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総司さまと手紙のやりとりを続けているうちに、アストリアは静かに冬を越え、新しい季節に移ろうとしていた。
庭園を眺めると、土の間から小さな新芽が顔を出し始めている。
枝にとまる鳥たちの声もどこか嬉しそうに聞こえて、あたたかな日差しを待ちわびているようだった。
ヴェルメルの大地は春になってもまだ雪に覆われていると総司さまのお手紙には書かれていたけど、アストリアは一足先に春を迎えたみたい。
私は窓の外を眺めながら、そっと心の中の気持ちを言葉にした。


『早く次の冬が来ないかな』


総司さまは療養を終えて、怪我もすっかり良くなったそうだ。
けれど春の終わりにはヴェルメルで出席しなければならない大切な催しがあるらしく、最初に聞いていた通り、次にアストリアへ来られるのは冬になってからだという。
わかっていたことなのに、会えない時間が続くと思うと、胸の奥が痛んだ。
静かな私のつぶやきを聞いて、一緒にお茶をしていたお母さまが、くすくすと小さく笑った。


「まあ、もう冬が恋しいの?セラは寒いのは苦手だったでしょう?」

『寒いのは苦手ですけれど……でも、冬は……』

「総司さんに会えるから?」


そう言われると少し照れくさくなって、私は何も言えなくなってしまった。
思わず指先をもじもじと動かしていると、お母さまはやさしく微笑んで、ふと思い出したように壁に掛けられた時計を見上げる。


「そろそろお父様がお戻りになる頃ね」

『お父様がお屋敷に戻られるのは二週間ぶりですね』

「ええ。きっと、セラにいい知らせが届くかもしれないわ」

『いい知らせ……ですか?』


私が小さく首を傾げた、そのときだった。
廊下の向こうから騒がしい足音と人の気配が近づいてきた気がした。


「帰ったぞ!」


扉が勢いよく開いたかと思うと、外套も脱ぎきらないままのお父さまが、ぱっとこちらを見た。


「おお、セラ!元気にしていたか?」


そう言うより早く、お父さまは大股で歩み寄ってきて、私は驚く間もなく抱き上げられてしまった。


『きゃっ……』


ふわりと身体が宙に浮く。
お父さまはそのまま私を高く抱え、嬉しそうにくるりくるりと回り始めた。


「ははは、こうして顔を見ると安心するな。俺がいない間もいい子にしていたか?」


景色がぐるぐると動いて、私は思わずお父さまの肩にぎゅっとしがみつく。


『……お父さま、目が回ります』


そう言うと、ようやくお父さまは動きを止めて、名残惜しそうに私を下ろした。


「ああ。すまない。つい嬉しくてな」


そこへ少し呆れたようなお母さまの声がかかる。


「あなた、騒がしすぎます。ここは屋敷の中ですよ」

「う……」


たったそれだけで、お父さまは分かりやすく肩を落とした。


「またやってしまったな。久しぶりに二人の顔を見たら、つい嬉しくなってしまうのだ」


さっきまでの威勢の良さはどこへ行ったのか、しゅんとした様子で視線を落とすお父さま。
公爵として外では威厳のあるお父さまなのに、お母さまの前だと少しだけ様子が変わる。
そんなところも、私は好きだった。
お母さまもそんなお父さまを責めるでもなく、くすくすとやさしく笑っていた。


「ふふ。でも、セラも嬉しそうでしたよ」

「そうか!それなら、よかった」


お父さまは少しだけ顔を上げて、照れたように頭をかいた。
そのやりとりを聞きながら、私は胸の奥があたたかくなるのを感じていた。


『お父さま、おかえりなさい』

「ああ、ただいま」

「おかえなさい。あのことはどうなったの?」

「ああ。ちょうど今、その話をしようと思っていたところだ」


そう言って椅子に腰を下ろし、お父さまは私とお母さまを交互に見た。


「昨日、正式な要請が来た。東部代表として国境沿いの鉱山と交易路の視察、それから北部貴族との会談に出向く必要があるそうだ」


北部は、ヴェルメルがある土地だ。
でもお父さまのお仕事に子供のわたしがついていくことはできない。
それがわかっていたから、私は何も言わずお父さまの話を聞いていた。


「本来なら俺一人で行くべき仕事だ。だが最近のセラは、随分と我慢をしているだろう。だから考えていたんだ。セラとユフィも、一緒に北部へ連れて行けないかとな」

『……え?』

「とは言え、馬車で休みながら進んでは一月近くかかる。七歳の子には、本来とても厳しい道のりだ」


総司さまも一ヶ月近くかけて来てくださったと、以前話していた。
だからやっぱり無理なんだろうとしゅんとしていると、お父さまは言ってくださった。


「だから準備をしてきたぞ。道中、東部から北部へ向かう間に、旧知の貴族の屋敷をいくつか経由するのはどうだろうか。二、三日ずつ滞在して、身体を休めながら進めば旅行気分で楽しく行けるかもしれんぞ。揺れの少ない大型馬車を使い、医師と侍女も同行させるつもりだ」


そこまで聞いて、お母さまは少し驚いたように目を瞬かせた。


「まあ、そこまで。もしかしてずいぶん前から、お考えになっていたの?」

「ああ。セラの喜んだ顔が見たかったからな」


お父さまはそう言って、私の前に屈む。


「無理はさせるつもりはないぞ。少しでも辛そうなら、そこで引き返せばいい。セラは総司殿に会いにヴェルメルに行きたいか?」


胸の奥にぎゅっと溜め込んでいたものが、一気にあふれそうになる。
気がつくと、私は一歩前に出て、お父さまの顔を見上げていた。


『わたし行きたいです、ヴェルメルに……!』


声は少しだけ震れてしまったけど、今度こそはっきりと伝えたかった。
その言葉を聞いたお父さまは、いつものように豪快に笑った。


「はははっ、そうかそうか」


そう言って、お父さまは今度はお母さまの方を見る。


「そうと決まれば、世話になる太閤閣下とアンナ夫人に、滞在の許可をいただかなければならんな」

「そうね。明日にでもお手紙を出しましょう」


お母さまは、最初から知っていたような、それでいてほっとしたような表情で頷いた。


『……わあ』


思わず、そんな声がこぼれてしまう。

本当に?
本当に、ヴェルメルに行けるの?

夢を見ているみたいで、嬉しいはずなのに、気持ちがまだ追いつかない。
胸の奥がふわふわして、足元が少しだけ心もとないけど、私はお父さまの胸に顔をうずめていた。


『お父さま……』


小さくそう呼ぶと、大きな手がそっと私の背中に回された。


『わたし、本当に本当に嬉しいです。ヴェルメルに連れていってくださること、ありがとうございます』


言葉にすると、胸がいっぱいになってしまって、それ以上は何も言えなかった。
お父さまは、優しく私の頭をぽんぽんと撫でた。


「その顔が見られただけで、準備をした甲斐があったというものだな」


その様子を見ていたお母さまも、何も言わずやさしく微笑んでいた。

その夜、部屋に戻ってからも、胸のドキドキはなかなかおさまらなかった。
窓辺の机に向かい、私は白い便箋をそっと広げる。

総司さま、伝えたいことがたくさんあった。
ヴェルメルへ行けること。
お父さまとお母さまが、私のために準備をしてくれたこと。
そして、もうすぐ会えるかもしれないということ。

胸の奥で大切にしていた想いを、今度は手紙にのせようと思いながら、静かにペンを取ったわたしがいた。


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