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骨折をしてからというもの、僕は一日の殆どをベッドの上で過ごしていた。
ようやく体力がつき始めた矢先だというのに、このまま安静を続けていては、以前の軟弱な自分に逆戻りしてしまう。
そう分かっているからこそ、もどかしさと苛立ちは募る一方だった。
でも胸の奥で最も強く焦りを生んでいたのは、他でもないセラ嬢のことだった。
彼女に手紙を出してから、もう数週間が経つ。
そろそろ返事が届いてもいい頃だとは思うけど、そもそも返事をもらえるかどうかも分からない。
そう考えてしまうのは、あの日書いた手紙を今になって後悔しているからだった。
本当ならアストリアへ行けなくなったことだけを伝えて、謝ればそれでよかった。
怪我をして約束を守れなくなったことを簡単に説明して、申し訳ないと書いて終わりにすればよかったはずだ。
それなのに僕は、嫌われるのが怖いとか、忘れられたらどうしようとか。
信じてほしい、待っていてほしい、そんなことまで全部書いてしまった。
年下の女の子にあんな手紙を書くなんて、今になって思えば情けないにも程がある。
読み返す勇気もなくて、出したあとで何度も後悔した。
でもあの時は、どうしたらいいのか分からなかった。
怪我をして、剣も振れなくなって、約束も守れなくなって。
自分の手の中にあったはずのものが、一気に離れていった気がした。
もしセラ嬢まで、僕から離れてしまったらと考えたら、胸が苦しくなって、気がついたら縋るみたいな言葉ばかりを並べた手紙を書いていた。
「総司様宛のお手紙です」
部屋に入ってきた執事により、手渡された一枚の手紙。
その宛名を見て、心臓がどくんと揺れた。
いつもなら胸を躍らせていた手紙も、今日ばかりは中を見るのが怖くてたまらない。
もし困らせたり、重たいと思われていたら。
少しでも距離を置かれるような言葉が書かれていたら。
そう考えるたびに、指先が冷たくなる気がした。
「……読むしかないよね」
逃げていても、何も変わらない。
僕は封筒を両手で持って、覚悟を決める。
指先にほんの少し力を込めて、僕はゆっくりと封を切った。
――
親愛なる総司さま
お手紙、ありがとうございます。
読んでいるうちに胸がぎゅっとなって、とても大切なお手紙だと思いました。
総司さまがわたしのことを考えながら一生懸命書いてくださったことが、よく伝わってきました。
怪我をされたと聞いて、とても心配しています。
左のお腕も、胸のところも、きっととても痛いのだと思います。
夜はちゃんと眠れていますか?
息が苦しくなったりしていませんか?
もし会えたなら、わたしがそばに座って、総司さまが眠るまで手をにぎっていたいと思いました。
会えなくなってしまったことは、少しさびしいです。
でも、総司さまは悪くないですよ。
ですから、謝らなくて大丈夫です。
わたしは総司さまが来られなくなったからといって、悲しくなったり、嫌になったりしていません。
それよりも総司さまが無事でいてくださることのほうが、ずっと大切です。
わたしは総司さまのことが、今もこれからも大好きです。
会えなくても、離れていても、その気持ちは変わりません。
絶対に嫌いになったりしませんし、忘れることだってできません。
ですからどうか、そのことは心配しないでください。
お手紙を読んでいて、総司さまが少し元気がないように感じました。
痛いところがあるからかもしれませんし、悔しい気持ちもあるのだと思います。
でも、総司さまは情けなくなんてありません。
わたしにとって、いつも優しくて、誰よりも素敵な人です。
総司さまのことはわたしが守ります。
もし総司さまをいじめる人がいたら、わたしが本気で怒りますし、もし元気が出ない日があったら、わたしが総司さまのお話をたくさん聞いて、少しでも笑ってもらえるようにします。
ですから、どうか一人でがんばりすぎないでほしいです。
今はまず、ゆっくり休んでください。
ちゃんと治るまで、無理をしないでください。
わたしはいつまでも待っています。
待っている時間も、総司さまを思って過ごせるのでさびしくありません。
その時間も、わたしにとって大切な宝物になるからです。
それに、会えなくてもこうして総司さまにお手紙を書くことができています。
それだけでとっても幸せです。
次の冬にお会いできる日を、楽しみにしています。
その日まで、たくさんお手紙を書きますね。
どうか、お身体を大切になさってください。
総司さまが、少しでも早く元気になりますように。
アストリアから毎日祈っています。
セラ
――
手紙を読み進めるうちに、胸の奥がどんどん熱くなっていった。
一行読んでは止まり、また少し読んでは先へ進めなくなる。
どうしてこんなに苦しいのにあたたかいのか、よくわからない。
でも読み終えたとき、読む前とはまるで違う感情の僕がそこにいた。
セラ嬢は、小さくて儚くて、どちらかと言えばすぐ泣いてしまう女の子だ。
転ばないか、怪我をしないか、悲しい思いをしていないか、気づけばいつも目で追ってしまう。
少し強い風が吹いただけでも、心配になってしまうような存在だった。
だから当たり前に思っていた、セラ嬢は僕が守るんだって。
それなのにセラ嬢は、その小さな身体で僕を守ると書いてくれている。
弱いところも情けないところも、僕が一番隠したかった心の奥まで、セラ嬢はちゃんと見つけて、責めることも怖がることもなく、ただ優しい言葉を向けてくれていた。
重たく沈んで自分ではどうにも出来なかった気持ちが、セラ嬢の言葉を読むたびに少しずつほどけていく。
さっきまで悩んでいたことが嘘みたいに、今はただ胸がいっぱいで、嬉しくて仕方がない。
暗いところに一人きりでいると思っていたのに、気づいたらそこに小さな灯りがともり、花が咲き始めたみたいだった。
守ってあげたいと思っていた女の子に、心を支えられている。
その事実が胸をいっぱいにして、同時にどうしようもなくセラ嬢のことが愛おしくなる。
前よりもずっと、大切でたまらなくなる。
それはもう、僕の心を完全に染めてしまう感情だった。
もし今セラ嬢に会えていたら、きっと僕は弱さを言葉にできなかった。
不安だったことも情けないと思っていることも、ただ笑ってごまかして何も言えずにいたと思う。
手紙だからこそ、こうして心の奥にあるものを、相手に渡すことができる。
そう考えると、離れている時間は決してただの空白じゃないと思えた。
会えなくても、気持ちはちゃんと行き来している。
この手紙一枚が、その証みたいに。
これは僕達にとってかけがえのない時間なんだと、セラ嬢の手紙が教えてくれた気がした。
「会いたいよ」
セラ嬢に会いたくてたまらない。
だから今は無理をせず、この怪我をきちんと治そうと思う。
元気になって、もっと強くなって、必ずあの子に会いに行く。
その時には、今より少しでも頼もしい僕でいられるように、これからはもっと努力しよう。
僕の大切なセラ嬢の笑顔を、守れるようになるために。
今度は僕が、彼女を支えてあげられるようになるために。
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