9
それから一週間は流れるように過ぎていった。
どんなに嫌だと思っていても、総司さまはあと一時間ほどでヴェルメルへ帰ってしまう。
その事実を考えるたび、胸の奥が静かに沈んでいくようだった。
それでも今日という日をただ淋しいだけで終わらせたくなくて、わたしはずっと考えていた。
総司さまが仰っていた、離れていても繋がっていられるもの。
お手紙とは別に、いつでもそばに感じられるようなものを。
『総司さま』
呼びかけると、総司さまはすぐにこちらを見てくれる。
そのやさしい眼差しに背中を押されて、わたしはそっと小さな布袋を開いた。
中から取り出したのは、細い鎖のついた首飾りが二つ。
それぞれは、少しだけ欠けた形をしているものだった。
『こちらを見ていただけますか?』
二つを手の上でそっと近づけると、ぴたりと重なって一つの星の形になる。
淡い金色に近い、やわらかな輝きを持った小さな星だ。
『街の鍛冶職人にお願いして、作っていただいたのです。もともとは一つの首飾りだったものを二つに分けて、それぞれ身につけられるようにしていただきました。離れている間もこれを身につけていれば、同じ星を半分ずつ持っていることになります。そしてお会いできた時にこうして合わせれば……また一つになるのです』
本当は総司さまに何か贈り物をしたくて選んでいたものだった。
最初はお揃いにしようと考えていたけど、ふと考えついたのがこの方法。
この首飾りは、次に繋がるやさしい約束になるようになると思えた。
『受け取っていただけますか?』
片方の首飾りを差し出すと、総司さまは静かに手を伸ばす。
指先でそっと受け取ると、微笑みながら光にかざすようにその首飾りを見つめていた。
「ありがとう。色もすごくいいし、綺麗だね。何より離れていても同じものを持ってるって思えるのがいいよね」
『はい。そう思っていただけたら嬉しいです』
「セラ嬢の気持ち、凄く嬉しいよ。毎日身につけるようにする」
『わたしも毎日つけて、大切にします』
総司さまが嬉しそうに笑ってくれるから、わたしも自然と笑顔になる。
もう一度わたしの持っているものと重ね、ぴたりと重なる星を見つめながら、彼は少しだけ目を細めた。
「次に会った時は、またこれを合わせようか」
『はい』
次に繋がる約束が、胸の奥にあたたかく灯った。
二人でなければ完成しない形。
それを毎日身につけて、同じ想いを胸に離れた時間を過ごしていく。
そう思えるだけで、これからの時間も前向きに乗り越えていける気がした。
「セラ嬢」
名前を呼ばれて顔を上げると、総司さまは少しだけ照れたように目を細めた。
「僕からもいいかな」
小さく頷くと、総司さまは懐に手を入れ、小さなものを取り出す。
それは細い紐で丁寧に編まれた腕飾りだった。
落ち着いた色の中に金色の糸が一本だけ通っていて、控えめなのにふと目を引く。
「これ、僕が作ったんだ」
『総司さまが?』
「うん。離れてる間、少しでもセラ嬢の近くにいられるようにって思ってさ」
そう言いながらわたしの手をそっと取り、やさしい手つきで手首に腕飾りを結んでくれる。
きゅっと結ばれる感触と一緒に、そこに残るぬくもりが心にまで広がっていくようだった。
「これはお揃いじゃないけど、僕だと思ってずっと身につけててくれたら嬉しいな」
『……わあ、とても嬉しいです。総司さまが作ってくださったものをいただけるなんて思っていませんでした。それに可愛くて、とても気に入りました。ありがとうございます。大切にいたします』
指先でなぞると、編まれた糸のやさしい感触が伝わってくる。
そのまま胸元へと手を寄せてから、わたしはもう一度手首を見た。
『総司さまだと思って、肌身離さず、ずっと身につけますね。淋しくなってしまった時も、これに触れればすぐに総司さまを思い出せます』
「うん、それならよかった」
やわらかく微笑むその表情が、どうしようもなく愛おしく感じる。
「簡単には外れないようにしてあるから、僕が結んだまま、ちゃんと持ってて」
『はい。絶対に外しません』
少しだけいたずらっぽく告げる総司さまに頷いてみせると、総司さまは安心したように息をついた。
星の首飾りと、この腕飾り。
どちらにも同じように想いが込められている。
わたしはそっと手首に触れ、胸元にも指を添えた。
離れていても、私たちの想いの形がここにちゃんとある。
そう思えることが幸せだった。
『総司さま、大好き』
お手紙でも書けるけど、この言葉はきちんと声にして伝えたい。
真っ直ぐな想いを総司さまに告げると、見上げた先でエメラルド色の瞳がわずかに揺れる。
少しだけ目を見開いたあと、困ったように眉を寄せて、総司さまはふいと視線を逸らしてしまった。
「……たまには、僕から言いたかったんだけど」
ぽつりと落ちたその言葉に、わたしは小さく瞬きをする。
『わたしから言ったら、いけませんでしたか?』
「いけなくはないよ。でもさ、いつも先を越されてばっかりだとちょっと格好がつかないじゃない」
そういうものなの?
総司さまの言いたいことはよくわからなかったけど、確かにわたしはいつも思ったままに伝えてしまっていたと、少ししゅんとしてしまう。
『ごめんなさい……』
そう呟くと、総司さまははっとした様子でわたしの顔を覗き込んでくる。
「違うよ。謝って欲しいわけじゃないし、セラ嬢にそう言ってもらえるのは嬉しいよ」
『はい……』
「本当に嬉しいよ。ごめんね、僕から先に言えたらよかったんだけど」
ふるふると首を横に振ると、総司さまは柔らかく微笑む。
「僕からも言いたいんだけど、聞いてくれる?」
総司さまの気持ちを、わたしの大好きな声で聞くことができる。
そう思ったら、心音がドキドキ早くなった。
頷いて待っていると、総司さまは僅かに頬を染めてわたしを見つめた。
「好きだよ、セラ嬢」
その言葉が耳に届くと、身体中に響いて全身に喜びを与えてしまうみたいに広がっていく。
そして総司さまの想いを聞くだけで、幸せの感情が心に溢れてしまう。
『ふふ』
「ははっ、また笑ってる」
『だって、嬉しいのです。総司さまが好きって言ってくださるとわたし、本当に幸せです』
総司さまの切れ長な瞳が柔らかく細められ、彼の指先がわたしに伸びてくる。
頬を優しく撫でると、顔にかかる髪をそっと耳にかけてくれた。
「本当に……可愛いね」
その一言が落ちてきた途端、胸がとくんと大きく鳴る。
じんわりとした熱が顔に広がっていくのを止められなくて、わたしは慌てて視線を落とした。
「あれ?急に顔が真っ赤になった」
『だって……恥ずかしくて』
「え?何が恥ずかしかったの?」
『ええと……総司さまが、可愛いと仰ってくださったので』
そう答えると、余計に恥ずかしくなってしまって、指先をそっともじもじと動かしてしまう。
すると総司さまは楽しそうに笑いながら、少しだけ身を屈めてわたしの顔を覗き込んできた。
「あははっ、そんなに照れなくてもいいじゃない」
『総司さまだって、たまに照れてますよ。わたし、総司さまの耳が赤くなったのを何回か見ましたから』
そう言うと、総司さまは一瞬だけ言葉に詰まったように見えて、それからすぐにいつもの調子で笑みを浮かべる。
「それは気のせいだよ。僕は照れたりしないし」
『照れない方なんて、いらっしゃるのでしょうか』
「いるよ、ここにね」
自信ありげにそう言って、わたしを見下ろすその表情が少しだけ得意そうで。
でもどこか少しだけ照れているようにも見えて、わたしは首をかしげながらじっと見つめ返した。
『ほんとうに、そうなのですか?』
静かに問いかけながら、一歩だけ近づく。
ほんの少し縮まった距離の中で、わたしは顔を上げて、総司さまの瞳をまっすぐ見つめた。
確かめるみたいに見つめていると、総司さまは最初こそ平気そうにしていたけど、やがて少しだけ瞬きをして視線が揺れる。
「なに?」
いつもと同じようでいて、少しだけ落ち着かない声。
その変化が嬉しくて、わたしはそのまま見つめ続けた。
『照れていらっしゃらないか、確かめているのです』
「だから、照れてないってば」
そう言いながらも、またわずかに視線が逸れる。
その小さな変化を見逃したくなくて、わたしはさらに一歩距離を縮めた。
『今、目を逸らされました』
「……気のせいじゃない?」
さっきよりも弱いその言い方に、思わずくすりと笑みがこぼれてしまう。
『では、もう一度だけよろしいですか』
そう言って、ほんの少し背伸びをして、もう一度その瞳を覗き込む。
今度はさっきよりも近くて、息が触れそうなほどで。
それでも目を逸らさずに、やさしく見つめる。
するとほんの少しの沈黙のあと、総司さまの視線がすっと横へ逃げた。
「……あんまり、そういう見方しないでよ」
『どうしてですか?』
「なんとなく、どこ見ていいかわからなくなるから」
『ふふ。やっぱり少しだけ照れていらっしゃるのですね』
そう言うと、総司さまは視線を逸らしたまま頬を染めて小さく笑う。
「少しだけ、ね」
その素直な答えが愛おしくて、胸の奥がやさしくほどけていく。
『でも、それならお互いさまですね』
「お互いさま?」
『はい。わたしも総司さまに見つめられると、すぐに恥ずかしくなってしまうから。ですから、総司さまだけではありません』
再びわたしに視線を戻した総司さまは、優しく微笑んでくれる。
「……そうだね」
どこか照れたように視線を伏せながら、そっとわたしの手に触れる。
指先が軽く重なるだけなのに、そのぬくもりがやさしく伝わってきて、胸がまた静かに高鳴った。
「照れくさい時もあるけどさ、セラ嬢とこうしてると落ち着くよ」
『わたしも、同じです』
そうお返しすると、総司さまは照れたように目を細めて、重ねた指先にわずかに力を込めた。
些細なやりとりなのに、不思議と確かなものがそこにある気がする。
言葉にしなくてもちゃんと伝わっているような、そんなやさしい確かさ。
近くにいるだけで、こんなにも心がやさしく満たされていく。
それは初めて会った頃よりずっと大きくなって、わたしの心を幸せに染め上げてくれるものだった。
きっと、こうして少しずつ。
言葉と触れた手のぬくもりとで、わたしたちは同じ気持ちを重ねていくのだと思う。
愛情を育んでいけるのだと思う。
そう思うと、胸の奥がまた静かにあたたかくなって。
わたしはその手を離さないように、そっと大切に握り返した。
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