車、途中で車輪の軸が折れたらしいんだ。大きな石を踏んでしまったとかでね。御者が慌てて馬を止めた拍子に、馬具も傷んで、結局別の馬車を借り直す羽目になったそうだよ。そのせいで到着が大幅に遅れたらしい。修理痕も確認したし、同行していた護衛も同じ証言をしている。少なくとも計画的に遅れたわけじゃないよ」


きっとそれは、嘘偽りのない本当のことなんだろう。
その事実を知って、胸の奥がじくじくと痛んだ。

僕は、はじめ君に酷いことをした。
犯人だと決めつけて一方的に殴りつけ、皆が止めてくれなければきっとあのまま殺していた。
躊躇いもなく人を斬れる自分を、あの時はじめて怖いと思った。

それに……はじめ君もセラが好きだった。
同じ相手を想っていれば、その気持ちは嫌でも伝わってくる。
それなのにどうして僕は、はじめ君がセラを殺したかもしれないなんて疑ってしまったんだろう。

僕の下で光をなくした、あの時のはじめ君の瞳。
思い返すたび胸が軋んで、胸が余計に苦しくなる。


「……駄目ですね、僕は。友人まで信じられなくなるなんて」


自嘲気味にそう呟いた僕に、王太子は静かに視線を向けてきた。


「あんなことがあったんだ、沖田が悪いわけじゃないだろ。それに、どうも引っ掛かる」

「何がです?」

「今日のことについてだよ。あんなふうにセラを殺す理由がわからない。セラが邪魔なら、その場で殺せばいい筈だ。それなのに、何故わざわざ邸宅に移動させて、むごたらしいやり方をしたんだ?」


その言葉はまるで別の角度から刺されたような意見で、思考が一瞬止まってしまう。


「セラへの憎しみが……それだけ強いってことですか?」

「その可能性もある。でも、それだけじゃない。あれだけ警備がしかれた狩猟大会で、わざわざ入念に準備してまで狙ってくるなんておかしいだろ。まるで、いくら護っても無駄だと言わんばかりに、俺達に当てつけてるようにも思えないか?」


確かに、と僕は息を呑んだ。
犯人はなぜ今日を選んだ?
前回の世界では、この日に何も起きなかったはずなのに。

だから僕はセラを一人にすることに不安を感じながらも、心の何処かで油断していた。
これだけ警備が整っていれば、以前の世界でも起きなかった悲劇が起きるはずがないと。


「それにあの殺され方もそうだ。あれを見て辛いのは、周りの人間だろ」

「ですが、セラも意識がなかったとは言い切れません」

「そのことは気になって調べたけど、セラは紅茶をある程度飲んでいた。きっと周りと同じように眠っていた筈なんだ。だからこそ、時間をかけずに邸宅に運べたし、縛ることが出来たんじゃないのか?」

「そうかもしれませんけど……」

「一つの可能性として聞いて欲しいんだけど、恨まれてるのはセラじゃない可能性もあるよね」


王太子の声は落ち着いていたものの、その内容は僕の心臓を直接掴んでくるほど衝撃的だった。
そんな考え、一度だってしたことがない。
セラの存在を邪険に思っている相手を見つけ出し、必ず潰す……そればかりを考えていたからだ。


「考えてみなよ。仮にお前が、腕力や剣技で到底敵わない相手を苦しめたいと思ったならどうする?その場合、その相手の一番に大切にしてるものを狙うだろ」

「それがセラだったって言うことですか?」

「ああ。その犯人の恨んでる相手が誰かはわからないけど、可能性で言ったら近藤公かもしれない。それか……沖田、お前とかね」


名指しされた瞬間、心臓が痛むほど脈打った。
セラに向けられる悪意があるというだけで、胸が引き裂かれそうになるのに。
その上、彼女が他の誰かのために犠牲になったのかもしれないと考えれば、ひどく息苦しくなる。


「勿論、これはあくまでも俺の見解の一つだ。本当にそうかはわからない。でも、セラを見ていると誰かにここまでの殺意を抱かれる奴には思えないからね」


僕もずっとそう思ってきた。
セラは優しいし、人を傷つけない子だ。
社交の場にも出ず、誰かの恨みを買う機会なんてほとんどない。
それなのに、あの誘拐事件の時にはすでに彼女は誰かに狙われていた。


「僕とセラが出会ったきっかけは、とある組織が起こした誘拐事件からだったんです」


王太子に隠してきた過去を、初めてすべて話した。
僕が昔、ヴェルメルの大公子だったこと。
爵位を失い、国を出てアストリアへ向かったこと。
そこで偶然、誘拐されたセラの見張り役になったこと。
そして彼女を連れて逃げ、救い出したこと。
その縁でアストリア騎士団に入隊し、今の僕があることまで。
王太子は驚いたように目を見張ったけど、何も言わずに最後まで静かに耳を傾けてくれた。


「……驚いたよ。沖田がまさかあのヴェルメルの大公子だったなんてね」

「元、ですけどね」

「その話を聞くと、ヴェルメルの残党の仕業かもしれないとも思ったけど……出会った時からセラが狙われていたんだとしたら、それは違うよね」

「ヴェルメルの残党なんて、今はほぼ残ってないですよ。それに僕とセラの仲を知っている人なんて、殆どいませんし」

「まあ……そうか。セラを狙ったところでヴェルメルの復興とは関係ないしね。そうなると、やっぱり矛先は近藤公なのかな」


近藤さんは、最愛の人をあまりにもつらい形で亡くしている。
その一件に関わりのある家は、斎藤家……はじめ君の家門だ。

誰かがはじめくんの母親を刑に処した近藤さんを恨み、彼を傷つけようとしたのだとしたら。
そして、そのためにセラを狙ったのだとしたら。
そんな考えたくもない可能性が、胸を縛りつけるようだった。


「近藤さんも、本来なら誰かに恨まれるような人ではないんですけどね。温かくて、僕なんかのことも認めてくれる優しい人です」

「沖田とセラの仲も認めたくらいだしね。でも恨みなんてどこで買うかわからないし、犯人が誰かわからない以上、気をつけた方がいい。もしかしたら、その敵が身近に潜んでいるかもしれないだろ」

「身近……?」

「アストリアの内部だって怪しいってことだ。敢えて今日を狙ったっていうことは、セラを狙うのに一番障害になるのは沖田たち三人だって、相手が思っていた可能性がある。尚且つ、この前の仮面舞踏会のことも考えると、まるでお前達の行動が事前にわかっていて仕掛けてるみたいじゃないか」

「…………」

「正直、こんなやり方をされたら防ぎようがない。それだけの相手だってことを忘れない方がいい。結局手がかりすらないし、今頃近くでほくそ笑んでるかもしれないかよ」


言葉が落ちた瞬間、部屋の空気が一段冷え込んだ気がした。
まるで沈黙そのものが氷の膜になって、僕たちの間に張りつくようだった。

身近なところに敵がいるかもしれない。
それはつまり、回帰を繰り返したところでセラのすぐそばに悪意が潜んでいる可能性があるということだ。


「本当にそうだとしたら……さすがに辛過ぎますけど」

「勿論、今の段階では断定できるものは何もないけどね。でも……疑わしくても信じたい相手ほど一番危ないよ」


ただ漠然と仲間だと信じてきた相手が、セラの命を奪ったなんて考えたくもない。
僕とセラの仲を知っている、山南さんや山崎君。
長い時間を一緒に過ごしてきた、伊庭君と平助。
セラが心を許している、はじめ君に千ちゃん。
これまで支えてくれた騎士団の皆や、彼女を誰よりも深く愛していた近藤さん。

無意識に頭に浮かんだ皆の顔が心の中で歪み、何が真実なのかもわからなくなってくる。
誰か一人を疑うだけで、心が潰れそうだった。
複数の世界を渡って、僕はずっと皆を見てきたつもりなのに。
今は皆の存在が酷く遠く感じられた。


「……殿下のことは、信じても宜しいですか?」


縋るように出た言葉は、我ながら情けないものだった。
でも、その問いを投げずにはいられなかった。
王太子は目を瞬かせると、眉を下げてふっと小さく笑った。


「俺のことは信じて損はないんじゃない?これで俺が犯人だったら、潔く沖田に殺されてあげるよ」

「前の時も、そうでしたもんね」

「は?前の時?」

「僕の知ってる殿下は、口では捻くれたことを言ってても真っ直ぐな方だってことはわかってますから。だから僕は、殿下のことを信じています」


努力家で、未来を見据えて行動できる人。
前の世界で王太子がセラを大切にしていたことは、その仕草や眼差しでわかった。
その殿下がこの世界で傷つかずにいてくれることが、僕には救いだった。

もし次の世界があるのなら、また友人として笑い合えたらいい。
そんな希望めいた感情が、わずかに胸に灯る。
王太子は鼻で笑い、その声の奥にわずかな温度を滲ませた。


「当たり前だ」

「殿下、今日は色々とありがとうございました。僕はそろそろそろ戻ります」


立ち上がって頭を下げると、王太子の瞳が僅かに揺らいだ。


「また何かわかればすぐに沖田に伝える」

「ありがとうございます。僕も、皆とよく話してきます」


僕を案じるように王太子がほんのわずかに笑みを浮かべる。
その表情に釣られるように、僕も静かに微笑みを返した。
この世界で王太子と言葉を交わせるのは、きっとこれが最後になる。
そう考えれば、この世界で確かに育った絆が途切れてしまうようで胸が痛んだ。

でも、もう立ち止まる時間はない。
セラの命が消えた今、長くこの世界に留まってしまったら、二度とあの子に追いつけなくなる。
回帰の条件すらわからない以上、セラの死から長く離れれば離れるほど、手の届かない場所へと遠ざかってしまいそうで、それが怖くて堪らなかった。

だから、一刻も早くこの世界でのやるべきことを終えて、セラの元に行きたい。
あの子と再び出会える可能性がある限り、僕は迷わないと部屋を出て歩き出した。


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