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セラ嬢がアストリアへ帰って行った。
去る前にも泣いてしまった彼女は、悲しそうに僕を見上げて大きな瞳から涙をぽろぽろ溢していた。
公爵家の馬車が門を出るまで、何度も振り返っていたセラ嬢の姿が今も目に焼き付いている。

彼女がいたヴェルメルでの二週間は本当に色々なことがあって、正直問題が起こる度にセラ嬢に見限られてしまうのではないかと気が気じゃなかった。
でもセラ嬢は愛想を尽かすどころか、僕を他の誰かと分け合うのは嫌だと、あの澄んだ声で言う。
本当の僕自身に向けられた好意だと分かるからこそ、その言葉は何よりも嬉しかった。

少し必死な様子で自分だけの旦那さまでいてくれるのかと尋ねてきたセラ嬢の様子が、可愛すぎて忘れられない。
一人部屋で思い出すたびに、体温が明らかに上昇してしまう気がした。


「……会いたいな」


離れてまだ数週間。
それなのに、気軽に会えない距離がこんなにも堪えるとは思わなかった。
昼間は稽古や学業に没頭していれば、少しは気が紛れる。
でも夜、灯りを落としたあとの静寂の中では、どうしても彼女のことばかり考えてしまう。


そんな日々を送る中、今日は彼女から僕に手紙が届いた。
早く読みたい気持ちを抑えて封を切ると、最初の頃より綺麗になった字で書かれた手紙が僕の心を温かく色付けた。


――


親愛なる総司さま

こんにちは。
総司さまは今日もお元気でいらっしゃいますか?
わたしは昨晩、無事アストリアに戻ってまいりました。
本当は帰ってすぐに総司さまにお手紙を書きたかったのですが、馬車の中で眠ってしまって、朝起きた時にはベッドの中にいました。
今日は長旅で疲れているだろうからと、お父さまとお母さまがレッスンなどをおやすみにしてくださったので、朝食後にこうして総司さまにお手紙を書いています。

ヴェルメルでの二週間、とても楽しかったです。
総司さまが苺を食べさせてくださったこと、離宮でかくれんぼをしたり一緒にお昼寝してしまったこと。
他にも楽しい時間をたくさん、どうもありがとうございました。
総司さまにお会いできるだけで嬉しいのに、いつも優しくしていただいて、わたしはとっても幸せです。
アストリアに総司さまがいらっしゃる日が明日だったらいいのにと、どうしても考えてしまいます。

けれど、淋しい気持ちばかりではありません。
総司さまと過ごした今までの時間を思い出すだけで、心がとても温かくなります。
特に総司さまが他の奥さまはお迎えにならないと言ってくださったことが、本当に嬉しかったです。
あの日からますます、総司さまのことが大好きなりました。

十七歳のデビュタントまで、あと九年と少しございます。
九年後のわたしは、総司さまが迎えに来てくださる日を毎日心待ちにしているのではないかと思います。
総司さまをお慕いする気持ちは、今よりもっと大きくなっているはずだからです。
どんなドレスを着て、どんな髪型にして待っていようかと考えると、今からドキドキが止まりません。
そして総司さまとの結婚式の日には、誰よりも嬉しそうに笑っているわたしがいるのだろうと思うと、それだけで幸せな気持ちになります。

総司さま。
わたしは総司さまのことが大好きです。
庭園でお花を見ても、青い空を見ても、きれいだと思うたびに総司さまにも見せてさしあげたいと思います。
夜、おやすみなさいと目を閉じる時も、総司さまのお顔を思い浮かべています。
うまくお伝えできないのですけれど、総司さまへの好きは、家族やお友達に向ける好きとは少し違う特別な気持ちです。
総司さまと出会えたからこそ、わたしはこの気持ちを知ることができました。
ですから総司さまは、わたしにとって世界で一番素敵な王子さまなのです。

どうかお体にお気をつけて、あまりご無理をなさらないでくださいね。
わたしは総司さまが笑顔でいてくださることが一番嬉しいです。
次にお会いできる日まで、わたしも毎日、総司さまを想いながらお勉強もレッスンもがんばります。
立派な淑女になって、胸を張って総司さまの隣に立てるようになりたいです。

またお手紙を書きますね。
世界でいちばん大好きな総司さまへ。

セラ


――


セラ嬢からの手紙は、前に届いた手紙よりも更に素直で、まっすぐに僕へ向けられた想いが溢れている。
何度も綴られた大好きという言葉は、読むたびに僕の胸の奥へ落ちて、静かに熱を広げていった。

ためらいもなく未来の話まで書いてしまうところが、いかにもセラ嬢らしいと思う。
僕が迎えに行く日を疑いもせず、当然のことみたいに信じている。
その無邪気さが可愛くて、同時にどうしようもなく胸を熱くさせた。

読み返すたびに体の奥がじんわり熱くなるのは、きっと気のせいじゃない。
さっきから鼓動が落ち着かなくて、胸のあたりがそわそわしているし、頬だってきっと赤くなっている。
窓は開いているのに、どうしてこんなに熱を帯びてしまうんだろう。
最近、セラ嬢のことを考えるとすぐこうなる。
剣の稽古で息が上がるのとはまるで違う、甘くて落ち着かない熱だ。

でも世界でいちばん大好きだなんて書かれて、平気でいられるわけがない。
胸の奥がくすぐったくて、でもそれ以上にじわじわと溢れてくる幸福感があって、気づけば僕は手紙を握ったまま、ベッドにごろんと倒れ込んでいた。


「はあ……」


セラ嬢は僕を想うと心があたたかくなると書いてくれていたけど、それなら僕はどうなるんだろう。
あの子の笑顔を思い出すだけで鼓動が早くなるし、少し恥ずかしそうにもじもじとしている様子を思い浮かべれば、思わず抱きしめたくなる。
涙ぐんだ瞳で見上げられた時は、あの瞬間を何度でもやり直したくなるほど愛おしさが溢れてしまう。

だからきっと、セラ嬢が思っているよりもずっと深く、僕のほうが君を好きだよ。
君が九年後の未来を夢見ているなら、僕はもうその先まで想像しているし、迎えに行く気持ちだってとっくに決まっている。
それなのに無邪気な文字で未来を約束してくる君に、こうして簡単に翻弄されてしまうんだから、僕もたいがいだ。

でも、セラ嬢が書いてくれた特別な気持ち。
家族とも友人とも違うというその想いは、僕にとっても同じだ。

最初はただ、天使みたいに可愛い子だと思っていた。
小さくて、少し頼りなくて、放っておけない存在。
でも気づけば君の笑顔ひとつで一日が変わるようになっていたし、君がしょんぼりしているだけで世界の色が薄くなるようになっていた。
護りたいと思うのは、義務なんかじゃない。
立場とか、家のこととか、そんなものは本当はどうでもいい。
ただ、君が好きだからだよ。

失いたくなくて、隣にいてほしくて、君の時間の中に僕がいたいと、どうしようもなく願ってしまう。
もしこれが恋というなら、きっとそうなんだろう。
君を想う時のこの熱とこの息苦しさとこの甘い痛みが、今の僕にとっての全部なんだ。

手紙をそっと折りたたみながら、九年後の自分に早くなりたいと思ってしまう。
その頃には今よりずっと強くなっていられるように、精一杯努力しよう。

だから待っていて。
君が夢見る未来よりずっと先まで、僕は本気で考えているから。


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