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はじめが騎士団の練習風景を見たいと言ったため、私は彼を連れて訓練場に行くことにした。
今日は天気も良いから、室内ではなく外の訓練場に顔を出すと、原田さんがはじめを歓迎してこの公国で作られた新しい真剣を彼に披露していた。
「このような軽い剣もあるのだな」
「ああ、軽いし斬れ味もいいぜ。だが重装備の相手とやり合う時には不向きだから、使い分けが必要なんだが」
剣に興味津々のはじめの様子を微笑ましく思っていると、訓練場には総司と伊庭君、平助君が入ってくる。
いつも笑顔の三人は、今日は何故か感情の読めない少し疲れた顔をしているように見えた。
「セラ、こんにちは。この時間にここに顔を出されるのは珍しいですね」
『こんにちは。今日は昔馴染みの公子様がいらっしゃっていて、騎士団の訓練場を見学しに顔を出させて貰ったんだ』
「そうですか。あまり大したものをお見せ出来ないかもしれないですが、ゆっくり見学されて下さいね」
『ありがとう』
伊庭君の笑顔に私も笑顔を返していると、その後ろから総司と平助君も私の傍までやってきた。
『お疲れ様』
「おう、おつかれ」
「お疲れ様。今日は勉強は?やらなくていいの?」
『うん、今日はレーヴェルン公国の公子様がいらしてくださってるからおやすみしたの。とても剣術が好きな方だから、ここを見て頂こうと思って』
いまだ剣の話に夢中なはじめに視線を向けると、同じように彼を見て、「ふーん」という二人。
「公子様ってただ守られてるだけかと思ってたけど、剣術とか一応は興味あるんだ」
『総司……そんな言い方は……』
「あー俺もそれ思った。強いの?その公子様」
『私も久しぶりにお会いしたから、剣を振るっているところはお見かけしたことなくて……』
「なんだ、その程度なら大して強くなさそうだね」
「そりゃ毎日剣を扱ってる俺らからしたらそうに決まってるって」
『…………』
失礼な物言いに聞こえるのは私だけなのか、二人の態度に少し落ち着かない心情になる。
昔馴染みとは言え無礼があってはいけないし、はじめに聞こえていないことを願っていた。
けれど、私達の声はすっかり彼に届いていたらしい。
少し瞳を細めたはじめは、総司の前でその足を止めた。
「今、俺のことを大して強くなさそうと言ったのはあんたか」
「そうですけど?」
「何故、初対面のあんたにそのような言われを受けなければならないのかわからぬが、そこまで言うのであれば俺と勝負して貰おう」
「別にしてあげてもいいですけど、君が負けたら何をしてくれるのかな」
「勝負に賭け事など邪道だ」
「へえ、僕に負けるのが怖いんですね」
総司が煽るから、温厚なはじめがかなり殺気立って見える。
やめてほしいという意味を込めて思わず総司の制服を引っ張ってみたけど、総司は私の方を見てもくれない。
平助君なんて「俺が審判やるぜ!」とその場を盛り上げてしまうから、二人の勝敗を楽しみに、他の騎士団員までもが集まってきてしまった。
「わかった。ならば、俺が勝ったら先程の言葉を皆の前で撤回し、詫びて貰おう」
「そんなことでいいんですか?まあ、僕は負ける気しないから何でもいいですけどね」
「随分な自信だな。それであんたが勝ったらどうする?」
「僕が勝ったら?そうだな」
総司はそう言って一度悩んだ素振りを見せたけど、何かを閃いたのか満面の笑顔で言った。
「今すぐ自分の公国に帰ってくれます?それで二度とアストリア公爵家には関わらないって約束してください」
考えもしなかった要求に私は勿論、はじめも驚いた様相で目を見開いていた。
『総司、公子様にそんな失礼なこと言うのはやめて』
「やだな、別に僕は命令はしてないよ。公子様が僕に勝てば問題ない話だと思うけど」
「俺にそのような要求をするのであれば、こちらも要求を変えさせもらおう」
「あっそう。別にいいですけど、何にするんです?」
「俺が勝ったら、あんたにはアストリア騎士団から退団してもらう。そして二度とこの家の敷居を跨がないでくれ」
はじめは総司が元々どのような生活をしていたか知らない。
総司がこの騎士団を出るということが何を意味するのか分かっていないからこその要求だった。
『駄目です!そんなこと勝手に決められても……』
「いいですよ、それで。その代わり約束はちゃんと守ってくださいね」
「あんたこそ、男に二言は無いな」
そんなことをさせられるわけがないと止めに入っても、私の言葉なんて聞いてもいない二人は、もうどちらも引く気がないのか真剣な眼差しで相手を見据えるだけ。
周りの騎士団員達も盛り上がり、私一人の力では止められそうになかった。
『原田さん、お願いしますっ……あの二人を止めて下さい……!』
「総司は兎も角、もう一人は公子様だからな。あんなやる気になってんのに、俺が邪魔するわけにはいかねぇよ」
『でも普通の手合せではないんですよ?あんな賭けをして戦うのは間違っています』
「そうは言ってもリスクがあるからあれだけ燃えてんだからよ、それを止めるなんざ野暮だろ。男には時に曲げられないてめぇの戦いってのがあるもんだ。あいつらは今、それをやろうとしてるんだろうな」
どうしよう、原田さんの言っていることの意味がよく分からない……。
他に誰か頼れる人はいないかと探して、伊庭君に急いで話しかけに行った。
『伊庭君、総司とはじめを止めてもらえない?』
「止めると言っても、あの二人が勝手に始めたことですからね。あの様子ですと第三者が止めるのは厳しいのではないでしょうか」
『どんな方法でもいいの、あのままだと大変なことになっちゃうから』
「そうでしょうか?沖田君が辞めることになっても、ここの騎士団は戦力が充分あるので然程問題はないと思いますよ。それにあちらの公子様も、今日数年ぶりにいらしたんですよね。それでしたら今後こちらに来て頂かなくても、大した影響はないのでは?」
『…………』
笑顔で冷ややかなことを言う伊庭君に、私は何も返せなくなってしまう。
すると平助君の「そろそろ始めようぜ」という声に、周りのざわめきがより高まった。
『総司、はじめ。公女命令です。今直ぐやめてください』
「今やめてもまたいつか同じことになりそうだからね。そうなる前に決着をつけたいんだよ」
「同意見だ。あんたのような輩が、この家の騎士団員を名乗るのは納得がいかぬ」
結局私に威厳がないのか、公女命令だといっても二人にはまるで響かなかった。
何も解決出来ない自分に悔しさを感じていると、そんな私に総司は言った。
「セラはどっちの応援をしてくれるの?」
どうしてそんな質問をしてくるんだろう。
だって私は、総司に専属騎士なってもらいたい。
その想いは総司にも十分伝わっている筈なのに、こんな賭けを勝手にして、尚且つそんなことを聞いてくるのは意地悪だと思った。
世の中には本音と建前があって、私の立場では今この場で全てを本音で話すことは出来ない。
だからこそ私の選んだ答えは一つだった。
『私はこんな賭け事をして戦うのは間違ってると思う。だからどちらの応援も出来ないよ』
「そっか、それは残念」
総司は薄く微笑んでそう言ったけど、私の答えを快く思っていないことは彼の表情から直ぐに分かった。
それでもお客様であるはじめの前で私は言えない、総司に勝って欲しいなんて。
はじめは大切な昔馴染みの友達だけど、総司が騎士団を辞めることになるのは絶対に認められない私がいた。
「試合始め!」
何も出来ないまま、平助君の掛け声を合図に二人の打ち合いが始まった。
両者とも剣を振るスピードは早く、その一つ一つが重い音で重なり合う。
総司の剣術は以前より更に早く動きの幅も広がっていて、はじめの剣術もその素早さと斬り込み方が秀悦だった。
『どうして……』
二人ともこんなにも強く凄い腕を持っているのに、どうして争うことに自らの力を使うのかと瞳が潤んでくる。
それでも試合は終わる気配がなく、どちらかが必ず打ち返す打ち合いはもう十五分以上も続いていた。
最初は緊迫していた周りの団員も、今は緩く応援しているだけ。
それくらい二人は、長い間お互いだけを見て打ち合いを繰り返していた。
「これは……一体、何の騒ぎですか?」
試合が続く中、そこに現れたのは山南さんだった。
私が彼を頼りに事の状況を全て説明すると、彼はいつものため息を吐き出しながら総司とはじめの間に割って入ってくれた。
「その試合、そこまで!」
山南さんが出てくれば、二人はその目を見開いて剣を止める。
息を切らしてその場に立つ二人に、山南さんは静かな声で話しかけた。
「賭けの内容を聞きましたが……沖田君、君に公子様の来訪をお断りする権限などはありません。君はいつからそんなに偉くなったのですか?」
「……すみません」
「あまり派手なことをされると、私も庇いきれなくなります。力があるのは結構なことですが、ここは君が自由に暴れて良い場所ではありません。もう少し大人しくしていましょうね」
「はい、申し訳ありません」
総司は山南さんには逆らいづらいのか、静かに頭を下げて反抗の意志は何も見せていなかった。
そして山南さんも総司の態度に満足したのか、今度ははじめに視線を向けるといつもの穏やかな口調で言葉を続けた。
「公子様、我が公国の騎士団員が無礼を働き誠に申し訳ございませんでした」
「いや……、互いに合意の上だったので致し方ないことかと」
「そうですか。それでは一つ言わせて頂くと、公子様に当騎士団員を処遇させる権限はございません。そのことはご理解頂けますね?」
「はい……」
「近藤さんは争いをお好みではありません。もし今後もお嬢様との交流をお望みならば、城内では何よりも穏やかに過ごしていただければと思います。それが双方のためになるでしょう」
「御意……」
山南さんの言葉は正しいだけではなく、有無を言わせない強さがあるのだろう。
はじめも頭を下げて、素直に手の中の木剣を足元に置いた。
「では、お二人とも。今後、二度と私闘はなさらぬようお控え下さいね。あなた方も、お嬢様を悲しませたくはないでしょう?」
気不味そうにしている二人の視線が向けられて、思わず潤んでしまった瞳を隠すように目を逸らす。
取り敢えず大事にならなくて済んだものの、この公爵家との関わりを賭けて簡単に私闘を始めてしまうなんて、私にとってはとても悲しいことだった。
「話は以上です。君達も今後仲間が過度なじゃれ合いをするようなことがあれば、止めてあげなければ駄目ですよ」
団員達にそう呼び掛けた山南さんは、手短に話してその場を離れていってしまう。
お咎めがなかったことは勿論、二人の試合が打ち切られた安心感から、再び瞳が潤み出しそうだった。
「セラ、すまない」
『次からはしないで頂けたらもういいです。お城に戻りましょう』
「ああ」
今はあまり総司の顔を見たくなくて、はじめにそう返事だけ返し私達は騎士団の稽古場を後にする。
不安から解放された筈なのにどうしてか心が晴れなくて、その後はずっともやもやしたままお父様の帰りを待つ私がいた。
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