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ヴェルメルでの夢のような日々が終わり、アストリアに戻ってきてから数週間。
冬が来る日を指折り数えて待っていると、公爵邸に総司さまからのお手紙が届いた。


――


親愛なるセラ嬢

こんにちは。
手紙をどうもありがとう。
アストリアに無事到着されたと聞いて安心しました。

長旅、きっととても疲れたよね。
僕に会いにヴェルメルまで来てもらえたこと、とても嬉しかったです。
セラ嬢がいない屋敷は物静かに感じて淋しい気持ちになりますが、冬になれば今度は僕がアストリアへ行く番だね。
それまでの数ヶ月、離れていても僕は毎日きちんと努力を重ねていきたいと思います。

庭園の花や青い空を見て、そのたびに僕のことを思い出してくれるんだね。
セラ嬢の心の中に僕を置いてもらえてることがとても誇りです。
それに、僕も庭を歩いてると必ず君の顔が浮かびます。
この花を贈ったら、君はどんなふうに微笑むだろうとか。
この景色を見たら、どんな顔をするんだろうとか。
おいしそうなお茶菓子や果物を見つけた時は、セラ嬢に食べさせてあげたいなと考えてます。

セラ嬢は胸を張って僕の隣に立ちたいと書いてくれていたけど、その場所は最初から君のために空けてあります。
なのであまり無理はしないで。
君が君らしく笑っていてくれることのほうが、僕にとってはずっと大切だから。

それに、世界で一番素敵な王子さまなんて言われたら、ちょっと困るな。
前にも言ったけど、僕はそんな立派な人間じゃないよ。
でも君にとっての王子でいられるなら、その役目を手放すつもりはありません。
セラ嬢がどんな未来を思い描いても、その隣にいるのが僕でありますようにといつも願っています。

手紙に書かれていた君の気持ちは、ちゃんと受け取りました。
だから今度は僕の番だね。

セラ嬢、僕は君が好きです。
誰よりも、何よりも、大切に思っています。
素直な気持ちを書くのは正直照れますが、言葉にして伝えたかったので書きました。
一日も早く、君を迎えに行きたいです。

九年後、僕たちはどんな大人になっているんだろうと、最近よく考えます。
セラ嬢はきっと、僕には勿体ないくらい素敵な女性になっているんだろうね。
だからこそ隣に立つ僕も、君にふさわしくあれるようにどんな努力でもするつもりだよ。
セラ嬢の理想の王子さまになれるかどうかは分からないけど、君を誰よりも大切にできる人間でありたい。
それだけは、今もこれからも変わりません。

今夜は月がとても綺麗です。
アストリアでも君が夜空を眺めながら少しでも僕を思い出してくれるなら、それだけで僕は十分幸せです。

またすぐに手紙を書きます。
次に会える日まで、どうかお元気で。
早く君の声が聞きたいです。

総司


――


封を切って便箋をひらいた瞬間から、胸の奥がそわそわして落ち着かなかった。
総司さまの整った文字を目で追っていくうちに、指先まで熱くなっていく。
そして最後まで読み終えた時、思わず小さな声がこぼれて、わたしは手紙を両手で胸に抱きしめた。


『……わあ……』


好き。
総司さまが、わたしのことを好きって。
その二文字が、胸の奥で何度も静かに響いていた。

わたしはこれまで、何度も総司さまに気持ちを伝えてきた。
お会いするたびに、胸がいっぱいになってしまって、どうしても言わずにはいられなかったから。
でもわたしが好きってお伝えしても、総司さまは少しだけ照れたようにやさしく微笑んで、ありがとうと言ってくださるだけ。
あたたかく受け止めてはくださるけど、同じ言葉が返ってくることはなかった。
そのことを悲しいと思ったことはなかったけど、でも本当は心のどこかで淋しくなったことがなかったとは言えない。
だから今、綴られた好きの二文字を見つけたとき、胸の真ん中に光が落ちたみたいにぱっと世界が明るくなった。

どうしよう、ドキドキが止まらない。
うれしくて、くすぐったくて、涙が出そうになるほどあたたかい。
総司さまからの好きという言葉が、こんなにも心を満たしてしまうなんて知らなかった。


「セラ、どうしたの?」


やわらかな声に顔を上げると、お母さまがこちらを見ていた。
その隣で、お父さまも目を細めて微笑んでいる。


「随分と嬉しそうな顔をしているな。何かいい事が書かれてあったのか?」

『あの……総司さまがわたしのことを好きって、初めて言ってくださったのです』

「なに?」


胸に手紙を抱きしめたまま素直に言うと、お父さまがわずかに目を見開いた。


「も、もう好きだなんだと話しているのか?」

『わたしが総司さまを好きすぎて、よく好きって言ってしまうのですが……総司さまからは、いつもありがとうと言われるばかりで……』


恥ずかしく思いながらも正直に話すと、お母さまはくすくすと笑う。


「それなら余計に、特別な好きに感じるわね」

『はい、とても特別です。わたし、少しだけ淋しかったのかもしれません。ですけど、総司さまがご自分から言ってくださるまで待ちたかったのです』


だからこうして総司さまから伝えてくださったことがとても嬉しい。
そしてわたしは、とても大切なことに気がついた。


『お父さま、お母さま……!』

「んん?大きな声を出してどうしたんだ?」

『わたしと総司さまはもう両想いです。次にお会いした時は、正式に婚約しても宜しいですか?』


総司さまとアンナ夫人は、家のためにもわたしとの婚約は必要だと考えているらしい。
それにわたしも、総司さまとの未来の約束をきちんと結びたい。
だからこそ思い切って伝えたけど、お父さまは困った様子で眉を下げていた。


「今はまだ焦る必要はないだろう。以前、話したことを忘れてしまったのか?」

『覚えていますけれど……いつまで待たなければならないのですか?』

「いつまでと言われてもなあ。さすがに今はまだ早過ぎやしないか?」

『ですが、貴族社会において幼少期から婚約者が決まっている方もいらっしゃいますよ?』

「セラ、お父さまはあなたに後悔をして欲しくないのよ。一時の感情で将来を決めるのではなく、きちんと考えて欲しいの」

『わたしはきちんと考えています。考えた上で、総司さまより好きになれる方はいらっしゃらないとわかります。総司さまは本当に優しくて、一緒にいると幸せで、とにかく大好きなのです。これからもずっと一緒にいたいのです』


少し涙ぐんでしまったけど、ありのままの想いを伝える。
するとお母さまは優しく笑って、わたしに言った。


「そう。セラは総司さんに恋をしているのね」

『恋……?』

「特別に大切な人ができるとね、その人の笑顔を見ただけで胸があたたかくなったり、悲しそうにしていると自分まで苦しくなったりするでしょう?その人との未来を願わずにはいられなくて、隣にいたいと強く思う。どんな時も心が自然とその人へ向かってしまう特別な気持ちを、人は恋と呼ぶのよ」

『では、お父さまとお母さまもお互いに恋をして結婚されたのですか?』


お二人を見てそう尋ねると、ふたりは顔を見合わせてくすくすと笑った。


「そうだな。俺は長らくユフィに恋をしていたぞ」

「まあ」


お母さまが少し照れたように笑うと、お父さまは笑顔で続けた。


「だがな、今は恋というよりも愛に変わったのだよ」

「そうね、私も同じだわ」

『愛……?』


お母さまがわたしの隣に腰を下ろすと、優しく手を包み込んでくれた。


「恋はね、胸がドキドキして、その人のことでいっぱいになる気持ち。でも愛はそれだけではなくて、その人の幸せを一番に願う気持ちなの。自分よりも相手を大切に思えてしまうほど、深くて大きな想いよ」

「例えるなら、恋は燃える火のようなものかもしれん。だが愛は長くあたため続ける灯だ。守り、支え、共に歩いていく覚悟がそこにあってこそ芽生えるものだ。そう想い合える相手と人生を歩むことが、本当の幸せなのだと思うぞ」

「ただ、恋はふとした瞬間に芽生えるけれど、愛はそう簡単には育たないの。時間を重ねて、互いを想い合いながら少しずつ育っていくものなのよ」

「だからこそ、一度芽生えた愛は強い。そう簡単には揺らがない、大切な絆になるのだ」

『そうなんですね。愛って、恋よりももっと素敵です』


小さくつぶやくと、お父さまがわたしの頭を撫でて言った。


「セラ。人を好きになることは良いことだ。だが、その気持ちを大切に育てていくことこそ、何より尊いのだということを忘れないでくれ」

「今はまだそのドキドキを大切にすればいいの。やがてそれが、もっと深く、あたたかい想いに育っていくかもしれないわ。セラと総司さんの恋がゆっくり育って愛になった時。その時に将来の約束をすればいいのよ。それがきっと、お互いを一番大切にすることだと思うわ」


胸に抱えた手紙を見つめる。
総司さまの好きは、わたしにとって宝物だ。
この恋という気持ちは、初めて胸に芽生えたとても大切な想いだから。

でもいつか、この想いがもっと深く育って、愛になったとき。
きっと今より、もっと幸せな気持ちが溢れるのかもしれない。
総司さまに相応しい女の子になれるように、今は焦るよりもこの気持ちを大切にできる人でいたいと思った。


『わかりました。わたしも恋を大切に育てられる人になりたいです。総司さまを大切にしたいから』


そう言うと、お父さまはやさしく頷き、お母さまは嬉しそうに笑った。

窓の外には、きれいな星空が広がっている。
遠い空の下で、総司さまも同じように星を見上げているのかな。
胸の奥のドキドキをそっと抱きしめながら、わたしはもう一度、便箋の好きの文字をそっとなぞった。

最近書き始めた、総司さまとの思い出日記。
その日記に今日の手紙のことや、お父さまとお母さまから教えていただいたことを記しておこう。
そしてわたしの恋が愛に育った時、今日書いた日記を読み返したい。
今日のこの出来事も、総司さまを想う愛情に変わっていくと思うから。


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