8

夕刻まで続いた稽古と講義を終えた頃、空は橙色に染まっていた。
身体は疲れて重かったけど、セラ嬢と会えると思うと不思議と足取りは軽かった。

昨日あんなことがあったというのに、セラ嬢は体調を崩すことなく、今日もにこにこと笑っている。
額に貼られた白いガーゼだけが、昨日の出来事を現実のものだと突きつけてくるようで胸が痛んだ。

あんな傷、つけさせたくなかった。
それでも彼女が僕を見上げてふわりと笑うと、どうしようもなく安堵してしまう自分がいる。
護れなかったくせに、笑顔に救われてるなんて情けないよね。


「今日も遅くなっちゃってごめんね。身体は平気?」

『はい。今日もとっても元気ですよ。総司さま、お稽古おつかれさまです』

「ありがとう。今日は何してたの?」

『今日は書庫でご本を読ませていただきました。総司さまこそ、お疲れではないですか?』

「全然平気だよ。セラ嬢と出かけられるなら、これくらいどうってことないかな」


そう言うと、彼女はぱちりと目を瞬かせて、すぐに嬉しそうに顔を綻ばせる。


『無理はしないでくださいね。総司さま、頑張りすぎてしまうから』

「心配してくれるの?」

『はい。だって、総司さまがつらいのは私も悲しいです』  

そう言って指先をもじもじとさせる仕草は、きっとこの子の癖なんだろう。
アストリアで見たその愛らしい仕草がまた見られて、嬉しく思う僕がいた。


「本当に元気だから平気だよ。あとセラ嬢に報告したいことがあるんだけどさ」


そう前置きをすれば、彼女は言葉の続きを楽しみにするように瞳をきらきらさせている。


「騎士団で行われた若年部隊の公開試合で、決勝まで残れたんだ」


僕より二つ上の人達までが出た試合。
人数もそれなりにいたけど、今までになくいい結果を残すことができたと思う。
僕はセラ嬢に会ってから確実に強くなっていると、実感することができる試合だった。


『わあ……それはすごいです!総司さま、お強いのですね!』

「ううん、まだまだだよ。僕より年下の団員も出てる試合だからさ」

『いいえ、本当にすごいことだと思います。総司さまの努力が実を結んだのですね。わたしもとても嬉しいです』


にこにこ顔がもっと笑顔になり、僕の他愛ない話にこうして耳を傾けてくれるから、話して良かったと思える。
この結果に満足しないで、僕はより高みを目指そうとより強く感じた。


「ありがとう。セラ嬢」

『ふふ』
 
「そういえば、今日はどこに行きたい?」


彼女は嬉しそうに少し考えてから、小さく声を弾ませた。


『昨日見る予定だった離宮に行きたいです』


自然に笑みがこぼれる。
昨日、あの離宮でかくれんぼをしたいのだと、彼女が目を輝かせていたことを思い出した。


「いいよ。じゃあ行こうか」

『はい』


手を差し出すと、迷いなく重ねられる小さな手。
僕を見上げて嬉しそうに笑うから、それだけで胸のざわめきが静まっていく。
先程までシリル兄上に向かって執拗に剣を振るっていた自分が、まるで遠い誰かのようだ。

離宮へ続く小道は、人通りも少なく夕陽に染まっていた。
辿り着くと、蔦の絡まる白い壁が夕陽に照らされて淡く光っている。
使われてはいないけど、庭や内部はきちんと手入れされている。
静かでどこか秘密めいている場所だ。


『わあ、きれい……』

「気に入った?」

『はい、とっても』

「じゃあ昨日話してたかくれんぼ、やってみる?」


彼女は僕の言葉を聞いて、大きな目を丸くした。


『今からですか?』

「うん。日が沈むまで少しだけ。僕が鬼でいいよ」

『でも……総司さまが鬼だとすぐに見つけてしまうでしょう?』

「そうかな。ああ、でもセラ嬢は意外と足音立てるもんね」

『え……?そうですか?』

「うん。さっきも小石を踏んでたし」


僕がそう言うなり慌てて足元を見る仕草が可愛くて、思わず笑ってしまう。


『やっぱり、私が鬼役をします』

「いいの?」

『はい。総司さまを見つけたいから』

「わかったよ。じゃあ、目を閉じて二十数えてくれる?」

『わかりました。総司さまはちゃんと隠れてくださいね?』

「努力するよ」


セラ嬢は嬉しそうに頷くと、僕に背を向けた。


『いち、に、さん……』


両手で目を覆いながら、セラ嬢はきちんと壁に向かって数え始める。
その声はやわらかくて、少しだけ弾んでいて、本気で僕を見つけるつもりなのだと伝わってきた。

さて、どこに隠れようか。

離宮の庭は広くはないけど、身を隠せる場所はいくつもある。
僕が選んだのは、建物の東側にある半円形の回廊の柱の陰。
そのすぐ背後にある、アーチ状に仕立てられたローズの植え込みの内側だった。
アーチの内側にはわずかな空間があり、そこに身を寄せれば正面からはほとんど見えない。
それでいて、庭の中央に立つセラ嬢の姿はよく見える。
すぐそばでセラ嬢を見守ることができる最高の場所だ。


『……じゅうきゅう、にじゅう。もういいですか?』

「いいよ」


少し離れた方向から声を返すと、セラ嬢はくるりと振り向いた。


『絶対に見つけますからね』


その声音は楽しげで、でもどこか真剣だ。
彼女はまず噴水の裏をのぞき込み、次に左右対称の生垣の影をひとつひとつ確かめていく。
ドレスの裾を少し持ち上げ、丁寧に歩きながら一生懸命探していた。


『……こちらではないのですね』


僕は石柱の影に身を寄せたまま、動かない。
ほんの数歩先にいるのに、彼女は全然気づく気配がなかった。
それでも必死に探してくれる様子が嬉しくて、もう少しだけこの時間を味わっていたかった。


『総司さま、どちらにいらっしゃいますか……?』


声がほんの少しだけ弱くなる。
庭を一周しても、僕は見つからない。
その後も暫く探し続けていたけど、ついに彼女の足が回廊の中央でぴたりと止まった。

沈みかけた夕陽が横顔を染める。
長い睫毛が伏せられ、その表情はとても悲しそうだった。


『総司さま……』


その呼び方は、さっきまでの明るい声とは違って、なぜか胸が締めつけられるものだった。

だめだ、泣きそうな顔をさせたいわけじゃない。
僕はローズアーチの内側からそっと身を離し、石柱の陰から姿を現した。


「セラ嬢」

『……え?あれ?総司さま、出てきてしまわれたのですか?』


驚きと安堵が混ざった瞳が、まっすぐに僕を見上げる。


「うん、だってセラ嬢がなかなか探しにきてくれないからさ」

『でも……あと少ししたら見つけられる予定でしたのに……』


ほんの少し頬を膨らませる仕草。
その表情が少しばかり新鮮で、思わず笑みがこぼれる。


「ごめんね。でも折角の時間だから、一緒にいたいなって思ったんだよね」


彼女は一瞬きょとんとし、それからはにかむように微笑んだ。


『……私も、少しだけ心細くなってしまいました。総司さまがいないと、淋しいです』


その小さな告白に、胸がやわらかくほどける。
僕は一歩近づき、そっと小さな手を取った。


「ここにいたんだよ。ローズのアーチの内側。すぐそばで見てたんだ」

『そんな近くに?全然気づきませんでした』

「上手に隠れてたからね。でもセラ嬢があんな声を出すなら、もう隠れないかな」


彼女は静かに僕を見上げて、首を傾げていた。


『あんな声?』

「淋しそうに僕を呼んでたでしょ。あんな風に呼ばれたら、セラ嬢を一人にはできないよ」


そう告げると、セラ嬢の頬がほんのりと染まり、まるで胸の奥から温かいものがこみあげてきたみたいに、照れたような、それでいてとても幸せそうな笑顔が広がった。


『総司さま、優しいです』

「そんなことはないけどね」


否定したのは照れ隠しではなく、正直な気持ちだった。
優しいと呼ばれる資格が、自分にあるとは思えなかったからだ。


『わたし、総司さまの優しいところがだいすき』


迷いなくそう言い切る彼女の瞳は、澄んでいて疑いを知らない。
でも今日ばかりは、その温かい言葉を素直に喜ぶことが出来なかった。
昼間の出来事が、どうしても脳裏に浮かんでしまうから余計に。

何度となく木剣を振り下ろしたときの感触が忘れられない。
あれは鍛錬でも、ただの試合でもなかった。
僕は完全に私情で、シリル兄上を打ち据えたかったんだ。

苦痛に歪む顔を見ていると、剣を握る手を止めることができなかった。
むしろ振るうたびに胸の奥に溜まっていた苛立ちが薄れていき、頭が冴えわたっていく感覚さえあった。
長い間押し殺していた感情が一気に解き放たれたようで、それは恐ろしいほど心地よかった。

強くなり始めたことが嬉しかったのか、それとも初めて思い切り自分をぶつけられた解放感だったのか、自分でもうまく説明できない。
ただあの瞬間の僕は、彼女が言うような優しい存在ではなかったということだけは確かだった。


『総司さま?』


気づけば、剣を握っていた自分の右手をじっと見つめていたらしい。
彼女が心配そうに小首を傾げ、僕の顔をのぞき込んでいる。


「ありがとう。セラ嬢がそう言ってくれるなら、僕はうんと君に優しくするよ」

『わあ、嬉しいです』


この笑顔を護りたいと、強く思う。
少なくとも、この子に向ける感情だけは迷いなく優しくありたい。


「セラ嬢は、他にどこか行きたいところはある?」


彼女は少し考えるように周りを見渡して、それから離宮の建物を指差した。


『離宮の中に入ってみたいです』

「中は少し暗いかもしれないよ。電気がつくかわからないんだ」

『総司さまと一緒なら平気です』

「じゃあ、手を離さないでね」

『はい』


小さな手が、きゅっと握り返してくる。
重厚な扉の前に立ち、僕は自分の手を見下ろした。
この手は誰かを傷つけることもできるし、こうして導くことも護ることもできる。
どちらを選ぶのかは、きっと僕次第なんだ。
彼女の温もりを確かめるように優しく握り、僕はそっと息を吐いた。


「行こうか、セラ嬢」


二人でゆっくりと扉を押し開け、薄暗い離宮の中へ足を踏み入れた。
床は丁寧に磨かれ、壁の金の装飾も曇りなく輝いている。
高い窓から差し込む夕暮れの光が、長い廊下を静かに照らしていた。


『とてもきれいです』

「使ってはいないけど、定期的に侍女たちが掃除に入ってるんだ。家具も布も、全部ちゃんと手入れされてるみたいだよ」

『誰もお住まいになっていないのに?』

「もともとは、外国からのお客様を迎えるための離宮だったんだよ。けど今は、城の本館のほうが広くて新しいから、そっちで十分らしい。それに昔、この離宮で王族の方が長く療養していたことがあってね。その名残で、あまり使われなくなったんだ。縁起を気にする人もいるし」

『そうなのですね……』


彼女は真面目な顔で頷いたあと、すぐに好奇心に目を輝かせる。


『でも、少し秘密の場所みたいでわくわくします』

「秘密の探検、って感じかな」

『はい。総司さまと二人だけの探検です』


長い廊下を歩きながら、彼女は壁にかけられた古い肖像画を眺めたり、磨き上げられた手すりにそっと触れたりと、忙しそうにきょろきょろしている。


『こちらのお部屋は、応接間でしょうか?』

「そうだね。あそこは食堂、奥は舞踏室だよ。床が広いでしょ?」

『本当です。踊れそうですね』


そう言って、くるりと一回転する。
ドレスの裾がふわりと広がり、僕は思わず笑ってしまった。


「転ばないでね」

『大丈夫ですよ』


自信満々に言うけど、言っているそばから少しよろけて僕の袖をきゅっと掴む。
その仕草が可愛いらしくて、自然と頬が緩んだ。

やがて廊下の突き当たりにある一室の扉を開けると、そこには静かな寝室が広がっていた。
淡い色のカーテン、本が並べられたままの机、そして中央に置かれた大きなベッド。
白いシーツは皺ひとつなく張られ、まるで今すぐ誰かが眠りにつくかのように整っている。


『……わあ』


彼女は目輝かせ、僕が気付いた時には靴を脱いでしまっていた。


『少しだけ、失礼いたしますね』


そう言うなり、ふざけたようにベッドへと駆け寄り、そのままぽすんと飛び乗る。
驚く間もなく、彼女は仰向けに寝転び、天井を見上げて楽しそうに笑った。


『ふかふかです』


無邪気そのものだ。
その姿があまりに可愛らしくて、僕は堪えきれずに笑う。


「セラ嬢って見かけによらずおてんばだよね。怒られたらどうするのさ」

『総司さまも一緒なら、きっと大丈夫です』


なんて無責任な理屈だろう。
でもそんな言い方が愛しくてたまらない。
人前では可憐なご令嬢なのに、僕の前では飾らないでいてくれることが嬉しかった。

僕も靴を脱ぎ、ベッドの端に腰を下ろすと、そのまま彼女の隣に横になった。
天蓋越しに見える天井の装飾が、夕暮れの光に淡く染まっている。


『総司さま』

「なに?」

『探検、成功ですね』

「うん、大成功」


二人でくすくすと笑い合い、広い寝室の中で僕たちの笑い声だけが小さく響く。
僕たちは自然と向かい合うように寝転がり、すぐ目の前にはセラ嬢の顔があった。
さっきまでくすくすと笑っていた余韻がまだ残っていて、彼女の唇の端はやわらかく上がっている。
その碧い瞳がまっすぐ僕を映していて、長い睫毛の影が白い頬に落ちていた。

トクンと、胸の奥ではっきりと心臓が鳴る。
こんなにも近いと、視線の逃げ場がない。
透けるような白い肌はやわらかそうで、頬はほんのり桜色に染まっていて、見れば見るほど愛らしい。
この部屋の中で、彼女だけが不思議なくらい光を集めているみたいだった。
本当に、どこか遠い空から舞い降りてきたみたいだと思う。


「……天使みたいだ」


ぽつりと零れた言葉に、自分で驚く。
言ってしまってから、声に出ていたことにようやく気づいた。


『天使?』


きょとんとした顔で、彼女が瞬きをする。


「セラ嬢が、天使に見える時があるんだよね」


初めて会った時も。
アストリアの明るい日差しの下で微笑んだ時も。
こうして隣にいるだけで世界の色が澄んで、僕の目にはこの子の姿だけが鮮やかに映る。
気づけば僕の瞳はいつも無意識にこの子を追いかけていて、目が合うたびに心臓は早く鳴る。
愛おしいという感情が胸いっぱいに溢れて、どうしようもなく嬉しくなってしまうんだ。


『ふふ、わたしに羽は生えていませんよ』


彼女は小さく笑って、自分の背中をちらりと確かめる仕草をした。


「見えないだけかもしれないよ」

『見えない羽ですか?』

「うん。僕にだけ見える羽とかね」


そう返すと、セラ嬢は少し考えるように僕を見つめる。
それからほんの少しだけ身を乗り出し、僕の目をのぞき込んだ。
僕たちの距離が急に近づいて、息が止まりそうになる。
彼女のまつげの一本まで見えそうで、胸の奥が落ち着かなかった。


『総司さまの瞳、本当に綺麗。まるで白銀の騎士みたいです』

「え?騎士?」

『はい。物語に出てくる、誰よりも強くて優しい騎士さまです。剣を持って、悪い人たちからお姫さまを守ってくださる方』

「そんなに格好よくないよ」

『わたしにとっては、そうなのです』


きっぱりと言い切ると同時に、セラ嬢の指先が僕の胸元のシャツをきゅっと掴む。
小さな手が布越しに触れて、その感触がやけに鮮明に伝わってきた。


「…………」


言葉が出てこない。
だって、とにかく近い。
嬉しいはずなのに、どうしてこんなにそわそわするんだろう。
胸が熱くて、息が少しだけ浅くなる。
でも離れてほしいとは思わないし、むしろこのままでいてほしいと思ってしまう。

恐る恐る小さな背中に手を回してみる。
細くて、あたたかくて、やわらかくて、その身体は僕よりずっと小さい。
指先で撫でるたびに、揺れて反応してくれるから、胸の奥とはまた別のところがじわりと熱くなっていった。

熱に浮かされている時とは違う。
剣を握って、シリル兄上を打ちのめした時の高揚とも違う。
これはなんなんだろう。
身体の奥がじんじんと熱い。
苦しくてもどかしくて、でもどうしたらいいのかわからない。
ただ、もっとこの子のぬくもりを感じていたい。
もっと触りたいし、この時間がずっと続いて欲しかった。

気づけば指先が背中から頬へと移り、壊れ物に触れるみたいにやさしく撫でる。
そのあたたかさに心を奪われていると、大きな碧い瞳がまっすぐ僕を見上げた。
 

『総司さま?お顔が真っ赤ですよ?』

「え?」

『もしかして、体調悪いですか?お熱?』


心配そうに眉を寄せると、セラ嬢の小さな手が今度は僕の額に触れた。
その手が冷たくて気持ちいいのに、触れられた瞬間、また身体の奥がどくんと鳴る。


「いや……ちがうよ。熱はないよ」

『でも、とても赤くて心配です』

「……わからないんだ」


正直に言葉がこぼれる。
セラ嬢といると、あたたかくて、嬉しくて……でもそれだけじゃない感情も湧き上がってしまうのに、それが何なのかはうまく説明できない。
ただ、身体が変だ。
熱くて、苦しくて、どうしようもない。


「とにかく、体調が悪いわけじゃないから平気だよ」

『では、どうしてそのようなお顔なのですか?』


まっすぐな瞳で見つめられて、言葉に詰まる。


「……もっと近くにいたいって思うからかな」


自分でも、少し恥ずかしくなるような答えだった。
セラ嬢はきょとんとして、それからふわりと笑う。


『わたしも総司さまの近くにいたいです』


そう言って、さらにぎゅっと抱きついてくるから、そのぬくもりにまた身体の奥が熱くなる。
どうしちゃったんだろう、僕は。
知らない感覚ばかりだ。
胸も、身体も、言うことを聞かない。

でもひとつだけはっきりしていることは、この子と離れたくない。
このまま時間が止まれいいのにと本気で願ってしまった。


『総司さま、ほんとうに大丈夫ですか?』

「うん、たぶん。なんだろうね。身体が変なんだ。苦しいけど、心地良いみたいな……」


たぶん、これは病気じゃない。
セラ嬢といるから起きること。
答えはまだわからないけど、腕の中のぬくもりだけは確かで、それを失うほうがずっと怖いと思っていた。


『わたしも同じような感じがします』

「セラ嬢も?」

『はい。わたしも総司さまがそばにいると、ここがきゅってしたり、ぽかぽかしたりいたします』


そう言って、自分の胸にそっと手を当てる。
その仕草が可愛くて、また胸が高鳴るようだった。


「じゃあ、同じだね」

『はい』


彼女の手にそっと自分の指先を重ねる。
小さな手だけど、その温もりが僕の鼓動をさらに早める。
こんなにも近くにいるのに、もっと近づきたいと思ってしまう。
その顔も、その声も、全部を独り占めしたくなる。
けれど今はこの距離で十分だと思えるほど、胸は満たされていた。


『総司さま』

「ん?」

『この場所は、秘密にしましょう?』

「うん、二人だけの秘密の隠れ家ね」


そう答えると、彼女は満足そうに目を細めた。

整えられた離宮の静かな寝室で、僕たちはただお互いを見つめながら、他愛もない話を続けた。
その時間がまるで世界から切り取られた宝物みたいに、やさしく胸に積もっていく。
いつか来るセラ嬢との未来を夢見て、早く大人になりたいと思う僕がいた。

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