3.

その後も日々は流れ、気付けば処刑場に満ちる鉄の匂いにもすっかり慣れてしまっていた。
目の前で拘束された二人の男は、石畳の上に跪かされながら震えている。
泣き叫ぶ者もいれば、命乞いをする者もいる中、今日の二人は声すらまともに出せないらしい。
その様子を、僕は何の感情も持たないままただ静かに見下ろしていた。

父は少し離れた場所で腕を組み、こちらを見ている。
こうして僕をこの場に連れてきては黙って観察しているけど、恐らく何かを見定めているのだろう。
ここ数ヶ月はこの繰り返しだった。

最初の頃は、人を斬る感触が手に残るたびに眠れなくなった。
骨を断つ感覚も、血の温度も、耳に残る断末魔も、忘れようとしても消えなかった。
けれど、何度も繰り返すうちに理解した。
躊躇いは隙になり、迷いは剣を鈍らせる。
戦場ではその一瞬が死に繋がるからこそ、僕は次第に感情を切り離すことを覚えた。

呼吸を整え、一歩踏み込む。
剣が振るわれたその直後、男の首が石畳へ転がった。
間を置かず、もう一人の喉元へ刃を滑らせる。
鮮血が飛び散り、赤が床を染めていこうとも、僕の手は微塵も震えなかった。


「……だいぶ慣れたようだな」


静まり返った処刑場で、父が口元を緩める。
血を払って剣を納めながら、僕は父上へ視線を向けた。


「はい。この役割を与えていただいたおかげで、実践でも役立ちそうです」

「どのように役立つと思うのだ?」

「処刑は一方的に命を奪うだけの行為ではありません。相手が怯え、暴れ、命乞いをする中で、確実に急所を断つ必要がある。僅かな迷いでも刃筋は狂いますし、躊躇えば反撃を許すこともある。人を斬ることに慣れるというより、殺す瞬間に思考を乱さない訓練になっているように思います」


以前の僕なら、こんな風には考えられなかっただろう。
けれど今は違う。
父に鍛えられるうちに、剣を振るう意味も、人を斬る覚悟も、少しずつ身体に染み込んでいた。
父もそれが感じ取れたのか、その表情にははっきりとした満足が滲んでいた。


「近々、皇帝陛下より北方遠征の命が下る。国境付近で反乱軍が動き始めているらしい。正式な戦になる可能性も高いが、今回はお前も連れて行こうと思っている」


その言葉に、僕は迷わず膝をつく。
そして顔を上げ、真っ直ぐ父上を見上げた。


「是非、お連れください。必ず父上の期待に添えるよう尽力します」

「ならば問おう。戦場は処刑場とは違う。敵はこちらの都合など待たん。恐怖も、怒りも、執念も抱えたまま牙を剥いてくる。もし戦になったとしたら、その中でお前は何を成すつもりだ?」


父の後をを継ぐと決まってから、僕は何度も父の仕事に同行してきた。
表向きは視察。
けれど実際には、反逆貴族の粛清や、敵国の間者の処分、帝国に逆らう人間への見せしめ。
父はいつも淡々と決断を下していた。

脅しだけで済む相手。
殺すべき相手。
生かして利用する相手。
その線引きを、僕はこの数ヶ月、父の隣で見続けてきたからこそ理解した。
帝国を支えているのは、誉れ高い騎士道だけじゃない。
誰にも知られず血に塗れる人間がいるから、帝国は成り立っている。
だからこそ、僕はその問いに迷わず答えた。


「北方遠征では、出来る限り敵将の首を取りたいと思います」

「ほう、それは何故だ?」

「ただ戦場で剣を振るうだけなら、他の騎士でも出来ます。ですが、敵軍の指揮系統を潰し、恐怖を植え付け、反乱そのものを瓦解させるなら話は別です」


歯向かってくる奴らは簡単には従わない。
だからこそ、徹底的な恐怖が必要になる。


「敵兵を何百人斬ろうと、代わりは補充されます。ですが、指揮官を失えば軍は乱れるものです。敵将の首を掲げれば、反乱軍の士気も大きく落ちるはずです。また必要なら、敵の捕虜も利用するのも一つの策でしょう。情報を吐かせ、見せしめに拷問や処刑をし、敵軍へ恐怖を与えます。北方の連中に帝国へ逆らえばどうなるかを刻み込むつもりです」

「なるほど。数を殺すだけではなく、戦そのものを早く終わらせる方法を考えているか」

「無駄に長引かせる意味はありません。反乱を鎮圧するなら、二度と逆らう気を起こさせない程度には恐怖を与えるべきです」

「その考え方は嫌いじゃない。剣の腕が上がったとは思っていたが、最近は頭も回るようになったな」

「父上を見て学びましたから」


その言葉を聞いて、父は愉快そうに少し笑う。
そしてゆっくりと僕の肩へ手を置いた。


「いいだろう。ならば北方では好きに暴れてみせろ。敵将の首でも反乱軍の壊滅でも、好きな成果を挙げろ。そして帝国に証明すればいい、お前が次代の剣に相応しい男だと」

「はい」


迷いなく頷くと、父はふと口元を緩めた。


「もし成果を挙げたなら、褒美を与えてもいい」


まだ実際、戦になるかも、成果を挙げられるかもわからない。
ただもしも望みが叶うのであれば、僕は死に物狂いで戦える。


「でしたら、一つお願いしたいことがございます」

「なんだ」

「僕が望むのは、アストリア公爵家のセラ嬢と将来の契りを結ぶことです」


父の目が、僅かに細くなる。
けれど驚きは薄かった。
きっと、とっくに気づかれていたのだろう。


「必ずセラ嬢を自分のものにします。公爵家も説得しますから、もうしばらく待っていただきたいんです」

「だがお前は、ローゼンガルド家の令嬢とも仲睦まじいのではなかったか?」


その名を聞いた瞬間、ほんの僅かに眉を寄せる。


「彼女はただの友人……」


そこまで言いかけて、僕は言葉を止めた。
友人というには、あまりにも打算が混じっている。
僕と千嬢が月に一度の逢瀬を重ねているのは、互いに余計な縁談を防ぐため。
そこに友情だとか余計な感情は一切なかった。

それにローゼンガルド家は有力貴族だ。
関係を繋いでおけば、将来的に使える場面もある。
だからこそ僕は淡々と言い直した。


「彼女はただの保険にすぎません」

「随分と冷酷な言い方をするな」

「事実ですから。それに、もとより僕はセラ嬢以外に興味はありませんので」


父はそんな僕を見下ろしながら、どこか満足そうに口角を上げた。


「お前にも、ようやく喉から手が出るほど欲しいものができたか。だが帝国の剣になる人間にとって、それは時に猛毒になる。護りたいものができてしまえば人は失う恐怖を知り、判断を誤るからだ。敵は必ずそこを突いてくるだろう」


実際、その通りだと思う。
セラ嬢が傷つく姿を想像するだけで、胸の奥が焼けるように痛む。
きっと僕は、あの子に何かあれば冷静ではいられないだろう。

けれど、それだけじゃない。
セラ嬢に出会って初めて、この人生を懸命に生きたいと思えた。
ただ剣を振るうだけだった毎日に、失いたくないものができた。
セラ嬢を護ると決めてから、僕は以前よりずっと強くなれたと思う。
どれほど血に塗れようと、どれほど苦しくても、立ち止まる気になれないのは、あの子のためならどんな道でも躊躇いなく進める覚悟があるからだ。


「父上の仰ることはもっともだと思います。ですが失いたくないものを持つ人間は、執念が違います。生き残るために足掻きますし、一度脅威と認識した相手には容赦がなくなります。たった一つの見逃しで全てを失うかもしれないですからね」


父を真っ直ぐ見据えたまま、淡々と言葉を重ねる。


「僕はセラ嬢を護るためなら、自分がどれだけ汚れても構いません。必要なら笑って利用しますし、邪魔なら切り捨てる。敵を殺すことにも躊躇はないです。むしろ護るものがある人間の方が時に冷酷になれるんですよ」


何よりセラ嬢を傷付ける可能性があるのなら、怪しい人間すべてを消した方が早い。
僕はそう考える人間だ。
だからこそ思ったままを告げると、父の口元がゆっくり吊り上がった。
まるで期待通りの答えを聞いたみたいに低い笑い声が落ちる。


「くだらん情愛に溺れるようなら見込み違いだったが、その程度の狂気があるなら問題ないな」


そう呟いた父は僕をしばらく見つめていたけど、やがて小さく口角を上げた。


「よかろう。アストリアのセラ嬢のことはお前の好きにすればいい。縁談も急かすことはしない」


その言葉に、胸の奥が僅かに熱を持つ。
けれど父は、すぐに釘を刺すように続けた。


「ただし中途半端は許さん。欲しいなら絶対に手に入れろ。護りたいなら誰にも手出し出来なくなるほど力を持て。公爵家も周囲の貴族共も、帝国の剣に逆らう気を失くすほど圧倒的になればいい」


結局この世界は力だ。
欲しいものを護るにも、奪われないようにするにも、誰にも文句を言わせないだけの力が必要になる。
だからこそ父の一言一言には確かな重みがあるように感じられた。


「北方で成果を上げろ、総司。そうすればお前がセラ嬢を望むことに、誰も口を挟めなくなるからな」

「はい、必ず」


今までの僕は、父に意見を聞き入れてもらえるような存在ではなかった。
けれど今日初めて、セラ嬢を欲しいという僕自身の意志を、父は否定しなかった。
それが思っていた以上に嬉しくて、胸の奥が静かに熱を持った。

だからこそ、必ず北方で成果を上げる。
誰にも文句を言わせないほど強くなって、今度こそセラ嬢をこの手に掴み取るのだと、僕は静かに決意していた。


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