2
午前中の任務を終え、伊庭君と並んで歩く昼下がり。
僕達が城の敷地内に入ると、平助が笑顔で走り寄ってきた。
「あ、総司!伊庭君!おかえり!」
平助はいつもの如く子犬みたいに元気で、見ていて微笑ましいくらいだ。
「なんかさ、庭のテラスにすっげー色々並んでるんだよ!」
「並んでるって何が並んでるの?」
「うまそうな茶菓子とかスコーンとか!一緒に行こうぜ!」
「行ってどうするんですか?まさか勝手に食べるわけではないですよね?」
「いいからほら!兎に角、行ってみようぜ!」
半ば強引にぐいぐい背中を押され、僕達三人は庭園のテラスまで足を運ぶ。
すると平助が言っていた通り物凄い量のお茶菓子が、テーブルの上に綺麗にセッティングされていた。
「確かに凄いですね。どなたかがこちらでお茶会でもされるのでしょうか?」
「セラが一人の時はいつも少ししか出てないからさ、多分近藤さんか山南さん辺りが客でも呼んだんじゃねーの?」
「でも、大人の男数人でこんな可愛らしい物を食べるものなの?」
「わっかんねーけど、俺だったら大人になってもこういうの沢山食べたいけどな」
確かに平助なら似合うかも。
かく言う僕も甘い物には目がないから、任務後でお腹が減っていることも相成って、思わずつまみ食いしたくなる。
「なあなあ、今のうちに少し食っちまおうぜ」
「駄目ですよ。見つかったら大変なことになってしまいますよ」
「でもぜってーこんなに食い切れないって!しかもこんだけあったら、ちょっとくらいなくなっても気付かれないだろ。なあ、総司」
「そうだね。今なら誰もいないし、少し貰うくらいなら平気かもしれないよね」
「だろ?伊庭君はいっつも品行方正だけどさ、たまにはこういう経験も必要だと俺は思う」
「何故必要かは分かりませんが……僕はいいですよ。告げ口はしませんから、食べるならお二人で食べて下さい」
「言わねーっていうならまあいいか。じゃあ早速、いただきます」
「わーい、いただきまーす」
「僕は止めましたよ。気づかれてお叱りを受けても知りませんからね」
食べても気付かれなさそうなクッキーから摘み、その後マフィンやマドレーヌにも手をつける。
するとだいぶ満足したところで人の話し声がしたから、僕達は顔を見合わせ、近くの茂みに隠れることになった。
「どうするんですか?人が来ちゃいましたよ。これじゃあ出るに出られないじゃないですか」
小声で話す伊庭君と、いまだにスコーンを頬張っている平助と並んで、低木の隙間から覗き見る。
するとテラス席に腰掛けたのはセラと、見たことのない一人の男だった。
「なあ、あれ誰?俺見たことねーんだけど」
「僕も。あの子に来客なんて珍しいね」
「あの青年……どこかで見たことあるような気がするのですが……」
伊庭君は少しの間その男をじっと観察していたけど、暫くして何かを思い出したように静かに手を合わせていた。
「思い出しました。幼い頃、何度かお見掛けしたことがあります。彼は恐らく斎藤家の御子息ですよ」
「斎藤家の御子息……って、隣のレーヴェルン公国を統治してる斎藤家のことか?」
「そうです。そこの公子様ですね」
「それで、その公子様が一体あの子に何の用なのさ」
「それは分かりませんが……昔はよくこちらに遊びにいらしていたので、またセラに会いに来たのかもしれません」
「あー確かに、なんとなく俺も見覚えあるかも。伊庭君も公子様とは知り合いなのか?」
「いえ、僕はご挨拶をしたこともありませんよ」
「それなのによく覚えてるね」
「勿論覚えているに決まってるじゃないですか。あの公子様がいらっしゃった日は、僕は彼女に挨拶に伺うこともできませんでしたからね。いつも彼が優先されていたので、子供心に納得がいかなかったことを昨日のことのようによく覚えています」
伊庭君の執念深さが窺えるような返答だったけど、あの男の存在は少し気になるところ。
聞き耳を立てるつもりはなかったけど、その会話は僕達の耳へと自然と入ってきた。
「なんか……あの公子様、見るからにセラに気がありそうだよな」
「そうでしょうね。わざわざお一人で会いにいらしたくらいですから」
幼い頃の思い出話に花を咲かせている二人は、とても楽しそうに笑い合っている。
最初は然程気にしていなかった僕も、次第に苛立ちに似た感覚が胸に芽生えていることに気がついた。
だってあの子はあの男にかっこよくなったなんて言ってるし、優しいとも言ってるし。
僕以外の相手にもそういう言葉を言うと分かれば、それがたとえ社交辞令であったとしても面白くないと思うのは仕方のないことだ。
加えて向こうは、見るからにセラに好意を抱いている様子で縁談の話まで尋ねてくる始末。
昔の約束という言葉に嫌な予感しかしなかった僕は、気がつくとあの男相手に溢れんばかりの殺気を飛ばしていた。
だからだろう、その男の顔色が急に変わり、僕もすかさず気配を消す。
そして平助と伊庭君の首根っこを掴み別の茂みに移動させたところ、その男は先程まで僕達がいた茂みに剣を突き刺してきた。
「っぶねー……、よく分かったな総司」
「なんとなく、今勘付かれた気がしたんだよね」
「今の彼の剣技、とても早かったですね……。驚きました」
「そう?別にあのくらい大したことなかったと思うけど」
公子様だか何だか知らないけど、あの立場に加えて剣術の腕まで一流だったら尚のこと気に食わない。
だから敢えて伊庭君の言葉を否定して、この苛立ちを少しでも抑えたかった。
その後彼が騎士団の練習風景を見たいと言ったこともあり、セラとその男はテラスから遠ざかる。
僕達は思わずため息を吐き出して、ようやく茂みから身を出すことが出来た。
「あー、なんかすっげー疲れた。見たくないもんまで見ちまったし」
「全くね。平助がこんなところに僕達を連れてきたからだよ」
「そういう沖田君も、嬉しそうに食べてましたけどね」
「てかさ、これからセラと一緒に俺たちの稽古場来るみたいじゃん。誰かと手合せとかすんのかな」
「どうだろうね。僕達とやり合えるほど、あの公子様に剣術の腕があるとは思えないけど」
「取り敢えず僕達もそろそろ行きましょうか。これを片付けにまた人が来る可能性があるので、今のうちにここを出ましょう」
伊庭君の言葉に同意して、僕達は稽古場へと足を進める。
何だか今日はセラに会いたいようで会いたくないような妙な気分。
気付かれないように漏らした小さなため息は、誰にも聞かれないまま空のどこかへ消えて行った。
ページ:
トップページへ