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あれからさらに一週間ほどが過ぎた頃、わたしの元に総司さまからのお手紙が届いた。
封筒を手に取ると、胸がどきどきと高鳴ってしまう。
それが嬉しいからなのか、何が書かれているのか不安だからなのか、自分でもよくわからなかった。

それでも、総司さまのやさしい微笑みを思い浮かべると、胸の奥が少しだけあたたかくなる。

きっと大丈夫。
そう思いながら、わたしはゆっくりと封を開いた。
そして、総司さまの文字が並ぶ便箋に、そっと目を通した。



――


親愛なるセラ嬢へ

こんにちは。
手紙、どうもありがとう。
まず最初に、返事が遅くなってしまったことをお詫びさせてください。

セラ嬢からの手紙は少し前にきちんと届いていたのですが、このところ家の用事が立て込んでしまって、なかなか落ち着いて机に向かう時間が取れませんでした。
せっかく君が大切な想いを書いてくれたのだから、慌ただしい合間に急いで返事を書くのは避けたくて、きちんと向き合って書きたいと思っているうちに遅くなってしまいました。
もし待たせてしまっていたのなら、ごめんね。

君からの手紙は、とても嬉しく読ませてもらいました。
セラ嬢が一つひとつ言葉を選びながら、気持ちを丁寧に書いてくれたのが伝わってきて、読んでいると自然と心が温かくなります。
愛については、僕もこれまで深く考えたことはありませんでしたが、手紙に書かれていた話はとても素敵なことだと思いましたよ。

相手の幸せを一番に願うことや、支え合いながら共に歩いていきたいと願うこと。
そして、その想いを時間をかけて育てていくということ。
君が僕とのことを真剣に考えてくれていたことが、僕はとても嬉しかったです。

セラ嬢は手紙の中で、僕を大切にできる人になりたいと書いてくれていましたよね。
でも僕はもう、十分すぎるくらい大切にしてもらっている気がしています。
こうして君が自分の想いをまっすぐに伝えてくれることも、僕のことを考えながら言葉を綴ってくれることも、そのどれもが僕にとってはとても嬉しいことです。
だからこそ僕も、セラ嬢のことを大切にしたいと考えています。

そして、君が聞いてくれたことにも答えますね。
もし時間が必要だとしても、一緒に想いを育てていきたいか。
もちろん僕も君と同じで、この想いを大切に育てていきたいです。
こうして手紙を書いたり、会った時に話をしたりしながら、少しずつ気持ちを重ねていく。
その時間の中で、セラ嬢のことをもっと知っていきたいと思っています。

セラ嬢がどんなことを考えているのか。
どんなことで笑うのか。
どんな未来を思い描いているのか。
そういうことを、これからゆっくり知っていけたら嬉しいです。
そして僕のことも、少しずつ知っていってもらえたらと思っています。

だから今日は、少しだけ僕のことを書いてみるね。

実は僕は、甘いものがとても好きなんです。
ただ、ヴェルメルでは男性が甘い菓子をたくさん食べるのは、あまり格好のいいことではないとされているので、人前では少し控えるようにしています。
でも、アストリアで君とお茶をしている時は、嬉しくてつい沢山食べてしまいます。
美味しいお菓子が並んでいるのはもちろんですが、君と一緒にお茶を飲みながら過ごす時間がとても楽しいから、自分を甘やかしてしまうみたいです。

それから、勉強の中では算術や幾何学のようなものがわりと好きです。
数字や図形を考えていると、時間を忘れてしまうくらい没頭してしまいます。
少し地味な話かもしれませんが、僕にとってはなかなか楽しい時間です。

それと、動物では猫が好きです。
屋敷の庭に時々迷い込んでくる猫がいるのですが、人に慣れていないのか、近づくとすぐに逃げてしまうんです。
でも、遠くからこちらをじっと見ている様子がなんだか可愛くて、つい気になってしまいます。

自分のことを書くのは少し照れますね。
でもこうしてお話しすることで、セラ嬢との距離が少しずつでも縮まれば嬉しいです。
だからセラ嬢のことも、もっと教えてほしい。
好きなものでも、苦手なことでも、日々の出来事でも、小さい頃の思い出でも。
どんな些細なことでもいいんです。
君が毎日何を見て、どんなことを感じているのか。
そういう話を聞けたら、僕は嬉しいです。

そして、素敵なハンカチをどうもありがとう。
とても丁寧に刺繍されていて、前の時よりずっと上手になっていることに驚いたよ。
きっと沢山練習してくれたのかなと思って、胸が温かくなりました。

大事にしまっておこうかと思ったけど、せっかくセラ嬢が僕のために作ってくれたものだから、毎日持ち歩こうと思います。
これからは、前に頂いたものと合わせて、どちらも大切に使わせていただきます。
僕にとって、本当に大事な宝物です。

また君の手紙を楽しみにしています。
だいぶ寒くなってきたので、どうか体調には気をつけて。
アストリアで君が穏やかに過ごしていることを、遠くから願っています。

総司


――


手紙を読み終えた時、私はいつの間にか頬に涙をこぼしていた。
ぽたぽたと落ちる雫を見て、自分でも少し驚いてしまう。
けれどそれは悲しい涙ではなかった。
胸の奥がとてもあたたかくて、嬉しいという気持ちだけでは足りないくらい、心がいっぱいになってしまったのだと思う。

総司さまがこの手紙を書くのに、どれだけ真心を込めてくれたのかが、文字を追うたびに伝わってきた。
だからお返事が遅かったことも、もう少しも気にならなかった。


『良かった……』


お母さまの言っていた通りだった。
総司さまはこんなにも丁寧なお返事を書いてくれていた。
この気持ちを一緒に育てていきたいと書いてくれて、総司さま自身のことも少しずつ教えてくれている。
手紙を読んでいるうちに、総司さまとの距離が近くなった気がして、とても嬉しかった。


『お返事を書こう』


今すぐに書きたい。
総司さまに伝えたい言葉が沢山あった。
前にお母さまが、本当に大切な相手には心を見せていいと言ってくださったから、今日は今のわたしの正直な想いを総司さまに聞いて欲しかった。


――


総司さま

こんにちは。
お手紙をどうもありがとうございました。

総司さまからのお返事をいただけて、とても嬉しかったです。
総司さまが、わたしとの想いを一緒に育てていきたいと書いてくださったことはもちろん、総司さまご自身のことを教えてくださったことや、わたしのことも知りたいと言ってくださったことも嬉しくて、お手紙を読みながら何度も胸が温かくなりました。

実は少し前まで、総司さまからのお返事がしばらく届かなかったので、少しだけ不安になってしまいました。
総司さまがお怪我をされたり、体調をくずされていないかと心配でしたし、もしかしたら私が何か失礼なことを書いてしまって、困らせてしまったのではないかとも思っていたのです。
総司さまのことを信じているはずなのに、気がつくと良くないことばかり想像してしまって、胸が少しだけ苦しくなってしまいました。

本当は、お手紙のお返事に時間がかかることを、わたしは少しも嫌だと思っていません。
お忙しいこともあると思いますし、ゆっくり書いてくださるほうが、わたしは嬉しいくらいです。
それなのにどうしてあんなに胸が落ち着かなくなってしまったのだろうと考えてみたら、きっとそれは、そうなってしまうくらい総司さまのことが大好きだからなのだと思いました。
だからお手紙が届かないと気になってしまって、お手紙をいただくと、それだけでとても嬉しくなってしまうのだと思います。

実際に総司さまのお手紙をいただいた時は、本当に嬉しかったです。
総司さまの文字を見るだけで、心がふわっとあたたかくなって、少し前までの落ち着かない気持ちも、すっかりどこかへ行ってしまいました。
嬉しくなったり、淋しくなったり、こんなふうに心が忙しくなるなんて、自分でも不思議です。
でもきっと、こんな気持ちになるのは相手が総司さまだからなのだと思います。

こんなことを書いてしまってごめんなさい。
総司さまを困らせたいわけではないのです。
ただ、総司さまにはわたしの本当の気持ちを知っていただきたくて、少しだけ勇気を出しました。

わたしはきっと、これからも総司さまのことを考えすぎてしまったり、好きすぎて困らせてしまうことがあるかもしれません。
それでもわたしは、どうしても総司さまのことが大好きです。
総司さまを想う気持ちは、これ以上は止めようと思ってもどうしても止められないんです。
こんなわたしですが、許してくださいますか?
これからも、総司さまのおそばにいさせていただけたら嬉しいです。


お手紙で総司さまがご自分のことを書いてくださったこと、とても嬉しかったです。
なので今日はわたしも、自分のことを書いてみようと思います。

わたしはピアノを弾くことが好きです。
明るい曲や軽やかな曲も好きですし、静かな曲や少し寂しい旋律も好きです。
その時の自分の気持ちに合わせて音を重ねていくと、不思議と心が落ち着くのです。
嬉しい時は明るい音になって、少し考え事をしている時は、静かな音になります。
言葉にしなくても、自分の気持ちを音で表せるような気がして、その時間がとても好きです。

それから……実はわたしも総司さまと同じで、甘い食べ物が大好きです。
これは秘密のお話なのですが、厨房にはお客様にお出しする高級なチョコレートがしまわれている棚があるのです。
普段はきちんと鍵がかけられているのですが、たまに料理長が小さな包みをそっと分けてくださることがあります。
そのチョコレートはとても香りがよくて、口に入れるとすぐに溶けてしまうのですが、もったいなくて、いつも少しずつ味わいながら食べています。
今度総司さまにも食べていただきたいと思っています。

動物では、わたしも猫さんが好きです。
のんびりと日向で丸くなっている姿を見ると、つい近くで眺めてしまいます。
でも小鳥さんも好きですし、ふわふわした兎さんも可愛いと思います。
庭を歩いていると、木の枝に止まった小鳥がさえずっていることがあって、その声を聞いているととても穏やかな気持ちになります。
それに、子鹿や子羊のような小さな動物を見ると、思わず撫でてみたくなってしまいます。

まだまだ総司さまにお話ししたいことは沢山あるのですが、長いお手紙になってしまいそうなので、続きはまたお会いできた時にお話しできたら嬉しいです。

アストリアも、少しずつ風が涼しくなってきました。
もうすぐ冬が近づいてくるのだと思うと、とても嬉しい気持ちになります。
寒くなる頃には、総司さまがアストリアに来てくださるからです。

総司さまにお会いできる日を、楽しみに待っています。
それまでどうか、お元気でいてくださいね。

セラ


――


書き上げた手紙を見つめながら、わたしは幸せを噛み締めた。
こうして大好きな人がいること。
その大好きな人と、お手紙を交わしていること。
言葉を重ねながら、少しずつ距離を縮めて、お互いのことを知っていけること。
この幸せな気持ちは、全て総司さまが教えてくださったものだ。

今のこの想いは、まだ恋なのかもしれない。
総司さまのことを考えると、すぐに胸がいっぱいになってしまうし、気がつくと頭の中は総司さまのことで埋め尽くされてしまう。
お父さまが言っていたように、恋は激しく燃える火のようなものなのだと思う。

でも、それだけじゃない。
胸の奥には、やさしく灯るあたたかさもある。
静かに包み込んでくれるような、穏やかなぬくもりがある。
きっとこれは、少しずつ愛が芽生えてきている証なのだと思う。

こうして総司さまを想う気持ちが、少しずつ形を持って、強く揺るがないものになっていく。
そのことに気づけたこの瞬間が、こんなにも尊いものだなんて、わたしは今まで知らなかった。


『総司さま、大好き』


小さな声でそう呟くと、胸の奥が少しくすぐったくなって、わたしは優しく手紙を抱きしめた。

今度お会いしたら、この気持ちをちゃんと伝えたい。
恥ずかしくても、声にして届けたい。
総司さまは、その時どんな顔をしてくださるのだろう。
少し驚かれるのかもしれない。
それとも、やさしく笑ってくださるのだろうか。
そんなことを想像するだけで、胸の奥があたたかくなる。

わたしは手紙を封筒に入れて、丁寧に封をした。
まるで大切な宝物をしまうみたいに、両手でそっと包む。
この手紙が総司さまのもとへ届く頃、総司さまはどんな気持ちで読んでくださるのだろう。
そう思うと、また胸が小さく高鳴った。

窓の外では、涼しい風が庭の木々をやさしく揺らしていて、もうすぐ冬が来ることを教えてくれている。
そして冬になれば、総司さまがアストリアへ来てくださる。
その日を思うだけで、また鼓動が早くなるようだった。

次にお会いする時も、総司さまと一緒に笑えますように。
わたし達の距離が、今よりもっと近くなりますように。
そしていつか、総司さまの隣で愛の誓いを立てられますように。

わたしは目を閉じて、心で願う。
幸せな二人の未来を想像しながら、総司さまに会える日を楽しみに思うわたしがいた。

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