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それからまた日は流れ、ヴァイオリンのレッスンを終えたある日の午後。
総司さまのことを考えながら伝令役の方が来るのを窓辺で待っていると、丁度やってきたその方と目が合った。
その手に小さな包みと封筒があるのに気付いて、胸がどきんと大きく鳴る。
まさかと思いながら近づくと、封筒に書かれていたのは総司さまのお名前だった。
『……!』
声を出しそうになって、慌てて口元を押さえる。
胸がいっぱいで足先が少しふわふわするけど、受け取ったそれを大事に抱えて自室へ急いだ。
ベッドに腰を下ろして、まずは封筒を両手で持つ。
少しだけ深呼吸をしてからそっと開き、待ち焦がれた総司さまからの手紙を読み始めた。
――
親愛なるセラ嬢
こんにちは。
この前は、お手紙をありがとう。
セラ嬢からの手紙を読んで、胸があたたかくなりました。
栞を気に入ってもらえたみたいで、僕も嬉しいよ。
ヴェルメルでは毎日、少しずつ体を動かしています。
アストリアの騎士団で教えてもらったとおり、朝は外を走って呼吸を整えることから始めています。
最初は辛かったですが、続けていると前より長く走れるようになってきました。
次にセラ嬢に会うときは、今より丈夫になっていたらいいなと思っています。
剣の稽古では、構えを崩さないことが大事だと習いました。
前は打つことばかり考えていましたが、今は相手との距離を見る余裕が出てきたと思います。
剣を振り下ろしたあと、すぐ次の動きに移れるようになったと、先生が褒めてくれました。
セラ嬢に胸を張って話せるほどではありませんが、習ったことを積み重ねていきたいと思っています。
そういえば、先週は北部で毎年開かれる宮廷舞踏会に初めて参加しました。
僕は踊れる年齢ではないので、ずっと立って見ていただけですが、それでも少し緊張した気がします。
同じくらいの年頃の方々とも、少しだけ言葉を交わしましたよ。
どこから来られたのか、どんなことを学んでいるのか、そんな話です。
皆それぞれに目標を持っていて、落ち着いて話す姿が印象に残りました。
そういう様子を見ていると、僕ももっと学び、鍛えていかなければと気付かされます。
それに僕たちが大人になったら、セラ嬢と一緒に舞踏会に参加出来たらいいなと思いました。
一緒にワルツを踊ったら、きっと楽しいだろうなと思ったんです。
セラ嬢は、もうワルツの練習をしているの?
僕は、これから少しずつ教えてもらう予定です。
いつか同じ音楽で一緒に踊れる日が来たらいいよね。
同封した贈り物は、北部で作られている小さな星のオルゴールです。
アストリアは夜になると空がとてもきれいなので、この音を聞きながらセラ嬢が眠る前に少しでも安心できたらいいなと思って選びました。
気に入ってもらえたら嬉しいです。
セラ嬢との手紙のやりとりは、僕の一番の楽しみです。
一日の終わりにセラ嬢からの手紙読むと、心が落ち着きます。
だからこれからも手紙をもらえたら僕もとても嬉しいよ。
またセラ嬢に会える日を楽しみにしています。
総司
――
手紙を読み終わって、私は唇をきゅっと結ぶ。
そしてその内容にもう一度目を通しながら、色々なことを考えていた。
宮廷舞踏会。
本で読んだことしかないけれど、綺麗に着飾った人たちが集まる場所だ。
そこに総司さまも行かれたのだと思うと、頭の中にその光景がひろがった。
総司さまはどんな服を着て行かれたのだろう。
きっと似合っていて素敵だったんだろうな。
そう思うと嬉しいはずなのに少しだけ淋しい。
なぜならわたしは、その時の総司さまの姿を見ることはできないからだ。
それに同じ年頃の方々と、少し言葉を交わしたと書いてあったけど……
その中に女の子もいたのかな?
そう考えた途端、胸の奥が少し落ち着かなくなる。
どうしてかわからないけど、心がざわざわするのを感じた。
総司さまは、どんな女の子が好きなんだろう。
活発な子?おとなしい子?頭が良い子?綺麗な子?
髪は長いほうがいいのかな?
背は高いほうが好き?
考えれば考えるほどそわそわするのに、その理由はうまく言葉にできない。
思わず自分の足元を見る。
わたしはまだ身体が小さくて、背も低い。
少し底の高い靴を履いても、つま先立ちしてみても、総司さまよりずっと背が低かった。
もし総司さまが、背の高い女の子が好きだったらどうしよう。
そんなことを考えてしまって、急に悲しい気持ちになってしまった。
でも、手紙にはやさしい言葉がたくさんあった。
また手紙をもらえたら嬉しいということ。
わたしとの手紙のやりとりが一番の楽しみだということ。
素敵なオルゴールまで、わたしのために贈ってくださった。
それを思うと、さっきまでの不安も少しだけ小さくなっていくようだった。
それに総司さまが毎日努力されていることを知って、わたしももっと頑張れる人になりたいと思った。
ピアノも、ヴァイオリンも、勉強も、どれも大好きだけど、それだけでは総司さまの近くに立つには足りないかもしれない。
次に総司さまと会うときまでに、わたしも少しでも立派になっていたいと、思わずにはいられなかった。
『お母さま、今お時間よろしいですか?』
私は自室を出て、縫い物をしているお母さまの元へと足を運ぶ。
「あら、どうしたの?」
『総司さまが、素敵なオルゴールをくださったんです』
そう言って、手にしたオルゴールをそっと鳴らしてみる。
部屋の中には優しくてあたたかい音色がふんわりと広がった。
「本当に綺麗な音ね。素敵な贈り物だわ」
『はい。なのでわたしも総司さまに何か贈りたいと思ったのです』
「それはいい考えね。セラはどんなものなら、総司さんが喜んでくれると思うの?」
総司さまは、とても優しい方。
わたしが何を差し上げても、きっと笑顔で喜んでくださるだろう。
でもだからこそ、心を込めて総司さまのために考えたい。
わたしは真剣に考えてから、ふと目を輝かせた。
『前にアストリアで、総司さまがわたしの靴についた泥を拭いてくださったお話、覚えていらっしゃいますか?あのとき、総司さまのハンカチが泥で汚れてしまったんです』
「あら、そうだったのね」
『だからハンカチに刺繍をして、お贈りしようと思います。総司さまが喜んでくださるように、一生懸命に刺します』
「いいと思うわ。それなら総司さん、とても喜ばれるわね」
『はい。ですが……お母さま?わたし、一人で作れるか少し心配です』
「大丈夫よ。わたしがそばで見ているから、ちゃんと最後まで作れるわ」
お母さまはやさしく布と針を渡してくれて、少しだけコツを教えてくださった。
「針を持つ手はこうして、糸を通すときはゆっくりね」
ゆっくり、ゆっくり。
針を通しては糸を引き、また通しては糸を引く。
小さな星の形を思い浮かべながら、心の中で「総司さま、喜んでくれるかな」と繰り返した。
途中で糸が絡まったり、針を持つ手がぷるぷるしてしまったりして、うまくいかないこともあった。
でもお母さまはそっと見守ってくださるだけで、口を出さずに「セラなら大丈夫」と微笑んでくださった。
そしてついに小さな星がハンカチの端に出来上がる。
少し形は歪んでいるけど、水色の星はキラリと輝いて見えた。
『できました……!』
思わず声をあげると、お母さまも私の手を握って微笑んでくれた。
「本当にかわいらしい星ね。セラの一生懸命な気持ちが、きっと総司さんに伝わるわ」
『ふふ、喜んでもらえるといいな』
自分の力で作り上げた、心を込めた贈り物。
私はそのハンカチを折りたたんで、胸の前でぎゅっと抱えた。
総司さまに、また手紙を書くことも、こうして総司さまのために何か出来ることも嬉しくてたまらない。
この気持ちを大切にしようと思いながら、総司さまの笑った顔を思い浮かべていた。
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